萌ゲーアワード受賞のアダルトゲーに転生したと喜んでたら実は設定が似通ったとある洋館ホラーゲーだった件   作:シン・タロー

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#41

 時間軸は現在。エイイチからすればたっぷり睡眠を取ったので、狼戻館滞在十三日目の夜ということになるだろうか。

 

 ガンピールの機転によって辛くも猟幽會から逃れたエイイチとセンジュは、マリの部屋へと押しかけていた。

 

「ちょ、ちょっとエーイチくん。どういうつもり? 柴犬はともかく、なんでこいつまで」

 

 床に片膝を立てて座り込むセンジュを、マリは腕組みしながら憎々しげに見下ろす。

 

「まあまあ、緊急事態なんだから大目に見てよマリちゃん。あとこいつは“ガンピール”な」

 

 大人しく身を伏せ、あくびをするガンピールの巨体は部屋の四分の一を占有している。エイイチはふさふさの頭を撫でながら果実を差し出してみるが、好みではないらしく黒狼はぷいと顔をそらした。

 

「あたしだって逃げるつもりなんかなかったよ。なのに、エーイチが無理矢理……!」

「はん、どうだか。あんたにとっては、狼戻館がどうなろうと関係ないんでしょ。所詮よそ者のくせに」

 

 マリから棘のある言葉を投げられて、ギリッと歯を噛み鳴らしたセンジュが立ち上がる。慌てて仲裁に飛び込むエイイチ。

 

「そんな言い方はないだろ! お姉ちゃんなんだからやさしくしないと!」

「だ、だってこいつ全然かわいくないし! 普段からナワバリも無視するし!」

 

 本気でエイイチが怒っていると知り、怯んだマリは子供のようにセンジュを非難した。このままマリと言い争いをしても埒が明かないと悟り、エイイチは部屋を出て行こうとするセンジュの前へ立ち塞がる。

 

「どけよ。待雪マリの言ってることは事実だ。とっくに勘づいてると思うけど……あたし、前は猟幽會にいたんだ」

「なっ――なんだって!?」

「知らなかったのかよ……」

 

 目前で驚愕するエイイチへ、センジュは失望の眼差しを送りつけた。

 

 これまで見受けられた他のナワバリやセーフティルームへの立ち入りは、センジュが狼戻館に縛られる化物とは異なる存在であることを示している。

 それでも可能な限り、センジュは狼戻館のルールに則して生活していた。そうでなければわざわざ血液をマーキングに用いてナワバリ保持に努めるわけがない。一度マリの部屋へ侵入した際も面倒な手順など踏む必要はなかったはずだ。

 

 ちなみに本日に限っては、猟幽會が先にルール無用を仕掛けてきている。よって各住人もナワバリによる行動制限を受けない。

 

「そんな、その若さで猟友会なんて」

 

 エイイチは当然、別の理由でショックを受けていた。

 野犬らしき遠吠え響く山奥。熊や鹿も頻出するのだろう。しかしだからといって、こんな年端もいかない少女すら狩猟に駆り出されるのかと。

 

「俺……無知だったよ」

 

 館で安寧を貪るばかりの己を恥じるエイイチ。

 実際にはわずか十数日の滞在期間にどれほどの死が己に降りかかり、安寧とは無縁であったかなどエイイチは知る由もない。

 

「エーイチ、おまえはガンピールと一緒に隠れてろ。絶苦の術を防いだからって調子にのんなよ。あいつの本質はあんなものじゃない」

 

 センジュの忠告に首を傾げながら、エイイチは手元の桃色の果実にかぶりつく。シャクシャクと咀嚼する音がしばらく部屋に響いた。

 

「……とにかく、絶苦はあたしが相手するから」

「いや待てって! 一人じゃ危ないよ!」

「何十年も経ったわりにさ、運がいい。今日でいい、今日がよかった。外を見てみろよ、エーイチ」

「? 外?」

「じゃあな」

 

 エイイチが窓辺へと寄る隙に、センジュは部屋を出ていってしまう。あっと振り返ったエイイチは、とりあえず先に外を確認してみようかとカーテンを開く。

 

「あ、満月……」

 

 エイイチが呟くと、マリも隣へ立ち夜空を見上げた。

 

「ふぅん、なるほどね。だから自信満々なんだ、センジュのやつ」

「これって、早いけど今月二度目の満月? ブルームーンってやつじゃないの?」

「だったら、なに?」

「センジュちゃん言ってたんだよ、ブルームーンが来たら“お別れ”だって。まさかこのままどっか行っちゃうつもりなんじゃ……」

 

 エイイチの胸に不安がよぎる。

 先ほどのマリの口ぶりから察するに、センジュは血の繋がった姉妹ではないのだろう。

 この設定は原作エロゲーともリンクする。攻略に必要なフラグ立てが不十分な場合、自身の居場所を見出だせずに三女は遠くの地へ旅立つことを決意するのだ。

 

 考えればエイイチの脳内で、すべての辻褄がカチリと当て嵌まった。あの猟友会の老紳士こそ、センジュに留学を決意させる張本人なのだと。

 

「ああ……あるんじゃない? わたし達を裏切って、猟幽會に戻っちゃうかもね」

 

 事もなげに言ったマリの言葉が、エイイチに即座の行動を迫る。

 

「大変だ! 追わなきゃ! ――ぐえっ!?」

 

 しかしマリに首根っこを掴まれてしまったエイイチ。涙目で咳き込むエイイチへ、マリは諭すように言う。

 

「なんで。行きたいなら、行かせればいいよ」

「マリちゃんてばまたそんな風に! 血は繋がってなくても大事な家族だろ!」

「わたしに意見しないで。だいたいさ、家族なら本人の意思を尊重してあげるものじゃないの? いや、まあ、センジュを家族だなんてこれっぽっちも思ってないけど」

「ぐ……むぅ……!」

 

 マリの金言に、エイイチは唸った。たしかにその通りかもしれないと思ってしまった。

 

 アダルトゲームならば迷いはない。よりよい未来、つまりハーレムを築くために邁進する。最適な選択肢を選んで、バッドやビターな結末を回避する。そこに躊躇はいらない。

 

 しかしここはアダルトゲームをベースに構築された“現実世界”なのだ。人物はゲームより圧倒的に詳細な意志、思考を伴い生きている。

 未来の決定権を奪い、またはそれを阻害する神の如き権利がエイイチにあるだろうか。そんなことが可能なのだろうか。

 

 そもそも、その先に築いたハーレムは本当にエイイチが望むものと同一なのだろうか。

 

「……俺が……間違ってたよ、マリちゃん」

 

 エイイチはガックリとうなだれたのち、壁をダンと拳で打った。そして顔をあげる。

 

「でも、じゃあ、だったら。センジュちゃんの気持ちを確認しなきゃ。ここへ残りたいのか、もう帰らないつもりなのか。俺は見極める!」

 

 エイイチは迷いの吹っ切れた笑みを見せ、残りの果実をシャクリと口へ放り込んだ。

 いよいよ我慢できないといった様子で、マリが口を開く。

 

「格好つけるのはいいとして。わたし、ずーっと気になってたんだけど。エーイチくん……さっきから何食べてるの?」

 

 口端から垂れる果汁を袖で拭いながら、エイイチは「え?」とマリへ向き直る。実はセンジュもずっと突っ込みたい様子を見せていたのだが、雰囲気を優先して絶苦の元へ向かったのだ。

 

「これ? なんか裏庭になってたから取っといた。マリちゃんも食べる? もう一個あるし」

「それって……まさか、オオカムヅミ……?」

「なんの果物かはわかんないんだけど、瑞々しくて結構うまかったよ」

 

 絶苦の秘技“時流し”によって強制的に時が進められた結果、百年に一度実をつけるかどうかというオオカムヅミが二つもなった。

 

「ふふ……ふふふ……これで、準備は整った」

 

 不気味に肩を震わせたマリは、どこからともなく一匹の蛾を手のひらに発生させる。さらにはその蛾をエイイチの頭にぴとりと貼りつけた。

 恐怖は感じないものの、エイイチは困惑する。

 

「な、なんで頭に蛾なんか乗せるの?」

「蛾じゃないよ。それ、髪飾り。水玉みたいでかわいいでしょ」

 

 サツマニシキというたしかに美しい蛾ではあるのだが、エイイチが触れた感じモフモフとした毛ざわりと微かな弾性もあり、髪に絡みつく脚の感覚などどう考えても生体だった。

 

「それじゃあ、わたしはちょっと行くところがあるから。エーイチくんはここでワンちゃんとお留守番していてね」

「いやいや! マリちゃんまで何言い出すんだよ、銃とか持ってたし危ないって!」

 

 マリは部屋の扉前で立ち止まると、両手を大仰に広げて支配者然として振る舞う。肩越しにエイイチへ流し目を送り、薄く笑う。

 

「わたしはいずれ、狼戻館を背負って立つ身。猟幽會ごとき烏合の衆、軽くひねり潰すのが当主の務め」

 

 悲しいことにマリはやはり遅咲きの厨二病かもしれない。そう評価したエイイチを置いて、狼戻館の未来の当主は優雅に部屋を出ていってしまった。

 

 つい止めるタイミングを見失ったエイイチだが、放っておくわけにもいかない。猟友会が今回ターゲットに据えたのはセンジュなのだろう。けれど相手は寝取りのプロ集団でもある。迂闊に首を突っ込めばマリもどうなるかわからない。

 

「銃まで持ち出してるんだ、こっちにも武器がいるよな。……よし、ガンピール。ここを出るから、俺のそばを離れるなよ」

 

 当座はせめて近くにいるガンピールを守りながら行動しようと、エイイチは黒狼に目配せをした。

 アイコンタクトは難なく通じたようで、ガンピールがのそりと身を起こす。はて、とエイイチは漆黒の体躯をまじまじ眺める。

 

「……おまえ、なんか前よりでっかくなってないか? 気のせいかな」

 

 気のせいではなかった。部屋を出る際、扉の枠にガンピールの頭がつっかえてしまう。室内からエイイチが懸命に尻を押してやれば、肉厚の頬がむにゅうと変形しつつもようやく脱することに成功した。

 

「ガフゥッ!!」

 

 だが大層おかんむりな様子のガンピールは二本足で立ち上がると、ソフトボールのような肉球でエイイチの顔面を殴打する。

 

「痛てえっ!? 殴ることないだろ! 手伝ってやったのに!」

 

 爪ではなかっただけ、ガンピールの温情が見て取れた。初めて地下で遭遇した頃の凶暴っぷりとは比ぶべくもなく、エイイチとの関係性も日々変化しているということなのだろう。

 その後も尻尾ビンタを繰り出してくるガンピールをなだめようと、黒毛を撫でながらエイイチは廊下を歩むのだった。

 

 

 

 猟友会に対抗する武器を得るため、頭に水玉模様の蛾をつけたままエイイチは自室を漁る。

 また不機嫌になられては困るので、ガンピールには外で見張りを任せていた。何かあったら吠えて知らせてくれと。ちゃんと意図が通じているだろうかなどという疑念を、もはやエイイチが抱くことはない。

 

「うん……やっぱりこれかな。これしかないな」

 

 気合を入れて腰を落とし、狙いのブツ(・・)を肩へと担ぐエイイチ。かなりの重量がのしかかかってくるも、歩けないほどではない。

 ふらふらと蛇行しながら、エイイチはなんとか扉を開け放つ。

 

「待たせたなガンピール! さあみんなを助けに――」

 

 しかし廊下に黒狼の巨体はなかった。左右を見渡そうと、影も形も確認できない。

 

 信頼を寄せていただけに、黙っていなくなったガンピールにエイイチが狼狽していると、どこからともなく声が響く。

 

『――ヒツジヨ、ヒサシイナ。ダガイマハ、ユウチョウニシャベッテイルヒマモナイ。ヨクキケ――』

「あっマリちゃん!? 大変なんだよ、ガンピールがさあ!」

『マリデハナイ! ダマッテキケオロカモノッ!』

 

 考えてみれば不思議だった。周囲にコードレスフォンは見当たらないのに、エイイチが聞き慣れたその声はまるで脳内に直接語りかけてくるかのようだ。

 

『イイカ? コレカラキサマハ、トアルウタヲ――』

「もしかして、これか?」

 

 頭の蛾を掴み取ってみると、なるほど声も遠くなる。手の中でジタバタもがく節足はどう見ても虫そのものなのだが、マリの言った通り髪飾り型の――まさか通信機だったりするのだろうか。

 四方から眺めて電池を探すエイイチは、ふとマリの声が聞こえないことに気づいて急ぎ頭へ装着し直す。

 

『……――ト、イウワケダ』

「お、おう。わかったぜ」

『…………ホントウニ?』

 

 沈黙の長さにより、マリの疑いの深さがわかる。けれどやがて通信は途絶えたようだ。

 

「ともかく、誰かと合流するのが先決だ」

 

 必ず全員を守り抜くのだという強い気持ちを瞳に宿らせて。

 丸太の如きトーテムポール(・・・・・・・)を担いだエイイチは、ひとまず階下へと向かう。

 

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