萌ゲーアワード受賞のアダルトゲーに転生したと喜んでたら実は設定が似通ったとある洋館ホラーゲーだった件   作:シン・タロー

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#40

 狼戻館一階。ここにはツキハの書斎がある。

 私室は他の住人同様三階にあるのだが、基本的にツキハは余暇を書斎で過ごしている。

 

 昼間とはまた装いの異なる、胸もとの大きく開いたドレス姿のツキハは、その妖艶さとは正反対の白を基調とした書斎机に万年筆を置いた。

 ツキハはレザーチェアに深く身を沈めながら、目の前に立つアヤメへ語りかけるように口を開く。

 

「猟幽會……ずいぶんと時間を進めてくれたようね」

 

 机にはアヤメが出してくれたばかりのティーカップが置いてあるが、アッサム茶葉の赤褐色な液体は蒸発して綺麗さっぱり無くなっていた。

 黒ずんだカップの内面を見て息をもらすツキハへと、アヤメは落ち着いた声音で返答する。

 

「一万八千、二百七十四日です。五十年と少しですね」

「アヤメさん、あなた数えていたの?」

「はい。書斎の窓が視界に入っておりましたので、容易でした」

 

 一階にいたアヤメやツキハに対する時流しの影響は、二階のセンジュとマリが受けた体感よりもずっと短く弱い。五十年の経過でおよそ三十秒ほどである。

 つまりアヤメは、三十秒の間に一万数千回も移り変わる空を粛々と胸に刻んでいたのだ。これにはツキハも呆れて笑みをこぼすしかない。

 

「作業の途中だというのに、嫌になるわ。……でもこの術は、あきらかにヒツジを標的としたもの。五十年も経っていれば、もう――」

「いえ、ツキハ様。エーイチ様は特別です、これまでのヒツジとは一線を画す存在。この程度、難なく乗り越えていらっしゃるかと」

 

 若干の熱を帯びたアヤメの口調を意外に思ったのか、ツキハは伏せていた面を上げた。

 

「……よほどエーイチさんのことを買っているのね?」

「まだ私は、この眼を曇らせているつもりはありません」

 

 髪に隠れていない片側の瞳は、アヤメの信頼の強さを示す光をたたえている。ツキハも特に反論する気はないようで、レザーチェアから重い腰を持ち上げる。

 

「そう。いずれにしても、一仕事。先日の件で抑止になると思っていたけれど、逆に猟幽會の皆さんに火を点けてしまったようだから」

 

 猟幽會を迎え撃つ構えであろうツキハを、しかしアヤメは制止した。

 

「僭越ながら、どうかツキハ様はこちらでお休みください。ルールを無視した度重なる狼藉、私が狼戻館の流儀を奴らに叩き込んでお見せします」

「アヤメさん。侵入した敵は十名を超えているのよ」

「ちょうど、少し身体の鈍りを解消しておきたいところでした。――行って参ります」

 

 言うやいなや、アヤメは書斎を颯爽と飛び出してしまった。

 

 アヤメの発言に嘘はないのだろう。猟幽會への怒りもあり、メイドの仕事のみでは賄えない筋力を行使したいのも本音だろう。だがそれ以外に、歓喜に似た火照りもその顔には浮かべていた。

 アヤメが生存を信じるエイイチという男にこそ、その理由があることまではツキハも読み取れなかった。

 

「これでまた……“失踪”したとでも言われるのかしらね」

 

 独りごちたツキハはレザーチェアに掛け直ると、タウリン配合の目薬をさして息を吐くのだった。

 

 

 

「……ふ」

 

 館を疾走しながら、アヤメは笑みを堪えきれずにいる。

 今度はいったいどのような方法で危機を脱したのかと。想像するエイイチの活躍に触発されたアヤメは、戦地へと駆り立てられる。

 

 たしかにアヤメの厚い信頼を裏切ることなく、エイイチは生きていた。

 ではどうやって五十年もの時間経過をやり過ごしたのか、ここで振り返り過程を鮮明にしておこう。

 

 

◇◇◇

 

 

「どうして、こんな……こんな――」

 

 エイイチは震えて首を振った。走っている最中のようなポージングで静止するセンジュ、その光景が信じられなかった。

 

「……時間停止、能力。実在した、だと……?」

 

 震えは恐怖によるものではなく、歓喜。心を鎮めるために深呼吸したエイイチは、自らの両手を見下ろす。

 

「いつの間にこんな能力に目覚めたんだ、俺」

 

 原作【洋館住んで和姦しよ♪和洋セックちゅ♡】は登場人物の性格や言動こそ飛んでいる部分があれど、設定や環境はリアル(現実)に則ったものである。すなわち物理法則を無視した特殊な能力などは物語に介入しない。あくまでも現実的な恋愛を主軸としたアダルトゲームなのだ。

 

 しかしエイイチが目の当たりにする光景は、どう考えてもアダルトコンテンツにて散見される“時間停止”という概念。正確には何もアダルトコンテンツに限った話ではなく、少年漫画的な能力バトル系統でも主に強敵が扱う異能として描かれることが多いのだが。

 

 エイイチにとってここはアダルトゲームの世界であり、ならばやはりアダルト系コンテンツにおけるいわゆる“時間停止もの”のシチュエーションが再現されたと見るべきだろう。

 

「でも、どうして俺に……?」

 

 自ら異能に目覚めるきっかけなどは、エイイチが振り返る限りなかった。

 神のイタズラか、はたまたギフトか。はたと窓辺を見やるエイイチは、相変わらず凄まじい速度で移ろう空を眺める。

 

 もしくは――と、自然にエイイチの口が開く。

 

「クロックアップ……? 俺だけめちゃくちゃ速い時間の流れを体験してる……?」

 

 エイイチの洞察は、ここで一度正解を引き当てていた。けれど即座に「いや、ないな」と否定を口にした。理由は前述の通りここをエロゲーの世界だとエイイチが認識しているからだ。

 クロックアップなどという王道バトルもののような強スキルよりも、やはり時間停止能力の方がよりエロゲーらしい。そして嬉しさ反面、エイイチには不満もある。

 

 時間停止能力。それが多くのアダルトコンテンツにおいて、主に鬼畜な役回りを担う者が扱う能力だということだ。

 たとえばそう、エイイチが毛嫌いする寝取り間男のような輩である。

 

 エイイチが信奉する【洋館住んで和姦しよ♪和洋セックちゅ♡】は伊達に萌ゲーアワードを受賞したわけではない。タイトルが示す通り、ヒロインとのアダルトシーンは和姦でなければ意味がない。合意かつ、そこに愛が存在しなければ認めるわけにいかない。

 妥協なく、純愛ハーレムを真っ直ぐに目指す男だ。

 

「まったく。安く見られたもんだぜ」

 

 台詞をキメて鼻頭を撫でたエイイチは、やれやれと肩をすくめつつマリの部屋へ舞い戻るのだった。

 

 

 

 マリの時は変わらず停止したままである。実際には僅かながら動いており、ミリ単位で脱ぎかけのパンツは下がり続けている。

 

 エイイチは顎に手をあて、とりあえず三百六十度から余さずマリを眺め回した。肉感増し増しの精巧なフィギュアのようで感心する。思わず突っついてしまいそうになり、慌てて指先を引っ込める。

 

「危ない危ない。マリちゃんてやっぱ魔性の美少女だよな」

 

 弱みにつけ込んで触るなど御法度。紳士ならば当然。だがそれはそれとして、せっかく目覚めた時間停止能力を活用しないまま無碍にするのももったいない。そんな思考がエイイチに生まれる。

 

 悩みに悩んだ末、エイイチは自室へ向かうとある道具(・・・・)を手に戻ってきた。

 スケッチブックだった。

 

 するとエイイチはいつになく真剣な表情で、下着を脱ぐマリの姿をスケッチブックに描きはじめる。

 しかも三面図だった。

 

 エイイチの行動を奇異に感じるだろうか。

 神のギフトをせめて無駄にはすまいと、愛するヒロインの一瞬の輝きをせめてF4サイズに描き止めておこうと、健気な想いがエイイチに働きかけた結果なのだ。

 さらには時間停止という抗いがたい誘惑を断ち切るため、端的に言えば欲望の発散的な効果も見込める。

 

 その証拠に、たっぷり一時間以上もかけてマリをスケッチしたエイイチはいい顔で汗を拭った。

 

「――さ。次はセンジュちゃんだ」

 

 エントランスホールに移動したエイイチは、センジュの姿もマリと同じように三面図で描いていった。

 

「うおー見ろよこの躍動感! かー! まるで宙を駆けてるみたいだ! かー!」

 

 夜のトレーニング後だったセンジュは伸縮性に富んだホットパンツと、上はオーバーサイズのノースリーブシャツ一枚。脇の大きく開いたシャツは側面から見るとポロリ寸前であり、煩悩を振り払うためかエイイチはとにかくやかましかった。

 

「なんでブラしてねえんだよ! ちくしょう!」

 

 描き終えるまで叫び続けた喉は枯れ、ぜえぜえと息を切らしてエイイチは一階へ下りる。

 

 探しに探し、書斎らしき部屋にてアヤメとツキハの二人を見つける。アヤメがツキハに茶を提供する姿勢で時は止まっており、女の園の秘め事を密かに期待していたエイイチはあからさまに落胆した。

 

 しかし切り替えは早い。せっせと手慣れた三面図で二人を描き出していく。

 

「いい腰つきですよアヤメさん! きっと今スカートめくったらえっぐいTバックとか履いてんだ! そうなんだろ!? なあ!!」

 

 ガーターベルトとTバックが織りなすコントラストを幻想してしまい、酷使した喉を限界まで振り絞るエイイチ。

 

「ツキハさんはやっぱホクロ! この口元のホクロを忘れちゃいけねえ! はい点ッ!! 魂こめて点を打つぞこのやろうッ!!」

 

 スケッチブックにズダンッ! と鉛筆を突き立て、ヒロイン達の描画は完成となった。

 気づけばエイイチは鼻血を垂れ流していた。

 

 放心状態で天を仰ぎ、書斎の床にずるずると座り込む。人知れず行われた孤独な激闘だった。けれどエイイチにはたしかな達成感もあった。

 汗だくで、目も虚ろになりながらエイイチは微笑んでいたのだ。

 

 しばし休息し、満足気に立ち上がったエイイチは書斎の奥に扉を認める。どうやら特殊な鍵がかかっているようで、ドアノブの上に何かを嵌め込む窪みが存在する。窪みは王冠の形に見えた。

 

「こんなの原作にあったっけな。……まあいいや。楽しかったよ、お二人さん」

 

 心地よい疲労に包まれながら、エイイチは二人に片手をあげて書斎を後にする。

 

 

 

 すべてを悟ったような笑みをたたえ、エイイチは時間の止まった狼戻館をゆっくりと散策する。裏庭へ出ると、夜と昼を繰り返す空へ向かって「ありがとう」などと呟く。

 

 深呼吸をして、口をへの字に結び。

 エイイチはふと思った。

 

「どうやって解除するんだ、これ……?」

 

 すでに四、五時間は経っているはずなのだが、一向に元へ戻る気配がない。そもそも時間停止が発動する条件もわからないので、解除しようがない。

 

「ま。寝れば解けるだろ」

 

 考えても仕方なく、エイイチは部屋へ戻ると普通に七時間ほどの睡眠を取るのだった。

 

 エイイチには知り得ないことだが、この時点で“時流し”は取り返しのつかない年月を刻んでいる。されどエイイチに老化の兆候はまるであらわれていなかった。

 何故か。

 

聖痕現象(スティグマータ)”という言葉をご存知だろうか。磔にされたキリストと同じ手のひらへ、脈絡なく唐突に傷が発生する現象が存在する。

 

 幻視、幻肢痛などという症例もある。在るはずもないものが見えたり、失った手足がまだ痛覚を伴いそこに在る感覚のことだ。

 

 他にもかつて、センジュが屠った狼戻館の五名の中に“音”を巧みに扱う異形がいた。

 その異形は対象の聴覚へ作用する音を生んだ。音のみで見えざる壁を発生させ、見えざる剣を作り上げた。センジュの拳は幾度となく壁に跳ね返され、幻覚を超え実体化した剣に肌を斬り裂かれた。

 すでに死亡した人間の体内の音――脈動する臓器や循環する血液の微細な音までも構築し、自身に生きていると“錯覚”させて死後百年近くも営みを継続させたという逸話も残す恐るべき異形だった。

 

 人体は神秘に満ちている。

 強烈な“思い込み”は、人体へ無視できない影響を及ぼす。

 

 エイイチは類稀なエロゲー脳で“時流し”を時間停止能力だと思い込み、決めつけた。時間の加速という本来の作用を無視し、以後その認識を除外した。

 

 では認識しなければ防げるのかといえば、そのような安い能力では決してない。

 たとえば時流し発動中に眠っていた場合はどうか。加速を認識していなくとも、時流しは錯覚ではなく現実に経年を強制する。目覚めた頃には加齢により老いさらばえていることだろう。

 

 衰えていく細胞を止めるほどの強い錯覚を引き起こすには、エイイチのように一度時間が超高速で流れていることを疑い、それを心から否定しなければならない。

 これは並大抵のことではない。

 

 エイイチからすれば何か特別なことをやったわけではない。

 エイイチはただ、最初から最後まで“エイイチであること”をつらぬいた。それだけだ。

 

 

 

 十分に体を休めて目覚めたエイイチは、大あくびをかまして部屋を出る。まだ時は動いておらず、暇つぶしに普段はアヤメから止められている正門へと足を伸ばす。

 そこで絶苦とアイナを目撃した。

 

 関係ない人間まで時間停止に巻き込んでしまったな、と反省しながら二人を眺めていたエイイチの頭へ、ふいによぎったのだ。

 

 果たして本当に時間停止能力なのか? と。

 よしんば時間停止能力だとして、もしかすると心臓まで止まっているのではないかと心配した。

 恐怖感はなくとも、時間停止能力という概念を再びエイイチは疑い始めてしまった。

 

 しかしエイイチの“思い込み”が崩れ去った直後に、絶苦の時流しは完了したのだ。運がいいと言う他はなく、実に紙一重の差で明暗は分かれていた。

 

「あ――動いた。おっさん大丈夫? 死んでんのかと思って焦ったよ! そっちの子はセンジュちゃんの友達だったよね? ちょっと待ってな、門を開けてやりたいんだけど……なんかめっちゃ重くてさぁ……!」

 

 絶苦の目には、自らの身を案じるエイイチの姿がさぞかし異質な化物にでも映っただろう。

 

 これこそ極まったエロゲー脳が可能にした奇跡。

 エイイチが示した人間の持つ希望――無限の可能性なのである。

 

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