萌ゲーアワード受賞のアダルトゲーに転生したと喜んでたら実は設定が似通ったとある洋館ホラーゲーだった件   作:シン・タロー

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#38

 強い風が吹き込み、センジュの金髪がなびいて広がった。

 窓枠に手をかけ、外へと顔を固定したままセンジュは唇のみを開く。

 

「……エーイチ。この館から逃げろ。今すぐだ」

 

 警告をたしかに聞いたエイイチは、顎に触れつつ目線は上に。しばし考え込んだのち、ジーンズのポケットからおもむろに一枚の紙切れを取り出した。

 

「じゃあ、今日はちょっと実践的な訓練をやっておこう」

「はあ? ふざけてる場合じゃないんだよ、猟幽會が近くまで来てるんだって! それもとびきりヤバい奴が!」

「だったら、なおさら対策を打っておかないとだろ。それにセンジュちゃん達を置いて逃げるつもりなんて俺にはないよ」

 

 そもそも一度招き入れたヒツジを、センジュの勝手な判断で逃がすなど狼戻館が許すはずもない。だがそういった話ではないのだ。センジュはエイイチの意思、そして覚悟を問うている。

 

「後悔……するなよな」

 

 振り向いたセンジュは、エイイチが頷くところを確認すると、静かに窓を閉じた。

 

「時間もないしこれが最後の特訓だ。俺は猟友会から“逃げる”のが最善の策だと教えたけど、そう上手くいくとも限らない。想定外にも備えておくべきだ」

「能書きはいい。付き合ってやるから早くしろ。具体的にどんな状況のこと言ってんだ」

 

 自身の後ろにゆっくり回り込んだエイイチを、センジュが怪訝に振り向こうとした瞬間。

 

「そう、たとえばこんな……」

 

 エイイチは両腕をセンジュの背後から腰へと回し、むぎゅうと抱きしめる。

 

「ちょ――え――?」

 

 呆気にとられたセンジュが異常事態をようやく把握して、焦りのままにエイイチの腕を引っ掴む。

 

「わあああ!? おまっどこ触ってんだ!? 汗かいてるからやめっ――離せバカァァ!」

 

 がっちりロックされた腕は外れない。センジュが前屈みにジタバタもがいても、密着したエイイチの体が離れない。

 センジュの体温は高く申告通りに汗をかいており、エイイチがホールドする下腹付近のシャツもしっとり湿っていた。ただしエイイチに不快感などはない。柑橘系の匂いがするマリに対してセンジュはどことなく甘いお菓子系だな、などと冷静な分析が捗る。

 

「こ、このっいいかげん、やめないと――!」

「暴れるな。力ずくはだめだ」

「どの口が言ってんだッ!?」

 

 エイイチが囁くたびに吐息が耳へ触れ、センジュはぞくぞくと首すじを震わせた。今やセンジュの耳たぶは先っぽまで朱に染まり、うなじに浮いた汗の玉が甘い熱気を立ち昇らせている。

 

 そんな様を間近で眺めながらも、エイイチは驚くほど真剣な面持ちで欲情など一切抱いていないのだ。

 

「俺相手なら腕力で抵抗すればどうとでもなるだろう。でも、力で敵わない相手だったら?」

 

 エロゲー脳であり、エロゲー世界に生きるエイイチ。むしろだからこそ、アダルトシーンやサービスシーンとは明確な区別をつけている。今は濡れ場を楽しむときではない。大事なヒロインが寝取られるかどうかという瀬戸際なのだ。

 

「あたしが暴力でなんとかできない奴なんかいるわけ――……っ」

 

 いる。

 たった今エイイチに“逃げろ”と忠告したばかりだ。猟幽會の老紳士――絶苦(Z9)。彼にだけは敵わないかもしれない、とセンジュは思い至った。

 

 センジュの引き締まった腹筋にますます五指は食い込み、圧迫感から息も絶え絶えになる。

 口調は努めて低く、エイイチは迫るようにセンジュの鼓膜へ囁きかける。

 

「さあ。どうする? どうするんだ、センジュちゃん」

「はぁ、はぁ、はぁ……っ〜〜〜〜ッわかんない! わかんないよ! どうすりゃいいのか答え教えてよもう!」

 

 素直に請われて兄貴然とした顔で頷くと、エイイチは拘束を緩めて一枚の紙切れをセンジュの眼前に突きつけた。

 

「魔法の台詞だ。これで必ず敵の魔の手から逃れることができる」

「――……。こ……こんなもんを……読めって?」

「もちろん。さあハッキリ大きな声で! ここが正念場だ、がんばれ!」

「……こ……こ、こ……」

「ん? ちゃんと文字見えてる? 最初の言葉は“い”だよ“い”。せーの――」

「こんなもん言えるかッ!!」

 

 背すじを思いきりのけ反らせるセンジュ。金髪の頭頂がエイイチの顎を強打する。

 

「ぐはあっ!?」

 

 すかさず飛び離れて振り向くと、顎を押さえてたたらを踏むエイイチへ、センジュはビシッと指を差した。

 

「あたしは拳で道を切り拓いてきたんだ! 誰にも負けない! ちょっとサンドバッグ持ってろ!」

「え!? あ、ああ……」

 

 脳が揺れて判断が鈍りつつも、エイイチは言われた通りに吊り下げ式サンドバッグを抱えて腰を落とす。

 予期せず痴態をさらしてしまったセンジュは、腹いせにエイイチを少しビビらせてやるつもりだった。消し飛ぶので本気では打たない。だが悶絶してしばらく飯が喉を通らないほどには強く打つと。

 

「ぬうう――死ねエーイチッッ!!」

 

 思わず本音が漏れたようだ。

 軽く助走をつけてセンジュが放った拳は、プロボクサーのそれの如くズドン! と重いサンドバッグごとエイイチの体幹を揺らした。

 

「おぉ〜……センジュちゃん。そのパンチ、世界が獲れるよ」

 

 感心しきりに拍手を送るエイイチ。センジュは拳を突き出した姿勢で固まり、なぜか瞳を見開いている。

 

 直後のこと、狼戻館に再びマリの悲鳴が響き渡った。

 

「あ、やっぱりさっきの声も……上か!? 俺ちょっと行って見てくる!」

 

 ちなみにこの悲鳴。少しばかり気絶していたマリが、起きがけに再度ガンピールを目視したからである。

 

 エイイチが慌ただしく部屋を出ていったあとも、センジュは自身の手を長い時間見下ろしていた。

 

 

 

「――マリちゃん大丈夫!?」

「どどどどういうことエーイチくん!? あんな、あんな――っ!」

 

 時計塔の部屋に飛び込むなり駆け寄ってきたマリは、エイイチを盾にしながら片隅へと指をさす。定まらない指先を追ってエイイチが顔を向ければ、前足を伸ばして行儀よくお座りしているガンピールがそこにいる。

 エイイチはすべてを察した。

 

「お、落ち着いて。あれは、ほら――柴だよ、柴犬! 他より少しでっかいだけだから!」

「え、柴犬!? 犬……へ、へぇ。柴犬って、ああいう……?」

 

 柴犬は狼の遺伝子を色濃く継いでいるといわれる。

 とはいえ苦し過ぎる誤魔化しだと祈る気持ちでいたのだが、想像以上の無知っぷりをマリは露呈していた。これはいけそうだとエイイチも思い直す。

 

「眉の辺りとか白く色が抜けてるだろ? 麻呂眉は柴犬の特徴だよね」

「ふ、ふぅん。最近の柴犬って、強いんだ……」

 

 そう。たとえばガンピールが狼ではなく本当に柴犬だったとしても、マリが見ただけで屈してしまった強者であることには変わらないはずである。

 古来より日本で親しまれてきた犬種だからだろうか。不思議なもので柴犬だと認識をあらためたマリは、安心しきった様子でホッと胸を撫で下ろすのだった。

 

 しかしここで難が去ったわけではない。

 

「ガンピール……おまえ……そっか」

 

 エイイチとマリ、ガンピール、三者が一斉に声へ反応した。

 入り口扉にはセンジュが立ち、呆然とガンピールへ視線を向けている。

 

 これにエイイチはまた頭を悩ませる羽目になる。常識が欠落しているマリとは違い、そもそもガンピールの飼い主と目されるセンジュになんと言い訳したものか。

 

「センジュ。わたしのナワバリに勝手に入らないでくれる」

「え、えーと違うんだセンジュちゃん、これはその、たまたまガンピールの鎖が壊れたっていうか」

 

 詰め寄るマリも、あわあわと言い訳するエイイチも無視して、センジュは開いた手へと目を落とした。

 

「……そっか。だから、あたし……」

 

 消え入りそうな声で呟き、どこか納得したようにセンジュは弱々しく拳を握る。

 再び顔を上げたセンジュは、真っ直ぐにガンピールを見つめて。

 

「よかったね」

 

 やわらかく首を傾げると、本当に心の底からの笑みをこぼしたのだ。

 返答なのかはわからないが、ガンピールも瞳にセンジュの笑顔を映しながら、尻尾を大きく振ってみせた。

 

 エイイチとマリは状況が掴めず、二人して顔を見合わせる。

 

「邪魔したな。待雪マリ、猟幽會がたぶん今夜にも来る。アンテナ張って備えとけ」

「え? わたし実を育てなきゃなんないし、猟幽會なんかに構ってるヒマ――」

 

 マリが言い終える前に、センジュはさっさと時計塔を出ていってしまう。

 

「センジュちゃん……?」

 

 憤慨するマリをよそに、エイイチは何か思うところがあるのかセンジュの出ていった扉へしばらく目を向けていた。

 

「もういい。わたしも部屋に帰る」

 

 まだ多少おっかなびっくりしながらも「バ、バイバーイ」とガンピールへ手を振って、マリもそっと室内から消えたのだった。

 

 そして、夜が来る。

 

 

 

 諸々の作業後に、エイイチは再び屋根裏の時計塔を訪れていた。

 夜風にあたりながら、大時計の裏側より月を見上げている。

 

 円を描いて伏せる黒狼にゆったり背を預け、ガンピールも尻尾を往復させてぺしぺし顔を叩いてくるものの、抗議にしては形だけでエイイチのリラックスを妨げるものではない。

 

「ブルームーンが来たらお別れ、て言ってたよな」

 

 満月の周期は一ヶ月よりもわずかに短く、月に二度目のフルムーンのことを“ブルームーン”と呼ぶ。

 前回の満月は数日前だ。今月にブルームーンが来るのだとして、まだ二十数日は猶予がある。

 

「それまでにセンジュちゃんの悩みを解決しないとな。まずは今夜来るとか言ってた猟友会の対処か。……あ、またUFO見つけた」

 

 ぶつぶつ独りごちるエイイチは、ふと夜空に違和を感じた。未確認飛行物体のことではなく、月が薄まり空が明るみ始めたのだ。

 

「あれ……? もう夜明け? たしかまだ22時くらいじゃなかったっけ。……なんか、雲の動きがめちゃくちゃ早い気がするけど」

 

 伏せていたガンピールも耳を立て、続けてむくりと巨体を起こす。エイイチと同じく一点、黒狼は空を見つめる。

 

 白んだ空に駆け足で太陽が昇ったかと思えば、慌ただしくも西へ沈んでいく。また暗く塗り潰された空へ、瞬く間に朝が来る。段々と早く、繰り返される。

 天体写真で星の軌跡を見たことはあるだろうか。あのスタートレイルを肉眼で確認できるほど、空は異常を示していた。

 

「おいおい……なんだよ、これ」

 

 これこそが猟幽會、絶苦の秘技――。

時流(ときなが)し”である。

 

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