萌ゲーアワード受賞のアダルトゲーに転生したと喜んでたら実は設定が似通ったとある洋館ホラーゲーだった件   作:シン・タロー

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#37

 

「かの館を囲う森には“神”などと呼称される化物が棲んでいる」

「神?」

「よいか、おまえが先駆となって道を切り開くのだ。抜かるでないぞ――“X10(エックスジュウ)”」

「……わかった。行ってくる」

 

 それがまるで本能であるかのように、少女はこれまで多くの異形を狩ってきた。

 いかなるときも先陣を切り、北の果てから南へと下る道中、めぼしい異形はすべて根絶やしにしてきたのだ。今回も問題はない。

 

 疑問などあるはずがない。

 異形を狩り尽くす。それが少女に課せられたただ一つの使命であり、運命だった。

 

 山へと分け入り、険しく深い森を踏み進むこと数日。地図もコンパスも持たない少女は、異形の気配を敏感に察知する。“近い”と、鼻をひくつかせる。

 

 各地で猟幽會に追い立てられ、逃げ込んだわずかな生き残りの異形が集う館――狼戻館。

 化物どもの最後の砦。間もなくここを落とせば、異形の一掃という長きに渡る使命がようやく終わるのだ。

 

 終わり……? と。

 自身のその後を思い描こうとして、少女は頭を振ると雑念を追い払う。狼戻館に潜む異形はまだ七名も残っている。いずれも強力な個体だと“猟幽會の老紳士”から聞き及んでいたので、気を緩める段階ではない。

 

 それでも自身が敗北する姿など想像もできなかった。

 異形の気配を頼りにさらに歩んでいけば、少女は大木のふもとで体を休める巨大な黒い狼と突然に遭遇する。

 

 硬直した体を瞬時に反応させて距離を取る少女。異形の気配を感じ取れる少女が、事前に察知もできなかった。

 これが“神皮(かんぴ)”かと少女は理解した。広大な山と森に君臨し、かつて恐怖で支配した人間の生贄すら要求していた黒狼。

 

 異形は狩るのが少女の使命だ。素早く短刀を引き抜いた少女は、自身の腕に刃をあてがい黒狼を睨みつける。

 巨体を深く沈める黒狼も、鼻頭にしわを刻みつけながら唸り声をあげている。

 

 睨み合う両者は、しかしどちらも動きはしなかった。

 

 少女は“違う”と、直感する。黒狼の発する敵意は、自身が向けている敵意だと。現に少女が短刀を納めると、黒狼は拍子抜けしたように唸るのを止めたのだ。

 

 この黒狼もまた異形――化物なのは間違いない。

 けれど。

 

「おまえ……」

 

 歩み寄る少女の瞳をじっと見つめる黒狼は、なぜか逃げようとも襲いかかろうともしなかった。

 

 

◇◇◇

 

 

「……なんで、今さらこんな夢」

 

 自室のベッドで目覚めたセンジュは、おもむろにシャツを脱いでフローリングにべしゃりと投げ捨てる。薄い身体を見下ろしながら撫でた素肌はどこもかしこも汗に濡れていた。

 

「くそ」

 

 不快な夢だった。不安定な自分、不安定な立場。己が何者にもなれない現実を叩きつけられるような、そんな痛みを伴う夢。

 

 センジュはてきぱきと運動着のジャージへ着替えると、すぐさま部屋を飛び出した。外は太陽の片鱗も見えない時刻だったが構わない。裏庭には昨日の雨で形成された水溜まりがいくつも残っていたが知ったことではない。

 こういうときのセンジュは焦燥感に駆られたように、決まってトレーニングに打ち込むのだった。

 

 

 

 狼戻館滞在十二日目の朝である。

 エイイチはエイイチで悩みを抱えていた。

 

 ここ数日はドッグランの整備に、三階廊下破損部の修復作業。ガンピールの餌付けに、マリのご機嫌取り。センジュへの寝取られ防止研修など目の回る忙しさだ。

 だが悩みの種はそこではない。毎日は楽しく、充足した日々にはエイイチも満足している。

 

 では問題はどこにあるのか。

 言わずもがなエイイチの悩みとは“性”に関してである。

 

 本日も朝から三階廊下にて肉体労働に勤しんでいたエイイチは、ふと現状を思うと、振り上げたトンカチが止まる。

 

「……アダルトシーン……遠くない……?」

 

 近頃はこの疑問を無意識に胸の奥底へと封じていた節がある。しかし一度呼び起こしてしまえばエイイチに止めどない憂いをもたらした。

 毎日が楽しかった。美女、美少女に囲まれ、失われた青春を取り戻すかのような甘酸っぱい日々に、うっかり忘れてしまいそうになったことは何度もある。

 

 ここは【洋館住んで和姦しよ♪和洋セックちゅ♡】という萌ゲーアワードを受賞したエロゲーの世界。かわいいヒロイン達とイチャコラするだけの恋愛ゲーとは一線を画す。恋愛のその先を見据え、至高のアダルトシーンへ到達することこそエロゲーの目的なのだ。

 

 センジュのルートはどうにもラッキースケベなど遭遇する機会が少なく、そのせいでマリを攻略したときのようなモチベーションが保ちにくいのではないかと常々エイイチも考察するところだった。

 あとは立ち位置か。“お兄ちゃん”などと呼んでもらいたいだけあって、エイイチはどことなく兄目線でセンジュのことを見てしまうきらいがある。やはり情欲よりも庇護欲が勝ってしまう場面が多々あるのだ。

 

 だからこそ今一度原点へと立ち返る必要があった。兄想いの健気な妹が、エッチな本性を秘めていたとて何ら責められるべき事案ではない。

 原作エロゲーの三女が“小悪魔搾精マシーン”などとあだ名されるように、現実世界に顕現したセンジュもそのパーソナルを引き継いだエロゲーヒロインなのだから。

 

 ともかく今のままでは、センジュとエッチなハッピーエンドを迎えるなど夢物語。まずはアダルトシーン、一つ。そのためには、原作エロゲーと同じく“留学”という不安の種を取り除いてやる必要がある。

 

「よし……やるか!」

 

 補強板の釘に力強くトンカチを叩きつけたエイイチは、嫌われることなんて怖くもないぜと不敵に笑う。

 

「強引さも時には必要だって言うしな。案外こっちが強気に出れば、センジュちゃんもタジタジの媚び媚びになって――」

「誰がたじろいで媚びを売るって?」

 

 屈んだ姿勢のまま仰ぎ見ると、トレーニング後らしいセンジュが腕組みをしながらエイイチを見下ろしていた。

 センジュの目はまるで、放置されたゴミでも見るかのように細められている。

 

「おい。なんとか言ってみろよエーイチ」

「……つ……疲れた体には、ダージリン飲んでコーヒーブレイクしようぜっていう意味の略語で」

「ダージリンならティーブレイクだろ」

 

 もはや誤魔化しの言葉も出ないエイイチは、すっくと立ち上がると、いたってシリアスな表情を作り込んだ。

 

「センジュちゃん。この前言ってた最後の別れっていうのは? ブルームーンが来たらどうなるっていうんだ。よかったら俺に話してくれないか?」

「おまえこの流れでよくそんな台詞吐けるよな」

 

 センジュは呆れたものの、段々とエイイチという男の性質はわかってきていた。大きく息を吐いたセンジュは、未だキメ顔を続けるエイイチの頭を一発叩いて、顎で私室へと促すのだった。

 

 

 

 朝から頭を悩ませている人物がもう一人。

 マリは苛立ちを押し殺すようにベッドへうつ伏せていた。枕に顔を埋め、フスーと鼻息の熱を低反発へと送り込む。

 

 下着を洗う時間だというのに、いつまでたってもエイイチがやってこない。そのことに腹を立てていた。

 

 最近のエイイチは弛んでいる。ついこの間まで従僕のように振る舞っていたくせに、対面の時間を制限されたとはいえ主人を蔑ろにしすぎではないかと。

 しかしそれと同時、ヒツジに過ぎないエイイチのことで感情を乱されてるとは認めたくない。マリは非常に面倒くさい状態に陥っていた。

 

 バタンバタンと足をベッドに叩きつけ、おもむろに身を起こすマリ。その瞳には、マリにはめずらしく決意の色が宿っている。

 

「べつに洗濯くらい、一人でできるし」

 

 洗い場には浴室があり、干す場所も先日エイイチがプレゼントしてくれた屋根裏があるのだ。それにたまには部屋を出て風にでも触れたほうが、いくらか気分も晴れるかもしれない。

 

 思い立ったマリは脱いだパンツを手に、浴室へ向かうのだった。

 

 いつかエイイチが熱く語ったように、マリはパンツを丁寧に漬け洗いした。満足のいく仕上がりに笑みなどもらし、続けて屋根裏の時計塔部屋へすぐさま飛ぶ。

 

 部屋には大時計の表から朝日が差し込み、室内の埃をチリチリと浮かび上がらせる。掃除が行き届いていないことの証なのだが、なぜか冒険心をくすぐられてマリは気分がよかった。

 

 陽光の中でパン! とパンツのしわを伸ばしたマリは、ふと鼻をひくつかせる。近頃のエイイチに染みついた臭いと同じ、獣臭を嗅ぎ分けたのだ。

 

 ゆっくりと顔を巡らせたマリは、部屋の片隅で丸くなるガンピールと視線が交わる。見たものが信じられないのか、マリの瞳は大きく見開かれたまま戻らなかった。

 

 人外同士、邂逅すれば自ずとわかることがある。その黒狼の力量が自分を遥かに超えることも、マリは瞬時に理解した。

 同様に、マリを取るに足らない相手と判断するガンピールは、余裕綽々に「グア」とあくびをしただけなのだが。

 

 狼戻館で唯一、黒狼の存在を知らないマリにとってその太い牙は恐怖の対象でしかなかった。それもそのはず、マリは【豺狼の宴】において第一章で役目も命も終えるはずなのだから。

 マリとガンピールが出会うことは、原作ゲームの時間軸で本来ありえないことなのだ。

 

 ガンピールが両手の爪をザクリと床板に突き立てたところで、マリの平常心は決壊した。

 

「ひぎぃぃいいい――!!」

 

 甲高い悲鳴にびっくりしたのは、本能からつい穴掘りをしてしまったガンピールの方である。マリは膝から崩折れてしまい、ガンピールは困惑するかのようにその場をぐるぐると回る。

 昨日に引き続き、狼戻館でもレアな珍事の一コマだった。

 

 せっかく自身の手で初めての洗濯を成し遂げたというのに、マリがもう一枚パンツを洗う羽目になったことは言うまでもない。

 

 

 

「……なんか今、マリちゃんの悲鳴が聞こえなかった?」

「悲鳴? 気のせいだろ」

 

 エイイチを自室に招き入れたセンジュは、ハッと窓へ目を向けると静かに駆け寄る。音もなく窓を開き、彼方を見据える様は歴戦のスナイパーのようだ。

 

「どうしたの?」

「待て。なんか、嫌な気配がする」

 

 マリの放つ蛾は広範囲の索敵に有用だが、センジュの視線は一点集中で遥か遠方まで見通せる。そしてセンジュの視界に映し出されたのは二つの人影だった。

 

「……なんで、あいつが」

「あいつって? てか俺なんにも見えないけど」

 

 センジュの隣で目を凝らすエイイチには、いかなる人影も捉えられない。現在のセンジュは優に五十キロは先の人物を見通しているのだからそれも致し方ない。

 

「猟幽會の……“老紳士”」

「え、猟友会? また来たの!?」

 

 狼狽するエイイチは、めずらしく焦るかのように顔を歪めるセンジュを盗み見て、口もとを引き締める。

 

 

 

 センジュの見立ては正しかった。

 狼戻館を遠景に臨む針葉樹林の一画に、猟幽會が二人。一人は先日センジュを訪ねてきたアイナだ。

 

 そのアイナの隣に立つ男は燕尾服を纏い、後ろ手に白手袋を身に着け背筋を伸ばしている。

 

「あなた方のおっしゃる、こんなロートルをよもや最前線に駆り出すとは……いやはや骨が折れますな」

「うちだって、あんたなんか頼りたくなかったよぉ。でもお仕事だよね? 使命じゃん、うちらのさぁ」

「はて。B1の敵討ち――といったところがI7の本音では?」

「黙れ。うちはアイナだ。……い〜い? うちが見た限りぃ、あそこにいる奴でヒツジがいっちゃんヤバい。だからあんたを連れてきた。わかる? それだけ」

 

 かろうじて穏やかさを装ってはいるが、アイナの声質には鬼気迫るものがあった。狼戻館を見つめる眼差しには憎悪しかなかった。

 燕尾服の男はオールバックにした白髪に櫛を通すと、先立って歩き始める。

 

「私は構いませんよ。……X10さえこの手に取り戻せればね」

「そ。じゃ〜首尾よくやれよなぁ――“絶苦”」

 

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