救護騎士団のアルバム:はじめてのママたち。
鷲見セリナスヤスヤと眠るスズランを横目に、小さなランプの下で本を読み漁る私達
誰が撮ったものなのだろうか、窓の外から撮影されていた。
まだみんなの協力を得る前だったと思うのだが。
スズランの子守りを交代交代、本屋さんに駆けて行き
子育ての本を棚の端から端へと買い漁った思い出。
その本は当時のそのままアルバムの隣に立ててある
何冊もあるそれを懐かしくなって開いてみると
擦り切れるに読み込んだ小口には
もうボロボロになったページとインデックス、それと付箋。
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スズランにミルクを飲ませて眠らせた後
私達は寝巻のままで小さな机に顔を寄せ合う。
「やっぱりー!あっちの本とこっちの本で書いてる事がちがいますー!」
「しっ、ハナエ、声が大きいですよ!
スズランが起きてしまったらどうするのですか」
診療用の小さな電気スタンドに集まって何冊もの本を次から次へ。
ハナエの両手には付箋紙、ミネ団長の手には蛍光ペン、私の手にはメモ帳
それぞれがそれぞれに一生懸命にその本と向き合う。
かれこれ5冊目にも到達したその本たちのなかには
それぞれに筆者で違う子育て持論。
それが私達を悩ませて、どうするべきかが困りもの
「まず、スズランの年齢を調べるべきでしょうか」
「この本だとスズちゃんくらいの見た目だとー…
生まれたばっかり?…うーん…なんだか違うようなー…」
「体重では生後2か月くらいではないですか?」
「まず、あの痩せ様ですから体重はアテにはならないでしょう」
それぞれが本を捲ったり、指さされるページを見たり
その時々に隙を見て、スズランが寝息を立てる音をに耳を立てたり。
「年齢が分からない事には、食べていいものも分かりませんからね…」
本を見て見ても、どうしても書いているのは
"〇〇は生後何週、何カ月ごろから"という記載。
それもそのはず、このような本を買うのはお母さん達
今が生後のいつ頃なのか、なんて調べる必要すらないだろう。
そして私達を困らせるのは
病院の手伝いで分娩や、保育に立ち会ったことはあれど
あくまでお手伝いをする立場だったということだ。
「…飢餓状態にあったのですから、栄養を取らせないとですよね」
「ミルク…、離乳食…離乳食も種類があるようですね…」
私とミネ団長が頭を抱える。
はぁ。と小さく重なる二人のため息。
どうしようか、とお互い目をあわせて、次はハナエ
と思ったのだが、既にハナエはスズランの隣で本を片手に見比べる。
ぷに、とつついた唇にスズランは反射でその指をくわえる
ちゅぱちゅぱと口を動かすその小さな命をニコニコと見守るハナエ。
「まだ歯は生えていないみたいですー」
「こら、ハナエ…いえ、そうですね。歯がない、ということは乳児でしょう」
ミネ団長がぱらぱらとページをめくって乳児のページ。
そこには母乳を与えるタイミング、と書かれている
そして同じく私の手に握られた本「聖母と呼ばれて」のページをめくると
数百人もの子育てを見て来たというその人の本には
"子供は可能な限り母乳で育てましょう"と書いている。
自分の胸へと目を落とし、私には無理だとため息ひとつ。
ちらりとミネ団長の胸へと目を向けると
その意図を察したかのように、腕と羽根で胸が隠された。
「さすがに母乳は出ませんよ。」
「…分かってます、でも団長ならできそうな気がして…」
もう、と頬を紅くするミネ団長。
きっと私も逆の立場なら同じことをしていたであろう。
そんな私達のもとに、指についたスズランの唾液を拭いながら戻って来るハナエ
「なんのお話ですかー?」
その声に私達の目線はハナエに向く。
いや、ハナエに、というよりもハナエのその立派な胸に。
その目線に気付いたものの、頭の上にハテナを浮かべて首をかしげる。
なんと説明しようにも、目は口ほどにモノをいう
なんて言葉もあるもので、私達が視線を外した先には先ほどの内容。
私達の手元の本を覗き込みふむふむとその文字列に目を通す。
「母乳ですかー…がんばったら出ますかねー?」
自分の胸を見下ろして、たゆたゆと持ち上げてみるハナエ。
本によると、妊娠10か月くらいから準備が始まる、とのことのため
そんな経験のない私達には残念ながら出るわけもない
「出るわけないじゃないですか。」
「ですよねー、どうやったら出るんでしょうね?」
馬鹿馬鹿しい、とため息をつく私の隣で、ミネ団長は本を捲る。
それも真剣な顔をして、書架に入れていた医学書まで引っ張り出して
何やらそのページとにらめっこ。
母乳がつくられる仕組みのページを開いて
育児の本と見比べて、首をかしげてさらにページをめくる。
「…なるほど、身体的な大きな変化ではないのですね」
「ミネ団長?」
「疑問ではあったのです。私達はこれでも子供が産める年齢です
つまり肉体的には成熟している、ということではあるのです。」
その分厚い医学書の小さな文字を指示し
エストロゲンとプロゲステロン、プロラクチンとなんだかよくわからない単語と
小難しい文字の羅列を指さして私達へと説明する
「つまりは母乳が出るかというのは、ホルモンの影響なのです。
妊娠を経てホルモンのバランスが変わり、母乳を出す準備をする
出産が近づき、出産をすることでそれが母乳を出すホルモンに切り変わる。」
「なんだか難しいお話ですー」
ちんぷんかんぷん、という顔をしてハナエが頭を回す
私にも、詳しい話が理解できているかというとそうではないのだが
なんとなく、ミネ団長の言わんとすることは理解してしまう
「そのホルモンというのは、母乳を与える事で刺激されて分泌される、と。」
「つまりおっぱいをあげるからおっぱいが出るようになるってことですね!」
「はい、そういう事です。」
ハナエようやくミネ団長が言いたいことを理解する。
なるほど、と手を打って、ふむふむ頷いているのだが
言葉の意味は理解しているようだが、言葉の意図は理解していないのだろうか。
「まさか…ミネ団長?」
「…スズランに母乳を与えようとしていれば
母乳が出るようになるかもしれません。」
「まさか、団長…本当にやるんですか!?」
じっと固まるその空気、みんな自分の胸に目を落とし
その可能性のふくらみへと熱い視線を送っていた。
「…なんて、そんな不確定なことをするより
普通に粉ミルクをあげた方がよいでしょうね」
「…ですよねー!びっくりしましたー!」
「…もうびっくりさせないでください、ミネ団長…」
ふふふ、ははは、くすくすとお互いの顔を見て笑いあう
なんだかちょっと緊張してしまった私達にどっと疲れが降り注ぐ。
「もう遅いですから、寝ましょうか。
最初の夜泣きの当番は私がしましょう。」
私達はスズランちゃんの夜泣き対策の哺乳瓶を準備して
それぞれ寝巻に着替えて部室のベッドに寝転がる
部室のベッドぜんぶを繋げた特大のベッドの上で
普段は気にもしないのになんだか意識してしまう自分の胸をちらりと見て私達は眠りについた
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数日後、偶然にも専門家の先生とお会いできることとなり
私達は答え合わせをすることになる
「ははは!可能性としてはなくはないんだけどね
妊娠中の乳腺や乳管の発達がない状態だと
まあ、ほとんどありえないと思ってくれて構わないよ!」
私がちょっと熱くなる頬を感じる
それはミネ団長も、ハナエも。
3人揃っておんなじ様子で目を逸らしていたのは
きっと、一緒に勘違いで「もしかして」なんて騒いでいたから、だと思う。