救護騎士団のアルバム:ナギサ様とスズラン。
桐藤ナギサセイアさんの定期健診の日
ナギサさんにスズランを預け、病院へと同行をした日だったはずだ。
生徒会室の一角、プレイマットを敷いた一角で
スズランと一緒にハイハイをしているナギサ様
とてもいい笑顔の写真と、同じポーズで顔だけこちらに向けて
真っ赤な顔をしているナギサ様の写真が2枚並んでいる
―――――――――――――――――
「それでは、ナギサさん。スズランをお願いいたします。」
「ええ、尽力します。」
今日はセイアさんの定期健診の日だ。
数か月に一度の病院での精密検査とあって、ミネ団長がエスコートをする。
ミネ団長がベビーベッドを担いでやってきたときは何事かと思ったが
その中に満載されたスズランさんの玩具やプレイマット
ベビーサークルなどをテキパキと設営し、
生徒会室の一角はすぐに子供用スペースになった
まだハイハイを習得したばかりのスズランさんは
私の腕に抱かれミネ団長に手と生えたばかりの翼を振って、
元気よくミネ団長を見送っていた。
「ふふ、スズランさん。今日は私達と遊びましょうね。」
私を取り囲むように、生徒会のメンバーたちがスズランさんの顔を覗き込む。
最近は派閥で分かれなくなったその生徒達は
今では誰がどこの派閥に所属しているなんて意識がだんだんと薄れかけていた。
「あの、ナギサ様…私も抱っこしてみてよろしいでしょうか…」
「スズランさん、どうしますか?」
「だー!」
スズランさんに問いかけると、そちらへと両手を差し出して
抱っこを受け入れるポーズをとる。
きっとこうやって色々な人に抱かれているから、
その言葉の意味は学んでいるのであろう
「かわいいですね…」
「次は私にも…」
「あ。ずるい私にもお願いします!」
私に負けず劣らず、不器用に抱き上げるその生徒に
私と周囲の生徒は落とさないように手を添える
当のスズランさんと言えば、色々な人に囲まれてご機嫌の笑顔を見せている。
色々な生徒の腕の中を渡り歩き、抱き寄せられては羽をパタパタ
羽のある生徒の羽根を見つけては、それに手を伸ばすスズランさんを見ながら
私は傍に控える一人へとスズランさんから目を離さずに言葉をかける。
「…例の物は、用意してありますね?」
「はい。つつがなく。」
この日は前から計画をされていた。
ミネ団長をはじめとする、救護騎士団の皆さんの目を離れる日。
これを用意するのに、どれだけの苦労をしたのか、は筆舌に尽くしがたい。
事前の調査も怠ってはいない。
スズランさんの生育具合、その推定年齢からきちんと体に影響がないことは調べ尽くしている。
そして、つい先ほど、密偵を頼んでいた生徒からの情報も入ってきたばかり。
「生徒会室に来る頃には、ちょうどおやつの時間です」と。
ひとしきり抱きたい生徒の腕の中を渡り歩いて
抱っこにも飽きて来た様子のスズランさんを見計らって私は言う。
「例の物を。」
「承知いたしました。」
私に付き従う生徒の一人が、冷蔵庫から白い箱を取り出す。
それをテーブルに広げて開けると、その中にはロールケーキ。
今、スズランさんが食べてもよい材料のみでトリニティいちのパティシエに作らせた特注品だ。
私が椅子に座ると、スズランさんが私の膝へと戻される。
そして切り分けられたロールケーキの一切れと、先の丸い子供用フォークがテーブルに置かれる。
スズランさんはそれが何かを理解はしていないようで
ロールケーキの渦巻きを見て首をかしげていた。
「スズランさん、おやつですよ。」
「やぃ!」
私が傍に寄せられたお皿の上のロールケーキを一口大に切り分け
スズランさんの口元へと運ぶと、大きく口を空けてぱくり。
それを口に含むと、目を大きく見開いて、ほっぺたに手を当てた。
「美味しいですか?…ふふ、美味しいでしょう?」
私がもう一切れを切り分けると、スズランさんはすぐに口を空け
次の一口を待って「あー!」と声を上げた。
「これはロールケーキと言うんですよ。」
その小さな口で一生懸命に咀嚼をする。
ごくんと飲み込むともう一口、もう一口と食べ進める。
途中で生徒会のメンバーへとフォークを渡してあげると
またも代わる代わるに、スズランさんへとロールケーキを食べさせていた。
しばらく食べ進めたところ、カットしたロールケーキも1/3を残すところで
どうやらお腹いっぱいになってしまった様子のスズランさん。
お腹がいっぱいになったらおねむのようで、私の腕の中で目がとろんと溶け出す。
「おねむですね。はい、ゆっくり寝ましょうね。」
私はスズランさんをベビーベッドへと連れてゆく。
ミネ団長曰く、すぐに寝がえりをうちたがるのは、羽が気持ち悪いから、だそうで
寝がえりで窒息をしないかだけは注意をしておいてください、とのことだ。
「いいですか、皆さん。二人一組でスズランさんの監視を行います。
寝がえりをした場合、窒息状態でないかをすぐに確認してください。
私の指示に従って二人一組がつくられる。
とはいえ、眠っているスズランさんにみんな目を奪われているようで
その二人一組も関係なく、みんなの視線の中でスヤスヤとスズランさんは眠っていた
―――――――――――――――――
それからしばらく、私のスマートフォンが光って着信を知らせた。
確認すると音を消していたことを後悔するほどの着信数
しまった、スズランさんへと夢中になりすぎてしまったかもしれない。
私はスズランさんを起こさないように小声で指示を出していたつもりだが
ベッドの方では寝起きのスズランさんが四つん這いになって、その翼をぐいっと伸ばす。
「あら、起こしてしまいましたか…」
私はスズランさんへと駆け寄って抱き上げる。
まだ寝起きではっきりとしない目をこするスズランさん。
寝て、起きたら運動、子供の大切な仕事の一つだと
ベビーサークルへとスズランさんを移す。
スズランさんを降ろしたら、誰かに任せて執務に戻ろう。
そう思っていたのだが、スズランさんは私の服をしっかりと握って離してはくれない。
「…困りましたね、私も少し出ようかと思っていたのですが」
「ナギサ様はスズランさんのお相手をされてはいかがでしょうか。
代わりに私達が現場へと向かいますので。」
本来、留守番を任せるつもりだった2人が申し出る。
私がその二人に「お願いします」と言うと、二人は頭を下げて生徒会室を後にした。
私とスズランさんの2人きりが残された生徒会室。
私達と微かにBGMのピアノソナタだけが残るその室内は、少し寂しく感じてしまう。
以前であればその方が安心できていたはずなのだが
私一人で幼児の面倒を見るというのにはどうしても不安が残ってしまう。
しまった、指示を間違えたと思いつつ
スズランさんと二人でベビーサークルの中に取り残された私。
しばらくすると私を離してはいはいを始めたスズランさん。
ボールを追いかけたり、ベビーサークルに沿って回ってみたり。
「とってもはいはいがお上手ですね。」
「う?」
はいはいの途中、私の声に反応してか、こちらをちらりと見るところんと転ぶ。
きっと私が座っていたので、それを見上げてバランスを崩してしまったのだろう。
ならば目線を下げてはどうか、私はスズランさんのように四つん這いになる。
「いひひー、あーだ!」
「スズランさん…あーい。」
「うー!」
「だぁ!…うふふ。」
スズランの真似をすると、いっそう輝くその笑顔に
私もつい夢中になって返してしまう。
スズランさんがはいはい始めて、わたしもはいはいでおいかける。
「あー」というので「だぁ!」と返してみる
「やー!」と言うと「うー」と返してくれる。
そのうちに私の不安は溶け出して、スズランさんと一緒になって遊んでいた。
一緒にボールを追いかけて、はいはいでベビーサークルの端から端までを競争して。
本当に赤ちゃんに戻ったような気分で二人で遊ぶ。
「スズランちゃー!」
「ゃあー!」
「あだだー!」
どれくらいの時間が過ぎただろうか、もう夢中になって時計なんて忘れていた。
とても楽しい時間で、自分の立場やこの場所のことなんて忘れていた。
それを現実に引き戻したのは「カシャ」という電子音。
それだけで意味がわかってしまうその音に、私の躰が硬直する。
どうしても知りたくないその発生源に知らない顔をするわけにいかない私は
抵抗する心に反して、ギギギと音を立てるような感覚で首を回して、音の方向を見ると
ドアの隙間からスマートフォンのカメラを構えるセイアさん。
そしてその後ろにはなんだなんだと覗くハナエさんとセリナさん。
口に手を当てて「あら」という様子のミネ団長。
もう一度、カシャ、という音が静かな生徒会室に鳴り響いた。