こんにちは!逢来りんです。
5月24日に23歳になりました!
少し遅くなりましたが、たくさんのお祝いの言葉をありがとうございました。OFUSEの方では一人一人お返事を書かせていただきました。こんなにたくさんの方々に祝福してもらえて、本当に幸せ者です!
振り返ってみれば、22歳の誕生日の時とは一転、環境が変わりました。私生活では引っ越しや猫の登場、お仕事的には声優活動への復帰などなど。勇気を出して行動してしまえばあっという間に現実が変わっていき、その目まぐるしさにてんやわんやではありますが、確実に前進できた22歳でございました。
いい機会なのでまた自分の内面のこととかお話したいな。23歳おりん、頭の中身編。
よく東京を歩いていると、こんな景色だったっけ、と思うことがあるんです。東京は街並みが変化するのも早いですけど、そういうのではなくて。私がその道を全く違う気持ちで歩いているから感じるものが違っている、というお話です。
泣きながら帰った道、嬉しすぎてスキップしながら帰った道、息をするのも苦しく感じた道。そして今、自分を振り返りながら歩いている道。
嬉しいことばかりは起きないけれど、どんな時でも年々、足取りは軽いです。
それに気がついたのはホント最近で、それこそ22歳の間とか。視点が変わると見える景色が変わるなんてのはありきたりな言葉ですが、実感すると新感覚でした。おまけにいい感じでした。馴染みがいいというか。
こういう「しっくりくる」感じを体験して思いついたのは、例えば何かを選ぶときの指標にしたら、自分が認識する世界を自分らしくできるのでは???という発想でした。
みんなもうやってる?私は全ッッッッ然。みんなからしたら今更すぎる話かもしれませんが、ちょっと聞いてください。
例えば新しい自分になろうとして関心のなさとは裏腹に流行りを取り入れてみたり、全く考えてもいないことをわざわざ言ってみたり、違和感を感じても恐れをかき消して突き進んだり。
とにかく、逆張りをし続けてきたんですね。自分の感覚に自信がないから。
でもやってるうちに、そういう選択肢の上に立ち続けるのには限界が来ると知りました。今でこそ言えるけれど、ちょっとした自分の中の引っかかりってあながち間違ってなかったりするんですよね。これでも生きてきたわけなので、そう言うセンサーは嫌でも培われてしまうものだと思うんです。
私は心のキャパシティが大きい方ではないので、一般的に辛いとされることは全部辛いまであります。
でも危機管理能力がバグってるおかげで、高みに登ろうとする気概だけは抜群で、そう言う大胆さは武器とも言えるのかなと思います。
最近私をよく知る友人からは、「マゾヒストなの?」と評価していただきました。
はい、そうです。そういう内面の背景もあって、色々特に10代の頃なんかは体当たり人生でした。
私がPTSDを発病したとき、18歳くらいだったかな。やっぱりそうだったか、そりゃそうなるよな、と納得すらしちゃえた精神状態でした。だからもう気づきかけていたんだと思います、自分自身で詰みに向かっていることに。ヒェ。だからそこには戸惑いがありませんでした。
幼少期から、何を信じる“べき“なのかわからないという不自由さがありました。それは今思い出すだけでも苦しく、今後克服できる自信もない記憶です。(BADエンド見たいがために選択肢あえて全部外すみたいな生き方していました自分の人生でそう言うことするもんじゃありませんよ!!!!!!!!!)
こんなに羽を広げて生きることなんて想像もできないくらい、私はいろんなものにがんじがらめで。
だから小中ではべらぼうにいじめられていたし(つら)頑張ってはいたけど満足に登校できませんでした(つら)あぁ、不登校について考えていることもたくさんあります。いつかお話しできたらな。簡単に言葉にはできませんが、考えていることは山ほどあります。
そんな私が想像した、私と真逆の世界、声優業界に魅入られて、変わりたくて必死で。でも、私はどこにいても何をしてても私以外になることはできませんでした。
そういう10代を経て「できないこと(その瞬間できても継続できない)」をたくさん知ってしまったし、「できること」を数えた方が良い、という考え方にも辿り着くことができました。
自分の手札をまずは知るところからです。そして目の前に選択肢が現れた時の選び方こそが「しっくりくる」の感覚だと思うんです。だからこれからは、23歳は、そうやって必要なものを集めていきたいと思っています。
そしてそこになんの忖度もなく、後ろめたさもなく、ただただその心地良さを選べることを、私は「幸せ」だと感じます。
これからはそういう自分の感性を信じることが幸せに繋がっているのだと信じてみようと思います(なんか日本語へん)
ともあれ、どんな過去があれ、障害があれ、私はどう足掻いても強制的に未来にしかいけないんです。なので毎日毎分毎秒、幸せへ向かうための選択を取ります。疲れたりして人が羨ましくなったりしたら、頭に栄養が足りないだけなのでとにかく美味しいもの食べます。
実際こうやってフリーランスになってみて、自分の選択の責任を取り続けることも精神的に大変なんだけど、私的にはそれよりも「こうするしかなかった」と思わされることの方が何倍も辛い。だから、泣いても笑っても、誰も恨まず、羨まずにいられる。そういう私になっていきたいです。
今は、絡まった自分を解いていくことに一生懸命です。だけど私は一人では生きていけないので、周りの人や猫に癒しをもらいながら、福祉に助けられながら、美味しいものを食べながら、生活していくことにしました。それにもう今の時点ですっごく幸せなんですけど、まだまだやるよ!貪欲に。せっかくもらった命だから。
そして、人は“自分のためだけ“に生きていくことはできない、と私は考えています。
三島由紀夫氏の言葉の受け売りといえばそうなのですが、活動休止から復帰に至るまでの日々でよりそう思いました。
だけど「みんなのために」は抽象的すぎるので「自分の周りの人達と幸せでいるために」今、できることをします。前のブログにも書いたけど私は既にそれを叶える手段を持っていました。声優のお仕事です。
みんながいてくれるおかげで私は今ここに存在しています。
幸せな自分でありながら、周囲の人の幸せを願いながら、私はここにあり続けます。だから私と共に生きてくれたら嬉しいです。一緒に生きましょう、やっていきましょう。
来年24歳のブログを書くときにはまた新しい私でいられるといいな。
ながーくなりましたが、結局何が言いたいのって、
いつも本当にありがとうございます!
23歳になった逢来りんも、よろしくお願いします・:*+.\(( °ω° ))/.:+
です!
またよければ読みにきてください。おりんのへやもよろしくお願いします🏠
またね〜
2025年6月1日 逢来りん



コメント
1いつも自分の言葉で、自分の考えてることをしっかり丁寧に説明してくれるおりんちゃんのnote
考えを整理して書くのは時間掛かるだろうし、ある意味自分を曝け出すことにもなるので勇気がいることだと思いますが
これからも楽しみに来てます