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無才の少年、最底辺から虹眼を開く  作者: 久日
第1章 夜明ける初夏、春の花の灯
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02 その目で見る本当

主人公がボコボコにされます

或斗が、自分の目で見たもの以外、"本当"ではないと気づいたのはこの日である。




ダンジョン社会でダンジョン適性の低い孤児の立場がいかに悪いかという話はもはや耳タコだろう。


そんなわけでと結ぶのはいささか乱暴ではあるが、大体の孤児は警察が嫌いである。


それは孤児院から小金をかっぱらっていったこすい窃盗犯の捜査が適当だからであったり、知らない適当な空き家でダンジョンネズミを捕まえているのが見つかったら厳重注意を受けるからであったり、19時以降の出歩きに職質(めをつけ)られたらダンジョン攻略者証明書を出してもしばらく解放されないからであったり、様々な要因がある。


ダンジョン社会ではダンジョン攻略者であれば18歳以下でも22時までの外出が認められているのだ。


こちらはどこからどうみても正当なモグリの恰好をしているというのに、見た目が少々幼いからとかガタイが良くないから(大きなお世話である)とか難癖つけられてダンジョン攻略者証明書の提示をいちいち求められるのは非常に遺憾である。


コイツら全員暇なのかと疑う。


つまり遠川 或斗16歳孤児も例にもれず、警察のことは嫌いである。


だからといって、放課後アポなしで家に押しかけて来た警察の捜査員を横柄に追い返せるわけはないのが問題だ。


まあ或斗は個人的な通信手段を持っていないので、アポなし訪問はやむを得ないのだが。


ともかく或斗は警察の捜査員を名乗り警察手帳を見せてきた2人組を、使っていない客間っぽい汚い部屋にあげ、客用なんて概念は或斗の家に存在しないため、適当な100均のコップに水を入れて出した。


当然出したコップは捜査員たちが帰るまで一度も触れられることは無かった。


さて、訪問時の文句はお決まりの「ちょっとお話伺いたいのですが」である。


或斗がまず疑ったのは1週間少し前に買取に出した傷んだ竜牙茸3本のことだった。


やっぱり盗品だと思われて通報されたのだろうか。


その場合は非常にまずい。


盗んだ証明は簡単だが、盗んでいない証明は非常に難しい。


悪魔の照明だ。


そう何度も通っていないダンジョンのどこで何を採取したかなんて1週間以上も覚えているわけがなし、ちょっとどうしたものかと頭を悩ませた。


しかし、捜査員が切り出したのは或斗が予想だにしない人物の話だった。



親留 未零(ちかどめ みれい)さんをご存じですよね」



ちかどめ、親留。


確かに未零はそんな苗字をしていたと思う。


ここで首を横に振る意味は何もない、或斗は素直に頷いた。



「彼女とのご関係は?」


「関係と言われても……同じ孤児院出身の、子供です。もしかすると、他より少し親しかったかもしれませんが……」



もしかすると、というか実際にそうだった。


未零は本当に奇妙な話だが、或斗以外の子供と交流こそあれ、友達と呼べるほど親しく話したりはしていない少女だった。


ここで少し、捜査員の話しぶりは不可解ではないかと気が付く。


未零は亡くなった人間だ。それも5年も前に。


或斗との関係性なんて、少し調べたら分かることで、亡くなった人物なのだからそれ以降に関係性が更新されることもない。


捜査員は、まるで――



「親留 未零さんと、この5年間お会いになったことは?」


「……は?」



まるで、未零が生きているかのような口ぶりで言う。



「あるわけないじゃないですか、しん……死んだんですよ。5年前に」



或斗の口から未零が死んだという事実を言葉にするのは初めてだった。


そのせいで少し詰まって、捜査員はその間を怪しんだようだった。



「本当に? 何か隠していませんか?」


「何を……何を隠すっていうんだ、死んだ人間と会えるわけない、何なんですか、未零の幽霊でも出たって言うんですか」



怒りか、困惑か、かさぶたを弄られる痛みだろうか、声が上ずって震える。


捜査員の年配の方がじっくりと或斗の表情を観察しながら、年若い方に合図する。


すると年若い方の捜査員がタブレット端末を出して、1つの映像を或斗に見せた。


それはどこかの監視カメラか、ドローンの映像のようで、画面の右下に「2050.05.12」と日付があるが、最近のものにしては画質が荒い。


戦闘の映像のようだった、銃弾と魔法が画面の端から端へ飛び交っている。


何人もの人間が画面の中で吹き飛んだり、千切れ飛んだりしている。


顔を顰めながら映像を見ていると、炎系の魔法攻撃だろうか、突然画面にカッと白熱した光が満ち、しばらく煙で何も見えなくなる。


しばらくして煙が一瞬途切れたとき、煙の合間に人影が見えた。


桃色の髪に緑の目、荒い映像でも分かるほどに整った顔。



「……未零?」



その辺のモグリよりは上等そうな、しかし彼女の美貌には似つかわしくない黒いローブを羽織った人物の顔は、映像の荒さを理由に否定できないほどには、未零その人であった。


数秒映ったその人物はそのまま画面外へ立ち去ってしまった。



「これは友好国内で起こったテロの際の監視カメラの映像です」



間抜けに口をポカンと開けている或斗を見て疑いを解いたのか、年配の方の捜査員がそのように告げた。



「親留 未零さんはテロ組織に所属している疑いがあります」


「そ、んな馬鹿な!」



思わず或斗は立ち上がる。



「何かの間違い……合成映像なんじゃないですか!? だって、未零はとっくに」



死んでいるんだから。


そう主張する前に、年配の捜査員が口を開く。



「5年前、親留 未零さんの遺体は見つかっていません」



ひゅ、と或斗が息を呑み込む音が部屋に響いた。

まさか、未零が生きている? しかしそれなら何故――或斗は頭がグラグラと揺れる感覚にふらついた。



「当時の状況判断で、亡くなったとされたとのことです」



或斗を見上げる捜査員の目は、そんなことも知らないのならコイツはシロだな、とそんな風に言っているようだった。






或斗は夕飯時に、元居た孤児院を訪れていた。


というのは警察の話がどうにも信じられず、墓にでも参れば未零の死を、未零が犯罪組織に加担しているかもしれないなんて話が突飛な妄言であることを確認できるのではないかと考えたからだ。


そこで未零の墓の場所を知らないことに気付いた。


さすがに愕然とした。


自分がどれだけ未零の死を避け続けていたのか、墓参りにすら来ない幼馴染を未零はどう思うだろうか、未だ整理のつかない頭でぼんやり考えながら、1年前まで自分の居場所だった施設へ来たのだった。


最低ランクの孤児院にインターホンなんて上等なものは無いため、門を素通りして勝手知ったる元我が家へ入る。


食堂の裏の調理場を尋ねてみると、予想通り職員が交代で遅めの夕食を取っているところだった。


職員たちは或斗を見るなり、ものすごく迷惑そうな顔をした。


第一声はお金は無いわよ、だろうな。或斗は確信した。



「お金は無いわよ」



或斗の脳内をなぞるようにピッタリ同じ言葉を発した職員へ、或斗は首を横に振って答える。



「金の無心じゃない。相変わらずのボロい裏庭に、金の臭いなんて少しもしないしな。今日は未零の……親留 未零の墓の場所が知りたくて」



そう言うと職員は困惑顔で、「未零ちゃんのお墓?」と繰り返した。


職員たちは顔を突き合わせていくらか話し合っていたが、やがて気味の悪いものを見る目で職員の一人が言った。



「未零ちゃんのお墓の場所なんて、うちには何も話は来てないわよ。もう出てった子だったし、あの『暁火隊(ぎょうかたい)』に入ってたんだから、そっちで立派なのが作られたんじゃない?」



『暁火隊』、確かにそのパーティに入っていった記憶がないでもない。


『暁火隊』は9年ほど前からある有名パーティで、噂で聞いたところによると動画配信などはあまりやっておらず、しかし実力派で国から仕事を任されることも多いとか、なんとか。


無論、そんな社会的に力のある有力パーティに連絡を取る方法など、或斗が持っているわけもない。


スマホすらないのだから。


そしてこの職員が或斗のために『暁火隊』に連絡をとってくれることもないだろう。


土下座したって一銭にもならないそんな面倒ごとは引き受けない。


そもそも連絡がとれるかどうかから怪しいところだ、最低ランクの孤児院の職員の社会的立場なんて、孤児より少しマシなくらいなのだから。


或斗は当てが外れて内心途方に暮れたが、そろそろやっぱり金の無心なんじゃないかと疑ってこちらを睨み始めた職員の顔を見ているのも嫌になり、会釈だけして去ることにした。


或斗が去るときの職員の顔といったら、塩でも撒きそうな様子であった。


塩にもお金がかかっているので、実際に撒くことはないだろうが。


或斗は孤児院を出て、自宅へ帰る道すがらため息を吐く。


自分に言う資格は全くないが、孤児院の誰も、未零の墓参りさえしようと思わなかったのだ。


未零が居る間、有名パーティに入って出て行くとき、あんなにも祭り上げていたというのに。


もし未零が幽霊にでもなっているとして、誰も来ない、あんなに構いつけてやった或斗だって一度も顔を出さない墓をどう思っただろう。


孤児院の人間を、いや、或斗の薄情さを恨んだろうか。


その考えに答えるようにして、或斗の行く道の先から低い男性の声がかけられた。



「よう、薄情で頓馬(とんま)な、幼馴染くん」



通りに他に人影はなく、明らかに或斗へ向けて放たれた言葉は、しかし或斗には見覚えの無い人間からのものだった。


街灯の下、180cm以上はありそうな背の高い、短い青髪に不思議な色の瞳の、シンプルだが造りの良い服を着こなした容姿端麗な男性が立っている。


男性の瞳は暗い青紫に明るい赤の入った、暁闇と言い表すのが似合っている、そんな色をしていた。


そしてその双眸からハッキリと、男性が目の前の或斗を侮蔑しているのが分かる。



「誰だ? ってツラしてるな。そりゃそうか、幼馴染の墓が無いことすら、今日知ったような間抜けならな」



クク、と喉を鳴らして、男性は長い足を踏み出してゆっくりと或斗に近づいて来た。



「遠川 或斗、16歳、男、親は無しで孤児院出身、顔はパッとしない不幸面の抜け作、ダンジョン適性はパッとしないどころか無しときた、運にも天にも見放されたみそっかす」



1mもないような近距離から、男性は或斗を見下して嗤った。



「ちょっと調べれば、お前みたいなグズのモグリもどきの情報ですら簡単に手に入る。それで? お前は何も知らないわけだ」


「この『暁火隊』元エース攻略者、此結 普(しゆい あまね)の名前も顔も、なあんにも」



『暁火隊』。


今或斗が最もコンタクトを取りたい相手が、何故か向こうからやってきた。


初対面でクソミソに貶されているが、まあこちらは罵倒にも蔑視にも慣れている。



「あの……墓が無いって、未零の? 暁火隊の方でも作っていないってことですか」


「死体もねえ、生きてるか死んでるかもわからねえ、ついでに墓参りを希望する縁者もいねえと来たら、そりゃ無くて当然だろ」



普と名乗った男性は鼻で笑って、根は笑っていない冷たい目で或斗を見下ろす。



「ま、作らなくて正解だったな。何せ一番可愛がってやってた弟分は、死人が生きてるかもしれねえって言われて初めて墓の場所なんか探し始める恩知らずのクソ野郎だ。作るだけ土地と石材の無駄だったに違いない」


「生きてるかもって……アンタもあの映像を見たのか!?」



次の瞬間パン、と音がして、或斗の頭にキーンと耳鳴りが走り、次いで左頬がジンジンと熱い痛みを発した。


平手で打たれたらしいと気づくのに3秒ほどかかった。



「誰がタメで話して良いって言った、おい」



普は害虫を叩き潰したときのような不快感を滲ませた不機嫌な声音でそう言って、ついでとばかりに右の頬も打った。


打擲(ちょうちゃく)の勢いに、思わず或斗は道に倒れる。


頭の奥がチカチカと光って、口の中が切れたらしく血の味が広がった。



「そもそも何で今更墓がどうのと気にするんだよ、5年も放って無かったことにしてたカスの分際で」


「……そ、れは」


「口きいて良いとも言ってねえよ」



ドス、と今度は腹を蹴られた。


或斗はせり上がった胃液を吐いたが、その飛沫が普の靴を汚したと、もう一度蹴られる。


吹き飛ばすのではなく、確実に体内にダメージを残す陰湿な攻撃である。


確実に痣になっているだろう蹴られた場所が鈍く重い痛みを発し、思考を邪魔する。



「ウスノロで無能でどうしようもない社会不適合者、そのくせ恩まで忘れる犬以下のドブネズミ、親留 未零が生きてるかもしれないから何だよ、お前にはもう関係ない相手だろ」



普は腹を押さえて蹲る或斗の髪を持って無理やり頭を上げさせ、視線を合わせた。


ブチブチ髪の抜ける音と痛みがある。


普の冷淡な目と、或斗の暴力への怯えの滲んだ目が合う。


普は或斗の目に苛立ちを露にして、舌打ちと共に今度は拳で或斗の顔面を殴った。


肉の抉れるような痛み、鼻から垂れる血の不快さ、倒れこんだ時に打ち付けた体の各所の打撲。



「弱っちいネズミの目だ」



普は1mほど転げた或斗へ歩み寄ってきて、頭をガンガン踏みつける。


この暴力を警察が見たらどうなるだろうか。


きっとどうにもならない。


通行人は居ない。通報も期待できない。


そもそもが、見るからにダンジョン適性の高そうな男がそうでない少年を嬲っていても、ほとんどの人間は見て見ぬふりをするだろう。


殴られている方が悪いことをしたのだろうと、大抵の人間はそう片付けて自分の立場を守る。


世の中クソだと思っていた。


でも、それは或斗がこの5年間、未零にしていたことと大きく違うことだろうか。



「5年間何の連絡もなかった。いくら社会のゴミでも、死ぬ気でやれば俺らと連絡くらいとれる。何もしなかった。お前は未零のことを捨てた。自分の心可愛さに」


「恩があったはずだろ、情があったはずだろ、死んでいてほしくなかったはずだろ。お前今まで何してたんだ?」


「ネズミ食って、学校なんてどうでもいい場所で時間潰して、立派なモグリとして何にもならない時間を誤魔化して生きてただけ」


「生きる理由もないくせに、死にたくもなくてクソみたいな人生に甘んじる」


「お前には未零以外に何もなかったはずだ。それなのに未零を忘れようと逃げた。卑怯くせえ、ドブ水みてえな腐った根性だ」


「そのドブカス野郎が、未零が生きているかもしれないと聞いて、真っ先にやったのが墓探し」


「呆れるね、死んでてくれたら今までの自分の逃避が正当化されるとでも思ったか?」


「弱すぎる。こんな暴力ごときに負けて、反論も出来ない。お前は何も出来ない」



踏みつけられた頭が割れるように痛い。おそらく血も出ているだろう。


何か言おうと口を開くも、言われていることがその通りだから何も言えない。


自分の弱さを突き付けられて、自分の不誠実を噛みしめさせられて、痛みに負けて何も言えない。


どうしようもなく弱者だ。


ダンジョン適性がどうこうじゃなく、社会的立場がどうこうじゃなく、或斗は心根が弱者だった。


頭への踏みつけが途切れたかと思えば、襟ぐりを掴まれて、また無理やり視線を合わせられる。


今度は明確に、或斗の視線が下がった。


普の強い言葉と力に反駁する意志を持てない黒い目は、自然と夜明け色から逃げて下を向いた。


普はため息を吐いて、或斗の襟ぐりを掴んだまま腹を何度も殴った。



「何もできないお前が、未零の何かを知っても意味がない」


「死ねよもう、お前」



感情の籠っていない声。


もう一発、或斗の腹に膝蹴りが入る。


襟ぐりが放されて、或斗は嘔吐きながらその場に崩れ落ちた。


胃液と涎と生理的な涙と鼻血に塗れた顔をぐしゃぐしゃにして、或斗は辛うじて普を見上げる。


普はもう、或斗に対して怒りを抱くことすら放棄したようで、道端のゴミを見下ろすような無感情な顔で、或斗の頭を踏みつけようと足を上げた。


ダンジョン適性の高い者が、低い者を殺すのは簡単だ。


手加減しない、それだけで殺せる。


今までの普の攻撃はきっと、十分に手加減されたものだった。


血反吐を吐くくらい痛くて酷な攻撃でも、死なないように手加減されていた。


でもおそらく次の踏みつけは違う。


普はこれで或斗の頭が砕けても良いと思って足を振り下ろしている。


コンマ数秒、それだけの時間。


血の味と臭いに満ちた味覚と嗅覚、打たれすぎてぼやけた視界、耳鳴りが止まない聴覚、痛みで麻痺した触覚。


これが死か、と思った。


そしてこれと同じものを未零が味わったのかもしれない事実を思って、恐ろしくて、情けなくて、死んでしまいたいほど苦しくなった。


未零ととても釣り合わない自分と向き合いたくなかった。


未零に何もしてやれなかった現実と向き合いたくなかった。


未零が、たった一人自分に期待してくれた人が、もうどこにもいないのだという事実に向き合いたくなかった。


あの強くて美しい未零が、こんな思いをしたのかもしれないとは考えたくなかった。


だから逃げた。


気味が悪いと自分の能力から、未零の遺した知識から、未零の居ない将来から、目をそらし続けた。


普の言うことは何も間違っていない。


例え未零が生きていようと、合わせる顔はなく、何より会いに行く手段も居場所を知る術さえ何もない。


或斗は弱くて、何も出来ない。


今ここで、殺してもらうのが一番良い。


この世界から無能が一人消えるだけ。


朦朧とした意識で、ぼうっと普の足が振り下ろされるのを見ていた。



――本当に?



「君が15歳になったら迎えに来るから、二人で大冒険をしようよ」



記憶の中の未零が笑う。


花園みたいな髪を風に揺らして、慈愛の籠った緑の目で或斗を真っ直ぐ見つめていた。


変な少女だった。


ダンジョン適性の無い或斗なんか捕まえて、一緒にパーティを組もうと言った。


或斗はそれに期待したくなくて、信じなかった。


有名パーティに入って、強い仲間が出来たら、きっと或斗のことなんか忘れてしまうだろうと思っていた。


でも、本当にそうなら、どうして普が或斗のことを知っているのだろう。


どうして普がこんなにも怒っているのだろう。


未零はずっと或斗を信じていたのではないか。


誰も、或斗自身さえも信じていなかった或斗の可能性を、未来を、彼女は信じていたのではないか。


どうしてそんなことが出来たのだろう。


或斗には何もない。


ダンジョン適性も、後ろ盾も、強い心根だって、何ひとつ。



「君の瞳はたまに虹色に光るだろう、それがとても綺麗なんだよ」



1つだけ。


1つだけ、或斗に出来ること。


他の誰にも出来ないこと。


彼女の信じた綺麗なもの、綺麗な力。


或斗だって信じたい。


未零が生きていることを、決して犯罪などに与する人ではないことを、未零の信じた或斗の未来を、信じたい。



或斗はその"虹色"の目を開いた。



「……何?」



或斗の瞳が虹色の輝きを宿して、普の振り下ろした足を見つめる。


普の足は、本人の意志に反して止まっていた。


或斗が止めていた。


どうしてこんなことが出来たのか不思議だった。


目の力は見た対象に何かの力を付与する、というものであるはずで、では今普の足を止めたのは、引力だろうか、重力だろうか、何かが根本的に違う気がする。


だけど普の暴力に抗うことが出来ていた、普から目をそらさずにいた、それだけが本当だった。



「お前、ダンジョン適性は無しって……いや、魔法じゃねえな、これは……」



或斗は痛みに縺れた舌で、しかしハッキリ宣言した。



「俺の力だ」


「俺だけの力だ。俺は、弱い。弱いけど、戦える」



虹色を解いて普の足を解放する。


もう暴力に怯える心は無かった。


普は変わらず或斗を見下ろしている。


けれどその夜明けの瞳、或斗の目を覚まさせる暁闇の色に、侮蔑は宿っていなかった。



「……親留 未零が本当にテロ組織に所属していたら?」


「そんなことはあり得ない。あり得ないと証明する」


「その力があったって、お前は弱い。ダンジョン適性無しの、出来損ないのクソカスだ」


「それでも未零を探しに行く。俺のこの目で見たことだけが、未零の本当だから」


「具体的には? 何をどうするつもりなわけ」


「アンタに手伝ってもらう。此結 普。アンタだってもっと力がほしいはずだ。俺の力は、有用だろ?」



或斗はボコボコに腫れた顔面で普を見上げる。


普は黒に戻った或斗の目を値踏みするようににらみつけると、フンと息を吐いて背を向けた。



「せいぜい便利に使わせてもらう。お前は今日から俺の道具だ。今のところは、靴底以下のクソ期待値だが」


「構わない」



当たり前に普は或斗が立ち上がるのに手を貸してくれたりはしなかったので、或斗はフラつきながら何とか自力で立ち上がった。


すると、思い出したように普が振り向いた。



「おい」



そしてようやく立ち上がれた或斗の顔に裏拳を炸裂させ、もう一度地面に沈める。



「俺を呼ぶなら"普さん"、だ。敬語も使えよ、腐れドチビのクソ格下野郎」


「…………はい」



或斗は、この男のこと警察とかよりもっとずっと根本的に嫌いだな、と痛感した。




こうして、遠川 或斗は未零の真実を追うため、毒舌暴力男である此結 普と共闘関係を結ぶに至ったのだった。


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