萌ゲーアワード受賞のアダルトゲーに転生したと喜んでたら実は設定が似通ったとある洋館ホラーゲーだった件   作:シン・タロー

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#36

 滞在十一日目の狼戻館は水煙に包まれていた。

 バケツをひっくり返したようなという表現がぴったりの土砂降りの雨。狼戻館を囲む森も激しい雨音のみ響かせ、虫や鳥や他の動物は息を潜めているかの如くなんの主張もしてこない。

 

 早朝から雨合羽を着込んだエイイチは、鎌を手に裏庭へ出ていく。すると先日作成したばかりの花壇へ向け、屈む人影があった。

 

「あれ……マリちゃん? どうしたのこんな時間から、しかも雨の中」

 

 黄色いレインコートのフードを頭からかぶったマリは、小さなスコップでビタビタに水が溜まった花壇の土を掘り起こしている。複数の種らしきものを埋めると、スコップの背で土をペンペンと叩き固めていく。

 

「なんか植えてるの? それなら雨上がったあとで撒いた方がいいって。あーあーそんなに土固めちゃったら芽が出てこれないよ」

 

 地質学者見習いの面目躍如とばかり、マリの種蒔きにあーだこーだと口を挟むエイイチ。小さく舌を打ち鳴らしたマリが、振り返らずに呟く。

 

「いいの強い植物だから。それよりエーイチくん」

 

 マリはスコップの先端を土へ突き刺すと、背後のエイイチへといきなり土の塊を放り投げる。

 

「ほら――ミミズ!」

 

 エイイチが思わずキャッチした土を覗き込めば、マリの言葉通り一匹の太いミミズが手の平の上でのたうち回っていた。

 

「ははぁ……これは土の栄養が豊富な証拠だな! かわいそうだから、こいつ土に戻してやってよマリちゃん」

 

 エイイチがスコップに戻したミミズを、マリは顔をしかめつつ花壇に帰した。虫嫌いのはずなのに、やはりエイイチに恐怖を与えることができない。

 こうなってはツキハの指示に従って解呪を試みるしかなく、だからこそマリはこうして“オオカムヅミ”の種を植えているのだ。

 

「エーイチくんこそ何してるの? こんな雨の日に朝から。仕事もしないで」

「し、仕事はちゃんとやってるって。実はさ、ちょっとすごいことがあって。早いとこ草刈り終わらせたいんだよね」

「すごいこと……? なに?」

「いやーまだ秘密! マリちゃんもぜったい驚くよ!」

「だから、なに? わたしに隠し事とか、する権利があると思ってるの?」

 

 独裁的な側面を隠そうともせず凄むマリだが、エイイチも頑として口を割らない。あとで蛾に追跡させて監視すればいいかと思い直すと、マリはふてくされた顔で種植え作業に戻った。

 

 エイイチの隠し事とは、もちろんガンピールの件である。猟友会の脅迫に屈することがないよう、狼犬だと言い張れる材料が揃ってからお披露目する腹づもりだった。ドッグランの完成を急いでいるのもそのためで、早朝など人目につかない時間を見計らって様々な“しつけ”を仕込むつもりでいるのだ。

 

 ではせっかく解放されたガンピールがまだ地下にいるのかというと、そうではない。

 ここで昨日の続きを少し振り返ってみよう。

 

 

◇◇◇

 

 

 全身をぶるぶる震わせたガンピールは、不自由なく扱えるようになった脚で存分に首を掻いている。

 エイイチは顎に手をあてながら、黒狼の愛らしい仕草をだが真剣な表情で見下ろしていた。

 

「うーん……ドッグランできるまで、こんな暗い地下にいさせるのもな。どこかいい場所が……――あ。そうだ」

 

 匿う場所に心当たりがあったらしく、笑顔になったエイイチはガンピールに呼びかける。

 

「よし、ちょっと俺についてこい! ここよりずっと快適に過ごせるところがあるぞ」

 

 しかしガンピールはその場を離れようとしなかった。エイイチを見上げ「ガフッ」と吠えると、足を交互にどすどす踏み鳴らしてストンピングする。

 

「んん? うん、うん……?」

 

 さらにガンピールは壁際までのそのそ歩き、片脚をあげて排尿のポーズをしてみせた。エイイチは食い入るように黒狼の行動を観察している。

 ちなみにオオカミは雌雄どちらも脚をあげて排尿するのが一般的である。

 

「ふむふむ……なるほど……ようするに、おまえも移動するのに“ナワバリ”が必要だと。そのために“マーキング”もしなきゃいけないんだな?」

 

 ガンピールは元気に吠えて返事とする。

 驚くことにエイイチは黒狼との意思疎通を成立させていた。屈んで漆黒の額をわしゃわしゃ撫でつつ、ガンピールの想いに理解を示すエイイチ。

 

「はは、わかったよ。おまえもみんなとナワバリごっこして遊びたいってことか。で、マーキングアイテムはどれだ? おしっこだとちょっと持ち運びにくいんだけど……」

 

 こうしてエイイチは、屋根裏の時計台部屋に黒狼の体毛とマリのパンツを設置したのだ。よって屋根裏はガンピールとマリ、二人の共有するナワバリとなってしまった。

 ナワバリに加えてかわいいオオカミまでセットでサプライズプレゼントとなれば、きっとマリも喜ぶに違いないと信じて疑わなかった。

 

 そういった経緯で現在、ガンピールは時計台の部屋で毛布に包まり雨空を眺めているのだ。

 太陽は出ていなかったが、幾十年ぶりになろうかという曇天を飽きもせず、丸っこい瞳にずっと映し続けていた。

 

 

◇◇◇

 

 

 雨脚は衰えを知らず、それでもエイイチとマリは互いに黙々と作業を進めていた。そんな二人の前に、霧同様に白んだ裏庭の奥からパシャパシャと足音が迫ってくる。

 

「……何やってんだ、おまえら。大雨なのに」

 

 ジャージ姿のセンジュは全身ずぶ濡れになりながら、雨合羽を着込んで土いじりに励むエイイチとマリへ怪訝な目を向ける。

 

「センジュ……。なんだっていいでしょ。関係ないし」

「センジュちゃんこそ雨の中ランニングしてたの? ああ、ほらビショビショじゃないか。風邪引くって」

 

 水を含んで真っ直ぐに垂れ下がったセンジュの金髪を、エイイチは手持ちのタオルでごしごしと拭ってやる。

 そんな二人の様子をマリは作業の手を止めて冷ややかに見ていた。

 

「いいったら! まだ走るからどうせ濡れる。言ったろ、あたしは強くならなきゃなんないって」

 

 センジュの発言を聞き、マリが勝ち誇ったような顔で立ち上がる。

 

「強く? ははん、そうだよね。わたしに負けてるようじゃ、この先猟幽會に蹂躙される未来しかないよね」

「……あ? この前のあれを自分の実力だと思ってんの? なんならここで再戦やってやろっか?」

「こらこら二人ともやめないか。姉妹なんだから仲良くしないと」

 

 見かねたエイイチが二人の間に割って入るも、雨をも蒸発させる勢いでヒートアップしていく姉妹は止まらない。

 

「ほんと、生意気。その顔面一撃でめちゃくちゃに粉砕してやるから」

「マリちゃん! 大人げないでしょ!」

「やってみろ待雪マリ。逆に血の海に沈めてグズグズに溶解してやるよ」

「センジュちゃんも、お姉ちゃんにそんな口の利き方はよくないぞ!」

 

 センジュの胸ぐらを掴もうとするマリの手を、エイイチは必死で押さえつける。マリは腕を振って暴れるが、振りほどくほどには力を込められないでいた。

 

「離してよエーイチくん。……それに、やっぱり、なんか――最近くさい!」

「な――またそれ!? くさいはひどいだろくさいは!」

「だってなんかほんと野性味? とにかく獣くさいんだもん!」

「獣――……?」

 

 眉をひそめたセンジュが首を傾げた直後、サンルームの扉が開き三人の視線が一斉にそちらを向く。

 

 外履きのサンダルに素足をおさめたツキハが、優雅に傘を開いた。大きく月下美人の描かれた黒い傘を掲げる様は異様な迫力があり、収拾がつきそうになかった姉妹の争いもぴたりと止んだ。

 

「……こんな風に家族が揃うところを見るのはいつぶりかしら。お仕事の休息に外へ出てよかったわ」

 

 シックなドレス姿でツキハは庭先まで歩むと、暗い空へ目線を上げて薄く微笑む。どこか考えの読めないツキハに各々が警戒する中、エイイチのみがにこやかに駆け寄る。

 

「ツキハさん、今日も仕事なんですか? 大変ですね」

「ええ。でも慣れているから。エーイチさんもお仕事中なのかしら」

「はい! 今草刈りしながら全体の形を整えてるところで。ついでに土も掘りつつ地質を見てるというか……」

「草刈り……? まあマリも一緒なら、校外学習のようなものなのでしょうね」

「学習……? あーそうですね! 毎日が勉強です本当!」

 

 マリが裏庭にいなければサボりと判断されていたところである。ともあれツキハは長居する気はないらしく、ひとしきり庭を眺めたのちに傘を畳んだ。

 

「家族はやっぱり一緒にいるのが一番ね。エーイチさん、センジュのこともよろしければお願いしていいかしら。あなたに懐いているようだから」

「それはもちろん。……ところでツキハさん、仕事ってなにやってるんですか?」

「……そろそろね、そう――“アップデート”をしなくてはならないの」

「はぁ。アップデート」

「もう戻るわ。英気も十分養えたから」

 

 そう言い残してツキハはサンルームへと消えていった。マリもセンジュも白けたように視線を交わしたあと、互いに鼻を鳴らして別々の作業へと戻る。

 苦笑したエイイチもまた、雨合羽のフードをかぶり直してドッグラン製作へと勤しむのだった。

 

 

 

 さて。

 狼戻館の住人が一堂に会する機会はあまりなく、非常にめずらしい光景だったのだが。残念ながらすべてではない。

 では狼戻館のもう一人の住人はこのときどこへいたのか。

 

 他の住人と同じく、アヤメは屋外で雨に打たれていた。

 裏庭ではなく狼戻館の側面、巨大な焼却炉奥にある茂みの中へとその姿はあった。おそらくアヤメ以外に立ち入る者などいない。

 

 そこには墓石のような石塔があり、アヤメは給仕服のスカートを大胆にたくし上げる。

 

「ふ。……もう切るところも無くなってきましたか。きっと彼はまた不審な目を私に向けてくるでしょうね」

 

 ガーターストッキングの上、白い太ももの素肌にナイフを押し当てると同時、アヤメは一息に皮膚を切り裂いた。

 

「っ……」

 

 鮮血は瞬く間に足を下り、ストッキングから滲み出す。雨と混じった血液が石塔へと流れ込み、わずかな隙間より地中へと落ちていく。

 地中には人工の空間が存在した。あの神皮と呼ばれた獣を封じている地下室が――。

 

「いくらでも贄を、血を捧げましょう。さあ、目覚めなさい神の獣。その暴威を、すべて私に――」

 

【豺狼の宴】において、主人公がアヤメのこの姿を偶然にも目撃するのは二章分も先の話である。そして知ってからではもう取り返しのつかない事態へと発展しているのだ。

 

 

 

 ひび割れた石壁を滑り落ちたアヤメの血液は、暗い地下室のすでに何者も(・・・・・・)繋がれていない(・・・・・・・)床へと無意味に溜まっていく。

 

 一方でその頃の“神皮”ことガンピールといえば。

 雨空を眺めている内にウトウトと目が閉じ、身体を丸くして気持ちよさそうに寝入ったところであった。

 

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