萌ゲーアワード受賞のアダルトゲーに転生したと喜んでたら実は設定が似通ったとある洋館ホラーゲーだった件   作:シン・タロー

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#34

 エイイチが狼戻館に滞在し十日が過ぎた。

 屋根裏の時計台にマリを招いたエイイチは、不動産の営業のように部屋を案内して回る。

 

「この見晴らしと開放感。これまでのナワバリとは大分趣が違うでしょ? 歯車はちょっと邪魔だけど広さは十分にあるから、ソファとか持ち込んでチルってみるのもいいんじゃないかと!」

「うん。さすがに自分の家だから。そんな解説とか提案いらないから」

 

 エイイチからのプレゼントにより、また一つナワバリを増やしたマリ。しかも屋根裏には解除不可能と思しき極悪な封印が施されていたのだ。

 その偉業を成した立役者は、大時計の裏側から森を見下ろし、風を浴びて目を細めていた。

 

 素直に感謝を伝えてもいいのだが、マリはエイイチの背をじっと見つめる。今は他にどうしても確認したいことがあった。

 

 知っての通り、狼戻館は怨念渦巻く魔窟である。館に溜め込まれた負の念はあらゆる霊障を引き寄せる。この瞬間にも樹海のごとき森から、成仏仕切れなかった浮遊霊がふわふわと屋根裏へ迷い込んで来ている。

 常人には捉えられぬ幽体を、マリは片手でむんずと捕まえた。

 

「あのさ。エーイチくん」

「ん? なに?」

 

 振り向くエイイチの眼前へ、マリは捕らえた幽体を勢いよく突きつける。

 

「はい幽霊どーん!」

 

 エイイチは怪訝な表情で、幽体の顔付近をまじまじと眺めた。陸に上がった魚のようにもがく幽体をマリは両手でがっちり固定している。

 

「はー……おばけって本当にいたんだなぁ。はじめて見た。顔がやつれてるしブラック勤めのサラリーマンとかだったのかな。かわいそうだから離してやってよマリちゃん」

 

 普通にたしなめられたマリは幽体を解放した。時計台から去っていく浮遊霊に、エイイチは「どうか安らかに」と手を合わせている。

 

「――で、屋根裏の改装の続きなんだけどさ! 危ないしやっぱ窓は必要だと思うんだよね。壁紙なんかも、もっとこう――」

 

 打って変わって笑顔で改装の展望を語るエイイチを見て、これは由々しき事態だとマリは確信した。

 エイイチがおかしいのは元からだとしても、突き抜けたおかしさがわかる程度にはマリも付き合いが深くなってしまっていた。

 

 そしてすぐにマリは“呪い”へと思い至ったのだ。

 

 

 

 同日午後。

 ガンピールは元気がなかった。元気がないと言うよりは、大きな頭をエイイチの膝へ乗せてひたすら傾眠状態にあった。

 

「なんだ、疲れてるのか?」

 

 垂れた耳の辺りをワサワサ撫でてやるとガンピールはあくびをし、大きな牙を見せつけたのち「ガフッ」と閉じる。そのまま寝入ってしまう。

 

 艷やかな毛並みとぽよぽよしたお腹を思う存分にさわって堪能しつつも、エイイチの視線はガンピールの首に下がるロケットペンダントへと向く。構造上パカッと開くはずなのだが、ロケットペンダントの継ぎ目は接着されたかのようにピタリと閉じていた。

 

「うぅん……」

 

 手のひらに乗せて様々な角度から眺めたエイイチは、そっとガンピールの元へロケットを返す。無理にこじ開けようとは思わなかったようだ。

 

「さて、そろそろ仕事に行かなきゃな」

 

 膝の上にあるずっしり重い黒狼の頭をゆっくり持ち上げ、地面に下ろすエイイチ。ガンピールが目覚めないことを確認して微笑むと、腕まくりしながら地上へ戻るのだった。

 

 

 

 ドッグラン用に区切って確保した敷地の草刈りを終え、次は周囲を彩る花壇の作成に取りかかった。痛む腰を伸ばし、汗か夕陽のせいでしみる目元をエイイチは拭う。やはり明確な目標があれば楽しみも見出だせるし仕事の進みも早い。

 

 しかしセンジュとの約束があるので、どうやら本日はここまでのようだ。花壇のために積んだ石垣へ腰かけたエイイチは、雲ひとつない赤く焼けた空を見上げる。

 

「今日は月がくっきり見える」

 

 実に穏やかな一日だった。狼戻館の十日目とは【豺狼の宴】主人公ならば、本性をあらわにしてきた館や待雪マリを相手に戦々恐々と過ごしている時期。エイイチのように造園に励む余裕など、本来この館には無いはずである。

 

 もし原作主人公が現状を目の当たりにしたら、あまりに不公平だと怒り出すかもしれない。なぜ自分ばかりと悲しみに暮れるかもしれない。

 

 だがそう判断を下すにはまだ早い。原作主人公とエイイチ。果たしてどちらの置かれた状況がより過酷なのだろうか。

 

 滞在十日目の本日より、エイイチの周囲は濁流の如く目まぐるしい変化を見せていく。流れに乗るのか、はたまた抗うのか。弾き出されれば待つのは死であることに変わりはない。

 エイイチがいかな幸運に恵まれようとも、狼戻館の底に沈殿する恐怖は決して払拭など出来ないのだから。

 

「……センジュちゃん遅いな。もう約束の時間過ぎてるだろ」

 

 時間厳守と昨日言ったばかりなのに、と。

 息を吐いて立ち上がったエイイチは、再度腰を伸ばすとセンジュの部屋へ向かうことにした。

 

 

 

 小気味よくノックをすると、それに応じるように扉が開く。エイイチの予想通りセンジュは私室にいた。

 

「何してるんだよ、十七時って約束してたのに――て」

 

 エイイチは少し固まる。理由はセンジュの格好のせいだ。

 

 赤黒チェックのワンピースの上に漆黒のジップパーカーを羽織り、細身の足はなんと網タイツで覆われている。ツインテールにしている金髪も今日は渦巻き状にゆるくパーマなどかかっている。

 

「あ、網タイツに、ドリルツインテ……!」

 

 これにはエイイチも思わず喉を鳴らした。

 網タイツなんてものは、例えばアヤメやツキハが履けばそれはもう妖艶なエロさを醸し出すに違いない。しかしあえてJCほどのセンジュが着用するそれには、背徳感情に訴えかけてくる刺激が確かにあるのだ。

 しかも上から下まで撫でるように視線を這わせると、センジュの唇にはリップグロス。手足ともに爪にまで色がついている。

 

「かわいい?」

「か……かわいい……けど」

 

 系統がいつもと違う。よくよく考えればセンジュの態度もだ。上目遣いに小首を傾げながら“かわいい”かなどと、これまでエイイチにたずねてきたことがあっただろうか。いや無い。

 

「色々着替えてたら楽しくなっちゃって。時間忘れて夢中になってた」

 

 まるでマリみたいなことを言う。

 年相応のあどけない顔で、メトロノームのようにゆらゆら横揺れするセンジュに対し、やはりエイイチの抱える違和感は深まるのだった。

 

「でも、約束は約束だから。ちゃんと守らないとだめだろ」

 

 年長者としての自認からエイイチがたしなめると、センジュは薄っすら目を細めて軽く顎を持ち上げた。今度の表情は年齢不相応に大人びて見える。

 

「そういう他者の気持ちなんてまったく省みないところ、あたしは好きだよ。せーんせ♡」

 

 歯を見せて笑うセンジュの愛らしさと、久方ぶりの“先生”呼びに“好き”まで足してもらえてエイイチは充足感を覚えた。もう違和感とかどうでもいいんじゃないかな、と逃避するエイイチへセンジュは続ける。

 

「……でもさ。それで皆から嫌われちゃったらどーする? 最近のせんせ、強引過ぎるとあたしは思うな」

「え? みんなから、嫌われたら……?」

 

 どこか胸のざわつくエイイチだったが、その正体がなんであるのかわからなかった。

 

「それはもう、仕方ないよ。そうなったら……しょうがない。合わなかったってことだから、諦めるしかない」

 

 エイイチとは果たしてこのような考えの男であったか。思い出してほしい。

 

 覇気のない返答をするエイイチの顔を覗き込み、センジュはわずかに口角を上げる。呆然と立ち尽くすエイイチの腕を取ると、センジュは部屋の中へと導いていく。

 

「じゃさ、この部屋でやろ? いーでしょ?」

「う、うん」

 

 エイイチが恐れるものが何であったか、どうかもう一度よく思い返してほしい。

 蛾を始めとする虫全般、もちろんこれもそうだ。

 だがエイイチが真に恐れるもの。それは攻略対象を蔑ろにし、ヒロイン達から嫌われてしまうことではなかっただろうか。

 

 恐怖の感情を奪われた代償は、あまりにも深刻だった。マリの予見は当たっていたのだ。

 エイイチたる根幹が失われかねない、まさしく由々しき事態なのである。

 

 そうして“エイイチのような何か”と、“センジュによく似た何か”は共に室内へと消えていった。

 

 

◇◇◇

 

 

 シアタールームでは白黒の無声映画が流れていた。観客は待雪ツキハ一人だけ。

 

 と。ツキハが座るシートの背後へ、音もなく人影が現れる。気配を察したツキハは動じることなく、ゆっくりと足を組み替えた。

 

「めずらしいわね。ここにはもう来ないかと思っていたのだけれど」

「……お願いがあるの、お姉ちゃん」

 

 共同のナワバリだったと判明したあの日以来、マリがシアタールームへ足を運ぶのは初めてのことだ。敵意がないことを示すためか、マリは歩みを進めてツキハの眼前へと立つ。

 

「本当はわたしだって来たくなかった」

「何か頼みごとをしようという相手に、そんな風にあけすけな物の言い方はどうかしら。でもかわいい妹のおねがいですもの、聞きましょう」

 

 マリとツキハが共有するナワバリはここしかなく、接触するためにはどうしてもシアタールームに来る必要があった。

 胸の前で遊ばせていた手をぎゅっと握り、マリは真っ直ぐに言い放つ。

 

「お姉ちゃん、エーイチくんの呪いを解いてあげて」

 

 呪いとは簡単に消せるような代物ではない。それでも呪物に精通したツキハならきっと解呪可能だろうと、マリは頼み込んだ。

 今のエイイチなら、自分の本当の姿を知っても怖がらないかもしれない。けれど暴走した際の抑止にもなっていた蛾も使えない。様々な葛藤の末に決断したのだ。

 

 何より……あんなものはエイイチではないと。

 うまく言語化はできないながら、こうして衝き動かされるほどにマリはエイイチの変化に戸惑っていた。

 

 ツキハは黙したまま、口を結んで俯くマリの姿をしばらくの間値踏みするように見つめていた。

 

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