萌ゲーアワード受賞のアダルトゲーに転生したと喜んでたら実は設定が似通ったとある洋館ホラーゲーだった件   作:シン・タロー

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#32

 狼戻館滞在九日目の朝、エイイチは身なりを整えると一階のキッチンへ向かった。

 未だ食事会への復帰の見通しは立っておらず、朝昼夕とエイイチは直接キッチンへ伺いアヤメから食事を受け取る手はずになっている。

 

「――では本日分の朝食と……こちら生肉です」

 

 野菜たっぷりのサンドイッチとストレッチフィルムに包まれた鹿肉を手渡され、エイイチは申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「いつもありがとうございます、アヤメさん」

「いえ。それより食事が足りないようであれば、調理してお渡ししましょうか?」

「いやいやいいんですよ。血も滴る生肉の方が活力湧いてくると思うんで!」

「なるほど……。特殊な訓練を受けているのでしょうが、食中毒にはご注意を」

「あと、よかったらもう一人分朝食もらってもいいですか? センジュちゃんを誘ってみようかなって」

「センジュ様を? 食事の提供はもちろん構いませんが……」

 

 前日に猟幽會の襲撃を受けながらもそれを難なく下し、何事もなかったかのようにニコニコと好青年の振る舞い。アヤメがエイイチを強者と再認識するのも自然の流れであり、多少のわがまま程度ならばすんなりと通る状況が生まれている。

 

「時に、エーイチ様」

 

 が、アヤメには解せない。

 鍋の火を止めて振り向いたアヤメは、アシンメトリーな長さの黒髪ショートの隙間からエイイチを覗き見る。

 

「私は、エーイチ様はマリ様とお二人で宴に臨まれるもの――と、そう認識しておりました。端的にお聞きします。鞍替えなさるのですか?」

「へ? 鞍替え!?」

 

 アヤメの目は誤魔化せない。あれほどマリに傾倒していた男が、同居を制限されたとはいえ昨日の今日でセンジュの名を口に出す。そもそもエイイチはマリの協力者として、センジュとの一戦に臨んだのではなかったか。

 

「アヤメさん、勘違いしてもらっちゃ困ります。俺は今でもずっとマリちゃんラブです」

 

 真摯な顔で断言する通り、エイイチのマリに対する想いは一つも揺らいでいない。ただエイイチの言うラブがセンジュにも向き、ひいてはツキハやアヤメにも向いているだけの話である。

 ハーレムを見据える眼に曇りなし。しかし未熟な性技のまま大言を吐くわけにいかない。性の権化のようなメイドからすればエイイチの技など児戯に過ぎず、ハーレムの展望を語ろうと笑われて相手にもされないだろう。

 

 焦りを押し殺し、一歩一歩の確実な成長こそをエイイチは望む。何事も順序。強大なスケベメイドを相手取るにはセンジュ、そしてツキハを虜にする魅力が必要不可欠なのだった。

 

「では何かお考えがあると。……ご安心ください。元より口を挟むつもりはありません。一介のメイドは、非凡なヒツジの道程を見守らせていただきます」

「ええ。そうしてもらえるとありがたいです」

 

 いつまでも童貞だと思うなよ、とエイイチはほくそ笑んだ。なにせマリとはぬるぬるローションえっちをすでに済ませている。だが思わせておけばいい。格下と侮られるには都合がよく、いざベッドインの際にはアヤメの虚を突き激烈なカウンターを浴びせることができるのだ。

 

「あ。そういえばアヤメさん。ボイラーや三階廊下の件、進捗どうですか? もし業者が捕まらないのなら、拙いですけど俺やりましょうか?」

 

 エイイチの想像とは違う形で、ここでアヤメはカウンターを浴びた。昨日猟幽會と長く過ごしたエイイチは、あのビーチという男から館についての疑念を吹き込まれていてもおかしくない。つまりエイイチは暗に警告しているのだろう。踏み込んでくるつもりなら、こちらも狼戻館の矛盾点を突いていくぞと。

 

 宴が始まるまでは極力ヒツジに手を出さないとわかっているのか、やはり大胆で抜け目のない男だとアヤメは目を細めた。

 

「……ふ。わかってはいましたが、仲良しこよしのまま――というわけにはいきませんね、あなたとは。ご心配には及びません。エーイチ様は、ご自身の仕事を全うなさってください」

「そ、そうですか? わかりました。でも手が必要なときはいつでも手伝いますんで」

 

 そうしてアヤメと定番の応酬を終えたエイイチは、サンドイッチと鹿肉を片手にキッチンを後にした。

 

 

 

「……なんか今日のアヤメさんは凄みがあったな」

 

 センジュは部屋にいないようだったので、さすがに本日は仕事をしようと裏庭へ向かうエイイチ。すると偶然にもそこでセンジュの姿を見つける。

 

 センジュはTシャツにハーフパンツという運動着スタイルで、裏庭を外周沿いに走って汗を流していた。なんとも爽やかな朝の光景。エイイチも笑顔で手を振る。

 

「お〜いセンジュちゃーん!」

「ハァ、ハァ……あ?」

 

 どうやら十分に走りきったセンジュは軽く流す段階に入っており、あきらかに舌打ちしながらもエイイチの側まで軽快な足取りで寄ってくる。

 

「なんだよ。なんか用かエーイチ」

 

 華奢な身体つきのセンジュは胸も控えめだ。しかし汗で肌に張りついたシャツは、その慎ましやかなお椀がふるりと揺れる様をはっきりと描画している。ゲーム中のCGでは真似できない3D(リアル)がここにはあった。

 けれどジロジロ不躾にガン見したりはしない。たしかに揺れは満喫できるのだが、これもある意味現実(リアル)の弊害か。現実感が増した分、センジュに対して情欲よりも若干庇護欲が勝る節が出てきたエイイチである。

 

 そう、たとえばエロゲーには欠かせない妹枠のような。

【洋館住んで和姦しよ♪和洋セックちゅ♡】においても三女は“先生”以外に“お兄ちゃん”とも主人公を呼んで慕い、血の繋がりはなくとも美味しいところだけ繋がる実に都合のいい“妹”キャラとして存在感を発揮するのだ。

 

 あわよくば“お兄ちゃん”と呼んでもらうためにも、ここは兄らしく頼れるやさしい振る舞いを心がけていかなければならない。

 

「いや朝食でも一緒にどうかと思って。まだでしょ?」

「メシぃ? 一人で食えよ、んなもん」

 

 エイイチの手からサンドイッチを奪い取ると、センジュは三口ですべてを平らげる。

 

「――ん。ほらよ」

 

 クシャクシャに丸めたストレッチフィルムをエイイチへ返し、口をもごもごさせつつもすぐに走り出すセンジュ。エイイチは慌ててセンジュの腕を掴む。

 

「あー食ってすぐ走っちゃだめだって!」

「おい離せよ! ちょっと木陰行って筋トレするだけだったら!」

「筋トレ?」

 

 エイイチには偏見がある。

 ランニングに筋トレ。突然運動に目覚めた者は多くが吹っ切りたい悩みを抱えていると。そういえばセンジュは昨夜も“しがらみ”だ何だと口にしていたことをエイイチは思い出した。

 

「センジュちゃん、もしや何か悩みがあるんじゃないか?」

「はぁ? 少なくともおまえよりは日々を色々悩みながら生きてるよ」

「やっぱり! 話せば楽になることもあるし、ぜひ俺に相談してほしい」

 

 皮肉の通じないエイイチのウザさに辟易してセンジュは息を吐く。今後も絡まれないために、少し強引にでもビビらせて萎縮させておくべきか。センジュはエイイチに両手を前へと構えさせた。

 

「これでいいの?」

 

 頷いたセンジュが半身になり、腕を脱力した上で軽快にステップを踏む。

 

「手は出しとけ、絶対に避けんな――よっ!」

 

 ボクサー然としたステップインから繰り出されるセンジュの右ストレート。光速に迫るそのパンチはエイイチの手には触れず懐まで伸び、鼻先ぎりぎりのところでピタリと止まった。

 拳圧が一瞬の突風を巻き起こし、エイイチの前髪をオールバックにバタバタと持ち上げる。

 

「……ち。まばたきすらしねーのかよ……」

 

 センジュは拳に殺気も込めていた。そもそもエイイチはハンドスピードについていけておらず、さらに恐怖の感情が欠落中なので表情も変わらない。

 

 穏やかに微笑むエイイチを見ていると、自身がひどく惨めに覚えてセンジュは知らず自嘲した。

 

「こんなんじゃ、待雪マリにも負けるわけだ」

「マリちゃんがなに?」

 

 首を傾げるエイイチを睨みつけると、センジュは拳骨でエイイチの胸もとを軽く叩く。

 

「あたしは、強くなりたい。今よりもっと、強く」

「今より強く……」

 

 センジュが求める強さ。これにはエイイチも深く同意する。

 なぜなら今後も猟友会の中年やチャラ男がやってくると想定した場合、センジュにも身を守る術はやはり必要だからだ。特に最年少のいたいけな少女が寝取られでもしたらエイイチの脳は破壊程度で済まない。無力感に苛まれ、消滅する恐れすらあるのだ。

 

「力が欲しいか……わかったよ」

「なにが?」

「俺がセンジュちゃんを鍛えてやる」

「……は? え?」

 

 偉そうに腕組するエイイチを、センジュは理解に苦しむ様子で困惑しつつ見上げる。

 

「仕事があるから……そうだな、さっそく今日の十七時。場所はここ。時間厳守だ、厳しくいくぞ」

「なぁおい、なに勝手に話を――」

「返事は!」

「え? いや、だから」

「返事っ!!」

「あぅ――……は、い……」

 

 もう一度「よし」と満足気に頷くと、エイイチは踵を返して館へ戻っていった。

 ぽつんと裏庭へ残されたセンジュは呆然である。一連のエイイチの行動、普段ならば失笑に付すところ。なのだが、センジュの胸では期待とも言うべき疑念が再燃していたのだ。

 

 あの男、本当にA1(エーイチ)なのでは――と。

 

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