萌ゲーアワード受賞のアダルトゲーに転生したと喜んでたら実は設定が似通ったとある洋館ホラーゲーだった件   作:シン・タロー

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#30

 日が落ちる頃になって、エイイチの新たな部屋の片づけもようやく一段落する。古めかしい物品の数々は処分することなく、インテリアとして部屋をノスタルジックに彩ってもらうことにした。

 

「我ながらなかなかのセンスだな〜」

 

 自画自賛したエイイチは、部屋の北側を占有するとてつもなく邪魔なトーテムポールを愛おしそうに撫でる。レッドシダーという木材で作られた北アメリカ先住民仕様の伝統的な彫刻柱。

 

 ちなみにこのトーテムポール、曰く付きの歴とした“呪物”である。柱の最上段の鳥を模した顔は、前と後ろ両面に彫られている。どちらか片面であればまだ問題はないが、両方の顔を見てしまうとその者の抱くもっとも強い感情が失われるという伝承があった。

【豺狼の宴】のBAD END26では主人公の“生きたい”願望が消失し、自死を選ぶ結末にたどり着く危険な代物なのだ。

 

 センジュに限らず、狼戻館の住人は好んで呪物を所有する傾向にある。呪いに精通したツキハは言うに及ばず、あのマリですら原作では自身の死にも直結した“魔性を封じる手鏡”を持っている。

 

「木彫りって独特の温かみがある」

 

 すでにトーテムポールの前面をガン見しているエイイチには早くもリーチがかかっている。エイイチの抱くもっとも強い感情など想像に難くないが、おそらくアイデンティティに関わる重大な感情なのだ。失ってしまえばそれはもはやエイイチではない。

 

「……ふう。いい時間だしご飯でも貰ってくるか」

 

 結局今日も地質調査はできなかったが、明日こそはしっかり仕事をしようと心に誓うエイイチ。英気を養うための糧を求めて部屋を出た。センジュはまだアイナと一緒にいるのだろうかと気になったものの、友人と過ごす時間を邪魔するのも悪いなと出歯亀根性丸出しだった己を恥じる。

 

 先日行われたマリとセンジュの激闘により、三階廊下は見るに耐えない惨状だった。至る所の壁はひび割れ、床の一部には吹き抜けの穴まで空いている。

 

「危ないよな、これ」

 

 散らばる木くずを避けながら、地質調査よりも先に三階の修繕を手伝った方がいいのではないかとエイイチは考える。こんな山奥に来てくれるリフォーム業者がいくつもあるとは思えなかったし、業者とてそもそもボイラー室の修復が先のはずだ。

 

 当主であるツキハさえ許してくれるなら、廊下の手直しをアヤメに願い出てみようか、と。明日からの予定を巡らせるエイイチが一階へ下りてきたとき、話し声が耳に届く。

 

「……狼戻館の規定を破られると言うのですか?」

「いやいや。だからさ……“客”として来ただけだと言ってるじゃないか。そちらのルールに抵触はしてないよ」

 

 アヤメに応じる声が男のものだったので、驚いたエイイチは忍びつつ足早に件の部屋を覗く。ほんの数分前に出歯亀行為を恥じた姿はいったいなんだったのだろうか。

 

 いつかの寝取り男と同じくバーカウンターを備えたラウンジで、その金髪の男はビリヤード台へ向けて腰を屈めている。どうやら玉突き遊びに興じているようだ。

 カコーンと玉同士が小気味よく衝突すると、男はキューを手にアヤメを振り返る。

 

 胸もとがガラ空きのアロハシャツに、股下の広いサルエルタイプの七分丈パンツ。ピアスにボールチェーンペンダントに指輪にと、エイイチにしてみれば男が身に着ける何もかもがチャラい。

 

「どうだい? 僕とひと勝負」

「結構です。ご用がないのでしたらお帰り願いたいのですが」

 

 夜のラウンジ。チャラい男と、冷淡だが根はドスケベなメイド。そして玉突き遊び……。

 つまりは寝取られ。これは悪夢の再来だと、エイイチの背に冷たい汗が流れた。

 

「つれないね。それじゃあ――」

 

 男はウルフカットの金髪をかき上げ、真っ直ぐにラウンジ入り口――二人を覗くエイイチへと顔を向けた。

 

「君に相手をお願いしようかな」

 

 見据えられてエイイチは硬直したが、バレてしまっては仕方がない。潔くラウンジ内に足を踏み入れる。覗きが怒られるかもとエイイチがおそるおそる目を向けたアヤメは、特に驚いた様子もなく動向を静観する構えだ。アヤメもまた、エイイチの存在に気づいていたのかもしれない。

 

「……あんた、もしかして猟友会の人?」

 

 エイイチにしてはめずらしく敵意をあらわに問いかけた。それも当然、純愛エロゲーに寝取り要素など必要ないのだ。アヤメ同様、早々に帰ってもらいたい気持ちでいっぱいだった。

 

「知っているのか。ゲストに冷たいメイドより、やっぱり君と遊んだ方が面白そうだ」

 

 やはり猟友会。ガンピールの秘匿を餌に住人の身体を要求する下衆の極み。エイイチの瞳に怒りの炎が燃え上がる。

 

「遊ぶって? 俺と玉突きしたいのか?」

「それもいいけど……そうだな、散歩でもしよう。よければ僕に館を案内してほしい」

「案内たって、俺は……」

 

 エイイチもゲストの身である。男をアヤメの側から離れさせたいのは山々だが、そんな勝手が許されるだろうか。

 これまで沈黙を貫いていたアヤメが、エイイチの視線に応じるかのように頷く。

 

「エーイチ様にお任せします」

「え、いいんですか?」

 

 確認するエイイチに、アヤメは再度頷いた。まるで期待の眼差しにも思え、嬉しさでエイイチの胸がにわかに熱くなる。

 

「……へぇ。ずいぶん信頼されてるんだね、少し驚いたよ」

 

 びっくりしたのはエイイチも同じだが、アヤメの信頼があれば百人力だ。どうだ間男の付け入る隙もないだろうと、エイイチは男に対し勝ち誇って胸を張る。

 

「それじゃ行こうか。よろしくね」

「エーイチ様、くれぐれもお気をつけて」

「はい! まかせてください! 俺の目が黒いうちは皆に指一本触れさせませんよ!」

 

 エイイチは男を連れ立って、気分よく大股でラウンジを後にした。

 

 

 

 ありもしない寝取られを回避するため、必死にエイイチが奮闘している頃。センジュは部屋で、顔見知りのアイナとテレビゲームに興じていた。

 そう、センジュとアイナはあくまで顔見知り程度。友人関係には無いのだ。

 

「……なぁ。いつ帰んの? おまえ」

 

 目線はモニターに固定し、コンボを正確に入力しながらセンジュが問いかけた。

 

「え〜? いいでしょ別にぃ。もっとうちと遊ぼうよぉ」

「いや、ほら。あたしん家もうすぐ晩ご飯だから……」

 

 アイナは立て膝を抱え込むようにコントローラーを握ってカチャカチャやっている。アイナは裾の広いフレアショートパンツを履いており、真っ白なもも裏がむき出しのポーズはエイイチならば絶対に正面から見たいはずだ。

 もちろんあぐらなどかいているセンジュもショートパンツ姿なので、こちらも正面に陣取れば裾の隙間からパンツ程度容易に視認できるだろう。

 

 ここにこそエイイチの待ち望んだシチュエーションがあるというのに、当の本人はチャラ男と館を散策中というのが惜しいところだった。

 

「だーまた負けたー」

 

 コントローラーを放り投げ、後ろのラグマットへ倒れ込むアイナ。ヘルメットの如きショートボブは仰向けに寝そべろうと少しも型崩れしない。

 センジュはヘッドフォンを外して、アイナを見下ろし問いただす。

 

「……で、何しに来たんだよ」

「だから遊びに来たんだってばぁ」

「他に誰を連れてきた?」

 

 アイナの顔からへらへらとした笑みが消え、体を側面に向けセンジュを見上げる。

 

「あーやっぱ知ってるんだ?」

「狼戻館の出入りは常に監視されてる。おまえらならわかってんだろ」

「山奥の館なのにセキュリティすごいねぇ」

「……ヒマなストーカーがいるんだよ」

 

 三階東側の一室でマリが「へっくし!」とくしゃみをした。

 実際センジュの言う通り、来る者拒まずの狼戻館はマリが全周囲を蛾で見張っている。誰が訪れようと捉えるマリだが、他の住人への報告の義務などは特にない。しかし今回の訪問者は狼戻館の全員に伝わっていたようだ。

 

「猟幽會のエース」

「……あ?」

「あ、もちろんあんたのこと(・・・・・・)じゃない(・・・・)よぉ。現最強がここに来てる」

「最強とか……ガキかよ」

 

 アイナはソックス履きの足を伸ばすと、足指で円を描くようにセンジュの足裏をなぞる。ピクンと反応したセンジュは、舌を鳴らして忌々しげにアイナを睨んだ。

 

「ねぇまた戻っておいでよ? センジュ……――じゃなくてぇ、(エックス)10(ジュウ)

 

 センジュはおもむろにアイナの足首を掴み、手指がめり込むほど力を込めて捻り上げる。ちょうど犬が尿を排泄する時に似た格好になりながらも、アイナはどこか嬉しそうに目を細めた。

 

「あは。こわぁい」

「うるさい黙れ。あたしを二度とそんな名前で呼ぶな、(アイ)(ナナ)

 

 

 

 一方でキャットファイトでも始まりそうな緊迫感の中、エイイチは男を連れてエントランスの階段を上っていた。

 

「でさ、あんたはどこに行きたいわけ?」

「ぞんざいな呼ばれ方はイヤだな。そういえばまだ名乗ってなかったね。僕のことは“ビーチ”と呼んでくれ」

「ビーチ……」

 

 名前までもチャラい。名は体を表すというが、なるほどアロハシャツを着たこのいかにも不誠実そうな男にはよく似合っている。寝取り男には容赦のない心象を抱くエイイチである。

 

「上へ行こう」

「上ったって、ここがもう三階だよ。あ、そこら辺穴空いてるから気をつけてな」

 

 案内しろと言いながら、ビーチは廊下をエイイチより先にずんずん進む。前だけを見つめ、まるで床材のどこが傷んでいるのかわかっている風に避けている。

 

「狼戻館。こんな古臭い館に散々手を焼かされてきたなんてね。どうだいこの有り様は。脆弱。あまりに脆い。君もそう思わないかい?」

「よくわかんないけど……俺はここが気に入ってるんだから、悪口はせめて心に留めておいてくれ」

「それはすまなかったね」

 

 西側廊下の突き当たり。ビーチは壁の金属カバーを手慣れた様子で外し、中のレバーらしきものをガシャンと引いた。駆動音と共に、天井から梯子が降りてくる。

 

「え、こんな梯子あったの!?」

「屋根裏部屋があるんだ。さあ行こう」

 

 もはやどちらが案内されているのかわからない。だが地下への隠し梯子を見つけた時と同じく、エイイチの冒険心はわくわくと高鳴りはじめていた。ビーチに続いて梯子を上っていく。

 

 上りきった先にはまた一本の廊下が中央へと伸びており、天井が低いので若干腰を屈めつつ二人は進む。

 

「……ロートルは消えるべきなんだよ。人も建物も」

「まだ言ってるのかよ。建物はたしかに古いかも知れないけど、壊れたところは業者さんに頼んで修復してもらえばいいんだし」

「それはいつ? 業者とやらはいつ来るんだい? ボイラー室の修復はいつ始まるのかな?」

「なんであんたがボイラー室のこと――」

 

 エイイチの疑問を遮って、ビーチは片手を胸に爽やかに微笑んだ。

 

「さ、着いたよ。ここさ」

 

 通路と呼ぶべき狭い廊下の行き止まり。一枚の扉へ促すようにビーチは首を傾ける。

 扉には猟幽會の封印を示す、青い粒子が漂っている。エイイチはそれを気にすることもなく扉に手をかける。

 

 この屋根裏部屋は【豺狼の宴】において攻略には必要のない部屋。地下室同様に複雑な手順を踏んだときのみ訪れることが可能なのだが、何かアイテムを得られることもなく、ご褒美的なCGがあるわけでもない。

 待つのは凶悪なトラップによる確実な死であり、ゲーム内では回避する方法すら存在しない。苦労して見つけたプレイヤーに対する、いわば制作者の悪意でしかない隠しBAD END。

 

「きっと素晴らしい景色が見える。君も知るといい」

「へえ……」

 

 そんなことはつゆ知らず、エイイチは興味津々に目を輝かせる。

 ビーチに誘われるがまま、絶対不可避な死の領域へとエイイチは足を踏み入れるのだった。

 

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