萌ゲーアワード受賞のアダルトゲーに転生したと喜んでたら実は設定が似通ったとある洋館ホラーゲーだった件   作:シン・タロー

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#22

 待雪マリと一緒にいれば死ぬ。

 

 エイイチは怪訝に眉をひそめる。センジュは丈の短いフリフリな下着姿でベッドに腰かけているのだ。そんなエッチな外面から“死ぬ”などというワードが繰り出されるとは到底思えず、つまりはよく似た単語の聞き間違いに過ぎない。

 そう、例えば――。

 

「チヌ? でっかい魚拓なら見たことあるよ。関東じゃクロダイつって、やっぱり釣り人なら一度は狙いたいよな」

「あたしがなんでおまえと釣りの話しなきゃなんねーんだよ。そもそも“死ぬぞ”って言ったんだよ送り仮名ついてるだろ。おまえの言い分だと“チヌぞ”って聞こえたことになるじゃんか文法的におかしいだろふざけんな」

「めっちゃ早口でしゃべる……」

 

 センジュについて、他者に無関心でミステリアスな今時JCのイメージを持っていたエイイチは少々面食らった。滲み出る口の悪さは認識していたものの、こんな怒涛の勢いで突っ込まれるとは思わなかった。感覚派なマリとは違い理詰めな辺りに地頭の良さが見受けられる。

 

「じゃあ、犬? 俺はやっぱり王道を往く柴犬が好きなんだけど」

 

 ベッドサイドで腕を組みつつ好みの犬種を告白したエイイチへ向け、センジュの足裏がぐんぐん迫る。足蹴にするつもりだろうことを理解する時間は十分にあり、避ける猶予も残されていたのだがエイイチは甘んじてセンジュの素足を腹へ迎え入れた。

 

「犬扱いしてやろっかこんな風に。つかなんで避けなかったわけ?」

 

 なんで避けなかったのかなどという愚問には答えない。腹に埋まった足裏を左右にぐりぐりと捻られ、エイイチは一切の抵抗なく鈍い痛みを享受する。瞳を閉じて聖人の如き面構えである。

 しばらく堪能したのちハッと開眼した。

 

「犬といえば地下の黒いのもかわいかったな。“バタろう”は気に入らなかったみたいだし、なんかいい名前つけてやりたいなぁ」

「……あ? 犬? おい! 地下っておまえ、あれほど余計なことすんなって釘刺したのにまさか――」

「まあいい、仮にセンジュちゃんが“死ぬぞ”と忠告したとしよう。それがどうしてマリちゃんと一緒にいたら死ぬわけ?」

「話戻すな! このタイミングで何まともになってんだ!? 質問に答えろよわざとやってんのかエーイチ!」

 

 腹へ押し当てた素足をどすどすと前後にピストンさせるセンジュ。絶え間ない体重移動によりベッドのスプリングが軋みを上げる。内臓が圧迫されて苦しげな息を漏らしながらもエイイチは疑問を押し通しにかかる。

 

「うっ。うっ。……あ。もしかして萌え死ぬとか、そういう?」

「はぁ、はぁ……はぁ? 違う、忠告は忠告。そのままの意味だよ馬鹿」

 

 結局は根負けしてエイイチの話に乗ってしまい、問答も阿呆らしくなってセンジュは腹から外した足を再び組んだ。視覚的にも刺激の強いベビードール姿というのも相まって、エイイチの目には実に挑発的なポーズで映る。

 

「待雪マリがこのままナワバリを広げていけば、待雪ツキハも黙っていられなくなる。当然あたしもね。おまえの運が尽きるのも時間の問題ってやつ。いずれ巻き込まれて死ぬ」

 

 エイイチは考え込むように顎に手をあて、一つ頷いた。遊びとはいえ、マリが本気でこのナワバリ争いに興じていることは知っている。ならばセンジュも一種のロールプレイをしているのだろう。家族ぐるみで楽しむのは良いことだ。

 

「仮に、もし待雪マリが館を制圧したって結果は同じだ。ヒツジが死ぬ運命は変わらない。変えたいんだったら、待雪マリを殺せ」

 

 中々ハードな世界観のロールプレイらしい。しかし腹上死が希望のエイイチもハードさなら負けてはいない。何より世界観まで構築した遊びに参加者として役割まで貰えていることが嬉しく、それは家族の一員として認められた証のようにも感じた。

 だからこそ、最後まで付き合うぞという意思を込めてエイイチは熱い想いを語る。

 

「俺はね、センジュちゃん。マリちゃんの夢を助ける途上で果てる命を、なんら惜しいと思わない。いや、やっぱり惜しい。俺にもキラキラした夢があるからな」

「秒で覆すな。ブレブレじゃんか」

「でもさ、まあ悪くはないよ。マリちゃんだけじゃなくて、センジュちゃんやツキハさん、アヤメさんの力になれるなら死んだってそれなりに満足できる気がするんだ」

「……昨日今日会ったばかりだろ。どういう思考回路してたらそんな奉仕精神に目覚めんだよ」

 

 エイイチだってハーレムという夢がいかに果てしない目標なのか把握しているつもりだ。いったいこの世に生まれた人間の何割が夢に殉ずる人生を送れるのだろう。そう考えればやはり、エイイチは自身の置かれた環境を幸福に思うのだった。

 

 夢半ばで散るのなら、ハーレムを築くに足る素養が無かっただけのことだとエイイチは潔く割り切っているのだ。

 

「…………」

 

 本心を吐露したエイイチを、なるほど他のヒツジとはたしかに違うのかもしれないとセンジュはじっと見つめる。マリやアヤメがこの男に一目置いている理由も垣間見えた気がした。

 

「……と、しかしマリちゃん遅いな。意外と抜けてるとこあるし、俺ちょっと様子見てくるよ。センジュちゃんはそこの棚の漫画でも読んでたら? おすすめは“ノベルティック・ラブ”ってやつ。こてこての恋愛少女漫画だけど結構おもしろかった」

 

 引きこもりのマリをせっかく妹が訪ねてきてるのだ。姉妹仲の良さを見ることでしか得られない栄養もある。エイイチはセンジュに手を振ると部屋を出ていった。

 

 

 

 まっすぐバスルームにやってきたエイイチ。ドカンドカンと激しい殴打のような音が鳴っている扉を疑問に思い、トラブルでもあったのかと勢いよく開け放つ。

 直後にエイイチは、かかと落としを敢行しようと全裸で片足を天高く振り上げたマリと視線が交差する。

 

「ちょ――!?」

 

 間一髪でかかとはエイイチの脇へ落ち、前のめりに胸へ飛び込んできたマリからがっちり抱きつかれたために身動きを封じられてしまう。

 

「いま見た!? 見たよね!」

「い、いや外側だけうっすら。中までは」

「中ってなに!?」

「見てない! 見てないから!」

 

 ツキハほどの大きさはなくとも素肌が押し当てられたこの状況は筆舌に尽くしがたい。だが背中をホールドされたエイイチは現状を客観視することが不可能である。確認できるのはマリのうなじと鼻にかかる黒髪がくすぐったくもいい匂いがして、あとは全身の柔らかな感触に体温――。

 

「てかマリちゃん体冷た! まだ洗濯終わってないけど着替え取ってくるよ!」

「そんなことより! わたしの部屋、どうなってるの!?」

「え? えーとセンジュちゃんが来てて――」

「センジュ……っ。やっぱり……!」

 

 情熱的なハグに背骨がバキバキと軋み、エイイチはたまらずマリの背中をぺちぺちとタップした。嬉しい状況のはずもだんだんと苦しさが上回ってくる。

 

「エーイチくん、すぐにセンジュを追い出して。 ナワバリの確保のやり方もうわかるよね? やってきて!」

「で、でもマリちゃん裸のままじゃ」

「いいから行ってはやく!!」

「ぐえ!? わっ、わかったから!!」

 

 姿勢がエビ反りにまで発展したところでエイイチはようやく解放された。やはりナワバリのルールは絶対に遵守するらしい。一目振り返ってマリの裸を拝むこともせず、エイイチは真摯に願いを聞き入れる。

 

 エイイチが全速力でバスルームから部屋へ戻ってくるも、センジュの姿はもうなかった。しかしセンジュのマーキング道具は赤い液体であり、これを取り除くのは非常に根気がいる。

 幸いにも清掃用具は廊下に置きっぱなしだったので、エイイチは元凶であるクーラーボックスも含めカーペットを部屋から引きずり出すと、フローリングを丁寧に拭きあげていった。

 

 

 

「ふぅ……さすがに疲れたな」

 

 磨いた床へ、すでに水へ浸けていたためぐっしょり濡れたままのパンツを置いた。ベッドや動かした棚の位置調整をしていると、気配を感じたエイイチが振り向く。

 

「エーイチくん……」

 

 エイイチが準備していた大きめのバスタオルを身に纏い、捨てられた子犬の風情でマリがぽつんと部屋に佇んでいた。

 

「あ、おかえりマリちゃん。こんな感じで取り戻せたかな、ナワバリ」

 

 無事にマリが帰還できたということは、そういうことである。マリは重い足取りでベッドへ向かい、力なく腰を落とす。

 

「……ありがと。ごめんね、なんか。この部屋にあの子がいるって思うと、すごくイライラして」

 

 たしかに、バスルームでのマリの取り乱しっぷりはエイイチも初めて見る迫力だった。薄々勘づいてはいたのだが、エイイチの想像よりもずっと姉妹仲が悪いのかもしれない。

 だがそのためのナワバリ争い。家族一丸となった取り組みのはずだ。なんとかこれを利用して改善を図れないだろうか、と長い黒髪を指で弄っているマリを見下ろす。

 

「その……。あんまり見ないで」

 

 胸元のバスタオルを引き上げ、微かに赤く染めた顔をマリはそらした。猟幽會に見られた時とは別種の感情が湧き上がり、戸惑っているのだ。

 事前にバスタオルを用意していたエイイチも、もちろんそういった乙女の機微には敏感なつもりである。だからせっせと作成したものをポケットから取り出して見せた。

 

「よかったらえっと、こんなの作ってみたんだ」

「……なに? そのヒモ」

 

 エイイチが両手に掲げたのは、細長いV字の紐としか言いようがなかった。怪訝な目を向けるマリに対し、エイイチはどこか誇らしげに説明する。

 

「知らない? スリングショット。これなら上も下も両方隠せると思って!」

「…………それを、わたしに着ろと? 正気なの?」

「大事な部分は布多めにしてあるし、下着が乾くまでの間でもと思ったんだけど」

 

 驚いたことに、いい笑顔なのだ。年頃の娘にこんなV字を差し出しておいて、下心のない善意の笑みをエイイチは浮かべているのである。

 

 マリは絶句した。エイイチに悪気がないことだけはわかるので、本当になんの言葉も怒りさえも出てこない。それにマリはバスルームでの失態を恥じていた。エイイチに無茶を振った自覚もあった。

 本人でも気づかない贖罪や自戒の念が、普段ならば絶対に言わない台詞をマリに紡がせる。

 

「はぁ……。じゃあ、うしろ向いてて」

 

 スリングショットを手渡してエイイチが背を見せると、やけに長い時間をマリは着替えに費やした。着替えにかかった時間が、そのままマリの葛藤の大きさを物語っている。

 

「……はい。もういいよ」

 

 マリはバスタオルを纏っているので見た目には先ほどとなんら変わりない。しかし足を交差してどことなく窮屈そうに身をよじらせていた。

 

「着心地とかどうかな?」

「……色々きっつい。というかエーイチくん、よく着心地とか聞けるね?」

 

 あきらかに光を失った瞳でマリはベッドに腰かけ、何気なく本棚を見上げて「あ」と声をあげる。

 

「ノベルティック・ラブ……一巻から五巻まで無くなってる……」

 

 その声にはもう覇気すら残っていなかった。なんだかいたたまれない気持ちになったエイイチが返してもらってこようかと提案するも、マリは黙って首を振る。

 

「……いいよ、疲れちゃった。今日はもう寝ようよエーイチくん」

「そ、そうだね。俺もちょっと疲れたかも」

 

 やはりマリにとって、たとえ一時的にでも本丸を奪われた衝撃は大きかったようだ。

 この日のマリは弱々しく、同衾したエイイチの腕を股へ挟み込んで子供のように眠るのだった。

 

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