萌ゲーアワード受賞のアダルトゲーに転生したと喜んでたら実は設定が似通ったとある洋館ホラーゲーだった件   作:シン・タロー

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#10

 滞在三日目の狼戻館は雨霧に包まれていた。

 ゲストルームの窓から、エイイチは寝起きの頭でぼんやりと薄暗い外を眺めている。どれくらい呆けていただろうか。いつまで待ってもアヤメが朝食の迎えに来ないことを悟り、エイイチは身支度を整えると自らブレックファストルームへ向かった。

 

 しとしと降り続く雨のせいか、洋館はいつも以上に静かで物悲しささえ覚える。雨の日特有の湿気た匂いにエイイチのテンションも削がれていく。気怠げに肩を回しながら扉を開けた。

 

「ふぁ〜……おはようございます」

 

 涙目をこすって入室したエイイチは、陰気な空気を吹き飛ばそうとにこやかに挨拶した。すでに食事を終えていたツキハはティーカップを傾け、エイイチには顔も向けない。傍らに立つアヤメも何やら含みのある視線を投げてくるだけだった。

 

「あれ、センジュちゃんはいないんですね」

 

 二人の態度の変化をエイイチも気づかないわけではなかったが、きっと天気のせいだろうと考え席につく。テーブルには朝食が用意されておらず、エイイチはちらりとアヤメを見上げた。しかしアヤメは動く様子もなく、何か言いたげにツキハへと目線をパスする。

 

「エーイチさん。お食べになりたいのですか? 朝食を」

「え? いや、まあ。お、お腹空いたなって」

「わたくしも待雪の当主として、お客様を最大限おもてなししたいのは山々なのですよ。ですけどあなたは、誤った選択をしてしまった」

「誤った選択……ですか?」

 

 エイイチが聞き返すもツキハはそれ以上言葉を紡ぐことはなく、気まずい沈黙がおりる。なまじ綺麗な顔立ちをしているだけに、笑みの消えた瞳で見据えられると背筋に冷気が走った。

 身じろぎすら忘れて固まるエイイチを見かねたのか、アヤメが間を取り持つかのように割って入る。

 

「ツキハ様。やはりお客様に対してあまりに失礼な仕打ちかと。朝食はこれから私が準備致します。エーイチ様、少々お待ちいただきたく存じます」

 

 一礼して、アヤメはすぐさま踵を返した。その背を見送ったツキハが、ふいに破顔して息を吐く。

 

「……お優しいわね、アヤメさんは。たしかに、エーイチさんはわたくしのお願いごとを聞いてくださったのでしたね。意地悪が過ぎたかしら。ごめんなさいね」

 

 未だ神妙な顔で硬直し続けるエイイチを置いて、ツキハも優雅な足取りでブレックファストルームを出ていってしまう。一人残されてまだ、エイイチは椅子に座って身震いしていた。

 

「……まじかよ……こんな……」

 

 今しがた本人も口にした通り、今朝のツキハはエイイチの目から見てもたいそう意地が悪かった。しかしこれは後につながる伏線なのだと確信が生まれる。

 

 原作エロゲーで描かれる長女とのアダルトシーン。普段の淑やかさを捨てた長女から、荒々しくベッドに押し倒されて始まる長尺は屈指の名場面だ。もがくほどに鼻も口もますます胸に埋もれ、窒息しそうな情けない姿を耳元でたっぷりなじられつつ果てるまで絞られる。いや、果てようが果てさせようが一昼夜は終わらない。上へ下へと逆転に次ぐ逆転の攻防ののち、最後にしっかりわからせられて赤ん坊へと還るまでは……。

 

 あの名場面を最大限活かすため、このような下準備も欠かさないツキハにプロ意識を感じた。こちらが(しも)の準備を怠っていては、九回裏を待たずにコールド負けを喫してしまうぞとエイイチは武者震いが止まらなかったのだ。正直自分はどこまでやれるのだろうか、苦しい長期戦になるぞと。

 

「……正念場だぞエイイチ。赤子泣きするのは最後の最後でいいんだ」

 

 決意を思わず口に出したエイイチは、いつの間にか室内へ戻り、すぐ隣で自身を見下ろすアヤメにまったく気づいていなかった。

 

「赤子泣き、とは」

「…………おぎゃあ。ばぶばぶ」

「抜きますか?」

「勘弁してください! 今は少しでも溜めさせてください!」

 

 意気地なく懇願するエイイチを見て息を吐き、アヤメはストレッチフィルムに包まれたサンドイッチを二つ差し出した。

 

「エーイチ様、どうぞマリ様とお二人で。よろしくお願い致します」

「マリちゃんと? でも俺はこれから――」

 

 掃き出し窓の外はいつ止むとも知れない雨である。なるほど、これでは地質調査も出来ないなとエイイチは納得する。マリの様子を見てこいと代わりの仕事を与えられたのだ。快く頷いた。

 

「エーイチ様がどのような選択をしようとも、私は最後まで見届けさせていただきます」

 

 わざわざ見送りまでしてくれるアヤメに、エイイチも再び頷いてブレックファストルームをあとにした。

 

 選択。つまり誰から攻略するのか。エイイチが最初に選ぶヒロインは――。

 

 アヤメを選ぶのは最後にしようとエイイチは決めていた。主観ではすでに好感度もカンスト近く、隙あらば抜いてこようとするエチエチメイドの攻略はあえてラストが相応しい。

 センジュとはあまりに接点が少なすぎるし、ツキハはせっかく本人が長い準備期間を設けて最大限まで性欲を昂らせている最中だ。

 

 ならばやはりマリを選ぶのが自然な流れであり、純愛からの婚姻という王道ルートでもある。エイイチにしても不満などあるはずがなかった。

 

 

 

 マリの私室にやってきたエイイチは、すっかり慣れた手つきでノックする。静かに開いたドアの隙間から、こちらもまたいつものようにマリが顔を覗かせる。

 

「……エーイチくん。生きてたの?」

「なにそれ。ひどい」

「だって、昨夜いつまで待っても帰ってこなかったし。てっきり死んだものかと」

「もう遅い時間だったから、俺こそマリちゃん寝てるもんだとばかり。ごめん」

 

 待っててくれていた、という事実にエイイチは感極まった。それと共に、マリには新妻属性が似合うとあらためて実感する。

 

「ふぅん。……まあいいよ。入って」

 

 お風呂よりもご飯よりも先にマリをいただきたい。性に乱れた新婚生活を思い描きながらエイイチは入室した。

 

 今日のマリは昼前ということもあり、学校指定のジャージのようなものを履いて、上は白のTシャツというラフな格好だ。これはこれで飾らない部屋着感が出ていてとてもいい。カーペットに至るまでのフローリングを踏む、裸足のペタペタがかわいいとエイイチは思う。

 

 重力に任せてベッドへ腰かけるマリ。エイイチと同じく雨模様に病んでいるのか、ややダウナーな半開きの瞳でマリは見上げる。

 

「……で。例のものは?」

「ああバレッタだっけ、持ってきたよもちろん。ほら」

 

 エイイチが差し出した陶器のような高級感あるバレッタをまじまじと眺め、それを掴み取るとマリはおもむろに立ち上がった。

 

「ほ、本当……? 本当に取ってきたの?」

「え? そりゃ取ってくるって。だってマリちゃんのお願いだし」

「わたしの……ナワバリ。……やった。やった、やった。やったぁ!」

 

 はじめて見るマリの喜びように、エイイチは目を丸くする。いや驚きつつも、飛び跳ねるマリに合わせて控えめな胸までぷるぷる踊る様から目が離せなかった。

 まさかノーブラなのではないだろうかとエイイチが疑念を抱いた、次の瞬間。

 

「ふんっ」

 

 マリは力任せにバレッタを床へ叩きつけた。言葉を失くすエイイチの足下で、バレッタだったものが粉々に飛び散っている。

 

「いやなにすんの!? せっかく持ってきたのに!?」

「あースッキリした。いいんだよ、こんな忌々しいもの。無くなったほうが」

「……マリちゃんのこと、俺よくわからないよ」

 

 狂気を披露したかと思えば一転、エイイチの手を握り晴れやかにマリは言う。

 

「わたしの私物は? 置いてきてくれたんでしょう?」

「ちゃんと置いてきたよ。俺が好きな柄のパ――」

「じゃあ行こうよシアタールーム。それ朝ご飯だよね、映画観ながら一緒に食べよ。エーイチくん」

 

 これはいったいどういう変化なのだろうか。マリのヒロイン然とした堂々たる振る舞いは、エイイチがルートに入ったのだと解釈するのに十分な要素だった。

 

 狼戻館滞在三日目は、こうしてマリとのシアターデートで過ごすことになったエイイチ。しかしここは【豺狼の宴】である。霊障やトラップは主人公のみならず、時に主要人物にも容赦なく降りかかることは先に伝えた通り。凄惨な死は、誰にも平等に訪れるのだ。

 

 

 

「ところでさ……。マリちゃんって今ノーブラ?」

 

 それはそれとして、エイイチはどうしても聞かずにいられなかったのだが――。

 

「……えっち。エーイチくんのエイチは、(えっち)なエイチなのかな?」

 

 上目遣いで蠱惑に微笑むマリの、予想に反した見事なカウンターをもらってエイイチは無事尊死した。

 

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