萌ゲーアワード受賞のアダルトゲーに転生したと喜んでたら実は設定が似通ったとある洋館ホラーゲーだった件   作:シン・タロー

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#12

 自室にて、マリにしてはめずらしく鼻歌を刻んでいた。姿見の前に立ち、膝丈スカートに花柄ブラウスの清楚コーデで華麗にターンまで決める。

 

 物理的な引きこもりのマリではあるが、ジャージやパジャマなど寝間着を含めれば日に三度は着替えをしている。夕暮れを前に一人こうしてアフタヌーンファッションを楽しむのも通例だった。

 

 いつにもましてマリの機嫌がいいのはもちろん入浴の件である。エイイチから受けた屈辱的な説教やセクハラも、マーキングにお気に入りの下着を持ち出されたことも、今ならすべて許してやらんこともないと慈愛に満ちた微笑が浮かぶ。

 

 なにせ一年ぶりの風呂なのだ。必要性はないといえど元々入浴好きなマリは、待ち遠しさのあまりスカートをたくし上げると早々パンツを下ろしてしまう。旅館の大浴場を前にはしゃぐ子供そのものだった。

 

『――エイイチだけど』

 

 間の悪いタイミングで部屋の扉をノックされてしまう。足首に引っかけていた輪っかから足を抜き、ベッドの下へとパンツを蹴り込むマリ。履けばよかったと後悔しつつ急いで入り口ドアへ向かう。

 

「……入って」

 

 開けたドアの隙間から無感情に振る舞うマリだが、毎度わざわざ出迎えてやるところに育ちの良さが現れている。それに今日に限っては、吉報を持ってきたであろうエイイチを内心で心待ちにしていた。

 

「あれ、着替えたの? なんかいいねその服。マリちゃんの良さが際立つっていうか、お嬢様っぽくてすっげえかわいい!」

「そ。ありがとう」

 

 澄まし顔でマリは応じた。エイイチは行動も思考もろくでもない性癖で染まっているものの、要所でしっかり欲しい言葉をよこすところは好ましい。とマリも思ってはいる。心情を悟らせまいとするあまり普段より素っ気ない対応になっているが、それが余計にエイイチの目には深窓の令嬢っぽく映るのだった。

 

 しかしエイイチは知らない。目の前のお澄まし令嬢が現在ノーパンだということを。

 マリは風通しのよすぎる股を気にしながらも、あくまで上位者としての体裁を保つべく表情は崩さない。

 

「エーイチくん。それで?」

「はいはい。えっとこれが風呂場にあったツキハさんのバレッタ」

 

 古めかしいバレッタをエイイチから受け取り、マリは顎をしゃくって続きを要求する。

 

「あー……センジュちゃんはなんか、バスルームを隅々まで掃除しろって言われちゃって。とりあえず二時間くらいかけてぴかぴかにしてきたんだけど」

 

 エイイチはツキハとセンジュのマーキング材料を浴室から取ってくる手筈になっていた。そのうち一つが風呂掃除とは。センジュがマーキングに使用する私物が何かを知らないマリは、それでも察するものがあったのか「なるほどね……」と呟いた。

 

「あとこれ、新しいマーキング? の私物だってさ。これとマリちゃんの私物合わせて三つを浴室に置いてくりゃいいんだよね?」

 

 ジーンズのポケットから、また別のバレッタと赤い液体が入った試験管のような小瓶を取り出したエイイチ。マリの読み通り、センジュがマーキングに使っている私物は“血液”で間違いなさそうだ。

 狼戻館の廊下はほぼ全域に渡ってセンジュのナワバリとなっており、壁や床に染み込んだ血痕を思うとマリはおぞましさを覚える。

 

「……てかこれなんの遊び? ナワバリとかマーキングとか連続使用は駄目だとか。俺ならもっとこうシンプルに、たとえば脱衣鬼ごっこみたいな――」

「黙って。これは遊びじゃないの」

 

 あとは三つの私物をエイイチに運んでもらってマーキングを施せば、先ほどツキハと約束した通りバスルームは三者共有のナワバリとなる。けれどマリの思惑にはまだ先がある。シアタールームで不意を突かれた雪辱を果たす腹づもりだった。

 

「……じゃあ。その新しいバレッタと小瓶、ここで壊してエーイチくん」

「え? なんで?」

「わたしね、わたしだけの安心できる場所がほしい」

「い、いやでも……ツキハさんも置いてこいって言ってたし……」

「エーイチくんは、わたしを守るって約束してくれたよね。わたしだけの味方だよね」

 

 エイイチは魅了などせずとも、マリの頼み事は断らない。しかしおそらくツキハやセンジュの頼みでも断らない。共に過ごす時間が増えるほどに、エイイチという人間の本質がマリにも見えてくる。

 マリは理解している。エイイチが自分を好いていることを。だがこれもツキハやセンジュ、あるいはアヤメにだって同様の感情を抱いているのかもしれない。それでも“一番”は自分なのではないかという自負がマリにはあった。

 

 賭けには違いない。見極めるための、これはエイイチを試す踏み絵なのだ。

 

「お願い。頼れるのは、あなただけ」

 

 マリが悲痛に顔を歪めると、エイイチは押し黙ってしまう。あきらかに葛藤している。ならばもう一押しにと、マリはエイイチの手をそっと握る。

 

「バスルームがわたしだけのナワバリになったらね。お風呂で新婚さんごっこ……しよ?」

 

 愕然と変化するエイイチの顔つきに、必殺の上目遣いが無事決まったことをマリは確信した。

 エイイチはギッと歯を噛みしめると、マリが望むままにバレッタと小瓶を部屋の窓から放り投げる。

 

「俺、行ってくる!」

 

 頷き、すぐに顔をそむけてマリは笑みをこぼす。決して楽しげではなく、乾いて空虚で見下すような引き攣り具合だ。男なんて誰も彼も同じだと、吐き捨てるように胸中で呟いた。

 

 実はわざわざ情欲を煽るような発言などしなくとも、あと5秒も待てばエイイチは首を縦に振っていた。今のエイイチが何よりも最優先する者がマリだなど本人はつゆ知らず。手玉にとったつもりがまたしても褒美を与えた次第である。

 

 ともかく賭けには勝ったマリ。マーキングに使う私物を思えば憂鬱になるも、妥協に近いが一応の手を打っている。最近ではすっかり履くことがなくなった用済みの下着を引っ張り出し、チェストの上の方に重ねてあらかじめ用意していたのだ。

 

「エーイチくん、その白とかベージュの地味なやつならなんでも――」

「もう持った! 行ってきます!」

 

 マリが振り向くと同時、風のごとくエイイチは部屋を飛び出していく。あまりの素早さに呆れるマリだったが、入浴への期待と高揚が気持ちを切り替えさせてくれる。

 

 そろそろ無防備な下半身を心許なく感じたため、ベッドの下へマリはつま先を伸ばした。

 

「……え?」

 

 しゃがみ込み、さらに奥へと腕を差し込むマリ。何も感触が得られない。ストレートロングの美しい髪が床へ流れるのも構わず、慌てて腹這いになって覗き込む。

 

「ちょっと……待ってよ……エーイチくん」

 

 マリは血の気の失せた顔でふらふら立ち上がり、入り口ドアに目を向けるのだが当然エイイチの姿はない。わずかな希望にすがって扉へ駆け寄り、力いっぱい開け放つ。

 

「うそだよね? ねえっ」

 

 廊下のどこにもエイイチの姿はおろか、影も見えなかった。

 マーキングに下着を使用されたことは、まだいい。今後ナワバリを主張する毎に新たなパンツが必要になるが、そのために着古した洗濯済みを用意したのだから。

 

 けれど脱いだばかりの使用済み――いや着用中のパンツともなれば話は変わってくる。色々な意味でこれまで以上の辱めを受けることは想像に難しくなく、伴う羞恥心にはさすがのマリも耐えられそうにない。

 

「エーイチくんってばッ!!」

 

 マリは絶叫と共に、おびただしい数の蛾を放射状に解き放つ。監視と索敵を目的とするこの大技をエイイチに対し使用するのも二度目である。体力の消費も激しくマリも滅多に使いたくはないのだが、脱ぎたてのシルクパンツを奪い去ったエイイチを追わずにいられなかった。

 

 

 

 他方、エイイチ。

 マリのわがままな願いを叶えるべく廊下を疾走中である。後方から飛翔する黒い影に追い抜かれたエイイチは、エントランス階段の三階踊り場付近で足を止めた。

 

「うわっ……」

 

 手すりに巨大な蛾が1匹張りついている。マリが放った蛾の中でもとびきり足の速い個体がエイイチに追いついたのだ。

 虫が苦手なエイイチは、行くか退くか迷った末に腕をクロスに構える。正面突破という勇敢な選択も、なんとか引き返してもらいたいマリからすればいらない男気だった。

 

 ただ、足を止めてしまった代償も安くはない。室内に雲がかかったのかと見紛うほどの黒い大群が、エイイチの頭上を覆い尽くしたのだ。

 こうなってしまってはエイイチもパニックに陥る他ない。みっともなく悲鳴をあげ、意思を持つかのように纏わりつく蛾を必死で振り払うことしかできない。絶対に何としてもパンツを取り返すというマリの執念が込められた波状攻撃。

 

 虫には本当に無力なエイイチはついに及び腰になった。避難先を求め、今まさに踵を返そうとしたところ。

 

「エーイチ様。そのように騒がれては迷惑なのですが」

 

 ほとんど目を閉じていたエイイチは、それでもすぐに声の主が誰かを察して無我夢中で懇願する。

 

「アヤメさん!? 助けてください! 虫屋敷――虫屋敷ですよここはっ!!」

「山の中ですので。ふむ……ですが、これは」

 

 一瞬。エイイチの鼓膜が衝撃で震える規模の突風が吹き抜け、蛾の羽音が一斉に止んだ。

 おそるおそる目を開けたエイイチが見たのは、目前で庇うように立つアヤメの背中。捲れ上がった給仕服のスカートはいつかの光景そのままだった。

 

「あ……あれ? 虫は……?」

 

 アヤメの後ろ姿に見惚れながら、呆然と問いかけたエイイチ。あれほどの大群、叩き潰したにしては死骸も落ちてない。アヤメは振り返らずに答える。

 

「もう、抜きましたよ」

「え……? 抜いたって、今!? いや、そんなまさか――っ!」

 

 自身の下腹部から股間にかけてを撫でさすり、エイイチは何も変化がないことを確認する。

 

「見えませんでしたか? 私は確かに抜きました」

 

 抜かれて気づかないなんてことがあるのだろうかと、半信半疑のエイイチは狐につままれたように顔をしかめた。

 

「もしかして、催眠術とか、そういう……?」

「ふ。相変わらず面白い方ですね。僭越ながら、一つ助言を」

 

 巷に聞くドライオーガズムだとか、そういうものに気づかず達したのかもしれない。などと明後日を思考するエイイチに構わず、アヤメは告げる。

 

「館の誰も信じないことです。もちろん私のことも。狼戻館は孤高を好みます。悩み、挑み、命を投げ売ってでもあなたが秘密を欲するなら、エーイチ様。あなたは“宴”を乗り越えられるかもしれません」

 

 頭にクエスチョンマークが浮かぶ様がありありとエイイチの表情に出ていた。しかし今はそれでいいとアヤメは考える。

 

「必要なときに思い出していただければよいかと。……いつか、あなたが抜く姿も見てみたいものですね」

 

 最後まで振り返らずにアヤメは立ち去った。

 

 アヤメの多彩な性癖に、エイイチは心から感服していた。自慰行為を見てみたいと真っ直ぐに乞われて動揺し、ウィットに富んだ返事も出来なかった己を恥じていた。

 勝てない、と。勘に従い攻略順を最後に回しただけはある。想像以上にアヤメは強者なのだと、エイイチはさらなる性の成長を誓うのだった。

 

 

 

 飛び入り抜きメイドのおかげで蛾の襲来を突破したエイイチは、目的地のバスルームへたどり着いた。

 脱衣所と浴室のどちらに置いてもいいと言われていたので、すべすべと手触りのいい下着をバスタオル収納チェストの傍らへ添える。

 

 直後――バスルームの引き戸が勢いよくガラリと開き、中から突進してくる人影が一つ。

 

「うわあ!? マリちゃん!? どうやって俺より先に――」

「そんなことよりもう置いた!? 置いたよねッ! 置い――……」

 

 エイイチに食ってかかるマリの視線が下へ逸れ、噛みつかんばかりだった迫力がだんだんと萎れていく。

 

「……たよね。そりゃあね。じゃなきゃわたし、ここに来れないもんね……」

「マ、マリちゃん……?」

「…………いいよ。平気」

 

 エイイチの胸ぐらから手を離し、マリはすべてあきらめたかのごとく表情を消す。チェスト横へ置かれたシルクパンツを見つめる瞳には虹彩もない。

 

 言葉通り、平気だとマリは自分に言い聞かせる。脱衣所含むバスルームはマリだけのナワバリとなったのだ。ツキハやセンジュに見られる心配はない。

 そもそもお気に入りのシルク生地。何を恥じる必要がある。レースもこんなに細かくて、かわいい。未洗濯でも着替えたばかりで汚れてないし――と。

 困惑するエイイチをよそに、マリは開き直りの境地へ達したのだ。

 

「……ちょっと、あっち向いてて」

 

 エイイチに後ろを向かせ、屈んでシルクパンツへ手を伸ばす。晒されたクロッチを丁寧に内側へ折り畳み、目立たない片隅へと置き直すマリだった。

 

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