萌ゲーアワード受賞のアダルトゲーに転生したと喜んでたら実は設定が似通ったとある洋館ホラーゲーだった件   作:シン・タロー

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#13

 エイイチの目から見てもマリの様子はおかしかった。部屋では機嫌がよさそうに見えた。けれど慌てふためいてバスルームに現れたかと思えば、今度は生気の失われた瞳で脱衣所に突っ立っている。

 

 感情の起伏がまるでフリーフォール。エイイチですら常軌を逸していると思うほど。いくら攻略対象だからといって、そっとしておくことが正解の時もある。

 

「じゃあ、あの……俺はこれで」

「どこ行こうってのエーイチくん」

 

 立ち位置は変わらないまま、マリは首だけをぐるんと回して脱衣所を出ていこうとするエイイチを見つめた。笑みもないので普通に怖い。狼戻館に滞在して以来、虫を除いてエイイチがはじめて恐れを抱いた瞬間だった。

 

「だ、だってお風呂入るんでしょ? 俺がいちゃ邪魔だろうから」

「新婚ごっこ。約束したよね? やろうよ。今。ここで」

 

 これほど乗り気にならない新婚プレイの誘いがかつてあるだろうか。たしかに約束してる以上、エイイチからは断りにくい空気だ。マリの精神状態が普段通りならエイイチもやぶさかではないのだが。

 

「なにもたもたしてるの? ほら手伝ってあげる」

 

 判断の遅いエイイチに再び掴みかかり、強引にパーカーを脱がそうとしてくるマリ。やはりいつもと違う調子に戸惑い、エイイチは抵抗する。

 

「やっぱ変だってマリちゃん!」

「どうして? いいから早く服脱ぎなよ。わたしだってそのためにパンツ脱いだんだからさ」

「そのためってことないだろ!? ちょっ、まじで一旦落ち着いて!」

「変なのはエーイチくんだよ。新妻になってほしいんでしょ? それともわたしに約束破らせる気?」

 

 エイイチは脳天を撃ち抜かれたようにハッと静止した。指摘された通りだった。渇望したシチュエーションの只中にいるというのに、何を抵抗などしているのか。マリの性格に多少の難を見つけたからといって萎えてしまうほど安い男ではないはずだ。清濁併せ呑む度量もハーレムを築くには必要不可欠。

 

 などと思考を発展させている間に、マリはエイイチのパーカーとシャツをすっかり脱がしきってしまう。続けてマリは、上裸になったエイイチのジーンズにまで指をかけてくる。

 

「……俺が間違ってたよ。ここからは自分で脱ぐ」

 

 マリの手を掴んでそっと離すと、エイイチはジーンズを思い切りよく足首までずり下ろした。マリが平然と見守れたのは、脱ぐ前にエイイチが腰へバスタオルを巻いていたからだ。

 

「意気地がないね」

 

 負けじとマリも服を脱いでいく。当然、胸から下をバスタオルで覆いながら器用に脱衣していくマリ。

 

「マリちゃんこそ、タオル巻いてるくせに」

 

 しかしエイイチは平静でいられなかった。

 大事な部位は隠されていても、所詮はバスタオル一枚の薄い防御力。普段なかなかお目にかかれない鎖骨をはじめ、マリが長い髪を結うために腕を持ち上げれば腋も拝める。もはや生唾を飲み込んで昂りを抑えるしか方法がない。

 

「……なに? 見てないで、早く入ろ」

「あ、ああ! 行くぞマリ!」

「新婚だからって偉そうにしないで」

 

 先陣を切って引き戸を開けるエイイチのあとへマリが続く。

 未だ収まらぬ怒りを瞳にたたえながら、マリがどうして新婚プレイなるエイイチの性癖に付き合うのか。それは様々な要因がマリの胸中で複雑に絡み合った結果だ。

 

「バスチェアに座ってエーイチくん。わたしが背中、流してあげる」

「お、おう」

 

 エイイチの働きに対する褒美の側面はある。約束を違えたくない気持ちもあれば、これまでさんざんコケにしてくれたエイイチを簡単に解放してやるのも癪だった。

 

「……今日もおつかれさま。気持ちいい?」

「はぁ……いいよ、めちゃくちゃ気持ちいい。マリちゃんお風呂屋さんの才能あるよ」

「それ銭湯とかの話だよね? 隠喩とかじゃないよね?」

 

 これからも馬車馬のごとく働かせて、命の一滴まで絞り尽くす。それが強者としての振る舞いであり、こんな“ごっこ遊び”は弱者へかけるせめてもの情けなのだ。

 

 マリの冷めた視線も知らず、憐れな羊が奏でる鼻歌はバスルームに反響していた。

 ごきげんなエイイチは、原作エロゲーにも存在する次女とのソーププレイを要望してみる。

 

「できれば、その。直接手に泡つけて洗ってくれないかな」

「……こう?」

「痛っった!?」

 

 背中にマリの爪が立ち、のけぞるエイイチ。シチュエーション的には個別ルートの攻略完了でもおかしくないはずなのだが、そこまでの好感度は足りてない気もしてくる。進行度がいまいち掴めずエイイチは攻めあぐねていた。

 

「ええと……今度はマリちゃんの背中洗おうか?」

「いい。泡落としたならそこどいて。先にバスタブ入ってて」

 

 あまり新婚感のないマリの台詞を不満に思うも、むしろ長い期間付き合って結婚したカップルらしさは出ているのかもしれない。良いようにマリとのプレイを解釈しつつ、エイイチはまだ三割ほどしか湯が溜まってないバスタブへ腰を下ろした。

 

 マリは左腕を上へ伸ばして身体の側面をごしごしやっている。斜め後ろから眺めるマリの顔もやはりかわいらしく、バスタオルで隠れてるとはいえ肩や足の白さはシルクパンツに劣らない絹の肌だ。

 

 シャワーの湯をぱらぱらと弾く肌を恍惚と眺めていたエイイチは、やがてソープを流し終えたマリがバスタブへとやってきたので見上げる。濡れたバスタオルがボディラインに貼りついて、うっすら透けた肌色にごくりと喉が鳴る。

 

「……エーイチくん。うしろ詰めて」

「へ、へい」

「江戸っ子? 冷えるから早くして」

 

 そそくさと背をバスタブの縁に預けるエイイチ。目と鼻の先に、マリの程よく肉付いたおみ足がざぷんと落ちてくる。もう片方の足がバスタブを跨ぐ瞬間、見えてはならない中身が見えた気がする。直後にタオル越しの尻が鼻先を通過していったのだが、エイイチはそれどころではなかった。

 

「はぁ〜……気持ちいい」

 

 マリは久しぶりの入浴を心から堪能する。まだバスタブの半分ほどだった湯量も、二人分の体積だけ上昇して肩を浸している。

 リラックスするマリをよそに、エイイチは熱気に運ばれる髪の香りでくらくらしていた。鼻腔を突き抜けたマリの匂いが脳髄に満たされていく。

 濡れた艶髪。肩甲骨の形まで美しく魅せる白磁の肌。さらに視線を湯の中へと下げれば、丸みを帯びた尻がエイイチの下半身のすぐ前に鎮座しているのだ。

 

「ねぇ……エーイチくん。どう思う?」

「うん……安産型じゃないかな。よくわからないけど」

「今のはわたしが悪かったね。主語もないし聞き方が悪かったね。そうじゃなくて、この館のこと。わたしのこと……変だって思うでしょ?」

 

 そう聞かれれば、エイイチにも思うところがないとは言えない。アダルトゲームの世界など一般には狂っているのかもしれない。ただマリがそんな答えを欲しているようには見えなかったので、エイイチは黙して続きを待つ。

 

「わたしね、これまで色々な男を見てきたけど。エーイチくんは、他の男とどこか違って見える」

 

 こんな言い方をすると、いかにも経験豊富な女とエイイチは見るだろう。マリはそれでも構わなかった。男を誑かす悪女は何もツキハの専売特許じゃない。洗脳などに頼らずとも、エイイチ相手なら演じ切れるとマリは自己評価を下した。

 

 ちなみにマリは正真正銘バージンである。また原作エロゲーのヒロインに非処女がいないため、エイイチだってマリを処女と信じて疑わない。マリの役作りはすでに破綻していた。

 

「ぜんぶ個性だよ。亡国の王女だって、アンドロイドだって、実は宇宙人だとしても。俺は好きだよ」

「……本当に、まったく、言ってる意味がよくわからないんだけど。……ようするに、わたしが変でも構わないってこと?」

「うん。そう」

 

 エロゲー脳のエイイチと、闇の住人たるマリではまるで会話が噛み合わなかった。

 しかし、なぜなのだろうか。不思議と自信満々の断言が腑に落ちて、マリは後頭部をエイイチの胸にこつんと軽く預ける。

 

「……決めた。わたし、ナワバリみんな奪うよ。共有なんて馴れ合い、いらない。ぜんぶ支配して狼戻館のあるべき姿を取り戻す。エーイチくんとならきっとやれる」

 

 清々しささえ覚えるマリの宣言に、戯れのナワバリ争いとて負けたくないのだろうとエイイチは察した。どこか吹っ切れた物言いからして、マリの姉妹コンプレックスも解消へ進んでるに違いないと。

 ルート攻略の完了、すなわちマリとのアダルトシーンも近い。物理的に接触しているせいもあり、想像は生々しくエイイチの心音を高鳴らせる。

 

「……どくん。どくん。激しい心臓。それ、わたしにちょうだい」

「ああ。好きに使ってくれていいよ」

 

 マリの望むものはすべて与える。エイイチに躊躇いはない。マリは「嬉しいなぁ」と呟いて、深く身を沈める。あえてそう仕向けたのか、バスタオルがはだけて剥き出しの背中がエイイチの胸部全面に押し当てられた。

 匂い。体温。見る者が見れば、これ絶対入ってるよねと指摘する体位の角度。それらが一丸となってエイイチの理性を飛ばしにかかる。

 

「館がわたしのものになったら、今度は本当の新婚さんになろうね。そしたら……泡をつけた身体で、エーイチくんの背中洗ってあげるね」

 

 とどめの台詞は、たしかにツキハにも劣らない小悪魔っぷりだった。エイイチは両手でマリの華奢な肩に触れ、二の腕を上下に撫でる。

 

「だめ。いくらわたしが魅力的でも、まだ我慢して」

「いや……マリちゃん一年も風呂入ってないって言ってたから、垢とかちゃんと落ちてるか気になって」

「照れ隠しだよね? もし本気で言ってるなら、いいかげん本気で怒るから」

 

 エイイチの真意はさておいて、三日目の夜にしてこの状況。マリの攻略も間近なのだとエイイチが勘違いしたとて誰が責められるだろう。

 

 シチュエーションや進行速度は異なるも、だが【豺狼の宴】はマリが狼戻館の支配を目論んだこの瞬間からルートに突入するのである。多様な苦難、激化する恐怖と混乱が今より降りかかる。

 

 共に信頼を寄せ合う協力者となれば、あるいは。一見攻略の鍵とも思えるそれは“宴”において狼と羊の役割そのままであり、なんら逸脱することはない。たとえ互いが恋に落ちるような事態になろうとも、最後に羊は食べられ多くのプレイヤーがBADENDを叩きつけられた。希望をへし折られた。

 

 ルートを突破する方法はただ一つ。

 ――“マリの殺害”それのみなのだ。

 

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