萌ゲーアワード受賞のアダルトゲーに転生したと喜んでたら実は設定が似通ったとある洋館ホラーゲーだった件 作:シン・タロー
#74
ちゅぱ、ちゅぱ、と。
そこはかとなく卑猥な水音に誘われ、エイイチはいても立ってもいられなくなってしまう。
期待。そして“なんかエロいことが起こってそうなのに何でこんなところにいるんだ”という、焦燥。全方位が闇に囲まれた空間を、エイイチはもがくように泳ぐ。
音の
◇◇◇
「――……~~~~ハ!?」
エイイチは固い床の上で跳ね起きた。
どこか室内だろうか。鈍い銀色のような壁に見覚えはなく、部屋を見渡すために首をぐるりと捻る。
「ふぅ、ふぅ、はむ。ぴちゃぴちゃ、ちゅ」
エイイチのすぐ横に女の子がいた。
ヘアスタイルはかなり明るめの茶髪で、丸っこい形の前髪ぱっつんショートボブ。女の子はひび割れた墓みたいな石へ手足を絡めて抱きつき、自身の人差し指をべろべろ舐めしゃぶっているのだ。
世の中にこんな性癖を隠し持つ人材がまだいたのかと、戦慄したエイイチは行為をガン見する。
「はむ、はぁむ。ちゅぱ、へぁ――」
「アイナちゃん、何やってんの?」
夢中で指舐めにふけっていたアイナは、ようやくエイイチの存在を認識した。熱っぽい瞳が一転、眼球がこぼれるほどに見開かれる。
「ねえ、何やってんの?」
アイナの顔面はみるみる茹で上がり、額からは汗まで垂れてくる。
咥えていた指をちゅぽんと引き抜き、涎の糸を自身の服に擦りつけて拭き取るアイナ。抱っこしていた墓石も床へゴトンと手放した。
何事もなかったかのように立ち上がり、アイナはパンパンと両手を叩きながらエイイチを見下ろす。
「おかえり
「それよりさっき何やって――」
「おまえに希望を持たせるにはあれが一番いいからって、しかたなくやってやったわけ。つまりおまえにとって、うちは命の恩人ってこと。わかるよねぇ? わからなくてもだまれ。いいな?」
「お……おう。ごめん」
胸ぐらを引き寄せられ、こうも凄まれてはエイイチも素直にガチ恋距離を喜べない。
実際、石塔へ閉じ込められたエイイチに希望の光を示し、脱出へと導いたアイナは恩人に違いなかった。
わかればいいとばかりにアイナが手を離すと、エイイチはよろけて尻餅をつく。
「ま~いいやぁ。復活したなら、早いとこ“イレヴン”とこ連れてくか。立ておら」
「イレヴン?」
「“
Iと1の並びで
エイイチにはイレヴンなる人物に心当たりはなかったが、ひさしぶりに例の訂正を口にする。
「エーイチじゃない。俺は“エイイチ”だ」
きっと生意気に映ったのだろう。顔色を変えたアイナは、エイイチを睨みつけながら応じる。
「うちだって
「知ってるよ。俺はずっとアイナちゃんって呼んでるだろ」
「…………」
アイナの名前に関するこだわり、熱量はエイイチにも劣らないほど強いのかもしれない。
なぜ、なのだろうか。
「つか……立てんのかおまえ? エイイチ」
「え? あ、うん。立つことに関しちゃ、俺の右に出る奴はいないぜ」
へらへらと最低な発言をしつつ、エイイチは膝に手を添え力を込める。
「っ――とと。あれ?」
腰を少し浮かせただけで足がもつれ、またも座り込んでしまうエイイチ。
あのアヤメでさえツキハに魔力を分け与えられ、なお回復には至っていないのだ。より長時間を封印されて過ごしたエイイチの消耗はアヤメ以上だろう。
思うように動けず困惑するエイイチを見て、しばし無言でアイナは考えを巡らせた。
「……こんな状態じゃ無理か。ある意味まだ目覚めてないのと一緒、ともいえる」
「いやいや、ちょっと待ってアイナちゃん。これくらいどうってことないって」
「は~いはい、大人しくこれでも飲んでな」
側に屈んで後頭部を支えてやると、アイナはゼリータイプの飲料をエイイチの口へねじ込み、絞り出す。
「ほぅら、ちゅっちゅ。ぷ――あはは。なっさけない姿! 赤ん坊かよぉ」
全力で馬鹿にしてくるアイナだが、ゼリー飲料に吸いつくエイイチは思う。
悪くはない、と。もしや今なら赤子泣きも許されるのではと危険な思考にまで至るも、過去の嫌悪感むき出しなマリの表情がよぎり、やはりやめておこうと実行を断念した。
ギリギリの良識で踏みとどまったエイイチは、マリに感謝すべきである。赤子泣きなんぞを披露していれば、アイナは隠し持つクナイで躊躇なくエイイチの首をかっ捌いたであろう。
実のところ、この場でエイイチの生死は問われていないのだ。
「おいしいでしょ。特製ドリンク」
ラブジュース的なものだろうか。ゼリー飲料を飲み干したエイイチは、そんな軽口を叩く余裕もなく急激な眠気に襲われる。抗おうと身を起こしかけるも、アイナに軽く胸を押し返された。
「寝てなって。おまえの疑問は、次起きたときに答えてあげる。うちもエイイチには聞きたいことあるし」
エイイチの視界が狭まり、アイナの蠱惑の笑みに霞がかかっていく。どことなく甘えモードのセンジュにも似ているが、アイナのあざとさには照れがない。
そんなことをぼんやり考えるうち、やがてエイイチは完全な眠りに落ちた。
◇◇◇
「――……~~~~ハ!?」
どれほど寝ていたのだろう。エイイチの頭はやけにすっきりしていた。今度は体に力も入るようだ。すんなりと起き上がる。
「アイナちゃん……?」
無機質な部屋にはエイイチ以外、誰もいなかった。
あまり広くはない室内を見渡すエイイチ。先ほどはじっくり観察できる身体状況ではなかったが、あらためて変わった部屋である。
室内は明るいものの、光源がどこにあるのかわからない。部屋全体がぼんやり発光しているようにも感じる。
壁も床も鈍い銀色、とでもいえばいいのだろうか。壁へ触れてみるとほどよい柔らかさがあり、奥は硬い芯のような材質になっている。
なんとなく人体を連想させる壁に、エイイチはあからさまに顔をしかめた。
「いや。これは見方を変えれば……」
エイイチはなおも必要以上に壁を撫でさする。順手から逆手になり、下から持ち上げるように壁を揉みしだく。変わった素材の強度を確かめるかのごとく、指を沈み込ませる。
「ふむ……なるほど。目を閉じれば十分、壁尻として――」
「何やってんの?」
片目を開けてみれば、エイイチのすぐ隣にアイナが立っていた。
アイナは腕を組み、胡散臭そうに細めた瞳でエイイチを問いつめる。
「ねぇ何やってんの? 壁なんかに密着して」
エイイチに返す言葉はなく、言い訳もない。せめて話を変えようと試みる。
「ア、アイナちゃん。俺ちゃんと立てたよ!」
エイイチは両手を広げて完全回復をアピールするも、視線の下がっていたアイナが別の意味に言葉尻を捉えても仕方ない。
ゴミを見る侮蔑の表情で、アイナは瞬間的に何かを耳にあてる。小型の通信機だ。
「…………っ」
「ど、どうしたの?」
そのまま固まる姿にエイイチが疑問を抱いていると、アイナは舌打ちして通信機を耳から離した。代わりとばかり、エイイチの尻へ蹴りをくれる。威力控えめ、綺麗なフォームの回し蹴りだった。
「おら。ついてこい、エイイチ」
「……はい」
DV彼女に連れられる彼氏のように、うなだれたエイイチはアイナの後に続く。
部屋を出る際、まさか扉とも思わなかった壁の一部が有機的にうにょんと開いたのは、エイイチも気味悪がった。
やはり鈍い銀一色の廊下。壁尻材質の床を、エイイチはアイナと共に踏みしめて歩く。
ものめずらしさにキョロキョロしていたエイイチは気づく。どこもかしこも丸いのだ。目覚めた部屋もこの廊下も、丸みを帯びていて角が無い。
「設計したのは著名なデザイナーかな」
「なんの話ぃ? おまえって突飛な方向に話飛んでくから理解しづらいんだよね」
「一ヶ月も一緒にいれば、アイナちゃんと俺も深くわかり合えると思うんだ」
「まじ無理。おまえと一ヶ月過ごすとか狼戻館の奴らが信じらんない。……ほらここ。入って」
壁がうにょんと歪んで、エイイチが先に入る。殺風景なところはさっきの部屋と同じだが、こちらは前面がすべて巨大な窓となっていた。
思わず駆け寄り、エイイチは窓からの眺望を堪能する。見下ろす果てまで森が広がっていて、他には何もめぼしいものが無いのだが。
「うは~~高けええ! ……ていうか、いくらなんでも高すぎない?」
「浮いてんだからぁ、そりゃあそう」
「浮いてる!?」
たしかに首をまっすぐに戻せば、目線の高さに雲がある。
天空を舞台にしたエロゲー。もちろんあるにはあるだろうが【洋館住んで和姦しよ♪和洋セックちゅ♡】の舞台ではない。
「あそこが狼戻館」
「……ほんとだ」
アイナの指先を辿ると、緑の中でぽつんと佇む洋館がエイイチにも見えた。
しかし、どこかおかしい。はたと動きを止めたエイイチは、もう一度よく外を見下ろし端から眺めていく。
木々と山、洋館。それ以外に何も無い。かなりの高度から見下ろしているにも関わらず、果てが見えないのだ。
空の色は奥に行くほど暗く、グラデーション的に青から黒へと変化している。何より驚くのが、まるでカーテンのごとく地上にかかっている虹の光。天空と繋がる虹は美しいながら、エイイチは無意識に“壁”を想起してしまう。
「まさかオーロラなんて見れるわけが……。てか、町や村は? こんな広大な森、アマゾンでもあるまいし」
過去にアヤメが“ここは日本の山奧”だとたしかに言っていた。だが目下の光景はエイイチが知る日本のどこにも存在しない。【洋館住んで和姦しよ♪和洋セックちゅ♡】にも、ふもとの町や商店街はあるのだから。
「……やっぱり。おまえが知ってる場所は、こことは全然ちがうんだ」
「アイナちゃん……」
「教えてよ。エイイチがいたところ、どんなとこだった? そこには本当にあるの? うちの――」
アイナに肩を掴まれながら、エイイチは次の言葉を待った。
少しの逡巡ののち、アイナは唇を開く。
「伊賀の里は……実在するの?」
なんだその質問は。と突っ込みそうになったが、アイナの真剣な顔を見て、エイイチは口をつぐんだ。
きっと、大事なのだ。アイナにとって。存在意義にも関わる、重要な――。
「
背後の冷たい声に、同時に振り向くエイイチとアイナ。
エイイチが見たこともない、スキンヘッドの大男が立っていた。ぴっちりと肌に貼りつく黒いボディスーツを着用した、異様な男だ。
「……うちはアイナだ。いま目覚めたんだよ、エイイチは」
落ち窪んだ男の鋭い眼光が、エイイチへと向けられる。髪も眉も無いので、おそろしく強面な形相をしている。
スキンヘッドに視線を吸われながら、エイイチはごくりと唾を飲み込んだ。
「あんたが――……キトウさん?」
「我はイレヴンだ」
イレヴンのどこを見てエイイチがそう呼んだのか察しはつくだろう。
気分を害した風でもないイレヴンに、エイイチもまた悪びれることなく交渉する。
「そうかい、俺はエイイチ。あんたがここの家主さん? ちょっと下に降ろしてほしいんだけど。みんな心配してると思うからさ」
エイイチを一瞥すると、イレヴンは自らも窓へ近づいた。眼下の館を見据え、吐き捨てるように言う。
「まだ、あのような者共に肩入れするのか。我らがこの地を侵略するのは当然の行為だ。先に仕掛けてきたのは、この“星”の奴らなのだからな」
「星? って、あんたなに言って」
「すべては馬鹿げた計画が招いた結果。そう……」
憎悪の混じる言葉ながら、イレヴンの瞳は空虚そのものだった。昏く、深淵。自身を衰弱させた閉鎖空間の闇にも似た眼色に、エイイチは背すじが凍りつく思いがした。
因縁は、一九六九年にまでさかのぼる。
「“アポロ計画”――と言ったか」