萌ゲーアワード受賞のアダルトゲーに転生したと喜んでたら実は設定が似通ったとある洋館ホラーゲーだった件   作:シン・タロー

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#75

 古来より、人類は月に幻想を求めてきた。

 科学の発展にともない、憧憬の対象だった月へと到達した。しかし同時に抱いていた夢想――追い求めていたロマンも消え去ったのだ。

 現代において、いまだ月に生命体が存在するなど信じる者は極少数だろう。

 

「アポロ11号は、交渉もなく無断で我らの母星に降り立った。明確な侵略行為だ。報復は、我らの当然の権利と言えよう」

 

 イレヴンは機械のような表情で動機を並べた。

 

 怪訝に眉をひそめるエイイチは、説明を求めてアイナに顔を向ける。けれどアイナもエイイチと同じく、顔には困惑の色を浮かべていた。

 

「地球の住人が、まさか我らと伯仲した力を持つとは予想外であったが……所詮は蛮族。血に飢えた獣のような輩ばかりでは、支配下に置く価値もない。ゆえに殲滅戦を仕掛けたのだ」

「ま、待って、待って。ちょっと待ってよ。じゃあ……うちらは月の人間で……つ、つまりこの星の出身でもなんでもなくて。ただの侵略者だ……って、こと?」

 

 猟幽會に属していながら、アイナにとって初耳な事実なのだろう。いまだ飲み込めない様子でイレヴンの答えを待つ。

 

「“月の人間”か。この星の連中の表現に当てはめるのならば、そうなるだろう。猟幽會という組織名も、貴様達の識別番号も、すべて地球に溶け込むために付けられたもの。言語が多岐にわたるため、解読も完璧とまではいかないがな」

「そ、それじゃ……伊賀の里は……」

「そう案ずるな、I7よ。間もなく貴様にも調整(・・)をかける。今しがた聞いた真実も記憶から消え、また闘争に邁進できる」

 

 ここではじめて、イレヴンは口もとに亀裂のような笑みを形作った。

 アイナはそれ以上の追及に及ぶ気力も失くしたようで、ただ立ち竦んでいる。

 

「ヨーロッパ、アフリカ、アメリカ。各局面で順調に勝利をおさめ、特に個々の能力が強力だったアジア……ここ日本でも、残るはあの狼戻館に立て籠った者共のみ。あれらのように知性がある者達は他にも存在したが、それらと相対するうちに疑問を抱いたのだ」

 

 月の民。

 だが実在したとて、人類はどうして今日(こんにち)までその存在を立証できなかったのか。

 それは地球へ飛来した異星の民もまた、現代に生きる人間を長らく発見できなかった理由と繋がる。

 

「そう、知性だ。月に到達する科学力は、いったいどこからきたのだ。個々の戦闘能力は特筆するものがあれど、アポロ11号を建造できるような設備も技術者もどこにあるのだ、と」

 

 再び眺望窓に向き直ったイレヴンは、森を見下ろす。

 

「だからこの星にはもう一つ別の次元(・・・・)、裏に別の世界が隠れているのではないかと、我は疑いを持つに至ったのだ」

 

 この世は、現世と幽世(かくりよ)から構成される。

 現世に生きる人間は一部を除いて、隔てられた幽世を認識することが出来ない。幽世とはいわゆる霊や妖、それこそ狼戻館の異形共が存在する世界。

 

 (いにしえ)から存続してきた月の民がもし、幽世側(・・・)の生命体なのだとしたら。

 人類が月に彼らを発見できなかったのも、当然の結果といえるだろう。

 

 イレヴンは、ゆっくりとエイイチを振り返った。

 

「――そこで……A1、貴様が遣わされた。貴様こそが地球の別世界を暴く“鍵”だった」

 

 一般的には幽世の存在も同様に、現世に接触するのは不可である。しかし霊や妖など元は人間であった者も多い。現世が在るということをすでに認知している。

 

 このことが地球の幽世に住まう者共と、月の民との大きな違いであった。現世の存在さえ明らかであれば、アプローチする方法は単純に二つのパターンがある。

 

 すなわち自らのテリトリーに引き込むか。

 もしくは様々な制限を受けながら相手の領域に踏み込むか。そう、かつて生活圏を現世に置いていた狼戻館住人のように。

 

「A1。貴様は障壁の歪みを見つけ、たどり着いたはずだ。この星のもう一つの姿へ」

 

 眺望窓を背に、大仰に両手を広げるイレヴン。

 鼻をいじっていたエイイチは、いよいよもってわからないとため息を吐く。

 

「キトウ……いや、イレヴン。ひとつ聞きたいんだけど、ここからどうやってエッチな展開に発展させるんだ?」

「忘れているのなら、覗き見れば(・・・・・)いいことだ。貴様も興味があるだろう。自らが何を見、何を知ったのか」

 

 イレヴンが、エイイチに向けて片手を持ち上げる。次の瞬間、イレヴンの片腕は文字通り伸びた。蛇の如くうねり、途中で幾本にも枝分かれした末端がエイイチの四肢に絡みつく。

 

「おわ!?」

 

 両手両足を縛られたエイイチは、あっという間にその場で宙吊りとなった。

 ぷらぷらと前後の揺れが止まり、うつむくエイイチは小刻みに震える。ふつふつと怒りが燃え上がる。

 

「なにを……なにをやってんだよおいっ! こういうのするなら! 触手するならこの場合相手はアイナちゃんだろ!? 俺にやってどこのだれに需要があんだよ! ああ!?」

 

 凄まじいエイイチの剣幕だった。エロゲーのなんたるかを無視するイレヴンの行動にぶち切れていた。

 

 一方で、エイイチに名指しされたアイナはここでようやくハッと我を取り戻す。すぐさま放つ無数のクナイが、イレヴンの触手を貫いた。

 拘束が解け、床へ尻を打ちつけるエイイチ。

 

「いったいなんの真似だ、I7」

「くそ……! どうして、これまでなんの疑問も持たずに、うちは……!」

「そのように調整したからだ。他のエージェントも皆、同じ。月のために力を振るえ」

「うちは道具じゃない! こうなったらエイイチに道を聞き出して、伊賀のルーツを自分でたしかめてやる!」

 

 エイイチに手を貸して引き起こすアイナ。二人は共に眺望窓の部屋を脱出した。

 追ってくる足音から逃れようと全力で臨む。

 

「もっと早く走れないの!? A1のくせに! 斥候だったならうちよりずっと優秀なはずでしょ!」

「いや、そうはいっても俺には何がなんだか……!」

「とにかく急いで! おまえには絶対、そのもう一つの世界に連れてってもらうんだから!」

 

 アイナから強引に手を引かれ、エイイチは何度も足をもつれさせる。それでも懸命に駆けた。

 

「いい? この先に、地上に降りるポッドがある。でも一旦そこの部屋であいつをやり過ごして、そのあと向かう!」

「わ、わかった」

 

 手近な部屋へ二人は飛び込んだ。天井は高く、奥行きの広さも目立つ部屋だったが、アイナは扉に背を向ける形で身を屈めた。

 エイイチもアイナに倣い、対面で膝を折る。

 

 息をひそめているとまるでホラーゲームの主人公になったみたいだ、などとアイナの汗が浮いたうなじを見つめながらエイイチは思う。

 考えてみれば本来、このような逃走劇は狼戻館でこそ繰り広げられるべき光景だったはずである。

 

 耳に届いていたイレヴンらしき足音が、やがて聞こえなくなった。エイイチが目線を送ると、アイナは頷く。

 

「……行ったか?」

「この星でそういう台詞は、フラグと言うのだそうだ」

「っ!?」

 

 すぐ背後の扉へ立つイレヴンに向け、アイナは振り返り様に放つためのクナイを胸もとから掴み取る。

 だが暗器を撃つことはできなかった。

 イレヴンが片手を挙手するように持ち上げると同時、エイイチとアイナ二人の体が重力を無視して宙へ浮いたのだ。

 

「くっ!」

「うわわ!?」

 

 宇宙遊泳の経験もない二人にとって、無重力化での姿勢制御は簡単なことではない。挙げた手をイレヴンが水平に戻せば、あっけなく床へ叩きつけられたのだった。

 

「茶番は終わりだ」

 

 今度は両腕を触手と変え、イレヴンはそれぞれの腕にエイイチとアイナを捕らえる。

 またも宙吊りにされたエイイチは、床で打った背中の痛みに咳き込んだ。つらい。が、その瞳はどこか満足気に、自分同様宙吊りになってジタバタもがくアイナを見据えていた。

 

「よくやった。それで……いいんだ、イレヴン」

「エイイチおまえ! 吊るされてなに喜んでんのよこの変態!」

 

 触手とはかくあるべき。役割を全うしたイレヴンを褒め称えるエイイチに、憤慨するアイナ。

 状況が混沌を極める中、イレヴンはなんら精神をかき乱されることなく触手の一つをエイイチの頭上へと伸ばす。

 

「さあ、見せてみろA1。貴様の歩んだ軌跡を」

 

 大皿と見紛うほど楕円状に広がったその触手は、補食するかのごとくエイイチの頭部にパックリと被さった。

 視界が一瞬で黒く染まったエイイチは、意識が遠い彼方へと引っ張られる感覚を覚える――。

 

 

◇◇◇

 

 

 ――深い森を、一人の男が歩いている。

 黒髪が目もとまでかかり、男の表情はよく見えない。何より着衣も身につけず、舗装もされていない足場を平然と素足で歩む姿は異常でしかない。

 

 視線の先に小さな丸い物体を発見し、男は足を止める。

 それは包みの両端が捻って結ばれた極一般的なキャンディだったが、馴染みがないのか男はやけに警戒していた。

 何年も人の手が入っていないような森の中だ。男が訝しむのも当然かもしれない。

 

 落ちているキャンディは一つではない。一定の間隔で置かれ、まるで男を藪の奥へと誘導しているかのようだ。

 導かれるままにキャンディを拾い集めていると、男はふと、眼前の空間が歪んでいることに気づいた。

 波立つ水面のごとき揺らぎに男は手を伸ばし、触れる。

 直後。雷が全身をつらぬく衝撃に襲われ、男は膝から崩れ落ちて気絶してしまうのだった。

 

 

 

 男が次に目覚めたのは、薄暗い路地だった。

 冷たい雨が降り注ぎ、倒れ伏せたまま濡れた頬を拭う。

 

「――なんだ。動物霊でもおびき寄せようと思ったのに、変なもんが釣れたなあ!」

 

 直上の声に頭を起こすと、見知らぬ少女が身を屈めて男を覗き込んでいる。

 見た目は十代の前半相当。花柄の着物など着用し、姿勢のためか着衣は乱れ褐色の太ももが露出している。日本人形のような真っ直ぐの黒髪は、後頭部に飴色のかんざしが挿さっていた。

 

 客観的な少女の容姿はこのようなものだが、男は少女の年頃も、着物やかんざしの名称も、実のところ何もわからなかった。

 

「おい、(ほう)けるな。おまえ人間か? 名は? 名前だよ名前」

「名前……」

 

 少女に問われた言葉を繰り返す男。やはり何も思い出せないものの、かろうじて一つ、頭に浮かんだ言葉を口にする。

 

「A、1」

「エイイチか。ふん。人かどうか区別がつかんが、まあ贅沢は言うまい」

「いや、俺はエー――」

「わしについてこい。エイイチ」

 

 少女が差し伸べた手を、男は黙って見つめる。

 まどろっこしく感じたのか、少女は男の手を握ると無理矢理引き起こした。

 

 路地を抜ければ、賑やかな繁華街だった。

 土砂降りが幸いしてか、いつもの夕刻より人通りは少ないが、それでも全裸の男の手を引いて走る着物姿の少女という図だ。大いに衆目を集める。

 

「というかおまえなあ! 前くらい隠せよ!」

「?」

 

 指摘されるも、首を傾げる男。少女の視線から判断し、ようやくぶらぶら揺れるモノを片手で覆った。

 ずぶ濡れの褐色少女が、駆けながらどこか楽しげに男へとまた振り向く。

 

「そうそう、わしは“クロユリ”。敬愛を込めてクロユリ先生と呼べ! いいか、先生だぞ!」

 

 クロユリと名乗った少女が念を押すと、少女の異質さも理解できない全裸の男は、ただ神妙な面持ちで頷くのだった。

 

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