萌ゲーアワード受賞のアダルトゲーに転生したと喜んでたら実は設定が似通ったとある洋館ホラーゲーだった件   作:シン・タロー

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#76

 繁華街から外れると、すぐに人影もまばらとなる。

 一軒家が余裕のある間隔で建ち並ぶ住宅地。雨避けの鞄を頭に、うつむいて駆ける女子高生とすれ違う。

 坂道をのぼっていけば、霞む山々を背景に田園の緑が広がった。

 

「ふぃ~。ここだ、ここ!」

 

 犬のように頭部を振って水滴を飛ばすと、クロユリはボロボロの民家を指差す。壊れた壁や屋根をトタンで修復した、築数十年は経っているであろう吹けば飛びそうな木造平屋だった。

 周囲には、見渡す限り田んぼと電柱しかない。

 

「まあ、遠慮せず入れ」

 

 促され、エイイチはクロユリの後へ続く。外の雨雲もあってか、室内は暗い。

 エイイチが土間でぺたぺた足音を鳴らしていると、(かまち)を上がったクロユリが照明の引き紐を引いた。

 

「それにしても降ったなあ。……エイイチ、ほら。足の裏もよく拭いておけよ」

 

 クロユリはバスタオルを頭にかぶりつつ、もう一枚同じものをエイイチへ放り投げる。

 言われた通り全身を拭き、エイイチは居間の畳へと足をあげた。

 

 ちゃぶ台や箪笥など、家具は和式で揃えられている。しかしどれもこれも年季物で古く、仕切りの襖など破れた穴がガムテープで塞がれている。

 天井からはパラソルハンガーが吊るされており、干してあるパンツにはどこか物悲しい生活感が漂っていた。

 

「雨を見越して室内干ししてたんだぞ。わし偉かろう?」

 

 手を腰に、大げさにふんぞり返ってみせるクロユリ。

 エイイチは、ぼけっと干された下着を見上げている。

 

「わはは、乙女のパンツをそうまじまじ見つめるな! ああ。そういえばおまえにも、何か着せる服を――」

「パンツ……なるほど。これが、パンツ」

 

 クロユリが部屋の隅へ視線を移した隙に、エイイチはパラソルハンガーのパンツへ手を伸ばした。掴み取った小さなピンクの布切れを、なんの躊躇もなく片足を上げて履こうとする。

 

「おおい待て待て!? わしの目の前で大胆にもほどがあるぞ!」

「え? パンツというものは下着であり、履くものでは?」

「いやそりゃそうだけども!」

 

 クロユリは、エイイチの手から慌ててパンツをひったくる。見られるのはよくても履かれるのはさすがに恥ずかしいのか、褐色の肌にはほんのり朱が差している。

 

 襖を開けて別部屋へ消えたクロユリは、男物の服を抱えて戻ってきた。自身も濡れた着物からぶかぶかサイズのTシャツに着替えたらしいが、下を履いてないあたり見られる分は本当に気にしないのだろう。

 

「これを着ろ! 前に資料用で買ったやつだが、見た感じおまえにちょうど合いそうだ」

 

 エイイチは新たに受け取ったボクサーパンツを履くと、さらにデニムパンツへ足を通した。無地のシャツにパーカーを重ねかぶり、エイイチはぺこっと頭を下げる。

 

「ありがとう。ええっと、クロユリ――」

「先生」

「……クロユリ先生」

「うむ」

 

 頷いて、クロユリは座布団にどっかり腰を落とした。

 エイイチもちゃぶ台を挟んで対面に座る。

 

 静かだった。

 二人も人間がいる居間でもっとも存在を主張しているのは、チキチキと時を刻む壁掛けの古時計だった。

 

「……ふ~む」

 

 クロユリは座高の低いお子さまなりに、後ろ手に背中をのけぞり、偉そうにエイイチを値踏みしているようだ。

 ちなみに片膝を立てているため、小麦色の太ももと白い下着が丸見えである。

 

「欲情はせん、か。その手の趣味はなしと」

「欲情? ええと……子孫繁栄的な?」

「なんだその言い回しは。ときにエイイチ、わしはいくつに見える?」

「いくつって、歳、年齢? う、うぅん……三十歳……とか?」

「バカ真面目な顔で言われると、冗談か本気かもわからんな。まあ、成人はしてると言っておこう」

 

 百人に聞けば、おそらく百人が十代前半と答えるであろうクロユリの容姿だ。エイイチの返答はますますクロユリの疑念を深める。

 

「で、おまえは何者だ? 名以外は?」

「それが……」

「まったく覚えておらんのか?」

 

 手を顎に、顔をしかめるエイイチは、返事をする代わりに腹をぐぅと鳴らした。

 

「緊張感のないやつだなあ!」

「ちょっと腹ごしらえしてくる」

 

 言うやいなや立ち上がり、玄関へとすたすた歩いていくエイイチ。

 クロユリは驚きつつ後を追う。

 

「腹ごしらえって、おまえ金は? どうみても文無しだろう!」

 

 エイイチは敷居のすぐ外で屈み込むと、何やら土を手の平に集め始める。

 

「えと……なにしとんの?」

「いや、だから腹ごしらえ」

「阿保か!」

 

 べしん! とエイイチがせっかくかき集めた土くれは叩き落とされた。

 幼児にするようにエイイチの手を掴み、クロユリは洗面所へ直行する。

 

「どんな常識しとんだ、おまえは!」

 

 手を洗ったのち、エイイチは居間に蹴り出された。

 クロユリは台所でぶつぶつ呟きつつ、何か作業をしているらしい。やがてチーンと電子音が鳴ると、丸盆を持ったクロユリが居間へ戻り、エイイチに茶碗を差し出す。

 

「粥だ。食え。わしは料理はせんからな、レトルトだぞ」

 

 湯気の立つ茶碗には粥と大きな梅干しが入っていて、エイイチはスプーンで一口分すくうとゆっくり口へ運ぶ。

 

「あれかなぁ。やっぱり“霊道”通った影響で記憶飛んだんかなぁ」

「う、うまい! これうまいよクロユリ先生!」

「そうかそうかよかったな。まあ、幽体には見えんし……また動物霊でも捕まえに行かんとな。はぁ……」

 

 褐色少女の悩みは深いようである。

 頬杖をついてため息を吐くクロユリに、今度はエイイチが問いかける。

 

「クロユリ先生は、ここでなにをしてるんだ?」

「わしはな、よろず屋だ。よろず屋」

「よろず」

「なんでもやるんだよ、依頼があればな。実入りがいいのは霊障関係なんだが、近ごろめっきり幽霊とか妖怪の類いが減ってなあ」

 

 この頃、幽世は猟幽會を名乗る組織に蹂躙されている真っ最中。クロユリはその煽りをもろに受けているいわば間接的な被害者だった。

 

「それで、どうして動物霊とやらを?」

「だからあ! 捕まえた動物霊をこっちで離すだろ? すると奴らは悪さをする。そこでわしが登場して――って皆まで言わせるなわはは!」

 

 早い話マッチポンプを仕掛けるつもりらしい。

 散々エイイチの常識に眉をひそめてきたが、クロユリの倫理観も同等に怪しいものだ。

 

「はあ……もう寝るか。わしはここで寝るから、エイイチは向こうの部屋で寝ろよ」

 

 さっそく寝そべりながら、クロユリは小さな足指で奥の襖を指し示す。

 エイイチが居間を出ようとする頃には、すでにクロユリのいびきが響き始めていた。

 

「……お。クロユリ先生ー、なんか四角い箱があるけど」

「あん? ゲーム機だろ、好きに遊んでいいぞ。壊すなよ……むにゃむにゃ」

 

 誰が思うだろうか。

 この全裸の非常識男と成人褐色少女の邂逅が、まさか月の住人と地球人のファーストコンタクトであるなどと。

 歴史的な夜は、しかし誰にも知られぬままひっそりと幕を閉じた。

 

 

 

 ――翌日。

 

「エイイチー!」

 

 朝日と共に、クロユリは襖をスラリと開けた。本日は真っ白いワンピースを身にまとい、頭には麦わら帽子。なんと虫取り網まで手にしている。

 

 差し込む光に目を細め、エイイチは夏休みの田舎少女そのままなクロユリを見上げた。こちらは煎餅布団の上にあぐらをかき、ゲームのコントローラーを握りしめている。

 

「なんだ、一晩中ゲームしてたのか? まあいい。言い忘れていたが、わしの家に住むなら働かざる者食うべからず、だ!」

「クロユリ先生、これ他のある?」

「聞いとんのかおまえは! で、どうだ? わしと一緒にくるか? こう見えてそっち方面じゃ名が売れててな。捕縛、除霊、対幽体戦までノウハウを叩き込んでやらんこともないぞ!」

 

 エイイチはとても悩んでいる様子で、名残惜しそうに何度もモニターへ目を向けている。

 

「……そんなにゲームがしたいのか。変なところで現代っ子だなあ。いいよいいよ、一応そっち方面でも金になりそうな案件があるにはある」

 

 布団をまたいで段ボールを漁ったクロユリは、数本のソフトをエイイチへ渡した。どれもパッケージには二次元の美少女がでかでかと描かれている。

 

「ジャンルの偏りには文句言うなよ。わしが帰ったらプレイした感想を聞かせろ。で、今はなんのゲームしとったんだ?」

「これ」

 

 エイイチが床に置いたソフトには【豺狼の宴】とタイトルが書かれている。

 

「ああ、これか……どうだった?」

「あんまり面白くなかった。暗くて」

「そうだろう! わしもつねづねそう言っておったよ! せっかく成功例があるんだからそっちの続編でもやれとな! だのに最近ぜんっぜん連絡をよこさんのだから!」

 

 クロユリは怒り心頭に地団駄を踏む。

 せっかくのゲームが被害に遭ってはかなわないと、エイイチはそっとソフトを懐に抱え込んだ。

 

「はあ、はあ……じゃあ、わしは出掛けてくるから。メシは冷蔵庫のもの適当に食え。土とか食うなよ? いいな!」

 

 クロユリが嵐のように部屋を出ていくと、エイイチは複数のゲームソフトを見下ろす。パッケージに描かれた瞳の大きな美少女が、今にもエイイチの名を呼びかけてきそうな気がした。

 

 実のところ、クロユリが示した選択はエイイチの今後を大きく左右する誘いだった。

 クロユリについていけば、あったかもしれないのだ。華麗に怪異を対処するスペシャリスト。スーパーヒーローのようなエイイチの未来が。

 

 だがエイイチは選ばなかった。

 いや、ご存知の通り美少女ゲームを選んだ。

 ここからアダルトゲームの沼に沈むまで、もう間もなく――。

 

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