萌ゲーアワード受賞のアダルトゲーに転生したと喜んでたら実は設定が似通ったとある洋館ホラーゲーだった件   作:シン・タロー

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「おーい、いま帰ったぞ! ……ん?」

 

 亭主関白な挨拶でクロユリが帰宅すれば、何やら居間から香ばしい匂いが漂ってくる。サンダルを脱いで、ワンピースのスカートをひるがえすとクロユリは(かまち)を上がった。

 

「ああ、クロユリ先生おかえり。メシ作ってみたんだけど、よかったら食べてみてくれないか?」

「メシ……だと……?」

 

 クロユリは怪訝に眉をひそめる。相手はためらいなくそこらの土を食おうとするような男だ、クロユリの反応も致し方ないところ。

 しかしちゃぶ台の上に乗る皿には、うまそうな焼きそばが盛られていた。具は冷蔵庫の余り物で間に合わせたのだろう。中華麺以外はモヤシと刻んだソーセージのみのシンプルな焼きそばだったが、立ち昇る湯気は鼻腔をくすぐるソースの香りを運んでくる。

 

 ぐぅ。と鳴った腹を押さえ、クロユリはじっとりと半目をエイイチへ向ける。

 

「おいエイイチ、おまえ……どういう風の吹き回しだ?」

「それはね、クロユリ先生。――これですよ、これ!」

 

 エイイチがこれ見よがしにちゃぶ台へ置いたのは、今朝クロユリから渡された美少女ゲームソフトの一本だった。

 舞台は夏。海。ひょんなことから海の家を手伝うことになった主人公が、美少女達とひと夏の出会いを経て、やがて運命のパートナーを見つける青春ラブストーリー。高校生の主人公は夏休みを海の家で過ごし、ひたすら焼きそばを作り美少女達の胃袋を掴むのだ。

 

 どうやらエイイチはこのゲームに感化されたらしい。

 

「消えな、ナンパ野郎。彼女が欲してるのはアンタみたいな焼けた肌の男じゃねえ。熱々の鉄板で焼けた麺なんだよ」

 

 ゲーム中の名台詞をドヤ顔で発しながら、手に持つ金属製のヘラをビシッとクロユリへ突きつけるエイイチ。

 

「お……おう」

 

 クロユリはドン引きつつ麺をすすった。特筆すべき点はないが、ちゃんと焼きそばだった。

 

「ところでそのゲーム、どこまで進めた?」

「え? 終わったよ、女の子全部」

「もうクリアしたのか!?」

 

 エイイチがプレイしたゲームはミドルプライスの恋愛ゲーム。個別ルートのボリュームは若干物足りない短さで、一度通過した共通ルートをスキップすれば不可能ではない。

 だがそれでもクロユリ不在の間はたかが約半日。ゲームのみに注力しなければヒロインすべてを攻略することは難しいだろう。

 

「すごいですねゲームって! 人を敬う気持ちとか、大切なものを守るためにどう力を使うのか。焼きそばの作り方まで教えてくれた」

 

 昨日まで、赤子のごとくものを知らなかった男の発言とは思えない。エイイチにはあるのかもしれない。ゲームへ極限まで集中する情熱、すなわち才能が。

 

「……わしは阿保か。そんなもの、ただのニートではないか」

 

 しかし焼きそばを作ったのだ。自宅警備員から家事手伝いにランクアップしたとギリギリ言えなくもない。ただの穀潰しか、否か。見定めるためにも、クロユリはエイイチへ新たなゲームプレイを許可してやる。

 

「いいんですか!? やったー! じゃあ次はこれにしよう」

 

 今朝クロユリから渡された美少女ゲームの一つを取り出し、さっそくうきうきと見下ろすエイイチ。ここでふと何かに気づいたようで、片眉を吊り上げてパッケージに注視する。

 

「……クロユリ先生、ちょっと聞きたいんだけど」

「なんだ?」

「これ、今日プレイしたやつと絵が一緒だ」

「そりゃそうだろ。描いたのわしだし」

「え!? 先生がこれ描いてんですか!?」

 

 焼きそばを平らげたクロユリは、箸を皿へ置くとティッシュで口を拭った。

 

「なに、副業のひとつよ。こう見えてわしは符術師だ。人の目を欺き、操作する。見たいものしか見ようとせん者達の願望を形にするなど造作もない」

 

 クロユリは立ち上がり、一枚の紙切れ――符を取り出す。奇っ怪な模様が描かれた符を、覗き込むエイイチに見せつけてやる。

 

「ふふ。よいのか? 無警戒に見て。見ればおまえは術中に嵌まるぞ?」

「そうなんですか? まあ、じゃあ見なきゃいいだけなんで」

 

 体ごとそっぽを向くエイイチに、にやりと笑んだクロユリが言い放つ。

 

「“視縛”」

「……お? お、おお!? 痛てててっ!?」

 

 エイイチの眼球がぐりぐりと、まるで見えない指に無理矢理動かされるかのごとく符へ吸い寄せられる。

 対象へ強制的に符を認識させる、クロユリの力技だった。

 

 エイイチが符に描かれた模様を見つめるうち、クロユリの体は残像のように左右二つへ分かたれ、さらに身分けした体もまたそれぞれ左右に分裂する。

 

「せ、先生がいっぱい!?」

 

 計七名のクロユリは、うろたえるエイイチの前で一斉に腕を組むと偉そうに笑う。

 

「はーはっはっは! 見たか、これこそがわしの術! 視界に頼る情報などこうして容易く――」

「ここだーっ!」

「うわああああ!?」

 

 エイイチが本体のクロユリを抱きかかえた途端、分身体はすべて消滅した。

 足が届かない高さまで真正面から持ち上げられたクロユリは、エイイチの胸の中でジタバタもがく。

 

「バカバカバカバカ! おろせ! おろさんか!」

「意外と全身むにむにしているな……」

 

 率直な感想を口にすると、エイイチは身を屈めつつ腕を離してやる。

 へなへなと座布団に座り込むクロユリ。息も絶え絶えに、涼しい顔のエイイチを睨め上げた。

 

「はぁ、はぁ、おまえ、どうやって本物を見抜いた!」

「偶然ですよ偶然。あー面白かった! じゃあクロユリ先生、俺はゲームするから」

 

 あっけらかんと笑い、エイイチは襖を開けて奥の部屋へと消えていく。

 

「本当に偶然か……? 底の知れんやつだ。力いっぱい締めつけおって。……ま、まったくもう」

 

 憎々しげに見送るクロユリは、直前の失態を恥じているのか、やや赤い顔で独りごちた。

 

 

 

 翌日、帰宅したクロユリは早くも既視感を覚える。

 

「おかえりクロユリ先生、今日はちょっと遅かったね」

 

 居間に上がったクロユリを、エプロン着用でニコニコと迎えるエイイチ。ちゃぶ台には、生クリームやナッツの飾られたカップケーキが並んでいる。

 

「……なんだ、この小洒落た食い物は」

「いやぁデザートは中々むずかしい。でも疲れに甘味は最適らしいんで、よかったら食べてみてください」

「また作ったのか!? これを? エイイチが!?」

 

 クロユリは信じられない思いでエイイチを仰ぎ見る。焼きそばは百歩譲ってまだ話もわかるが、デザートとなれば分量や焼き加減の繊細さも比較にならない。

 

「パティシエを目指してるからといって、恋に関しちゃ別に考えてもらわないと困る。つまり“甘くない”ってことさ」

「やかましい! 誰がパティシエだ誰が! いちいちゲームの台詞を喋るなうっとうしい!」

 

 どうやらこの様子だと、エイイチはゲームをまた一日でクリアしてしまったらしい。

 ミニ丈の浴衣を着ているにも関わらず、股を割ってどっかりとあぐらをかいたクロユリは、大口を開けてカップケーキにかぶりつく。

 

「ぐ……む。うまい」

「そうですか! それならよかった」

 

 悔しいが認めざるを得ない。先日拾ったこの男、エイイチはおそらく乾ききったスポンジ状態だったのだ。驚異的なスピードで触れたものを吸収していく。

 それならそれで、美少女ゲームなどをやらせておくのは勿体ないともクロユリは思うのだが。

 

「あとクロユリ先生。サブヒロインの売れない先輩パティシエと二人っきりで菓子作るシーン、顔のパースが崩れてましたよ」

「そんなダメ出しもしてくんの!? ええい、サブだからいいんだよ! サブなんだから適当で!」

「いやでも、没入感が削がれるんだよね。落ちこぼれだって絶対に見捨てないってテーマのゲームなのに、サブヒロインを手抜きしてたらメタ的に冷めるっていうか」

「ぐ……ぐぬぬ生意気な……!」

 

 親指の爪を噛むというなんとも子供っぽい仕草だが、隠す気も失せるほどクロユリは腹が立っていた。

 

「それと、もうひとつ聞きたいことがあって」

「今度はなんだ!」

「これは昨日のゲームでもそうだったんだけど……。なんか良い雰囲気になった女の子とベッドに入ったらさ、必ず画面が暗転して朝になるんだよ。あれ、なんなんです?」

 

 エイイチは真剣にたずねている。作中時間で夜だったはずなのに、暗転後にはチュンチュンと雀が鳴く朝になっているのだ。おまけにヒロインとの距離も一気に深まっている。到底納得できない。

 

「暗転の間、いったい何が起きてるんですか?」

 

 クロユリは答えに詰まった。人差し指と人差し指をこつこつ打ち合わせ、しどろもどろに目を泳がせる。

 

「何って、そりゃおまえ……ナニだよ」

「ナニ? ナニって何なんですか、俺わかりません! ちゃんと教えてくれよ!」

「ナニはナニだよ! わかるだろうが!? 男女がそういう雰囲気になったら普通、ヤること一つなんだよ!」

「子孫繁栄的なアレですか!?」

「やめいその言い回し! だがわかってるではないか! アダルトゲームをコンシューマー向けに移植するにはな、どうしても削らなければいけない部分なのだ!」

 

 子孫を残すための営みを、なぜ隠さなければならないのかエイイチは理解できない。ここでハッと動きを止め、四つん這いになったエイイチは目線を合わせながらクロユリへにじり寄る。

 

「な、なんだ? 待て、近づくな!」

 

 逃げ腰のクロユリは座布団から滑り落ち、足をM字に開脚したまま少し後ずさった。

 

「アダルト……移植……つまり、元になった本物のゲームがあるってことですね?」

「ほ、ホンモノ? か、どうかはわからんが、そりゃある――」

「ヤりたい!」

 

 ずり落ちた浴衣の、剥き出しの肩をエイイチに力強く掴まれ、思わずクロユリは「ひ」と小さな悲鳴をもらす。

 

「ヤりたい、ヤらせてください! ねえいいでしょ!?」

「ちょ、おま、やめ、離――」

「どうしてもヤりたいんだ! ヤりたくてたまらない! クロユリ先生ヤらせてください! 一回だけでもいいから! 頼むからヤらせて先生!」

「わかったから離してーー!!」

 

 事案。

 端から見れば、いたいけな褐色少女に迫る不審者そのものである。周囲に人家のない田舎でなければ、エイイチは留置所ないし拘置所生活を余儀なくされていたことだろう。

 

 

 

 その後。エイイチはすっかり自身の居場所と定着したゲーム部屋で、PCを立ち上げるクロユリの背中をわくわくと見つめていた。

 

「はやく、はやく」

「はいはい、そう急くな。すぐに起動するから待っておれ。……ん? メールか」

 

 クロユリがメールフォルダーを開くと、そこには差出人“moon leaf”の文字。クロユリは舌を打ち鳴らす。

 

「こやつ、今頃メールなんぞ送ってきおって。もうとっくに続編の機は逸したぞ」

 

 謎のmoon leafなる人物は、数ヵ月前に発売されたアダルトゲームが権威ある賞に受賞した礼と、今後について協議したい旨をメールに記載していた。

 

「……数ヵ月前? アレが受賞したのは数年前だろうが。こやつは何を言っておる」

「先生まだですか!?」

「待っとれと言うただろう!」

 

 クロユリがキーボードを叩いて返信内容を打ち込んでいると、すぐさま次のメールが届く。

 前回送ったメールから数ヵ月経過しても、未だにクロユリの返信がないことを心配する内容だった。

 

「は……? なんだ、これは」

 

 メールは数秒毎、立て続けに届く。

 また前回のメールから数ヵ月経ったこと。クロユリが返信しないこと。すでに数年が過ぎ去ったこと。クロユリが返信しないこと。

 メールは徐々に、moon leafを無視し続けるクロユリを非難する内容に変わった。逼迫する生活費や貯蓄を憂い、moon leafはクロユリへの怨み節を続けた。

 

 そして、最後。

 

【クロユリ先生は確か、“何でも屋”……そうおっしゃっていましたわね。であればぜひ、学力の落ちた妹の勉学を指導していただきたいのです。これでしたらお引き受けくださいますでしょう? それでは“館”にて、お待ちしております】

 

 このような内容を最後に、差出人moon(ツキ) leaf()のメールは止まった。

 クロユリは打ち込んだメールを慌てて送信するも、以降の返信は一切なかった。

 

「め、めちゃくちゃ恨まれているのだが」

 

 妹の家庭教師というワード。それはクロユリもよく知るホラーゲーム【豺狼の宴】の主人公と同様の設定である。

 同作の作者でもあるツキハ(moon leaf)がクロユリに抱く怨恨の深さ、クロユリを館に招待してどのような仕打ちを計画しているのか垣間見える。相当な意趣が込められていた。

 

「し、しかしなぜこんなことに……。メールサーバーの遅延か……?」

 

 クロユリは考え込んでしまい、一向に動こうとはしない。

 真後ろに立つエイイチは、まさか同郷の者達がこのような異変の原因となっていることなど露知らず。未だ見ぬエロゲーに想いを馳せてやきもきしているのだった。

 

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