第10話 魔機獣襲来
日が傾き始める。
湿った風が頬を撫でた時、トールは首筋にピリリと刺激を感じた。
すぐさま戦場を見回す。
おかしなところは何もない。地中や空中に敵影もない。
だが、直感的に何か戦局を大きく変えるモノが来ることを察して、トールは変化を見逃すまいと警戒を深める。
俯瞰のミッツィが空高くに木製の球体を打ち上げた。トール同様、空気の変化を感じたのだろう。
ファライが弾倉を入れ替え、魔力回復ポーションを飲んでいる。
ソロBの三人は誰からともなく頷きあう。
それは北東から現れた。
ゆっくりと近づいてくるように見えるのは、それがあまりにも巨大だったからだ。
草原をかけてくるのは四つ足の獣の群れ。体高はどれも三メートルほどで、魔機獣としては決して大きいとは言えない体躯だ。
それが巨大に見えたのは群れとしての完成度ゆえだろう。
銀白色の体毛は一本一本が金属で出来ているらしく、シャラシャラと涼しげな音を立てている。
狼の魔機獣だ。
ありふれた魔機獣であるはずだったが、今まで見てきた狼型魔機獣と比べれば明らかに異質だった。
二百頭を超える大きな群れであることに加え、どの個体も年を経た魔物に特有の深い知性すらうかがえる冷静な瞳で戦場を見回している。
どの個体も、平時には大規模な群れを率いていると思しき貫禄があった。
「本腰を入れてきた……いや、向こうも準備が整ったのか」
あの群れの半数は必ず防衛線を抜けてくる。
トールは臨戦態勢を取った。
群れを成す魔機獣の中には英雄ともいえる突出した個体が出ることがある。
特に、もともとが狡猾な生き物であるほどに、英雄の個体は研鑽を積み手が付けられなくなっていくものだ。
あの群れはおそらく、すべての個体が英雄クラスだろう。それを率いる青い目の狼型魔機獣が口を開く。
太く、高らかに、遠吠えが響き渡った。
瞬時に群れが散開し、銀白色の風のように草原を走り出す。
機械化された四肢を持つ個体もそうでない個体も完全に足並みをそろえており、援護役と思しき個体が北東の部隊へと銃撃を加え始めた。
遠距離攻撃が苦手な冒険者が多い北東を的確に狙う戦術眼、他の方面からの援軍が来るより早く一点突破を狙うその動きはもはや群れではなく、一個の軍だった。
北東の部隊に襲い掛かる本隊とは別に北と東には別動隊が牽制を掛けている。北東の部隊へと銃撃をくわえて本隊の突撃を援護しながらも、北と東の部隊が救援に動けばそのすきをついて結界魔機に迫るつもりだ。
魔機獣側の狙いが分かっていても、北東の部隊だけでは荷が重いと判断したらしく、東にいた金城のリーダー、ヴァンガが照明魔機で合図を送ってくる。
救援に出向くため、東側を一時放棄するという伝達だ。
トールは赤雷を東側の上空にはなって了承の合図を送る。
ヴァンガたち金城が北東の部隊へと合流する。
「まぁ、ああなるよな」
トールは北東の部隊の最前線で空に投げ飛ばされた狼型魔機獣の死骸を見て苦笑する。
北東の部隊はファンガーロの冒険者集団であり、その最前線にいるのはすでに冒険者を引退してギルドの職員になったロクックをはじめとするオーバーパーツ持ちの面々だ。
魔力を全回復した状態だけあって英雄個体の狼型魔機獣を相手に一歩も引いてはいない。
そこに、エンチャントをした相手の戦闘能力を大幅に引き上げるヴァンガが加われば、狼型魔機獣に押し負けることはないだろう。
トールは東を見る。
案の定、別動隊の狼型魔機獣が二十頭、高速で駆けてくる。
「……ふぅ」
細く息を吐きだして、トールは鎖戦輪を正面に投げた。
地面に埋まった鉄杭が鎖戦輪を引き寄せ、さらにトール自身を引き寄せる。
磁力で加速したトールは狼型魔機獣の群れに正面から殴り込む。
トールが振るった鎖戦輪に狼型魔機獣たちは瞬時に反応し、間合いの外へと飛びのいた。
トールと魔機獣、双方が地面に脚を付けた瞬間、互いに飛び道具で仕掛ける。
トールは鎖戦輪に引きつけておいたマキビシを磁力の反発で弾き飛ばし、魔機獣はトールの周囲を駆け回りながら尻尾の銃器で弾幕を張る。
トールの周囲に五頭が足止めに残り、残りの十五頭が魔機車へ殺到する。
「やりづれぇな……」
自分を前にしても戦略目標を違えない冷静さに苦い顔をしつつ、トールは地面に赤雷を走らせた。
瞬時に、埋められていた鉄杭が反応する。
七本の鉄杭が地上へと勢いよく飛び出し、上にいた狼型魔機獣の腹を貫いて殺す。
地面からの思わぬ奇襲にも動じず、残った十三頭はなおも魔機車に走る。
「遅いな」
雷速で追い抜いたトールが魔機獣の前に立ちふさがり、鎖戦輪を振るった。
間合いを見極め急制動をかけて飛び退く魔機獣たちがトールの足止めに三頭を残して魔機車との距離を詰めようとしたとき――先頭を行く魔機獣が地面に叩き伏せられた。
魔機獣の頭を踏み砕いたトールが片手を振るう。
振るわれる鎖戦輪。
すでに間合いを見極めている魔機獣たちが再度距離を取ろうとする。
だが、間合いは伸びていた。
見誤った魔機獣たちがまとめて斬り殺される。
トールは片手に握っていた鉄杭の先から鎖戦輪を取る。
磁力で引きつけてしまえば鉄杭で鎖戦輪の間合いを延長できるのだ。
二十頭の魔機獣の始末を終えたトールは北東を見る。
すでに金城の援護は終わり、狼型魔機獣を追い返していた。
トールは魔機車の屋根に戻り、周囲を見回す。
「本番の始まりってか?」
全方位から魔機獣の群れが迫ってきていた。
数えるのも難しい魔機獣の群れには魔機龍や先ほど撃墜した空飛ぶ巨大なエイの魔機獣などもいる。
どれもAランク相当。ちらほらと混ざる特殊個体は各方面の序列持ちやトールでなければ対処できないだろう。
「決戦魔機ってやつはいないみたいだな。……エイの中か?」
どこに潜んでいるとしても、ここが正念場だろう。
トールは気合を入れなおし、激戦に備えて息を整えた。