8.Februar.2025 『歴史学研究』拙稿 『歴史学研究』1058号に、「歴史実践」・「パブリック・ヒストリー」に関する田野大輔さんとの共著論文を掲載していただきました。詳しくは雑誌を読んでいただければありがたいのですが、ChatGPTに「拙論文を要約して」と依頼したところ、きわめて的確なまとめをしてくれました。何なら、論文本体を読まなくてもこの要旨を読めばいいんじゃないかと思うくらいの出来ですので、こちらをアップさせていただきます。 「お仕事」カテゴリの最新記事 『みすず』2024年読書アンケート 松沢裕作『歴史学はこう考える』書評 デ・ヨング『ナチスと大富豪』 来週NHKに出演します オンライン・イベント(7月5日21時~)
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最後の結論、”より良い社会の構築には、学問的な解釈の妥当性を維持しながら、対話の意義を再評価する”・・・は妥当な結論ですが、ヒトラーのドイツはもとより、現代のイスラエル或いはトランプの米国でさえ・・・を見ていると、”学問的解釈の妥当性”なるものの基盤は極めて脆弱なことを歴史は教えている・・・とも言えるように思うこともある。考えてみるとソウいった脆弱性は、専門家が拠って立つ基盤が”客観的事実”であり”学問領域”に属しているのに対して、非専門家が拠って立つ基盤は”社会的現実”であり”社会領域”に属している・・・と言う”対話”のルール・枠組みの非対称性にあるように思います。後者は前者に対して遥かに大きな枠組みであり、民主主義のルールを持ち出すまでもなく圧倒的多数派でもある・・・と言う基本的な優位性を持っていることが多々あるのに対して(常識とか正義とかは良かれ悪しかれ大抵”数”に依存している)、”専門家”がその不利さを克服する手段に定番と言えるような一般的な法則が(今のところ)ある訳では無いようです。で、専門家は”解釈の妥当性”を”数”に対抗してでも維持していくためには、常にケースbyケースで有効な論理を手探りで探してゆくことが求められる・・・と言うのはとても”しんどい”ことではあります。
takuya1975
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