迷宮都市オラリオに派遣されているアイルーたちの総数は、公的には21匹となっている。
最初はラルを筆頭に5匹だけであったが、ラルたちがオラリオからダンジョン内にあるアイルー村に里帰りをした際、土産話を聞いた村のアイルーたちがオラリオに興味を持ち、次々にオラリオ派遣を希望したのだ。
そんなアイルーたちに対し、主である祖龍は一定の条件をクリア出来た者にオラリオ派遣に加わる許可を出すことにした。
その条件として、鍛冶、農業、調合、料理などの生産関係の技術や知識を持っている事。これらは、アイルー村の村長や鍛冶場の親方アイルーなどの村の有力者が希望者の性格などを加味した上で判断をしている。
オラリオ派遣は技術交流の面が強く、観光旅行に行く訳ではないので当然である。
さらに祖龍はアオアシラ、ロアルドロス、テツカブラ、イャンクックのいずれかの中型モンスターを単独で狩猟出来る実力を持つ事も条件とした。
現在、暗黒期真っ只中であるオラリオは治安があまりよろしくはない。それでなくても小人族より小さいアイルーを軽んじる者が存在する事も事実なので、最低限自衛出来る実力は必要だった。
アイルーの主である祖龍としては、ラルたちだけだと大変なので頭数が増えてくれるのは全然ありだけど、ぽんぽん派遣を許可を出すとオラリオに出張アイルー村を作りそうだし、そのうち人数の上限を決めて一定期間での交代制にしようかなとか考えていたりする。
そんなオラリオへ派遣されていたアイルーたちに、ある日緊急で招集がかかった。
このような召集は派遣が始まってから初めてであり、集まったアイルーたちは普段とは違う不穏な雰囲気に戸惑うようににゃーにゃーしていた。
そんなアイルーたちが集まった場所に、オラリオの冒険者にはまだ知られていない飛竜種であるナルガクルガの素材で作られた装備に身を包んだ黒色の毛並みを持つ3匹のアイルーが姿を見せた。
彼らは祖龍のダンジョンとオラリオ派遣組との連絡係であるのと同時に、オラリオ内での諜報活動を行う諜報部隊所属のアイルーであり、オラリオ側は彼らのような諜報部隊の存在をまだ察知してはいない。
彼ら諜報部隊所属のアイルーは、主である祖龍直々にその才能を見出され鍛えられた存在であり、その身に纏うナルガクルガ装備も自分達で狩猟したナルガクルガの素材から作られている。
諜報部隊所属のアイルーはオラリオ派遣組のアイルーが全員揃っている事を確認すると、おもむろに懐から書状を取り出し、神妙な表情で読み上げ始めた。
「全部隊統括アイルーより、オラリオ派遣組アイルー総員に通達
現在、闇派閥がこれまでにない大規模な襲撃を都市内でおこす危険性が高くなっている
オラリオ派遣組は諜報部隊との情報交換を密に行い、警戒を怠らないこと
なお、闇派閥が大規模襲撃を起こした場合の対応は各位に一任する
絆を結んだ者たちを守護したいと願うなら爪を立てよ
闇派閥の蛮行に憤るのであれば牙を剥け
救いを求める声に応えるならば疾く駆けよ
己が望みを明確にし、その力を存分に発揮せよ
此度の事態に対し、ご主人より2つの制約が課される事となった
ひとつ、殺すな
我等はあくまで外様。迷宮都市オラリオは我等の縄張りではない
故に、迷宮都市オラリオ内で我等が率先して敵対者の命を狩る事は許可出来ない
己や仲間の生命が危険に晒されるなどの緊急時を除き不殺を貫くこと
ひとつ、死ぬな
我等アイルーの魂はご主人の所有物である
故に、我等の魂がこの世界に奪われることは許されない
ご主人のダンジョンに生まれた我等は、ご主人のダンジョンで死ぬ定めである
この定めは絶対であり、忘れぬよう心に刻むこと
以上、オラリオ派遣組アイルー各位の奮闘を期待する」
書状が読み上げ終わると、アイルーたちの間に先程まで漂っていたにゃーにゃーとした雰囲気はなくなっていた。
アイルーたちは皆眼を閉じ、主である祖龍に深い感謝を捧げた。
自分たちアイルーは主によって創られた存在であり、主の命令は絶対である。
本来であればオラリオと闇派閥との騒乱に自分たちは関わる必要がない。
主のダンジョンまで避難し、騒乱が落ち着いた後に再度オラリオに来ればいいだけだ。
だが、主は自分たちに選択の機会を与えてくれた。
オラリオ派遣が始まってから1年。まだ、それほど長い時間が経った訳でない。
それでも、この1年の間に様々な事が起こった。
自分たちを最初から受け入れてくれた人や神がいた。
自分たちを受け入れられず、排斥しようとした者もいた。
多くの人と、多くの神と関わった。
楽しかったことも、大変なこともあった。
たくさん笑って、たくさん喧嘩もした。
アイルー村に居たままであれば知る事が出来なかった大切なモノを、オラリオは教えてくれた。
オラリオの住民は、冒険者は、神は、異世界の獣人種である自分たちを友達だと言ってくれて、今日まで共に過ごしてきたのだ。
そのオラリオを、闇派閥は壊そうとしている。
自分たちの友達を害そうとしている。
「…………行くにゃ」
オラリオ派遣組の筆頭であるラルの声が響く。
アイルーたちは閉じていた眼を開き、顔を上げた。
そこにいたのは全員が最低でもLv.3以上の実力を持つ24匹のハンター。
禁忌の古龍に仕える獣人種、アイルー。
友達を助ける決意を、救う決意を固めた修羅の群れ。
主の許可は既に出ている。
なら、遠慮も容赦もしない。
「脆き者よ、汝の名は『正義』なり」
「滅べ、オラリオ……我等こそが『絶対悪』!!」
その日、迷宮都市オラリオは絶対悪を宣誓する邪神に敗北した。
かつての英雄である大地の王を屠ったゼウス・ファミリアの眷属である『暴食』、大海の王を砕いたヘラ・ファミリアの眷属である『静寂』はその身を悪に堕とし、邪神と共に凱旋した。
かつて民衆より与えられた誉れと栄誉の歓声は嘆きと慟哭へ変わり、偉業を称えられた道を血で染め上げた。
立ちはだかった美神の眷属である都市最強の猪人、道化の眷属であるハイエルフの姫君とドワーフの戦士は『暴食』と『静寂』に容易く蹴散らされた。
強者が退場したオラリオに
多くの神が天へ送還され、恩恵を失い只人となった眷属たちは擦り潰された。
小人族の勇者の知謀は邪神の計略には届かず、都市の秩序は砕かれた。
力なき民衆は家を焼かれ、家族を、友人を、隣人を炎の中に見送るしかなかった。
英雄が生まれる街、世界の中心とも呼ばれる都市オラリオに破壊と慟哭だけが広がっていく。
後の世で、『死の七日間』と呼ばれる正義と絶対悪との大抗争は、正義が敗北し絶対悪が勝利するという絶望から始まった。
……………………はずだった。
「浮かない顔をしているが、どうしたエレボス」
都市に絶対悪を宣誓した邪神と共に隠れ家に向かう道中、『暴食』のザルドは共犯者であるエレボスに声をかけた。
「予測より
エレボスは軽く頭を振り、歩みを止めることなく話を続けた。
「計画通り複数の神を送還することは出来た。
ガキという単語に誰にも気づかれない程度に反応をしてしまった自分に舌打ちをしたくなる気持ちを抑え、『静寂』のアルフィアはエレボスに言葉を返す。
「なら、お前の予測が浅かっただけだろう」
「そうじゃない。予測が浅かったのではなく、予測を外されたんだ。地上に降り全能を捨てた身ではあるが、この程度の予測なら俺は外さない。本来ならもっと死人が出ていて、都市をさらに大きな混沌に堕とせていたんだ」
話しているうちに苛立ちが募ったのか、言葉を吐き捨てるように呟いた。
「何だ、一体何が俺の予測を外させたんだ」
それがまるでわからなかった。
エレボスは気持ちを切り替える為に大きく息を吐いた。
何かがあったにせよ、既に計画は始まっている。
なら、ここから巻き返して俺が望む結果を引き出すだけだ。
エレボスがそう結論付けたその時、何処からかネコの鳴き声が聞こえた。
何てことないネコの鳴き声のはずなのに、そのネコの鳴き声は頭に妙に響いた気がした。