ラルを筆頭とするアイルーたちをオラリオに送り出してから1年程経った。
たまに里帰りをして報告をしてくれるが、みんな虐げられることなく良い環境で働けているらしい。
働き始めた当初、金髪幼女にモンスターと間違えられて襲われたらしいが、難なく返り討ちにしたとか……すぐに保護者のハイエルフが誠心誠意謝罪をしてくれたみたいで、ちゃんと和解もしたらしい。
送り出したうちのアイルーたち、ダンジョンが暇だった時期に私がニャンターとして戦える程度には鍛えたからなぁ。オラリオの冒険者でいえばLv.3~4くらいあるだろうから普通にそこそこ戦えるのよね。みんな戦うより何かを作る方が楽しいって言ってるけど。
そんなアイルーたちがオラリオでモンスター素材の活用方法や採取物の調合方法を広めたことで素材を求めうちのダンジョンに訪れてくれる冒険者も増え、毎日が楽しい限りである。
それと、ダンジョンの構造も少しだけ変更した。
アイルーたちを送り出す少し前までは1階層の『森丘』、2階層の『渓流』、3階層の『古代林』、4階層を『孤島』にしていたが、4階層を休憩エリアに変更し、『孤島』は5階層に移した。
この休憩エリアにはそれまでの階層で出現したモンスターの種類や名前、各種素材の活用方法や調合方法などなど、ハンターとして活動するのに必要な基本知識を刻んだ石板を多数並べてある。
オラリオに派遣したアイルーたちが技術を広めていくにも時間が掛かるし、この世界の冒険者は戦闘能力は高いのだが……生存能力というかサバイバル技能が低いように感じたので、こういう手段を取って知識や技術の底上げしていくことにした。
あと、クック先生を「カオデカドリ」とか命名しやがった奴がいたので、モンスターの名前もしっかり覚えて欲しかったというのもある。
先生はハンターに飛竜種との戦い方の基本を教えてくれる大切な役割を持っているのだ、バカにするのは許されない。
そして、この休憩エリアの一番の目玉は『ファストトラベル』である。
オラリオのダンジョンについての話を聞いていた時に下層になればなるほど行くのも帰るのも大変だという話を聞いていたので、思い切って階層ワープ機能であるファストトラベルを導入をした。
流石に自由に各階層をファストトラベルで行けるようにするのは便利過ぎてしまうので私も嫌だったが、一定の階層ごとに設置する予定の休憩エリアと地上を結ぶくらいなら許容しようと思った。
そもそも、うちのダンジョンは各階層がオラリオのダンジョンでいう下層から深層並みに広いらしく。いくら水や食料を確保しやすいとはいえ……正直、疲労困憊になりながら食料の確保をしつつ地上へ帰還する姿より、ファストトラベルを使い元気に探索して大型モンスターと必死に戦っている姿の方が見てて楽しいので仕方ないね。
もちろん、ファストトラベルの使用には条件や制限がある。
まず、ファストトラベル先の休憩エリアに本人が到達していること。剥ぎ取りベースキャンプ待ちとか許さない。きちんと己の足で歩いて階層更新をして欲しい。
次にファストトラベルを行う際には対価が必要ということ。これは現金でも素材でも構わない。ファストトラベルの装置に対価を入れ、対価が認められたのなら使用できる。
ただでファストトラベル機能を使わせてもよかったけど、こういう便利な機能にはきちんと対価があった方が良い気がしたので対価はきっちり取る事にした。
あと他にも細かな規則はあるが、「神はファストトラベルを利用出来ない」という制限を設けた。
うちのダンジョンはオラリオのダンジョンと違って神の侵入を拒否する事はしないが、私が見たいのは人が命を懸けて頑張る姿であり、死ぬことがないからとバカンス気分で地上に来てる連中の介護までする気はない。
ちなみに、ファストトラベルは最初は全然利用されなかった。
「ワープ?嘘でしょ」って感じで全く信用されなかったのだ、しっかり地上と休憩エリアに説明書きを置いていたのに。
それが冒険者にも使われるようになったのは、ラルたちが里帰りで戻って来た際にラルたちと一緒にファストトラベルを冒険者が使ったから。
「おま!マジでワープできるやんけ!!」って感じであっという間に冒険者間で情報が広がり、それからはファストトラベルが使用できる冒険者は普通に利用するようになっていった。
そして、休憩エリアへのファストトラベルが利用されだしたことで、モンスターハンター世界の技術がオラリオへ混ざっていく速度が急激に上がった。
例えば、回復薬や回復薬グレート、秘薬などの回復アイテムを人に試したら医療関係の神がその効能を見てぶっ倒れたとか。
個人的には切断された手足をくっつけてしまうオラリオの回復魔法や患部にかけるだけでも効果を発揮するポーションのが非常識だと思うのだけどね、うちの回復薬はぶっかけても効果ないし。
解毒薬に関してはオラリオの解毒薬よりもうちのダンジョン素材の解毒薬のが効能が高く、試した全てのモンスターの毒を解毒出来たとか。
流石は鳥竜種に飛竜種、鋏角種や古龍種の毒さえ解毒してしまう解毒薬だ、改めて考えてみたら意味がわからない代物である。
医療関係以外だと鍛冶師たちが昼夜を問わずカンカンして、服飾関係が昼夜を問わずチクチクしているらしい。
鍛冶師は現状の階層で採掘できるマカライト鉱石やドラグライト鉱石、デプスライト鉱石にライトクリスタルといったうちのダンジョン特有の鉱石の活用方法を探ったり、モンスター素材と鉱物素材の融合を試したりしているらしい。
服飾関係はうちのダンジョンのモンスターの皮で服や鎧を作ったり、鉱物素材やウチケシの実などの植物素材で今までにない染色が出来ないかとか試したりしてるとか。
他にもうちのダンジョンで採れる食糧がオラリオでは大変喜ばれている。
暗黒期真っ只中のオラリオ周辺で牧畜が出来る程の余裕はなく、オラリオから一番近い港町であるメレンにも闇派閥の手が伸びているので、肉や魚だけでなく穀物や果物などがそれなりに確保出来るうちのダンジョンに食糧を求めてやってくる冒険者もそれなりにいる。
以前よく来ていた紅い髪の少女、アストレア・ファミリアの団長であるアリーゼのようにテツカブラまで食べようって考える冒険者は少ないみたいだけど。
もちろん、ダンジョンに多くの冒険者が訪れるということは、力及ばずモンスターにやられてしまう者だって沢山いた。
ドスファンゴの牙が身体を貫通し、そのまま息絶えた者。
ファンゴの突進で吹っ飛ばされ、そのままランポスに集られ喰われた者。
クック先生の火球が直撃し丸焦げになった者がいて、テツカブラに踏みつぶされた者だっていた。
ラギアクルスの雷撃で感電死した者、リオレイアのサマーソルトで肉片になった者もいた。
だが、これがモンスターハンターの世界では日常だったと私の中の祖龍の知識が告げている。
人と神に怒りを、怨みを持つオラリオのダンジョンとは違う、純粋で無垢な弱肉強食の生存競争。
それが、私が創り出したダンジョン『モンスターハンター』の神髄なのだから。
「…………また、人がガクッと減った」
なんでだよ、最近は順調にダンジョンに来る人が増えてたのに。
最高到達階層だって12階層まで行ってたんだぞ、14階層の休憩エリアを越えた15階層からは上位モンスターにしていく予定だったし。
初の超大型モンスターの登場、その姿を見た冒険者たちがどういう反応をして、どうモンスターに立ち向かって行くのかを楽しみにしていたのに。
なのに、なんでこのタイミングで人が減るんだよ。
「低層で食糧漁りをしてた冒険者すら来なくなってるって事は、オラリオで何かあった?」
確かに、最近オラリオの冒険者たちが闇派閥の活動が活発になってきているとか話していたけど、あぁ……そういえば今って原作開始7年前くらいか。
「アストレア・レコード、死の七日間」
オラリオで神が送還される光は見てないから、まだ始まってはないはずだけど……もうそんな時期なんだ。
暗黒期の転換期、自称絶対悪を名乗った邪神(笑)エレボスがはっちゃけるアレね。
正直、あの話はあまり好きではない。
ゼウスとヘラが去った後のオラリオで、ロキとフレイヤのファミリアは彼等からは確かに情けなく見えたであろう。
両ファミリアの幹部クラスの眷属のランクは停滞し、都市の治安も維持も闇派閥の対処も出来ず、悪徳が好き勝手に跋扈する暗黒の時代。
闇派閥の問題とランク上げの両方を解決する方法として、エレボス一味がやった事は確かに正しかったであろう。
余命幾許もない死にかけの元最強と元最恐の眷属を生け贄にした世代交代。未熟な少女が自身の正義を見つめ直し、絶対悪を下し仲間たちと改めて自身が信じる正義を掲げる綺麗な英雄譚の一編。
だが、私にはそれが………。
「……………気に食わない」
あぁ、そうとも。
大いに気に食わない。
確かに、正史のままであればエレボスが、暴食が、静寂が起こす騒乱は正しいのであろう。
だが、この世界には私が創り上げたダンジョンがある。
空を自在に飛ぶ竜との戦闘経験。多種多様な素材を使用した薬品や武具の開発。
毒で死にかけている暴食、生来からの病で死にかけている静寂を癒せる技術を開発出来る可能性すらあるというのに。
暴食と静寂がオラリオに協力して闇派閥を駆除して、オラリオのダンジョンと私のダンジョンの攻略を進めていけば、黒竜を屠れる可能性を幾らでも増やしていけるはずなのに。
だから、気に食わない。
エレボスは、暴食は、静寂は、私が創り上げたダンジョンを
私が創り上げたダンジョンがこの世界に増えた程度では、終末を回避する事など出来ないと。
禁忌の古龍である
「ぶっ潰す」
この世界の異物である私は、このダンジョンを創り上げた事以外の介入をするべきではない。
その気持ちは今でも変わってはいない。
だが、今回は別だ。
私は龍だ。人々に禁忌であると、触れてはならない存在であると定められた龍なのだ。
その私が、
「貴様らの企みなど、ぶっ潰してやる」
我慢など、してやるものか。