「将来が見えない」。留学生だけの大学キャンパスで、ネパール人学生は失望に直面する 人材不足の救世主?外国人に注がれる、韓国の地方の熱い視線【産まない国・未来への模索】

市場でアルバイトをする京東大の留学生=3月、韓国・江原道束草(共同)

 ソウルから北東に車で約3時間。日本海を望む江原道(カンウォンド)高城(コソン)に、私立京東(キョンドン)大のキャンパスがある。授業の終わる午後1時を過ぎると、留学生が一斉に飲食店や水産加工場などのアルバイト先に向かった。韓国人はいない。車で学生を迎えに来た水産業の男性が「彼らは地元経済を支える貴重な人材。田舎には若者がいないからね」とつぶやいた。
 「将来を見通せないでいる」。ネパール人のアシシ・グルン(20)は、人気アイドルのBTSすら知らず韓国に来た。留学コンサルタントに「韓国ならすぐビザが出る」と言われたからだ。だが待っていたのは失望だった。(敬称略、共同通信ソウル支局・渡辺夏目、編集委員・佐藤大介)

▽「貴重な労働力」、現実は「期間限定の低賃金労働者だ」

授業を終え、アルバイト先に向かう京東大の留学生ら=3月、韓国・江原道高城(共同)

 アシシは午前3時に起き、工場で魚の切り身を包装する仕事をしてから大学に通う。月給約150万ウォン(約15万円)は学費と生活費に消える。「寒くて体力的につらい」。韓国語を学ぶ機会はほぼなく、卒業後の働き口も見えない。「自分は期間限定の低賃金労働者だ」と肩を落とす。

 大学側も苦悩していた。「地方大学は消滅しつつある。留学生がいなければ閉鎖を余儀なくされる」。京東大で留学生誘致を担当する李暎錫(イヨンソク)(62)は、焦りをにじませた。人口減少が進む韓国では「桜が咲く順に大学が滅ぶ」と言われる。北部のソウルから遠いほど経営が窮地に陥っているという意味だ。
 京東大は生存戦略として、高城のキャンパスを留学生専用に整備した。ネパールやバングラデシュ、パキスタンなどの新興国から約1200人が通い、授業は全て英語。9割以上がアルバイトをし、李は「韓国人がやりたがらない仕事を担っている」と話す。

▽留学生の3割が根付けば、人口減少を穴埋めできる

韓国の伝統衣装を着て記念撮影をする外国人留学生=5月、慶尚北道・慶山(聯合=共同)

 だが労働力は地域に定着せず、ほとんどの留学生が卒業後は韓国から流れ出る。こうした中、留学生の進路支援に力を入れる大学も現れた。その一つが、中部大田(テジョン)にある私立又松(ウソン)大だ。総長の呉徳成(オドクソン)(69)は「地域活性化へ長期的な視点で人材を育てたい」と意気込む。
 留学生の3割が根付けば人口減少の穴を埋められるといい、地元産業が求める技術を身につけることで定着は可能だと力説した。「大学が動けば地方が変わる」

 韓国政府は2027年までに留学生30万人を誘致する計画を掲げる。さらに大学への財政支援の一部権限を地方自治体に移管し、官学連携の地域活性化を目指す。
 超少子化時代を生き残る鍵は外国人の受け入れだという考えは政府と地方で一致する。「若者が突然子どもを2人以上産むようになるなんて奇跡は起きませんから」。京東大の李は、自分に言い聞かせるように語った。

▽農村部に5年以上→永住権取得が可能に

韓国・永川市の食品加工会社で、ベトナム出身のグイン・ヌ(中央)ら外国人従業員と話す常務の鄭慶鎬(左)=2月(共同)

 韓国南東部の大邱から車で30分ほど。慶尚北道・永川市にある食品加工会社を訪れると、ハノイ出身のベトナム人、グイン・ヌ(27)が「冷凍ギョーザを作る工場にいます。仕事はだいぶ慣れました」と、流ちょうな韓国語で話した。

 ヌは2016年に留学生として韓国に来て、ソウルの大学で経営学を学んだ。卒業後も韓国で働こうとしたが、必要な在留資格を取得するハードルは高く、実現は困難だった。だが、2022年に新設された「地域特化型ビザ」制度を利用し、23年から現在の会社で働く。
 400万ウォン(約40万円)ほどの月給は、母国の10倍以上。留学中に知り合ったベトナム人の夫と4歳になる子どもの3人で暮らしているが「永川は自然が豊かで保育園の環境もよく、とても気に入っている」と話す。将来は永住権を取得し、永川でレストランを経営するのが目標だ。

 地域特化型ビザは、韓国語能力や学力など一定の要件を満たす人に発給され、人口減が進む農村部など指定の自治体で5年以上住んで働けば、永住権を申請できる。2年を過ぎれば母国から家族を呼び寄せられ、配偶者の就労も可能だ。2024年は89カ所の市郡区が対象に指定され、希望した66自治体で約3300人に発給された。

▽特別ビザの対象拡大、でも5年たてば出て行ってしまう?

 韓国政府が地域特化型ビザを導入した背景には、ソウルなど首都圏に若者たちが流出し、地方では少子高齢化や人手不足が深刻化しているという現実がある。

 ヌの働く会社では170人ほどの従業員のうち2割ほどが外国人で、地域特化型ビザが導入されてから3倍以上になった。常務の鄭慶鎬(チョンギョンホ)(51)は「人材不足の中で、韓国語が堪能で適応力のある外国人は貴重な存在。会社にとって大きな助けになっている」と話し、この制度を歓迎する。
 永川市の担当者も「企業が優秀な人材を確保できると同時に、自治体の人口増にもつながる」と、期待を寄せる。韓国政府は、2026年までに地域特化型ビザの対象地域を107カ所に広げ、発給者数も約5千人にまで拡大する方向だ。

 だが、その効果には懐疑的な見方もある。ソウル大人口政策研究センターの責任研究員、李常林(イサンリム)(51)は「ビザを利用する外国人の目的は、多くは金を稼いで母国に送ることで、定住ではない」とし、短期的に労働力を確保できても「少子化などの長期的な解決にはならない」と指摘する。
 永川市内で食堂を経営する60代の男性は、こう懸念を口にした。「5年が過ぎたら、ソウルなどの大都市に行ってしまうのではないか」

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