はじまりは1本のX投稿だった 信組架空融資、告発した元職員の悔恨

編集委員・沢伸也 福冨旅史

 いわき信用組合(福島県)の架空融資が明るみに出るきっかけとなったのは、X(旧ツイッター)へのある投稿だった。「信組が過ちを繰り返さないように」。前代未聞の金融不正を悩みながら告発した当人が、朝日新聞に経緯を明かした。

 「福島県のいわき信用組合の元職員です」。昨年9月、Xでこんな投稿があった。アカウント名は「元信用組合職員」。告発の始まりだった。

 投稿は同信組の不正について、次第に詳細を記していった。「適当な顧客をピックアップ」「顧客の名義の通帳を無断で作成」「無断で融資」「(東日本大震災後の)国の優先出資を得た後真っ先に行ったのは地域の復興に資金を投入することではななく、巨額の不良債権の償却でした」「金融機関が国に対して詐欺まがいのことをすることに誰も反対する人はいなかったのだろうか?」

 投稿者は実際に、いわき信組の元職員の男性だった。取材に、2011年から14年まで架空融資の手続きに関わっていたことを明かした。

悩み、投稿ボタンを押した夜

 不正に疑問を持ち、数年前から告発したいと思っていた。架空融資を主導した幹部らの退任時期が近づいていた。「幹部に責任を負わさず辞めさせるのか」「若い世代に負の遺産を引き継いでいいのか」。告発を決断した。

 当初は金融庁の公益通報窓口に情報提供しようとした。調べると、投稿の書式には自分の身元を説明するような項目があり、断念した。「自分が告発したとばれると、いわき信組と取引のある親族に嫌がらせがある」と思ったからだ。

 SNSには疎かったが、昨年になりXのやり方を勉強した。「これなら告発できる」

 昨年9月8日、仕事を終えた夜。家族に見つからないよう、自室にこもった。スマホ上で文章を練った。

 当時は、投稿したものを削除できることも知らなかった。「信用組合から投稿者情報の開示請求があるかもしれない」「同僚に迷惑がかかるかも」「でも……」。心臓の鼓動が耳まで伝わってきた。投稿ボタンを押した。

 最初、反応はなかった。ほっとしたような、でも、残念な気持ちだった。だが数週間後、仕事帰りに携帯を見ると、多数の反響が寄せられていた。「もう引き戻せない」。その後も、信組の幹部批判などを投稿した。

 10月になり、信組関係者から「不正は是正させるので、混乱を回避するために投稿を削除できないか」と打診があり、従った。

信組の会見「真実を語っていない」

 1カ月後の昨年11月、いわき信組は記者会見を開いた。「『元信用組合職員』と名乗る者が当組合を名指しして不祥事を隠蔽(いんぺい)しているとの投稿の連絡を受け、内部調査を進めた結果、投稿内容はおおむね事実と判明」。信組はこう発表し、第三者委員会を設置した。

 伝わってきた発表内容はしかし、告発した内容とはほど遠かった。「真実を語っていない」。ショックを受けた。第三者委に期待することにした。

 今年5月になり、架空融資はマスコミ各社で報じられた。「報道の大きさを見て、自分は間違っていなかったと安心しました」

 男性がいわき信組に就職したのは、親の勧めだった。地域の金融機関で、生まれ育った地元に恩返しをしようと思った。

 11年3月に東日本大震災が起き、いわき市の沿岸地域は「戦争が起きたような状態」になった。自分の家族も被災した。

 上司から「融資手続きのため仕事に戻ってくれ」と言われ、家族の安否もわからない状態で復帰した。その中で依頼されたのが、架空融資の手続きだった。「グレーなことをやっているとは聞いていたが」。驚きだったが、従った。

 震災対応のために金融庁の公的資金が入ると、架空融資を帳消しにする手続きも担わされた。不正とはわかっていた。「こんなことをやっていていいのか」。自分を責め、辞めようと思ったこともあった。

 男性はその後、信組内で金銭トラブルを起こし、退職した。今は家族に支えられて暮らしている。「二度と悪いことに手を染めず仕事ができるように」と思い、資格取得の勉強をしている。「いわき信組には同じ過ちが起きないように、根本から再生して欲しい」と願っている。

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この記事を書いた人
沢伸也
編集委員|調査報道担当
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