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事故当初の放射線データ公表 保安院、遅れを「反省」

2011年6月3日23時10分

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 経済産業省原子力安全・保安院は3日、東京電力の福島第一、福島第二原子力発電所周辺で事故発生直後に行っていた放射性物質の測定結果を公表した。第一原発1号機のベント(排気)や水素爆発前に、核燃料が損傷しないと外部に出ないテルル132がわずかに検出されたというデータがあった。当初の混乱で未公表になったといい、西山英彦審議官は「反省している」と釈明した。

 公開されたのは、3月11~15日に福島県の設置した放射線のモニタリングポスト(監視装置)や、放射線の測定装置を積んだ車で測ったデータの一部。テルル132は3月12日午前8時半過ぎ~午後1時半ごろ、1号機のベント作業や水素爆発の前に浪江町や大熊町、南相馬市で測定された大気中のちりから検出されていた。

 保安院によれば、原子炉の核燃料が1千度以上で損傷していないと、外部で検出されない物質だという。また、15日には雑草から1キログラムあたり123万ベクレルのヨウ素131を測定していた。

 現地対策本部に残っていたデータや、原発から5キロ離れた事故対応の拠点(オフサイトセンター)に残っていた記録を回収したという。未公表になっていた経緯や、データの信頼性を、今後確認する。西山審議官は「(3月11日に始まった)住民避難などに影響はなかった」と話した。

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