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渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

旧友(2020.1.17記事再掲)

2025年05月30日 | open
 
 


学生時代の旧友と電話でバイ
クのことを
話していたら、
づくと6合日本酒飲んでい
た(笑
1983年にハマケンと一緒に走
った
時に私が転んだ場所を
特定しようと思った
が、
人とも記憶を突き合わせて
みて
も、記憶が途切れ途切
れのジグソーパズルの
よう
場所が特定できない。
・私は革ツナギを着ていた。
・環八のそばだった。
・ガードを潜った。
・左折れの時に私のRZ350は
 転倒した。
・先頭看板、中私、後ろそいつ。
 
今回、新たにあいつの記憶に
あった私の
知らない事が出た。
「ゆるいS字を抜けたなだらか
な登りが
ある通り」で私は転
んだというのだ。
全く記憶にない(笑)。
ただ、山下町の店からケンタ
ウロスの店番の看板持ち神大
生のO
を根岸のアパートまで
乗せて行って、
根岸からはO
を友人がケツに
乗せて世
田谷まで2台3人で行った。
ケンタの店でだべっていて店
仕舞いまで
いてから店番Oの
誘いで世田谷に行った
のだ。
で、世田谷のOの友人宅で4人
で朝まで
またいろんなこと話
して、そして朝日が
出てから
3台で走った。
環八近くで私は転んだ。
その後は、どこをどう横浜
に帰ったのか
よく覚えて
ない(笑
たしか、すんげ眠くて、公園
かどっかに
バイク停めて眠っ
てから帰った記憶が
ある。
 
その時、革ツナギを着ている
のに膝は
ズルムケになってい
た。
その翌日、高校時代のレーシ
ングチーム
先輩の家に高
校のクラスメートの元

ーム
仲間と一緒に行った。
先輩の部屋にはピカピカの
RS125があっ
た。一緒に昔
の先輩の家に行ったが、3才
年上の先輩は、レース活動は
資金
的に継続が困難になって
いた。
クラスメートの奴は上手いこ
と全日本で
ポイントを取って
国際A級になっていた。
ズルムケで痛い膝を見せたら、
「それ
擦過傷がひどくなって
るよ。うち来いよ。
薬塗って
やっから」
と高校時代のク
ラス
メートは言う。
数年ぶりに彼の実家に行った。
よくサー
キット行く前日に泊
めて貰っていた。
練馬の閑静な住宅街の大
きな綺麗な家だ。
その家のリビングで「ほら、
脚出せよ」
と奴は言って専
用の軟膏を塗ってくれた。
その時、以前こいつと鈴鹿に
遠征の時にどつき
合いになっ
たなあ、とか思い出していた。
まだバリ伝ではグンと秀吉の
そのシーン
は出てこないが、
似たような事を数年前
に俺ら
はやっていた。
 
学生時代の友人とは、こ
数ヶ月でネットで見る
あいつの姿が少し気にな
った
ので、病気でも患っ
てるかと心配で半年ぶり
電話したのだ。
定期検査も受けてバッチリだ
とのことだ。
天下の人喰いなので、ほんと
かどうかは
分からないが、ま
あ、奴も最近の状態は
自覚し
ているようなので、それに安
心し
た。
ここのところ、私の周りでや
たらと大きな
病が立て続けに
起きている。
年齢的なものもあるだろう。
とか言ってる私自身があと一
歩で「もはや
これまで」とな
りかけた。
 
見た目も変わらない人の
話題になった
時、学生時
代からの互いの最良の友
人一人と、もう一人、40
年前
と全く変わらないの
が横浜
ミントンハウスの
マスターの
おいどんだ
な、という話も
出た。
あの人は一体なんなのだろう、
と。
あと、俺が知らない事があっ
た。
それはおいどんの奥さんが
矢鱈滅法美人
な件。そりゃ
知らなかった。おいどんが
結婚した事を。
その美人元女子大生は今でも
美人らしい。
 
昨夜の学生時代の友人との超
長電話は面白かった。
電話を切る前、「お前も早く
横浜に帰って来いよ」なんて
こと言いやがった(笑

 


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