年金数理と生保数理の違いを語る前に、企業年金と生命保険の違いを知ってほしい。生命保険数学の基礎では、生命保険を以下のように説明している。
似ていて違いがわからない、という声が聞こえてきそうな気が・・・。
大きな違いは、相手方に相当するのが企業である点である。従業員拠出の制度もあるが、主に企業が掛金を拠出する。これが企業年金の大きな特徴である。
生命保険を購入するか否かは個人の判断である。一方、企業年金を導入するか否かは企業の判断となる。では、なぜ企業は企業年金を導入するのか。これには諸説ある。
「税制上の優遇措置があるから」と答える人が多いかもしれない。企業年金に拠出する掛金は税制上の費用として全額損金算入される。これは、経営者視点での導入理由である。
従業員の視点からすると、「外部積立によって退職給付が保全される」という点が挙げられる。掛金は、信託銀行や保険会社等、企業の外部に年金資産として積み立てられる。この資産は、企業が倒産した場合であっても保全される。退職金との大きな違いである。
人事部からすると、人材マネジメント。これを、3つのRと呼ぶ人もいる。Recruit(就職)、Retention(定着)、Retirement(引退)。この3つのRを促進するのが企業年金の役割でもある。長期勤続者を優遇する制度なのか、中途入社者にフレンドリーな制度なのか、何歳で満額の年金が貰えるのか。企業年金は企業の人事戦略を色濃く反映している。留学時代の年金数理の授業では、教授が「就活の際、初任給だけでなく、どんな企業年金を実施しているのかを面接で聞くように」と促していた。企業の人事戦略を端的に聞き出すことができる質問だと思う。
他にも列挙すると、以下のような理由が考えられる。
ようやくここから本題の生保数理と年金数理の違いの説明に移る。アクチュアリアル・コントロール・サイクルという概念を用いて説明したい。この概念は、日本の試験では登場しないが、先進国の試験では基礎科目の最初の方に登場する概念である。
アクチュアリアル・コントロール・サイクルとは、「課題の特定」「解決策の策定」「経験値のモニタリング」から構成されるサイクルのことである。
生保数理
アクチュアリアル・コントロール・サイクルは、サイクルなので、モニタリングして終わりではなく、モニタリングで課題が見つかれば、その解決策を新たに策定する必要がある。これを、フィードバック・ループと呼ぶ。例えば、当初設定した保険料・掛金が低すぎて、決算で不足が生じることもあり得る。生保数理では、一度決めた保険料を販売後に変更するのは非常に困難であるのに対し、企業年金の場合、不足が生じても穴埋めするための掛金を別途設定することができる。企業年金の財政運営の方が、生命保険よりも柔軟である。このことが保険料と掛金の設定時にも言える。企業年金には財政方式という概念が存在する。イメージで言うと、加入~引退まで、どのようなペースで掛金を積み立てていくのか(財政計画)を定めた方式のことであり、年金数理では複数の財政方式が登場する。
課題の特定を行う際、「企業の利害関係者との対話を通じ」と書いたが、アクチュアリーには、多角的な視点が求められる。例えば、年金コンサルを行っている企業から給与の引き上げの提案があった場合、どのような思考を行うべきか。
様々な利害関係者の立場に立って、メリット・デメリットを論じる。先進国の試験では、このような回答が求められる。
ちなみに、指定テキストの3頁では、以下の3つの相違点が挙げられている。
この表現は、平成7年に発行された年金数理の指定テキストから変更されていない。平成7年といえば、退職給付会計導入前の頃である。一点目の、保険料が一律適用という表現は、当時の実務で用いられていた加入年齢方式や開放基金方式と呼ばれる財政方式を想定した話であり、例えば退職給付会計で用いられている(予測)単位積立方式では、保険料に相当する費用は個人別に算出される。指定テキストには、この点が明記されていないが、テキストを読み進める中で疑問に思う読者もいるかもしれないので、ここで補足したい。
- 生命保険は人の生命やその健康状態に関する将来の確率事象を扱う契約である。
- 生命保険契約は当事者の一方(保険者)が人の生存又は死亡に関し一定の金銭を支払うことを約し、相手方(保険契約者)がこれに対して保険料(共済掛金を含む)を支払うことを約する契約をいう。
- 企業年金は人の生命に関する将来の確率事象を扱う契約である。
- 企業年金契約は当事者の一方が人の生存又は死亡に関し一定の金銭を支払うことを約し、相手方(企業)がこれに対して保険料(掛金と呼ぶこともある)を支払うことを約する契約をいう。
似ていて違いがわからない、という声が聞こえてきそうな気が・・・。
大きな違いは、相手方に相当するのが企業である点である。従業員拠出の制度もあるが、主に企業が掛金を拠出する。これが企業年金の大きな特徴である。
生命保険を購入するか否かは個人の判断である。一方、企業年金を導入するか否かは企業の判断となる。では、なぜ企業は企業年金を導入するのか。これには諸説ある。
「税制上の優遇措置があるから」と答える人が多いかもしれない。企業年金に拠出する掛金は税制上の費用として全額損金算入される。これは、経営者視点での導入理由である。
従業員の視点からすると、「外部積立によって退職給付が保全される」という点が挙げられる。掛金は、信託銀行や保険会社等、企業の外部に年金資産として積み立てられる。この資産は、企業が倒産した場合であっても保全される。退職金との大きな違いである。
人事部からすると、人材マネジメント。これを、3つのRと呼ぶ人もいる。Recruit(就職)、Retention(定着)、Retirement(引退)。この3つのRを促進するのが企業年金の役割でもある。長期勤続者を優遇する制度なのか、中途入社者にフレンドリーな制度なのか、何歳で満額の年金が貰えるのか。企業年金は企業の人事戦略を色濃く反映している。留学時代の年金数理の授業では、教授が「就活の際、初任給だけでなく、どんな企業年金を実施しているのかを面接で聞くように」と促していた。企業の人事戦略を端的に聞き出すことができる質問だと思う。
他にも列挙すると、以下のような理由が考えられる。
- 労働組合からのプレッシャー
- 賃金の後払い
- 退職給付にかかる資金負担の平準化
- 退職給付会計上の課題への対処
- パターナリズム
ようやくここから本題の生保数理と年金数理の違いの説明に移る。アクチュアリアル・コントロール・サイクルという概念を用いて説明したい。この概念は、日本の試験では登場しないが、先進国の試験では基礎科目の最初の方に登場する概念である。
アクチュアリアル・コントロール・サイクルとは、「課題の特定」「解決策の策定」「経験値のモニタリング」から構成されるサイクルのことである。
生保数理
- 課題:社会保障制度等の外部環境を踏まえ、個人が不安に思っているリスクを特定
- 解決策:特定したリスクに対して、保険料を計算し、保険商品を設計
- モニタリング:決算等を通じて、販売した保険商品の経験値をモニタリング
- 課題:企業の利害関係者との対話を通じ、企業の退職給付制度の課題を特定
- 解決策:特定した課題に対して、掛金を計算し、企業年金の運営を支援
- モニタリング:決算等を通じて、企業年金の経験値をモニタリング
アクチュアリアル・コントロール・サイクルは、サイクルなので、モニタリングして終わりではなく、モニタリングで課題が見つかれば、その解決策を新たに策定する必要がある。これを、フィードバック・ループと呼ぶ。例えば、当初設定した保険料・掛金が低すぎて、決算で不足が生じることもあり得る。生保数理では、一度決めた保険料を販売後に変更するのは非常に困難であるのに対し、企業年金の場合、不足が生じても穴埋めするための掛金を別途設定することができる。企業年金の財政運営の方が、生命保険よりも柔軟である。このことが保険料と掛金の設定時にも言える。企業年金には財政方式という概念が存在する。イメージで言うと、加入~引退まで、どのようなペースで掛金を積み立てていくのか(財政計画)を定めた方式のことであり、年金数理では複数の財政方式が登場する。
課題の特定を行う際、「企業の利害関係者との対話を通じ」と書いたが、アクチュアリーには、多角的な視点が求められる。例えば、年金コンサルを行っている企業から給与の引き上げの提案があった場合、どのような思考を行うべきか。
- 従業員にとってはグッドニュースである。給与比例の退職給付制度であれば、給与だけでなく、退職金や年金も増えるかもしれない。
- 経営者からすると、費用が増えるので、収益減少要因となる。給与比例の退職給付制度であれば、退職給付費用も増える。
- 人事部からすると、優秀な中途入社者を確保できる可能性が高まるので、グッドニュースかもしれない。
- 政府からすると、所得税が増えるので、ウェルカムな話である。
様々な利害関係者の立場に立って、メリット・デメリットを論じる。先進国の試験では、このような回答が求められる。
ちなみに、指定テキストの3頁では、以下の3つの相違点が挙げられている。
- 集団全体で収支相等するよう算出された保険料率が一律適用される
- 外部積立
- 保険料の見直しが定期的に行われる
この表現は、平成7年に発行された年金数理の指定テキストから変更されていない。平成7年といえば、退職給付会計導入前の頃である。一点目の、保険料が一律適用という表現は、当時の実務で用いられていた加入年齢方式や開放基金方式と呼ばれる財政方式を想定した話であり、例えば退職給付会計で用いられている(予測)単位積立方式では、保険料に相当する費用は個人別に算出される。指定テキストには、この点が明記されていないが、テキストを読み進める中で疑問に思う読者もいるかもしれないので、ここで補足したい。
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