世界で創造神と呼ばれる神の存在が説かれます。しかしその創造神とされる神を人類は見たのかとなりますと、キリスト教ではイエス一人が主の御子でイエスを通さないと人類は創造神を見ないと説かれて来ました。そうした中で日本の大本教は【人は神の子・神の宮】という大胆な説を打ち出したと言えます。イエス一人が神の子説は間違った説と言うことです。
日本における伊勢神宮の神は日本の天皇家の祖先とされる天照大御神、奈良の春日大社は藤原氏の氏神(先祖神)とされる武甕槌(たけみかづちのおのかみ)を祀るであり、第十五代天皇であった応神天皇を祀るのが八幡社となります。それは西洋でイエスを神として祀るのと同様に【人であった存在】を神として祀っているなのです。
すると宇宙の初発に突然人の様な姿の神が現れて、何々有れと言えばそれらの万物が出来たのかとなります。人間の様な存在が出て来たのは、それほど昔では無いのです。しかし人類が誕生するまでの歴史はほとんど説かれていません。ただ絶対的に言えるのは、科学では【命】を産み出すことは出来ないのです。その【命】は、いったい誰が創り出したのか?。なのです。
私が持つ創造神の概念とは、【命】を産み出した存在
創造と呼ばれる言葉には自動車などの産物を産み出す。スマホなどの電気製品を産み出すがありますが、それらは【命】とは関係が無いことなのです。命を生むことが【生命】なのです。自動車やスマホに【命】が宿っているではないのです。
自らが生きる【命】を生みだしたのが創造神
生物の【命】は、どの様に創られたのか?
私達人類の肉体の命を養う作物の【種】などの命の元と成る物を産み出して来たのは【万物の創造神】と呼ばれるところの神であり。それは仏教の開祖のお釈迦様でもキリスト教の開祖のイエスでもイスラム教の開祖のムハンマドでは無いのです。
イエスが命の元を産み出したでしょうか?
人類と呼ばれる存在を産み出したのは命ある万物を産み出した神であり。お釈迦様もイエスもムハンマドも、言うなれば【人】としてこの世に出た存在なのです。それは人類にとっては先達(指導者・案内者)と呼ばれる存在に過ぎないのです。
西洋で創造神を【農夫】とした意味は解ります。私達が生きて行く為の作物の種を産み出したのは創造神と呼ばれる神だからです。旧約聖書には、旧約の神とはそうした種を作り出した存在とする記述がありますが、新約聖書は単に人の子で在ったイエスが述べた言葉に過ぎないなのです。
私に臨まれた旧約聖書の神と名乗る声は、【旧約聖書は「暗号」を秘めた書で私の書ではあるが、その暗号を解く鍵を持たないで読むと意味を間違えるように創ってある。新約聖書は人の子達が為した書で私の書では無い。】と告げられました。その旧約聖書を読むと麦や果実の種を撒いて実れば、それを刈り入れるとあります。かなわち【農夫】です。
その旧約聖書の神と称する声は私に【この国(日本)は私の教えが満ち溢れた世界で唯一つの国であり。この日本で無いと私の教えは解らない。】と告げられました。その一つに【百姓】と呼ばれる言葉があるのです。どうして【農夫】を【百姓】と呼ぶのか?。
創造神が告げる百姓とは、創造神には百の姓名が有り
霊的世界に関わると創造神の呼び名には【百の姓名】が有るとも言われています。日本で使われる神名には国常立尊、天之御中主。そして大本教神諭に出されたこの世の閻魔大王として現れると宣伝された【閻魔大王】などがあるのです。
私が子供の頃には旧約聖書の神と称する声が臨んでいましたが、幾多の霊能者や稲荷神界首座神であった豊受姫から、貴方の本守護神は【国常立尊(天之御中主)様】と指摘されたがあります。ただ私が霊的に見たのは【閻魔大王】と呼ばれる姿をした方で、その一つ一つはそうした【百の姓名】の一つと言えるでしょう。
私は物心が付いた幼い頃、誰から告げられたでもないのに自分は天帝と呼ばれる神から特別の【使命】を授かってこの世に降りた者。私はこの世に降り立つ為に、この家系の先祖霊の承諾の元にこの家筋にお世話になっていると言う感覚を所持していました。私が持っている神と呼ばれる存在に対する感覚は、この世の宗教から学んだのでは無く先天的な事柄と言えます。
私が生まれ出た家系は世に名家として知られる様な家系ではありませんが、万物の創造神と関わりを持つ家系だと言う感覚は持っていました。後日、霊能力者と呼ばれる方達から貴方が生まれた家系の先祖たる霊脈は【国常立尊】様ですと聞かされるがありました。ただ先祖霊と呼ばれる存在を辿れば、誰しも最終的には創造神と呼ばれる神の元に行き着くことにはなります。何故ならば初発の神は唯一つの神だったからです。
人は誰しも最終的には創造神の元に行き着くが
そこに長き年月の魂の分派があり、逆に集約も出来る
私の家の神棚と仏壇の両方を見た霊能力者の幾人かの方は、私の家の神棚には国常立尊様は見当たらないが、仏壇の御先祖霊を辿って行けば【国常立尊】様に繋がっていますよと告げられたことが幾度かあります。それをもって、【自分を見て。主を見よ!。】などのバカげたことは言えないわけです。
私は自分が生まれ出た家系は単なる飲み百姓の家系だと思っていましたが、名字帯刀は許された庄屋筋で、豊受姫の御代(取次)をされていた方は、私の家系は天皇家の血が流れていると言っておりましたが、日本人ならば誰もが先祖霊を辿って行けば、どこかの段階で天皇家にぶつかっても別に何の不思議もありません。で、それを持ち出しても意味はないのです。
が、私の叔父が幾つかの神社に参拝したところ、天皇の勅使を迎える勅使門が開けられて、叔父はそこから拝殿に迎え入れられる不思議に幾度か出会い、その神社の宮司に理由を聞いたところ、神社の御祭神から天皇に準じた扱いで迎え入れなさいと告げられたと聞かされたと言います。
それはその宮司にその神社の御祭神たる神霊と会話が出来る霊能力が無いと起きえない話ですが、叔父はこれは何事かと霊能力者の方に頼んで調べて貰ったところ、私の家系は清和源氏の系列で清和天皇に行き着いたと言っていました。
私自身は幼い頃から誰に言われたでもなく、自分は天帝の密命を帯びて秘密裏にこの世に降ろされた者で有るという認識を持っていて、幼稚園児の頃に地元のキリスト教会に見学に行った時、そこに在ったイエス像に向かって【イエスよ!。私が磔姿で祀られている貴方を祭壇から降ろして救ってあげる。】と心の中で叫んでいました。そうしたこともあり、小学生の頃に自分に旧約聖書の神と称する声が臨んで来ても、それを特別に不思議とも思わなかったがあります。ただそれを自分の両親に語っても信じて貰えないから言わないです。自分の両親ですら、私が神と会話をしているなど信じて貰えないと黙していたなのです。
私が中学生に成った頃から旧約聖書の神と称する声は臨まなくなりましたが、代わりに私を坊主姿の家系御先祖霊が私を守護しておられると解って来ました。そうした家系の御先祖霊がその家系の子孫を守護しておられるという話はよく聞く話で、当時はそうし類いのことだと思っていました。ただ私が生まれ出た家系の御先祖霊に僧侶に成った方は居らず。どうして自分を僧侶姿の方が守護しておられるのかと不思議に思っていました。
その後、その御先祖霊と日蓮聖人と想われる霊が入れ替わり立ち替わりで私の前に出てこられるで不思議なことだと思っておりましたが、数名の霊能力者の方から私の祖父母は養子の形で入っていますので、私の肉体にはその御先祖霊の血は流れていませんが五代前の御先祖霊は日蓮聖人の御分霊であったことが判明しました。道理で私の前に現れる日蓮聖人と思われる霊と五代前の御先祖霊が入れ替わり立ち替わり出て来られた理由は、私が生まれた家筋は【国常立尊】様の霊系を出す家系であったことから起きていると解って来たがあります。
人の魂はこの世に出るに、出る【家巣】を必要とする
自分を受け入れる家巣が無ければ、人間界以外に出る
世間一般には、御先祖霊が子孫を守護しておられる。そうした話は日常的に言われていますが、私の家系の祖父母は夫婦養子の形となり、それ以前の御先祖霊とは肉体の血は関係して来ません。
しかしながら大本教から【霊】の漢字を書いて、血の【チ】と同様に発音することが出されました。人の魂は肉体の心臓の部分に宿りますが、霊は【血】の中に宿るのです。
霊(血)の汚れは、魂(心臓)が浄化している
こうした事柄は大本教と呼ばれる宗教が起きて来るまでは解っていないことなのです。そこに病は【霊(血)の汚れから発症する。】となるのです。
実はそうした家系と呼ばれる存在がある為に魂の輪廻転生には、【本守護神・正守護神・副守護神】の存在とその家系との関わりが具体的に解って来たと言えます。私の家系はたまたま私と血が繋がる祖父母が養子で、それ以前の御先祖霊とは何の血の繋がりが無かったことにより、魂の輪廻転生における【家系と魂】の関係がより具体的に解ったのです。
この日本では先祖の因果がその子孫に報いとして現れる等が言われますが、スピリチュアルと称してイエス様、イエス様と言っていても何の役にも立たないがあります。イエスが人類の罪を背負った等、真っ赤な大嘘なのです。キリスト教はイエス一人を創造神の一人御子と信じていれば天国に救われるを教義としていますが、そもそもイエスにそんな多くの人の罪(カルマ)を被るだけの能力は無く、キリスト教徒だと言ってそれだけでは誰も天国界に入れるとはなってはいなかったのです。
大本教の出口王仁三郎聖師は地獄を覗けば【牧師で一杯だ!】と残しておられますが、私が見て来た自称救世主達はその信徒達を自分を救世主(メシア)と信じ込ませることで、その信徒達を地獄界に送っているが見受けられました。
カルマの基本原理が解れば、イエス救世主説は?
私が子供の頃に臨んで来た旧約聖書の神と称する声は、私に魂の【輪廻転生】を説いて来られましたが、実際に霊的世界を見聞をしてくれば【魂の輪廻転生】を知らずして、創造神の存在は出せないと解って来ます。
スピリチュアルと称して人の前世を見るで大金を得る商売をしていて、イエス様は人類の救い主だと発信しているでは、その頭は一度かち割って覗いて見る必要があると言えます。イエス一人が人類の救い主と信じているだけで天国に救われている者など霊界のどこにも居ないからです。キリスト教徒であれども【輪廻転生】のシステムの中に入っているのです。
輪廻転生に黒人から白人、白人から黄色人種がある
白人の優越主義の背景に、イエスの間違った教え
アメリカで眠れる偉大な予言者と言われたエドガー・ケーシーのリーディングに多くの白人の前世を見た時、その多くは黒人であったがあります。黒人として生まれ出た時は白人達に虐げられて、次に自分が白人に生まれ代わったら黒人を虐げているです。
この説そのものは、輪廻転生が解らないキリスト教社会からは受け入れられることはありませんでした。エドガー・ケーシーその者は、いくらイエス様イエス様と言っても、キリスト教はイエス一人を主の御子と信じる者は天国界に行く教えに、そこに輪廻転生などのあってはならない教えを説いた者として扱われたがあります。
輪廻転生を説く限り。反【イエス】と見做される
が、霊的世界を見聞して来れば黒人から白人世界に。次に黄色人種に生まれ変わって行くはあるのです。そこに大本教神諭は日本人として生まれ出るは、魂の輪廻転生の道筋としてどれほど重要かを説いてはいるのです。
王仁三郎聖師は西洋のパンの教えは副食の麦の教え
この日本には、主食として【米の教え】が有る
日本神道系では【本守護神・正守護神・副守護神】が語られます。守護神霊として世に語られることは一般的には家系の御先祖霊の守護を指し、副守護神格と言われています。神社や寺院で祀られる稲荷神を信仰することで稲荷神界からの御加護が有り。不動明王を信仰することで不動明王神界からの御加護が有り。観音菩薩を信仰することで観音菩薩の御加護が得られるは、その信仰神が守護神霊として働く【事実論】があるなのです。
そうした守護神霊の存在が世に語られるのですが、そこにあるのは【現世御利益主義】が主体と言えます。私は伏見稲荷山で神界修行のお世話になったので、稲荷神界が見せる現世御利益の実態を見て来ました。特に凄かったのが大国主命様が見せられた現世御利益は、頼んだ人も信じられないほどの何億円もの額の大金が動いたがあります。
私が初めて手にした大本教神諭には、この神は【病気治しの神では無く、心の立替立て直しの神】とありました。私達が一般的に信仰する神とは、病気治しや現世御利益が主体の神々です。そして天国(極楽)に案内するです。日本神道で語られる正守護神とは、過去にこの世に出た自分の魂で【神たる位】を得た神上がりをした自分の魂を指します。
それはスピリチュアルで語るハイヤーセルフと同じ立場にはなりますが、日本神道系で説く【正守護神】とスピリチュアルで説く【ハイヤーセルフ】とでは、次元格としての段階が違っていると見受けられます。
スピリチュアルで語るハイヤーセルフは、スピリチュアル界の大御所と自認されている江原啓之さんや美輪明宏さんも言われるスポイトの一滴とコップ一杯の水の論議のスポイトの一滴の自分ことしか言っていないからです。その本体たるコップ一杯の水に言及が出来ているかです。
ほとんどのスピリチュアル標榜者は、魂の分派を説いていないのです。人の人口が増えると言うことは、当然に新しい分派された魂も生まれ出て来たなのです。その分派を語らないと魂の集合も解らないなのです。私の家系御先祖霊は優秀な霊能力者からは日蓮聖人の分魂と指摘を受けて来ました。そこには自分は誰の【分魂】かという【魂の親神】の存在も出て来るのです。単にスピリチュアルだと叫ぶだけでは魂のことは何も解らないのです。
日本神道の世界で説く【本守護神】は【正守護神】の更なる上の次元界に存在する魂で、私は伏見稲荷神界で霊界修業のお世話になった時、豊受姫から【貴方の本守護神は国常立尊様ですよ。】と告げられて、その時に始めて【本守護神】と呼ばれる言葉とその【意義】を知ったなのです。スピリチュアルで連呼するハイヤーセルフでは、この本守護神の説明が何も出来なくなります。
私は霊能者の7~8名の方からも豊受姫と同様に貴方の本守護神は国常立尊様ですよ指摘をされました。当然にそれらの人は【本守護神】と呼ばれる神の存在を認識されている方達と言えますが、スピリチュアルだ!。スピリチュアルだ!。と連呼している方達からハイヤーセルフの言葉は飛び出しますが、本守護神・正守護神・副守護神の言葉とその違いの説明が何も出て来ません。この本守護神・正守護神・副守護神の存在が解って来ないと【魂の輪廻転生】も解らないを起こすのです。
大本教から出された霊界物語には、大本教の信徒の【姓名】を借りて物語が展開されています。そのことに関して大本教二代教主補であった出口王仁三郎聖師は、【自分の氏名が物語が織られていたからと、それで自分が神界の御用をしていると勘違いをしては行けない。】と書いておられますが、人の【氏名】に神界からの【使命】が入り、
人の【氏名】に、神から【指名された使命】が働く
創造神の【百姓】も、そこに【百の姓名】が働く
大本教には【出口に直】の役割があり、大本教の開祖に【出口直】師が選ばれたにも、そこには言葉で教える役割の使命(氏名)があったなのです。また出口王仁三郎聖師は婿養子で旧姓は上田喜三郎でしたが、大本の神が婿養子の出口喜三郎の名を鬼三郎に変えよと命じた時、鬼とはあんまりじゃで【王仁】にしたのは有名な話ですが、神の出入り口の門番たる【仁王】の役割も与えてあるなのです。喜三郎さんも婿養子になって出口の【姓】に変えることで、出口王仁三郎聖師のこの世での生き様が変わったがあります。
人は姓を変えると、その人のこの世での人生が変わる
また先祖守護霊が代わることで、その人の運命も変わる
日本では【姓名判断】と呼ばれる占いがあります。その人の姓名に当てる漢字を変えることで、その人の運命が変わる働きがあることが知られています。これは漢字は英語などの表音文字と違って【象形文字】の関係で、その像の形の働きが世に現れることと、日本人の名前を構成する【あいうえお】や【いろは】で知られる【言霊の響き】と【数霊】の働きが複雑に噛み合って、その人の運勢が変わるなのです。
姓名判断では【数霊】の働きが重要視される
私は霊界修行の中で、私の肉体は【数玉(かずたま)】の働きが強く出る体質で、数が持つ霊的働きを見て来ました。そこにあるのは姓名が持つ【言葉の働き】が変わるのと同時に、養子などで姓名を変えるとその人を守護している家筋の守護霊まで交代するが起きることで、その人の運命に変化が起きるなのです。
人は姓名を変えると、守護していた先祖霊も代わる
西洋のキリスト教社会などは【個人主義】で、魂の輪廻転生とか家系先祖霊による守護の話等は出て来ません。キリストが【真理】を指す言葉だとすると、西洋のキリスト教は真理からはほど遠いと言えます。大本教が世に出した【666】は【みろく神】であるならば、そこには何があったのかです。
私達は何気なく【日本語】と呼ばれる言葉を使っていましたが、この日本は古来より【言霊の幸はふ国】と呼ばれ、大本教から【言霊学】が出されなかったならば、言霊とはいったい何だ!?。そこには行かず、どこにも証拠が無いのに自分が救世主だと称した者の言葉に踊らされて欺されて終わるとなっていたのです。
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