日本では不動明王と呼ばれる存在が各地各所で祭られています。一般的には大日如来の化身と呼ばれ、日本では特に弘法大師との関わりが深いと言えます。行者としての修業に入れば、最初に出て来られる明王と言えます。しかしその大日如来に関して行者にもその存在が如何なる存在かが解ってないが現状です。大日如来を日本神道で太陽神とされる伊勢神宮の天照大御神に擬えても、とても同一神とは言いがたいがあります。だが神霊世界は今日までその説明すら怠っているのが現状です。
霊能力で神仏と語れても、神霊世界は簡単に解らない
私も霊界修行に入った当時はその不動明王の現出が特に多かったのですが、火炎を上げた不動明王が出て来られると全身に汗が噴き出すです。しかし豊受姫の御台で有った最初の師匠から不動明王程度を出していて、どうする気だと叱られてしまいました。天之御中主様とか国常立尊様の段階とは比較にならないという意味のお叱りでした。大本教から創造神として天では天之御中主、地では国常立尊が出されていなければ、天之御中主と国常立尊の違いすら解らなかったなのです。ほとんど世に説明がなされていません。
その師匠も最初は四国小豆島の某不動明王の御台をされていたのですが、ある人の命を救うことが出来るか出来ないかで、その命を救えないと告げられた不動明王と、自分の御台に転じればその命を救ってやろうと約束された豊受姫。そこでその人の命を救って欲しいと不動明王の御台から豊受姫の御台に代わった経緯を語られました。
神霊は約束をすれば、その願いを叶えてくれるが多い
私は神霊界修行に入った当初は豊受姫様の庇護を受けており、ある不動明王と一体化している行者が私に対してどこの馬の骨か解らん奴が奉納した神酒など不味くて飲めないと私を馬鹿にして来られて、豊受姫がその不動明王に対して誰に対して偉そうな物言いをしているのだと怒られて、その不動明王とその行者たる肉体を一緒に金縛りにされて畳の上をゴロゴロ回転させ、その方は畳にゲーゲー吐くという大醜態を晒すとなりました。その不動明王は私が本当は誰なのかを見抜けない段階の存在だったのです。私はその時、世に出ておられる不動明王よりも豊受姫の方が神界では上位であると見させられたのです。
豊受姫の御台(取次)をされていた最初の師匠は、日本人は豊受様の神霊界における本当の身分も神力も知ってはいない。豊受姫は伊勢神宮の天照大御神よりも上位の神霊で、不動明王を縛ることも出来ますと言われます。それを見させられたなのです。
伊勢外宮の神で稲荷大神首座神としての豊受姫と不動明王とでは、霊界での力関係は違っているのです。そこには人類に衣食住を与える立場の神と不動明王とでは役割そのものが違っているがあります。
不動尊行者で知られる事柄に不動の金縛り術があります。不動尊行者は不動明王の力を持って悪霊等を霊縛したり、霊界の霊道の入り口を封印するがあります。そうした中で生きた人の行動の自由を縛って動けなくする術もあり、そうした事柄が不動の金縛りの術と言われています。そうした霊縛とか霊を封印するのは行者系で、単に霊が見えるのスピリチュアル系とは意味が違って来ます。
スピリチュアル界の大御所と自認されている霊能者江原啓之さんは霊はよく見える方ですが、テレビ番組で悪霊に攻撃されると倒れてしまわれたがあり、行者として邪霊と戦える霊力と霊がよく見えるは次元が違うことを世間に解らせてくれました。
悪霊と戦えないから逃げる!。それは何を意味する?
霊感の強い方だとホテルや旅館に宿泊し、出て来た霊に【金縛り】にされた等の経験をされた方もあるでしょう。霊的な存在に鈍感な人はそうした場所に泊まっても、ラップ(騒霊)音が鳴っていてもそれすら気づかないがあります。否、ラップ音は必ずしも万人に聞こえないからです。ただ霊が見えなくても、ラップ音が聞こえる人は霊が見える人よりも数は多いと言えます。
ラップ音は聞こえない。霊も見えない。何も感じなくても、写真などを撮るとオーブ玉が写っているホテルや旅館は予想以上にあります。私の場合は自宅よりホテルや旅館に泊まる方がラップ音をよく耳にします。某温泉旅館に泊まった時、ラップ音がうるさいなと思っていると私と同行していた方には高層階の窓の外に人が立っている様が見えたと言います。高層階の窓の外に見える人とは幽霊になります。この世の霊界は本当の霊界に旅立っていない霊、浮遊霊たる幽霊が意外と多いのです。
この世で見る幽霊の多くは、本当の霊界に渡れていない
不浄仏霊に金縛りにされるは、自分の守護霊の力が弱い
私は霊界修業に入った当初は気がつかなかったのですが、私が行く先々で【ラップ音現象】を引き起こすで何が原因かと探ったところ、その土地に鎮まる霊と私の背後の守護霊団との小競り合いが原因でした。私は霊界修行に入る迄は、別にラップ音が聞こえる者ではなかったのです。
神霊界修行とされる滝行や水行に断食行。お経や祝詞三昧を積むと自分の霊力が研ぎ済まれ、霊的な事柄がよく見える様にはなります。死後の世界など無いと主張される方は、そもそも霊界修行を積んでいないのです。霊山に籠もり松葉や熊笹などの仙人食で生きていれば仙人的要素も備わって来ますが、そうした修行をおろそかにすれば元の木阿弥で元の段階に戻るです。仙人も仙人としての霊能力を失うなのです。
私の2番目の師匠であった方は数年間霊山に籠もり仙人食をしている時代は、本人が空中に浮いているだけでなく、その庵を訪れた人達も皆が正座した状態で空中に浮いたとその体験をされた方達から聞きましたが、豊受姫の御台(取次)をされていた私の最初の師匠も空中に飛んだり、空中で180度転回(トンボ)をしていましたので、そうした世界は修行を積まないスピリチュアルでは何も解らない世界と言えます。
今の世は辛い霊界修行を積んで神霊を目指す人は皆無
私は神霊界修業のお世話になった稲荷神界から離れて言霊学に転じた頃、豊受姫の庇護を離れたことから黒龍神の群団に攻撃されるようになって逃げ回っていました。豊受姫の庇護の元だと黒龍神も私に簡単に手が出せなかったのでしょうが、その庇護を離れたとなるとあいつは生意気だからやっつけてやれです。
しかし今は私にもそれなりの反撃能力が備わって来ましたので、黒龍神から攻撃されて逃げ回るもなくなりました。それ以前は神仏からの攻撃に対抗するにはお経や祝詞で神仏を霊縛するより方法を持たなかったからです。お経や祝詞で霊を縛るには時間が掛かり、そうしたやり方の霊縛では素早い動きの龍神には対処できないがあったのです。
行者は自分の身を守る為に【霊剣】等を保持する
行者は神仏を祝詞や経や九字で霊縛して封印もする
私は現在地に住むに当たって、豊受姫から私に対して【そなたは神界の御用で、あの土地に住みなさい。その御用は肉体を持たない私達神には出来ない事柄で、肉体を持ったそなたでないとその御用は勤まらない。その神界の御用を出来る人間は、そなた以外の者は無理である。】と告げられたのです。
ところがその言葉を私に告げられた豊受姫の御台(取次)で私の最初の師匠は、あんな土地に行ったならばあなたは殺されてしまう。私ならば行かなければ殺すぞと言われても絶対に行かない。殺される道を選ぶ。あんな恐ろしいところは殺されても嫌だと言います。
私は霊能者の様に霊が見える者ではありませんので、豊受姫の御台を勤める方が何故にそんなに恐ろしがったのかよく解りませんでしたが、他に数名の霊能力者から私が住む土地は実におぞましい。吐き気が出る。身の毛がよだつほど恐ろしい怪物姿の存在が住む。霊界の汚れが集まっている特殊な土地だと聞かされました。
私が豊受姫の命令でその土地に新しい家を建てて数年後、とんてもない大ラップ現象が始まったのです。そのラップ現象を霊能者の方達に鎮める様に頼んだところ、このラップ現象は伊勢神宮の天照大御神でも出雲の大国主命でも不動明王でも稲荷神でも鎮めること等は出来ない。今の神霊界の神々では無理だ!。その大ラップ現象を鎮めることが出来るのは肉体を持った貴方だけだ。自分で鎮めないと、誰をもってしてもそのラップ現象は鎮めることは出来ないと告げられたなのです。
世に出ておられる神々の力で鎮められないとなると、もう自分で取り組むより道はありません。しかしその方法が解りません。ただただ祝詞を上げ続ける。お経を上げ続ける。ラップ現象は主に夜中に起きるので夜は眠れない。よくぞ死ななかったなのです。最初の師匠があんな場所に行ったら貴方は殺されてしまうと言った、そうした現象が三年間も続いたのです。
私が住んだ一帯は神霊でも、祓い清めが出来ない土地
幾人かの霊能の方には私がそうした現象下で暮らしたことが見えていました。それは神々ではなく肉体を持った貴方でないと無理だったと言われます。それは人の肉体には霊を浄化する能力が有り。世に神霊として出ておられる方の浄化能力では出来ないものだったのです。私の肉体は一体ずつならば龍神をも浄化する能力を持っており、通常の霊能者よりも遙かに霊の浄化能力が優れているなのです。為に私の肉体はボロボロになってしまいました。
霊を浄化するがどれほどの作業か解らないでは【カルマ】の恐ろしさも何一つ理解出来ないと言えます。
霊の浄化で肉体がボロボロに成るを知らぬがスピ
私が住む土地は今の世に出ている神々ではなく、それ以前の神々。今の人類は今から20万年ほど前に出た種とされますが、それ以前の世に存在した神々が押し込め(封印)られた土地だと言われています。
霊界物語は国常立尊様は約三十五年前に御引退と記す
その土地にあった古家(後日に判明したことは、大本教の出口王仁三郎聖師が大正九年以前、一部の信徒達に教団には内密で、その付近一帯の土地を死守をして欲しいと頼んだ土地の一角に立つ家)を壊して地鎮祭を執り行いますと、その土地に大金龍がとぐろを巻いているのが見えます。
そこで地鎮祭を執り行っている最初の師匠に、【この土地は金龍神がとぐろを巻いていますが?。】と問うたところ、金龍神がとぐろを巻いて上から押さえておられますが、この土地の下には今の世に出ておられる神々では無い。私達人類が知ることがない超太古の神々が無数に押し込められていて、この付近一帯はその怨念が封じられた恐ろしい場所です。】と言われます。
それはその最初の師匠だけで無く、幾人もの優秀な霊能者からも告げられました。本当に優秀な霊能者ならば、今の世の時代の神々では無い超太古の時代の神々が見えているはずなのです。今の人類は七度目(日本神道は今は神代七代目、聖書は七の安息日)に在るなのです。過去に人類は幾度か滅びてはいるのです。そして今度が最後なので、最後の審判を受けて永遠の弥勒世が語られるなのです。
有能な霊能者は告げる、超太古の神々の怨念が渦巻く土地
叩かれた者は叩いた者を忘れないが、人を叩いた者は忘れる
私の元には自分は凄い者だ式のことを言ってこられる霊能者と称する方達は多々ありますが、私が住む土地は今の世の神々以前の神々が封じられた因縁の土地と見抜けない霊能者の方とは語らないようにしています。そうした方達は【因縁】とか【カルマ】をほとんど理解されていない存在だからです。ほとんどがノホホン教と言えます。為に霊界の【次元】界すら理解せずに自分は凄い者だ式だからです。
大本教や岡本天明師の日月神示では神霊界は正神界も邪神界もイハトで語る一八十の【百八十】段とされていますが、こうした神霊の階級の違いは【天使の階級章】とも言われており、その霊の名乗る神名ではなく、実際にその霊の【天使の階級章】が霊界でどのランクなのか?。そこに意味があると言えます。
霊的なことは高い霊界に所属するからよく見えるではなく、逆にこの世は地獄界的な低い霊ほどよく見えるし働けるなのです。ただいくら低い霊界がよく見えるで邪神界での階級を上げても、そこに何の意味があるのかとなるのです。
人がこの世に降りる原因に、天人界の階級を上げる
そのことが見える霊能者からは、貴方で無いとこの土地に関わる神業は出来ませんでしたよと言われます。この土地に関して何も見えないスピリチュアル的な人は、私が霊能者の様に霊が見えない。それに対して自分は霊能力を持っているで私をバカにして来られるのですが、本当に霊的世界が見える霊能力者であれば、こんな恐ろしい不浄の土地には住めないと言われていたなのです。
そこにあったのは、肉体を持った者で無いとその土地に封じられた神霊の浄化が出来ない。豊受姫が自分のような神霊には出来ない。肉体を持った者で無いとその御用が出来ないと告げられたのは、私の肉体には並外れた【神霊をも浄化する】能力が備わっていたなのです。
私が豊受姫の命令で住んだ土地は今の世の神々ではなく、今の人類が知らない姿をした超古代の神々達で、誰かがその土地に当時の神々を【封印】してしまったなのです。それが大本教霊界物語に国常立尊は今から約三十五万年前に【御引退】と記した事柄なのです。私はこの地で私に懸かった霊から【三十五万年間に関わる苦しみ】を告げられたなのです。それは伊勢神宮に鎮座されている御神霊では知る時代の話では無かったのです。
三十五万年前、この地球上神界を揺るがす何かが起きた
時間を費やして、そうした恨みの神霊達の浄化は終わった
豊受姫は私に【その土地は非常に汚れた土地である。本当に力が有る神は汚れていない土地に降臨するではなく、あえて汚れた土地を選んでその土地を浄化に浄化して鎮座する。高山に降臨する神霊よりも低い土地に降臨する神の方が神力がある。その土地は汚れが清まれば、万物の創造神が降り立たれる場所。】と言われました。
力が有る神は高山でなく、低い汚れた土地を祓い清める
スピリチュアルだ!。スピリチュアルだ!。そうしたことばかり言っている人達は別として、日本には【不動尊行者】と呼ばれる不動明王を信仰をして、それなりの山行を積まれている方達がかなりあります。こうした方達のことを通常【行者】と呼びます。一般的には両部神道で不動尊信仰者が一番多いのですが、稲荷神信仰の稲荷行者に観音菩薩信仰の観音行者と呼ばれている方達もあります。
こうした行者の方が見る霊世界とスピリチュアルで語る霊世界とではほぼ同じ世界を見てはいますが、中身的にはかなり違って来ます。行者と呼ばれる人ほど汚れた土地に関われるです。 霊の汚れが理解出来るのです。
単にスピリチュアル標榜だと霊的な汚れとか、霊を浄化する。そうした話はしないでしょう。霊的な汚れとは何事かを知らないからです。霊は見えても、その霊が汚れているのか汚れていないのかすら解らないなのです。スピリチュアルのお題目の神は愛だから何をしても赦される等は無く、何をしてもよいは自分の霊体を汚して行くなのです。
行者は神霊をも封印する?。結界を張るとは何事?
不動尊行者とスピリチュアルで違うのは【霊縛】能力
私は大本教から世に出された大本教霊学に基づいて、行者の端くれとして神霊をも霊縛する術を学びました。ただ一部の神仏を霊縛することは出来ても、生身の人間を縛するまでの段階には進めませんでした。大本教の出口王仁三郎聖師はその生身の人間を縛することが出来たことは知られていますが、それは優秀な不動尊行者にも見られます。
昔はその不動金縛り術を使える行者さんがそれなりにおられました。しかし今はほとんど見かけることはないと思われます。それはそれだけ霊術を使えるだけの行を積む人が世に見当たらなくなったからです。悪霊を霊縛しても金儲けにはつながらないのです。そして行無しで霊術の行使は難しいのです。
ある行者の失敗談として、肉体人を霊縛をする術を不動明王から授かったが、その霊縛を解く術を受けていなかった。不動明王から金縛りの術を受けた嬉しさのあまり、当時は肥担桶を畑に運ぶ時時代でその肥担桶を担いでいる人に不動金縛りの術を掛けてしまった。だが術を解けないことに気づいて、その行者は慌ててその場から逃げた等の話があります。
霊が見える段階と不動金縛り等の術を使う段階は違う
霊界では行者は神仏霊と言えども霊縛したり、封印と称して神仏霊そのものを一定の場所に封じて閉じ込めてしまうがあります。ではどうして人には神仏すら霊縛したり封印が出来る能力があるのか?。
人は単に霊止(ひと)でなく、物質体を身に纏った神
その霊界における最大の封印とされる事柄が、俗に【天ノ岩戸開け】と呼ばれている事柄なのです。大本教神典は天ノ岩戸を開ける役に閉める役。閉める役が難しいと予告しましたが、そこには【封印】された事物があるなのです。
その封印解除は人の身たる肉体を持った者によって為されるです。大本教神典は天ノ岩戸を開ける役に閉める役。男女の働きがあると予告したなのです。が、その男女は大本教の出口直開祖と出口王仁三郎聖師はその該当者ではなかったなのです。それは巷で自分が救世主ですと名乗る様な事柄では無いなのです。
その封印の解除は【言葉】の力で為されると言われていますが、言霊の並び方です。俗ぽく言えば【開けゴマ】たる呪文です。開けゴマの由来で有るゴマは単に胡麻の実のことではなく、言葉には霊力が宿っている意味が秘めてあるなのです。当然に開けゴマと言えば、磐の扉が開くでは無いのです。目に見える世界の事象を語るものでは無いからです。
胡麻はアラビア語では【simsim】で【毒】という意味を持ちます。しかしヘブライ語の天国に繋がる意味も出せます。その毒を取り除かないと、誰も【秘密の天国】の扉を開けることは出来ないなのです。
開けゴマは、弥勒の世の嬉し嬉しの財の原資を出す
いくら嬉し嬉しの弥勒の世の宣伝したところで、その原資となる財が無いと誰も幸せにはなりません。大本教神典はその原資たる財を無尽蔵に持つ【龍宮の乙姫】様がその財を吐き出すと予告したのですが、それらは秘密の洞窟に秘められた無尽蔵の宝を出す意味です。その封印を解く鍵が言葉と繋がっているなのです。
神の世界から語られて来た事柄は、最終的には【一点】に結びついて行く。
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