かってSFの世界では、未来の人類は人工知能(生成AI)に支配されるとする未来像を語りました。その人工知能(生成AI)に支配される人類とは、人の姿はしていてもこれまでの様な人類では無くなるです。単に人の姿をした生命体であって、人工知能(生成AI)が命令するロボットの管理や補修程度の存在です。否、ロボットがロボットを管理修理する時代がもう近付いていると言えます。
そんな時代の人類に【魂とか神】を語って何か意味があるかとなりますと、もうその時代の人類に魂や神の存在を語る意義そのものは無いと言えます。
人々に神や霊の存在を語るのは、人に神魂が宿る時代
人工知能(生成AI)の世は、神や天人には必要が無い
何故ならば、人に魂や神の存在を語るとは万物の【想像と創造を司る命】に関わることだからです。今や【生成AI】に言葉(プログラム)で命令すれば、どのようなフェイク(嘘)ニュースの映像も創り出し、それがあたかも本当に遭った出来事の様に人類に見せることが出来るとなったからです。しかし如何に人工知能が発展しようが、人工知能に【命】そのものは産み出せ無いのです。命を創り生むは創造神と呼ばれる神のみが成し得るからです。遺伝子操作以前の事柄と言えます。
生成AIは自己プログラムで、創造神に置き換わろうとする
魂は玉型の思惟で、人とは思惟の玉に動く人形を与えた
仏教ではこの世における万物は全て【虚空蔵】から産み出されたとします。その虚空(アーカシャ)の意味は【何も存在しない。何も無い空の虚の世界】のことですが、霊の世界です。霊は0(レイ)と同じ意味を持ち、何も無い世界の意味であっても【0】の数字を並べることで無限の世界を広げることが出来るのです。0(レイ)の世界とは何も存在していないではなくて、そこには【隠れて人の目には見えない世界】がある意味なのです。
キリスト教やイスラム教で神を語りきれないのは、0(レイ)の世界と霊の世界を並べることが出来なかったからでしょう。仏教においては【虚空蔵】と言う【0】の世界が語れたとなります。そしてその虚空蔵の【虚空菩薩】は【牛と虎】歳の守り仏として、【ウシトラ】を語れたと言えます。大本教から【ウシトラ】金神が出された時、気付くべき話だったのです
日本人に霊と0の言葉は通じますが、世界の人には無理
人類は【0】の世界を霊界(虚空)と結び付けられなかった
この日本で明治や大正や戦前の昭和に大予言者として活躍されて、その名を世に知らしめられた大本教の出口王仁三郎聖師は、日清日露の戦いではその賠償金額や日本が得られる領土を予言してその通りになりました。第一次大戦では空を飛ぶ兵器(飛行機)とか水中を潜る潜水艦等の新しい兵器の登場も予言され、そうした兵器が出て来ました。太平洋戦争においては広島や長崎に新型爆弾が投下されて火の海となり、その後に黒い雨が降ると予言されてその通りになりました。
またロシア(露国)が日ソ不可侵条約を破って日本を占領して来ると予言されましたが、それを信じない日本軍部は結果として露国に千島や樺太を取られたがあります。その時、どうして大本教の神は未来に起きる出来事が解っていながらそれを阻止しないのか?。やっぱり艮金神国常立尊は悪神だったの論は起きましたが、どうして神と呼ばれる存在は未だ起きてもいない未来の出来事を予言できるのか?。そちらに疑問が向けられていないがあります。
大本教の出口王仁三郎聖師が出された予言が当たったことに文句を言うならば、日本の天皇家の祖神とされる伊勢神宮の神は何をしていたのかとなります。日本がアメリカと戦えば負けると解っていながら戦いに突っ込んだのじゃないかとなります。そして何百万人もの日本人が死んだのです。それをどうして阻止しなかったのだ!。それらの日本人の霊が今日までに全員救われたのかと言うと、救われてはいませんでした。その救済で今日でも一部の霊能者の手を煩わしているのです。
それは日本の天皇は、別に現人(あらひと)神では無かったとなります。本当に日本の天皇が太陽神ならば、露国もその神の光の威光の前に日本の天皇の前にひれ伏すより道はなかったはずなのです。
神や霊と呼ばれる存在は一般の人にはその存在は見えません。その神霊と仲立ちが出来る御代とか御台、杖と呼ばれる霊能力者を必要としています。その仲立ちを出来る霊能者から神と呼ばれる存在から出される予言が告げられます。でスピリチュアル標榜でも予言は出来るのですが、そこに当たる当たらないがあります。
未だ起きてもいない事を言い当てることが出来るのが神
巷には自分が創造神ですとか救世主ですと呼称される方達が少なからず存在します。そうした方達は別に頭がおかしくなったのではなくて、それなりに【霊的】世界に関わってはおられます。その霊的世界をその方に見せて来る存在に原因があります。霊的世界で神は光だと言う方は、霊を霊界の光として見られます。しかしその霊的光の存在に姿と呼ばれる形がある。その認識に欠けるがあります。その霊的光が見せる姿に蛇や狐の形があるなのです。宇宙人と呼ばれる存在も霊界人の一種と言えます。
その霊光であれ、人や動物の形を見せる存在であれ、その存在が神だと名乗って来る【事柄の証明】は?。となります。わらわは天照皇大御神なるぞと名乗って出て来る霊。天使長ミカエルと称して出て来る霊。そうした霊が本当にその名乗りの霊なのか?。はたまたニセ者かなのです。名乗るだけならば、どんな霊でも名乗れるなのです。
大本教の出口王仁三郎聖師はテレビも無い大正時代に出された霊界物語の中で、やがて東京から離れた遠地の人にも東京の芝居が同時に見えるようになるという、現代の様を予言されていることが知られています。その予言の中には空を飛ぶ郵便。現代のスマホで解る電子メールやその道具が懐中時計程度の大きさとも予言されました。私達は現代のスマホの登場で出口王仁三郎聖師の大正時代の予言の凄さが解りますが、そこにそれらを出口王仁三郎聖師に映像で見せた神の存在を知る必要があるのです。
私は自分が直接に神霊界に関わり、その一部の世界に過ぎませんが仏界の如来、菩薩、明王と呼ばれている方々、伊勢神宮や出雲大社の御神霊とも関わり、それらの諸神諸仏と大本教から出された神は段階が別物との認識が起きました。諸神諸仏は人々に【現世御利益】を授けることで、そこに神としての【証】を出されます。私達人類はその【御利益】を賜って、私達の目には見ない神の存在を確信します。ただその神霊の姿が蛇や狐の姿であるとを見抜くのは一部の霊能者だけとなるのです。
大本教の神は、予言力の違いで神の力の差を見せられた
スピリチュアル標榜者でも一部の方達は個人が出遭うであろう未来を予知されますが、そのほとんどは個人の未来に関わることで関東大震災や阪神淡路大震災や東日本大震災の様な世に起きる天変地異の大災害を予言が出来るではないのです。
私の最初の師匠を勤めて下さった方は豊受姫の御台で【阪神淡路大震災や普賢岳爆発】を告げられてその通りになりましたが、その御代をされた方は白狐界の出身で野球だと誰々が何回にホームランを打つ。相撲ならば誰々が何勝で優勝する。競馬ならば何と言う馬が一着に成る。配当金はいくらになる。そうした予言をされてそれらの予言は当たるでした。
私はスピリチュアル標榜者に懐疑的なのは、神霊の御代(取次)が出来る方がそうした予言をされて、それらが当たるを見て来たからです。それはこの世に起きる出来事は、事前に霊界で起きた出来事がこの世に現れる。それを神霊が見ているからとされます。一般的に世に出ておられる神々は、現世御利益は授けられるが大本教の出口王仁三郎聖師が予言されたような社会情勢やこの地球の行き先を告げる大きな事案の予言ではありません。
霊界に宇宙誕生から地球の終りの日迄の映像は在る
そうした予言の違いとは、私が最初の師匠とした方と大本教の出口王仁三郎聖師の魂とでは、その魂が存在する次元世界が大きく違っていたがあります。私は豊受姫の御台をされていた方を通じて、蛇や狐の神々の世界の見聞は出来ました。そして大本教出口なお開祖と思しき霊と出口王仁三郎聖師と思われる両霊が私の前に出て来られて、霊媒通しで【大本教はまな板の上の鯉。その鯉をどう料理するかは料理人の腕次第。】と告げられて、その大本教の意義を料理することで、現世御利益主義の稲荷神界から【言霊】の世界へと視点が変わったと言えます。
日本は古来より言霊が言われ、言霊で病気治しをする
一般的には神や仏に関しては祝詞や御経が使われますが、それらの言葉を使いますが言霊と呼ばれる概念とは違っていました。大本教からは【いろは歌】が説かれ、岡本天明師からは【ひふみ歌】が出され、この日本には古来より【天の数歌(あまのかずうた)】と呼ばれる日本の言葉の並びで霊を縛したりして来ていたなのです。
稲荷神界に所属だと個々の人の【今の幸せ】をどう考えるかが主眼となります。今、自分の目の前に困っている人が居ればその人をどう助けるかです。そこには神霊を拝み倒して、その神霊に相談者の願いを叶えてもらうがあります。そうした神霊を拝み倒すことで世間的には【拝み屋】と呼ばれますが、それで今日まで人の命を救って来られた行者の方達は多数おられます。
豊受姫の御代をされていて私が師としてお世話になった方は自分は【拝み屋】で結構ですと言われていましたが、それが今日までの神霊界に関わる者には【定式】なのです。自分はスピリチュアルで【拝み屋】等じゃないと、神霊に仕える人を侮蔑する様な事を言っている人達の霊界での実力を見ると、実力はほとんど無い方が多いなのです。悪霊とぶつかると戦わずに逃げてしまうです。霊的世界はスピリチュアルと称する人達が言うような甘い世界では無いなのです。そこには【斬った張った】があるのです。
神霊の御代は神霊を拝み倒して、相談者の願い事を叶える
人の願い事を聞くのが神なら、創造神も真理も知る必要が無い
私は霊能者の方の様に日常的に霊は見えませんが、困っている人と神霊との仲立に入り、無理な願いを神霊を拝み倒すで叶えるもしました。しかし今はそうしたことを一切していません。今生で自分のカルマを消すではなく、今生のカルマを来世に持ち越そうとする今が良ければそれで良いの姿勢の虚しさです。私は現世御利益で神を語る世界では無く、大本教霊界物語を通じて【永遠の命で在る魂】をどう説くかに変わったと言えます。今の時の幸せよりも、永遠の命を持つ魂の世継です。
人の魂の輪廻転生は、善い人生の時も悪しき人生の時も有る
例え今の人生が醜くても、次の世の人生も醜いとは限らない
私は子供の頃に臨んでいた旧約聖書の神と称する声から、【この世に降りて、この世の辛さに負けて刹那心を抱くと、永遠の命を持った自分の魂を殺してしまう。】と告げられました。
何故に創造神と呼ばれる存在は悪を許し、その姿を消しているのかとなりますと、創造神は存在していないではなくて、この世の辛さに悪に走っても刹那心に溺れて自分の魂を死なせてしまうぐらいならば、例え悪に走っても魂の命を生き延びさせる。悪は【改心すれば何れは消えて行く物。】で、自己の魂を殺してしまう【刹那心】を恐れられたのではないかとなります。
聖書のヨハネの黙示録には、やがて人類は【新天地】に向かう記述がありますが、今の世は永遠に続く世ではなくて【新天地】に向かうまでの仮宿の短い時間とも言えるなのです。
創造神は何故に姿を隠してまで、新天地を用意された?
神は何をしても愛で赦すでなく、魂を殺すを恐れられた
私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声から【私はこの世の幕を降ろす。】と聞かされて、子供と言えども非常に驚いたがあります。そもそもこの世は如何なる世界なのか?。それすら解っていないからです。稲荷神界に修業に入って【魂】の存在。神霊と呼ばれている存在が【蛇や狐や狸や猫】と呼ばれる姿に身変えって変化する様。それは霊界は【神は光だ!】と叫んでいる世界では無いなのです。自分ほど凄い霊能者は世にいないと豪語する方達が言う光を見ると、そこには龍とか天狗の存在が見えるであって、その人にはそれが光としか見えていないなのです。それを理解せずに自分は凄い霊能者だと威張っているです。
科学では宇宙の成立ちは宇宙の卵が【ビックグバン(宇宙大爆発)】を起こしたことからとします。ならばその宇宙の卵の説明が出来るのかとなりますと、今の科学では説明出来ません。仏教においてはこの宇宙は【無(无)から有が生じた】とします。だが誰が考えても【無から有】は生じさせられません。どうして無から有が生じたのか?。お釈迦様はそうしたことに関して、【考えても解らないことだから思い悩むな!。】と言われたと伝わりますが、霊界にはこの宇宙が誕生する映像はあるのです。その映像を見ていると【無から有】が生じたなのです。
だがその【無から有】の霊界映像に万物の創造神。父なる神。母なる神の存在が読み取れるのです。日本神道では【造化三神】と言いますが、三柱の神の存在が読み取れるなのです。それは今の私達の様な人の姿をした神ではなくて、宇宙の【意識】映像と言えます。
その霊界の映像を見ますと、この宇宙の成立ちは大本教霊界物語に出口王仁三郎聖師が記述された内容にほぼ近いと言えます。ただ霊界物語では円筒形とされますが、私が見た映像は【カプセル】型に近い物でした。出口王仁三郎聖師が霊界物語を書かれた大正時代は、たぶん円筒形のカプセルの様な物を指すカプセルと言う言葉そのものが存在していなかったと考えられます。
今は霊能力が有る者にしか見えない宇宙創造の映像も、人工知能(生成AI)に命令すれば作り出せる状況に入ったと思われます。
人類は生成AIが創り出す嘘映像を本当と思う処まで来た
嘘映像を創り出す【AI】は、万物の創造神を越えたか?
私が子供の頃は旧約聖書の神と称する声が臨んでいて、その声は【ソナタにはこの私の神力を何一つ与えない。されどソナタを見て、ソナタの背後にはこの私が居る。それが解らぬ様な神ならば使い物にはならぬ神。】と告げられたことから、私の背後にその神の存在が見えない方はその程度の方だと見ていました。そうした方達から何を言われても、別に気にする必要が無いです。
その旧約聖書の神と称する声は、【自分の教えは聖書には在らず。この国(日本)は私の教えが満ち溢れた世界で唯一つの国である。ソナタはこの日本に満ち溢れた物から私の教えを学びなさい。】と告げられました。そうした不思議な言葉が在ったので、私の身に不思議な出来事が起きた時、躊躇無く神霊世界に修業に入ったと言えます。
ただその修業は伏見稲荷山神界のお世話になったことから、白狐や蛇霊と呼ばれる存在を通して見る世界だったと言えます。私は別に創造神と呼ばれる神を見て、創造神の存在を説いているのではないのです。蛇霊や狐霊と呼ばれる存在を通して、万物の創造神の存在を知るです。
私は創造神と呼ばれる【神の力】のことは解りませんが、仏教で【閻魔大王】と呼ばれている存在は見ました。その閻魔大王と呼ばれる存在は【冥府の長官】であり、その冥府との関わりに【黄泉帰り(甦り)】の言葉が存在して来ます。イエス一人を神の御子と信じたら最後の審判で蘇るではないのです。
その冥府の長官をサタン(悪魔)としているキリスト教の教義を知った時、これはおかいぞとなったと言えます。私が子供の頃に臨んでいた旧約聖書の神と称する声は、【私はナザレのイエスの前に臨んだことなど一度も無い。ナザレのイエスは我が子には非ず。私では無い他の高い神の御子である。】と告げられたからです。
私は鍾馗神の御案内で中国で創造神とも天子ともされる盤古大神に拝謁して、その盤古大神が何者か知りたくて大本教霊界物語を読みました。その霊界物語では蛇霊の囁きに毒された神々の多数決により、創造神でありながら地上神界の主宰神の地位を追われたのがウシトラ金神国常立尊。その後を襲ったのが中国で創造神とされる盤古大神(ギリシャ神話の木星神でゼウス神)のことだと解りました。問題はその交代劇が今から【三十五万年前】に遭ったのか無かったのかの証拠立が出来ないなのです。何故ならば今の人種は遺伝子調査では今から20万年前の種だからです。当然にそんな時代のことなどまさに霊界(虚空)物語なのです。
大本教が出した【主は三十五万年前に御引退】の証拠は無い
されど九つ花で五十六億七千万のみろく菩薩の仕組みが出る
万物の創造神とされるウシトラ金神国常立尊は世の神々から悪神としてウシトラ(艮)に退かされて【鬼】とされたが、別に霊界から消えていたではないのです。仏教では【閻魔大王】とし説かれ、その国常立尊が引退前は天における同体神であった天之御中主と首座神の地位を交代されるを、大本教が予告予言教団として世に出したなのです。
生成AI(人工知能)が万物想像の絵を出せる時、本物が出る?
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