お釈迦様が開かれた仏教では【真我(真の自分)】と呼ばれる事柄が言われています。この真我は【アートマン】と呼ばれ、学説的にはいろんな説が乱れ飛んでいます。何をもって【真の自分(我)】だと言うのだとなれば、学説としては簡単にはまとまらないでしょう。宇宙最高意識そのものが真我だと言えば、その通りとは言えます。しかしそれが自分自身だと言えば、まさに【唯我独尊】となります。
霊能者の世界で語られる事柄として、創造神を第十識界とすればお釈迦様は第七識界。イエスは第五識界。マホメットは第四識界の魂。人類の歴史からすると、お釈迦様の識界レベルを超えた段階の方は未だ出ていないとする説です。そのお釈迦様を越える段階の存在として【みろく菩薩】の登場が予告されたとなります。巷で自分がみろくですと名乗る方は出てましたが、大本教神諭予告九つ花に咲く一輪の言霊を紐解くと、みろくと五十六億七千万の仕組みとは世に想像されていた事柄とは違っているでした。その一輪の言霊がお釈迦様の悟りを語るです。
その仏教における【真我(真の自分)】とは何かとなりますと、要は鏡を見た時、そこに写る自分は本当の自分の姿では無いなのです。鏡に写っている自分とは、三次元世界に肉体を持って生きている自分ですが、今の世限りの自分です。その今の世限りの自分では無くて、輪廻転生を通して生き続けている魂の自分こそ【真の我(自分)】なのです。
この世の自分は自分でも、一代限りの仮の自分です
人が見ている自分とは、今の世に合わせているだけ
私が子供の頃、旧約聖書の神と称する声が臨んでいて、その声は【神界で働くのは肉体のそなたには非ず。魂のそなたである。肉体のそなたはバカを演じていれば良い。】と告げられました。別にバカを演じなくても天然のバカで私のことを豊受姫に聞くと、あれは【おっちょこちょい】だと言われました。深読みした行動が出来ない。何事もよく理解しないで直ぐに先走って動いてしまうです。一部の霊能力者の方達からは貴方は高貴な魂の持主だと言われますが、肉体は違っているなのです。肉体はどこをどうやってもおっちょこちょいのバカなのです。これは肉体は死ななければ治らないなのです。
肉体がバカとかおっちょこちょいともなれば、そんな自分の背後に高い魂たる存在が居ると思えません。だがそんな者が今日まで誰も説いたことがない日本語による言葉の仕組みを紐解く。紐解いて来たなのです。私自身そんなことがどうしてこのバカな私に出来たのかと言われた時、私の背後に立つ【霊】が言葉の仕組みを解いて来たと言います。私の前世とされる霊が、言葉の仕組みを紐解いて肉体の私に伝えて来たなのです。
日本語による言葉の仕組み等いくら解き明かしても、そこに言葉で組み立てられた意味がどれほど理解出来る人が居るかとなれば、人は神の力を見せ付けられるとその神の力こそが絶対で有り、大本教の出口王仁三郎聖師は神の【九十九折り。折られた物を見ないと神の綾(文)が解らないと告げられました。】が、その織られたもの見ても解ろうとする人は少ないと言えます。
私は大本教神諭予告、九つ花に咲く一輪の言霊の経緯(秘密)を紐解き開かした時、その恐ろしさに震え上がりました。最近私の元に自分には億単位の白龍神が従っていると言って来られる方がありましたが、億単位の白龍神を動員出来たとしても言葉の仕組み等出来ないのです。その力とは想像が出来ない力のはずなのです。
それは大本教神諭が予告した九つ花に咲く一輪の言霊の経緯(秘密)に関わる事柄は【宇宙時間の組立て】すら行っているからです。何故、その時間で地球は太陽の周りを回っているのか?。そこには仕組みがあると言えます。
私自身、バカの肉体に高貴な存在が宿っていると解る
そうした事柄の関係かも知れませんが、私の元を訪れた霊能者と称する方からは私の背後に居られた高貴な魂の方は神界に帰られました。神界に戻られました。そうしたことを聞きます。私もそうした存在と思われる方が出て来ないと、さっぱり意味が解らないを起こします。人は魂が使っている人形に過ぎないとする説の実感です。
自分という存在は何も偉くない。しょせんは魂の人形。自己の魂が使うこの世の服装。しかしその人形には人形なりの葛藤が生じるなのです。それを自分の魂がどれほど理解しているのか?。があるのです。
スピリチュアル標榜でも、一部の方は自分の魂とは多次元世界に存在すると語られますが、多くのスピリチュアルの方が言われるソウルメイトではその多次元世界に存在すると言われる自分が出なくなります。私自身、過去にこの世に出た自分(通常前世と呼ばれる)が姿を見せる。そしておそらく人としてこの世に降りたことなど一度も無いであろう高次元霊界の自分たる存在。その確認も出来ました。自分の魂ですら、住む霊界次元界が違う魂が在るなのです。
私自身は霊界を見聞して来て、大本教霊界物語に書かれている事象の多くが確認出来ました。だがスピリチュアルと称する方達が語る低次元霊世界も在るなのです。
人は死後に神社の神霊の段階に進むことは出来る
日本神道の正守護神とは、神社の御神霊クラス
日本の神社に御神霊として鎮まる段階の神々からは、万物の創造神と呼ばれる存在の神が語られない不思議があります。それは大本教から世に出された日本書紀では宇宙創造神とされる国常立尊は、今は退いていることから漢字の【艮】に秘められていますが、その存在はおられないでなくて各自の魂の【核】として人類を見守っておられたがあります。その働きは各自の魂に良心神として働き、この世の閻魔(良心)として善と悪とに立て別けておられる
その人の魂に内在している良心神を何一つ言わずに、何をしても神の愛で赦されますと言っているスピリチュアルだとその魂の核が消えているがあります。いくら霊は見えても死後に墜ちて行先は主に蛇霊界です。その蛇霊界において、神としての力を発揮するです。
スピリチュアルで説く【ソウルメイト】とは、肉体を持った自分たる【魂】が住む霊世界での【友・共】たる魂達の意味で有り、魂にとってはこの世は修学の場で、この世での修学を終えたならば自分が住む元の魂の世界に戻らなければなりません。その元の世界に戻るだけの論理がソウルメイトの存在となります。
この世に降りるは諸刃の剣で、間違えると地獄に墜ちる
そんな危険を犯してまで、何故に魂はこの世に降りた?
それを理解するには、スピリチュアル界の一部では語られる自分という存在は【多次元世界】に存在しているとする事柄なのです。今の世に居る自分とは三次元世界に存在している自分であって、死ねば誰でも四次元界に行けますが、俗に言われる神霊や神霊段階の仏霊の世界では無いなのです。
その高次元界に住む自分を新日本神道系の教団では【正守護神】と呼び、その正守護神と自分が合一することを【神人合一】と呼んで来たなのです。その神人合一を起こす段階が通常【五次元界】と言われており、その五次元界に以上に住む自分とは男性であれば【衣冠束帯】姿。女性であれば【十二単衣】姿で視認されて、神上がり状態と言われるのです。その自分とは神人合一状態に入れば【視認】されるのです。
神社に鎮座する神霊の多くは、過去は人たる身を有した
私は神社に鎮まる神霊を見て、過去は人で有った身の果てよと言ったりします。そこに人はこの世の生き方次第で神とも成れるがあります。仏教では人は死ねば【仏様】。日本神道系の宗教団体では人は死ねば【神様】として取り扱いますが、そうした神仏ではなくて霊界で神様とか天人と呼ばれる段階に進むことです。人はこの世を去れば誰でも【四次元霊界】ですが、最低線として【五次元霊界】以上に住む霊を【天人】等と言っているなのです。
新日本神道系は【神人合一】を説くが、スピは語らない
私は神霊世界の修業を伏見稲荷山神界でお世話になりましたが、伏見稲荷大社首座神とされる豊受姫の御代を勤めておられた最初の師匠は、豊受姫の御代を勤めることで死後の世界では豊受姫一門たる神霊に神上がりをして、どこかの稲荷神社の御神霊として赴任することが約束されていました。実はこうしたことは行者筋ならば知っている話なのです。
ただそれらは大本教から出された副守護神、正守護神、本守護神等の論理を学ばないとスピリチュアルに語られるドングリの背比べたるソウルメイトの世界からは一歩も抜けられないとなります。
人は何故にこの世に降りて来た?。上の世界に行く為!
スピリチュアル標榜者の言うことを聞いていると、この世は遊ぶところです。そこには自分の魂を磨くの主たる目的が説かれません。自分がこの世に出て来る前に住んで居た霊界での仲間達はソウルメイトですが、その世界に戻るのであれば何もこの世に出て来る意味が無いなのです。それだけだと霊界から単にこの世に降りて来て【遊んだ】で終わるのです。
この世に出るということは、魂が住む霊界はいくら長く居ても魂の地位(格)を上げられる場所すら在りません。それが霊界では昔、昔の姿をした霊達に御目にかかるです。霊はこの世に降り立った時代の姿を取るからです。今の世の人の姿はこうだからと、今の流行の服に合わせていないなのです。ですから縄文時代の姿をした霊や飛鳥や天平や奈良時代の姿をした霊も出て来るなのです。逆に今の人の姿に近い霊界とは地獄界なのです。地獄界とは別に鬼が出て来て苛む世界では無く、心の平安が得られない世界で近代世界の形態は地獄界により近い形態なのです。
私は子供の頃に臨んでいた旧約聖書の神と称する声から、【人がこの世に降りている時間とは魂の時間からすると修学旅行に出たような僅かな時間に過ぎない。その僅かな修学の時間を物見遊山で終わらせて、元の世界に戻って来るのか!。それともその短い修学先で何を学んだかで大きく変わる。】と告げられました。その魂の修学先たるこの世とは、大本教の出口王仁三郎聖師は【天人の苗床】と呼ばれた様に、その学びにおいて七次元霊界位までは進めるのです。
大本教や日月神示の岡本天明師から出されたみろくの【五六七】は次元界も意味させ、今の世からみろくの世に進む人達の中には【七次元界】位まで進める魂もあるなのです。
魂がこの世に降りるは、この世では七次元位まで進める
だがスピリチュアルに走ると、元の次元界に戻るだけ
それはスピリチュアルで言う【ソウルメイト】達は、その魂が住む世界から、上の世界に向上する気がまったく無い。元の世界が良いと思っているなのです。それは地獄界に墜ちた霊達も、住めば都でその世界から脱出しようとしない。為に幾度この世に出されても悪業が止まらない。それと同様のことなのです。いくら地獄界の刑期を終えてこの世に出して貰っても、自分自身に向上する気が何も起きないのであれば、上の霊世界に進む努力をしないなのです。 悔い改めるもしないなのです。
魂が自分の霊界次元を上げるには、自分で努力が必要
スピリチュアルのこの世は遊ぶ処は、チャンスを失う
自分は何の為にこの世に降りて来た?。そうした【思考】をするだけで、自分は誰だろう?。となります。より高い霊界の存在を学ぼうとなるのです。
お釈迦様は人は何故に死ぬのだろうか?。何故に生まれるのだろうか?。誰も不思議と思わなかった事柄に目を向けて、仏教と呼ばれる教えを開かれた。そして全ては【縁から起きるの必定の縁起】に辿り着かれて、菩提樹の下で【悪魔は実体を持たない表れであり、人には良心と呼ばれる神が内在している。】の悟りを開かれた。
悪魔にも愛はあるが、悪魔に存在しない物は何か?
だが霊界にはお釈迦様の悟りを一乗として解らないようにしてしまう勢力もあり、それが五十六億七千万後に現れる弥勒菩薩とした事柄を大本教神諭は【九つ花に咲く一輪の言霊の経緯(秘密)】で紐解かせてしまう日本の言葉での仕組みをした神が在るなのです。それは魂の総親神でもあるので【鬼と云う】で牛頭虎パンツの仕組みもなされたなのです。
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