私は子供の頃は旧約聖書の神と称する声が臨んでいました。その声は私に【この世は魂の修学の場であり、魂の世界の時間からすると人の一生とは修学旅行に出た様な短い時間にしか過ぎない。その僅かな時間で[刹那心]に溺れると、自分の魂を腐らせる。】と教えられました。
最近、同性同士の【同棲】を法的に異性との結婚と同じ待遇にすることが、まるで正しいような論議が起きて来ています。しかもそれに反対する人達が間違っているような論議です。小数の者の意見を大切にすることが正しいとする誤った感覚です。
確かに物事は多数派の意見が絶対に正しくて、小数派の意見が間違っているではありません。ただそこには人間は何から生み出されたのか?。その大本、根元の意味が解っていないといけないのです。その大本、根元たる存在から言うと、人類は神の世界の掟から遊離をしだしたなのです。そこには人(霊止)はやがては神と成る存在で、この世で魂の修業を積んでいることの見落しです。
心(魂)の性と肉体の性が違う?。魂と肉体は本来は別物
肉体の性に違和感が起きるのは、魂には前世が存在する
神霊の世界から見た時、肉体が同性の者同士が一緒に暮らすことは単に【同棲】であり。そこに何の問題もありません。それは神が言われる異性との【結魂】には当たらないからです。そこには同性同士の同棲には、異性との結婚と同じ権利を求めてはいけないがあります。
結婚とは、陰陽の魂の結びで新たな【命】を生み出す
新たな命を生まない同性の同棲は、神が許さざる結魂
私は修業時代【豊受姫】から、結婚とは【子宮を持つ女】と【子宮を持たない男】の組合せだと告げられましたが、男同士とか女同士の組合せは神の世界は結婚とは認めないなのです。そこには【子宮】の言葉があったなのです。それを人間の理論で同性同士の結婚を異性との結婚と同じと認めると、神の世界の掟から離れるとなります。
人類は万物の創造神の怒りを買う道へと進みだした
神霊世界における陰陽の組合せによる神と神の結婚!。それを語っている霊界書。宗教書は存在します。神霊世界においての神々の結婚は、陽魂が陰魂を飲み込む形の結合魂。その時にエクスタシー(肉体を超越した魂の恍惚)が発生します。それが肉体世界では【陽の性器と陰の性器の結び】において発生するとなります。私はセックスの性器が【心が生きる器】となっていることを不思議と思っていましたが、そこに重大な意味が秘められていることを知りました。
セックスの【性】は、何故に【生きる心】なのか?
この世には、この世に住む者達が創ったこの世のルールとしての【自治権】は存在します。言うなれば島流しに遭った者達がその島流しの世界で生きるが為の住む人間のルールです。だがこの世に住む人達が創った人としてのルールは、神が定めた魂の世界のルールにはならないのです。何故ならばこの世とは魂が天人(神)と成る為の修業の場で、スピリチュアルが説く何をしても許される世界では無いからです。
結婚とは、異なった魂の結びで新たな【命】を生む
この日本においてスピリチュアル界の大御所と自認されている霊能者江原啓之さんとその師匠と言われている三輪明宏さんは【魂は中性】式の発言をなされていますが、神様と呼ばれている神霊を見た時、同一の神が男で世に出て来たり女で世に出て来たりと【性を変える】は神霊の御代をされた方達は誰も見ていないはずなのです。そこには魂には元々【陰陽】があるからです。
神の世界の結婚とは、火(か)と水(み)の結魂で有り
人間界の同性同士の結婚を認めろは、神に対しての冒涜
大本教と呼ばれる宗教が出たことで【人は霊(ひ)止(と)】であると解って来ました。【この世は天人の苗床】。人の魂は天人と成るまで【輪廻転生】の中にあると、日本語は言葉の仕組みで解るようになっていました。
しかし【この世は天人と成る為の苗床】説とは真逆のこの世は魂の刑務所説もあります。この世に人として降りて来るのは天人としての資格を未だ貰えていない【未熟な魂】の者達。カルマを残している為にその借銭の払いが未だ残っている者達。人は自己の魂を穢していることで、魂の【更生の為に後世の世に甦(更生)る。】をしているなのです。それは一種の【刑】であることから、人は神の姿の人形(ひとがた)でもあるのです。
鳥居の开の【刑】や【形】。そして【型】の演技
ただこうした日本語による言葉の意味は、私は鍾馗神の案内で中国で創造神とも天子ともされている【盤古大神】に拝謁し、その盤古大神が何者かを知りたくて読んだ大本教霊界物語にその盤古大神から日本の国祖大神国常立尊様に神政奉還の文面があり、出口王仁三郎聖師と思われる霊が私の家の浴室の前に【漢字】と書かれた浴衣姿で出て来られたことから、この日本語の言葉の仕組みの解読には中国の【漢字】が必要だと解って来たであって、単に物事の表面しか見ない人には受け入れられないでしょう。
私にしても幼い子供の時、旧約聖書の神と称する声から【この国(日本)は私の教えが満ち溢れた世界で唯一つの国で有り。そなたはこの日本でこの神の仕組みを学びなさい。】の命令を受けていなければ、大本教神諭に書かれた日本人の魂は世界の人民の魂より上の魂で、言葉もそうであるぞよがなければ解らないことでした。
性同一障害は魂には前世があることを証明する事柄であり、この世に降りて来る魂は基本として一つの肉体に一つの魂なのですが、その一つの肉体に複数の魂が宿っているがあります。何故にそのようなことが起きるのかとなった時、そこに【神罰】と呼ばれる事柄があります。神が神罰として、一つの肉体に複数の魂を閉じ込めてしまうです。その神とは神社や仏閣に鎮まる霊では無く、もっと上の世界の神と言えます。神社に鎮まる御神霊ではそれを解除することも出来ないからです。
個々の魂は、この世での命を終えるまでその肉体から自分の力で脱却は出来ないのです。自分が意図しなかった肉体に生きなければならないのです。本当の神とは、神社や仏閣に鎮まるではないのです。万物の命を生み出した存在です。この世の神社や仏閣に鎮まる神霊とは、この世に人として出た過去を持つ霊が多いなのです。この宇宙は別に伊勢神宮に鎮まる神が創った物では無いのです。
稀に神罰として、一つの肉体に複数の魂が宿るがある
霊学の世界では性同一障害は神罰から起きるとする説が有力でした。男の心を持った魂が女の肉体を自分が選ぶか?。女の心を持った魂が男の肉体を選ぶか?。そこに一つの肉体に複数の魂が宿る事柄は神罰からだと解って来ますと、心の性と肉体の性を異にするのも神罰の一種と解って来ます。そこに人には誰しも前世があるともなります。
かって著名な占い師としてその名を馳せた細木数子さんは、日本における性転換手術の一号者として知られるカルーセル麻紀さんが性転換手術を受けようとされていた時、そんな手術を受ければ地獄に墜ちると言っておられましたが、そこには神罰と呼ばれることがあるなのです。今生を我慢すれば、次に出て来る世では本来の性に戻して貰える。そこにはこの世はどういう世界で在るかの認識が必要なのです。
が、その我慢が出来ずに【刹那心】に溺れて自分の魂を殺すに走るです。刹那心に溺れることは恐ろしいのです。そこに刹那の【刹】と【殺(ころす)】の【殺】は同類の漢字が入って来るなのです。
人はこの世に降りて来て自由にならない背景にカルマ
この世は天人の苗床として創られた世界ですが、もう天人世界に上がれる人の数は減り。この世は人が神として成長する目的を完全に失いつつあります。
今はこの世と霊界でも【中有界】と呼ばれる霊世界との往復で、人類は創造神とは【遊離状態】と言えます。
創造神が姿を隠してまで、この世を残す意義は失われた
大本教から創造神は【引退状態】にあることから【艮(ウシトラ)金神】の名で地上神界の主宰神の座に復帰の予告がなされました。
しかし創造神と呼ばれる神がどこにも見当たらないことから、巷には自分が創造神だと称する神霊も現れるです。それにしてはそうした神霊の霊力はあまりにも弱く。それでそれらはニセ神と判断が出来るのですが、為に世に出ている神々や人類は創造神と呼ばれる神の力を【甘く】考えてしまっています。
私が子供の頃は旧約聖書の神と称する声が臨んでいて、私は人としての【心の持ち方】に関して教えを受けていました。
子供で在った私が受けたのは、心と呼ばれる存在
私が神と呼ばれている存在に対して幼い頃から持つ感覚は、死後の世界で自分が安心して暮らせる地位を貰える【安心立命】ではありません。私は自分が犯した罪は自分が支払う。それは絶対原理として、旧約聖書の神と名乗る存在から教えられずとも知っていました。神を信じるから自分は免罪符を受けるではありません。で、自分の罪で自分が地獄に落とされるならば、その命に従って地獄に行きます。
そして自分は稲荷神界で修業の世話になったことから体験した事柄として、この世で神信仰することで受ける【現世御利益】信仰もしていません。神社や仏閣に参拝すると、そこに鎮座される御神霊には御苦労様ですと感謝の意を述べますが願い事はしません。私はこの世は自分の魂を磨く場所と心得ており、何が本当なのか?。ただ【真理】を知りたかったと言えます。
私は神霊界修行の中で、ヒンズー教の奥義書ヴェーダ典に記載されているとされる【人の中に眠るコブラ(眼鏡)蛇が目覚めて走り上がる時、その人は真理に目覚める。】を自分が霊的体験をして、その時にお釈迦様は真理に到達されたがイエスは真理には到達しなかったの意識が働き、お釈迦様の教えとイエスの教えの違いに【真理】が隠れていると、その両者の教えの差に目を向けたと言えます。
だが自分が神霊世界に関わって解ったことは、神々の世界とは誰も【真理】など求めてはいない。そこにあるのは【真理】を求めるのでは無く。勝てば官軍。負ければ賊軍で、真理よりも霊力の示しだけ。霊界の覇権を握った神が絶対式論理なのです。
霊界は、神霊と呼ばれる存在でも完全に説明が出来ない
その中でどれほど真実に迫れるのか!。未知(道)を学ぶ
私が住む綾部という町は大本教と呼ばれる宗教が発祥した町で、その大本教から日本における世紀の大予言者と呼ばれた出口王仁三郎聖師が出られました。大正時代に今の様なスマホの時代の予言すらしたです。私はその出口王仁三郎聖師と思われる霊に三度出合い、その中で【漢字】の仕組みを示唆されたと言えます。実際に神霊世界に関わると【金文字】と呼ばれる光の漢字が出て来るです。それは漢字が【象形文字】であることから起きます。別にそこにはミミズがのたうち回ったような文字の必要はないのです。
漢字は象形文字で、象形は形で【感じ】を捉えれば良い
その大本教の大本教神諭には【この神は病気治しの神では無く、心の立替え立直しの神】とあります。それまでの神とは、自分を神と信仰する者には天国に案内すると言う【安心立命】や、今の世を生きるにあたっての【現世御利益】を授けるが主体で、その現世御利益の中に【病気治し】が入っていました。そして病気治しをする神が宗教の世界で力を持ったなのです。
日本で病気治し力を発揮する存在は黒龍神等と呼ばれる
龍神の存在を認識しないで、神の世界を語るのは難しい
巷の霊能者で自分が創造神です。自分が救世主です。そうしたことを言われる方達はそれなりにおられます。そのどなたもスピリチュアル標榜者では持たない霊力を保持しておられ、それなりの奇蹟力の示しもあります。その奇蹟力が強いと病気治しが出来て大教団になります。
しかしそこに大教団だからと言って、霊界の【真理】が語れないがあるのです。
明治25年に丹波の片田舎の綾部町で発祥した大本教の神諭に【ユダヤの悪鬼がこの世を泥海にする仕組み。】があります。この泥海とは霊的な【ヘドロ(泥土)の海】と言えます。一部の霊能力者の人達がその霊的ヘドロの海の浄化に従事されていましたが、あまりにも少数派で焼け石に水と言えます。霊的には霊界のヘドロ(泥土)化はどんどん悪化するのみです。
霊界のヘドロの浄化に働いても、誰も一銭の金もくれない
その代価の払いは創造神、が誰もその存在を見掛けない
大多数のスピリチュアル標榜の人達はこの世は遊ぶ処です。何をしても神の愛で赦されるのです。あるがままでいいのです。そうした発信をされています。そしてスピリチュアルは金儲けになりますよです。セミナーに大金を払っても、直ぐに取り戻せますよです。スピリチュアルでは、ほとんどの方が霊的世界の汚れの無償清掃を説いておられません。されている方は一部の方でしょう。
神社に参拝して祝詞の祓戸(はらえど)の大神とされる瀬織津比咩(せおりつひめ)、速開都比咩(はやあきつひめ)、気吹戸主(いぶきどぬし)、速佐須良比咩(はやさすらひめ)と唱えたからと言って、ヘドロと化している霊界の海は何の解消も出来ないのです。
天理教と呼ばれる宗教が起きた時、そこに【泥海古記(どろうみこうき)】と呼ばれる物が出されました。それだけを見ているとその内容は珍説程度にしか思えません。それをもって天理教は邪教だと主張される方も世にあります。まして泥鰌が出て来て今日は!では、この世しか見ていない人にはおかしな宗教だと思えますが、日本語の【泥鰌と土壌】の言葉が連動している事柄が見えていないなのです。天理教も大本教と同様に日本語による言葉の変換がなされているのです。
私も最初、天理教の泥鰌が出て来て今日は式の内容に驚きましたが、宇宙の初発のヘドロの様な状態を凝り固めたのは創造に関わった神達なのです。その時、世に言う神々はどの様な姿であったか?。
霊的世界を語るならば、鰻(慢心)や鯰(念)を知る
何故に泥鰌の【鰌】に、【尊を意味する酋】がある?
大本教神諭のユダヤの悪鬼がこの世を泥海にする仕組み。霊世界の【ヘドロの海】の存在を確認すると、大本教神諭と天理教のお筆先には何か関連があると解って来ます。
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