人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

神も時節には敵わない。何故に創造神とされる神は【退いた】のか?。大本教から出された綾部は神の聖都と約三十五万年前に御引退?。

 丹波の片田舎の綾部で発祥した大本教から、鬼門の艮(ウシトラ)金神は日本書紀に創造神と記載される【国常立尊】様で、裏鬼門の坤(ヒツジサル)金神はその表鬼門の妻神【豊国姫(豊雲野大神)】とするが出されました。

 その豊雲野尊や豊国姫は日本の神典を調べても、よく解らないと言えるでしょう。そもそもどこの神社に豊雲野尊や豊国姫が祭られているかとなるのです。記紀神話に名がある豊雲野尊は別としても豊国姫となると解らないとなります。そうした祭られた神社が無いと、その内容が事実かどうかを差し置いても、その神と呼ばれている存在の由緒的なことも解らないなのです。

 

 聖書は【父なる神】を説きますが、【母なる神】の存在を語っていません。仏教においてはお釈迦様はこの世は【無から有を生じた】と説いておられます。科学的には無から有は絶対に生じません。されど霊界に存在するこの宇宙の初発の映像を見る限り、無から有を生じたとなるのです。その無から有を生じる霊界の映像を見ていると、そこに【母なる神】の存在が出て来ます。その霊界映像を見る限り母なる神は【豊雲野尊】の神名が相応しいのです。

 肉体を持ったお釈迦様には母親が居て、肉体のイエスにもマリアと呼ばれる母が居た。母体と呼ばれる存在を抜きして、誰も誕生して来ない。

 日本の記紀神話を見る限り、豊雲野尊の名は有っても性別的なことまでは書かれていません。その豊雲野尊を母なる神の存在として打出したのが大本教と言えます。その大本教の出口王仁三郎聖師は【国常立尊】の絵姿のみならず【豊雲野尊】の絵姿も出されました。

 

 私達日本人はそうした父なる神、母なる神の存在として記紀神話で語られる【神世七代】目の伊弉諾(イザナギ)尊を父なる神と見做し、伊弉冉(イザナミ)尊を母なる神と見做して来ました。そしてそこに【国生み】神話が存在して来ます。

 霊能力者であれば、この伊弉諾・伊弉冉と名乗っておられる御神霊と出合うは起きます。私も多賀大社に伊弉諾尊として祭られている御神霊から命じられて参拝したがあります。しかし私達日本人が知る伊弉諾尊、伊弉冉尊だと西洋で語る父なる神とは何かスケール感が違うと感じます。日本神話の国生み神話だと、霊世界で見られる宇宙創世映像のスケール感が出て来ないのです。

 

 

 私が多賀大社に参拝を命じられて見させられた物は

 

 

 この日本とユダヤの関係は今の時代では無く、大本教霊界物語に既述される時代に在るなのです。

 

 私は神霊界修業を稲荷神界にお世話になった関係で、豊受姫の分魂を保有されている何人かの女性を知ることが出来ました。その方達はこの宇宙が創世される霊映像を見ておられ、その内容は大本教霊界物語で説明されている内容とほぼ同じがあります。その霊界の映像を見ると聖書で語る創造神が何々あれと言葉を出されたら万物が出来たは意味が違うと解ります。それを理解するには【言霊】とは何かを理解する必要があるのです。

 すると豊受姫の分魂を貰っておられる方達の魂は、必ずしもイエスよりも魂の段階が低いとは考えられなくなります。それは豊受姫は神霊界でどのような存在なのか?。日本人ですらよく理解出来ていないとなります。日本人の多くが知る豊受姫とは、伊勢神宮の天照皇大御神の御食津(みつけ)神扱いです。しかしそれは伊勢神宮に鎮座している神霊は豊受姫が居ないと食事もままならないの意を持っているなのです。

 

豊受姫は神界で、イエスより格下か?。格上か?

 

豊受姫は金星経由で地球に下り立った神霊説がある

 

 俗に救世主は金星経由とする説もあります。すると西洋のイエスは金星経由で救世主だったとする説に対して、豊受姫も救世主かとなります。そして日本で豊受姫とされている存在は、西洋の神話で考えると【アフロディーテ】に当たるのではないかと考えられるのです。

 

豊受姫は西洋でアフロディーテ?。の疑いが生じる

 

 私の神霊界修業は伊勢外宮の神で有り、伏見稲荷大社を総本社とする稲荷神界の首座神豊受姫の庇護の元で積んで来ました。その伏見稲荷山の下ノ社に行くと、そこでは【豊受姫】と記載された旗竿と【白菊姫】と書かれた旗竿が並んでいることに気付かれると思います。

 

伏見稲荷山三之峰下之社は豊受姫を奉る神蹟

 

その旗竿の多くは豊受姫でなく【白菊姫】になっている

 

 

 

 伏見稲荷山三之峰下ノ社の神蹟の御祭神は豊受姫とされていますが、そこに並ぶ旗竿は豊受姫と書かれている物よりも【白菊姫】と書かれた旗竿が多いのです。またその周囲にあるお塚群に彫られた神名も豊受姫と彫られたお塚よりも白菊姫と彫られたお塚が多いなのです。その理由を伏見稲荷大社に聞いても、神主は民間信仰で豊受姫は白菊姫とも成っているで、どうして民間信仰では【豊受姫】を【白菊姫】と呼称しているのか?。その理由を知っていないとなります。

 私が当時お世話になった方は伏見稲荷大社講務本庁の婦人部長で豊受姫の御台さんでしたが、豊受姫と白菊姫の関係は白菊姫を【若豊受】と呼ぶでした。その師匠の元は離れた後に豊受姫の分魂を所持している方達を通して、豊受姫と白菊姫の違いのみならず稲荷神界に隠された秘密を知ることになって来ました。

 私は霊界修業の最初の頃は、豊受姫と白菊姫を拝見してその姿には違いがあり。どっしりとした姿で出て来られる豊受姫に対して若々しい姿の豊受姫。単純に【若豊受】姫と考えておりましたが、そうではなかったなのです。そこには神界そのものが神世七代から【神世八代】に進む意味が秘められているのです。

 何故稲荷神界は【狐霊】を眷族として使い。稲荷は【稲成り】になっているかです。

 

 私の元にある自称救世主を称される方から、その方が伏見稲荷山の長者社に参拝したところ、長者社の御祭神の御劔(みつるぎ)大神から七本あるとされている神刀の一本を授けられて、自分が救世主であると認められたと言って来られましたので、あゝ。この方は御劔大神様にからかわれてしまわれたなと思って、ならば三ノ峰の豊受姫の神蹟はどうして【白菊姫】の旗竿が並んでいるのかを説明しなさいと返したところ、返答はありませんでした。

 私からすれば、そんなことを知らない者を御劔大神が救世主だと認定されることなどないからです。少し玩んで(もてあそんで)やれなのです。

 確かにその方は自称救世主と名乗るだけあって、それなりの霊力は保持されています。その霊力はスピリチュアル標榜者の比ではありません。しかし自分が救世主ですと名乗りを上げるほどの玉(魂)の持主では無い。身の程知らずと言えます。為に伏見稲荷山の長者社の御祭神である御劔(みつるぎ)大神にからかわれて、霊剣と言えどもなまくらの神剣を貰ったなのです。

 

神霊は事実を告げるでなく、嘘でその者の力量を推し量る

 

嘘の言葉に踊っていたいならば、永遠に踊っていなさい

 

 私は伏見稲荷山で四年間ほど修業を積み、言霊の世界に転じました。その言霊の世界において審神(サニワ)の重要性を学んだのですが、審神(サニワ)とは神霊が出す言葉は絶対的な言葉だと疑わ無いではなく、逆にその神霊の言葉は嘘ではないか。事実なのかをどうかを調べるなのです。逆の発想が必要なのです。為におかしい思うと、そこを突っ込むなのです。

 

審神(サニワ)は、神霊が出す言葉は正しいでは臨まない

 

 私は子供の頃は旧約聖書の神と称する声を聞いておりましたが、豊受姫を通じて私の背後の御神霊は【国常立尊】様と呼ばれる存在と告げられました。その豊受姫は私に【綾部は神の都】と告げられたのです。既に大本教からは【綾部は神の聖都】だと出されてはいます。

 私は肉体の父親が死ぬ少し前までは大本教のみろく殿の門を正面とする道筋の借家に住み。その付近は大本教の神職の方達の家々で当時の私の幼馴染は大本教の神職の子供さんが多かったのです。私は父親が死ぬ少し前までは綾部の大本教神苑の中を遊び回っていました。そうしたこともあって、私に臨んでいる声は旧約聖書の神と称していても大本教の神様だろうか?。そうした想いを持っていました。

 

 大本教によれば綾部の大本教境内にある本宮山は、素戔嗚尊が母親で有る【豊国姫】を葬った場所であり、豊受姫が宇宙からこの地球に降臨された場所が大本教が所有するその本宮山としました。私の神霊界修業の世話をして下さった豊受姫は、私に綾部に帰りたいと泣かれ、豊受姫が宇宙の彼方(シリウス星と推察される)からこの地球に降り立ったのは綾部の本宮山との映像を見せられたのです。もしそれが事実であれば、大本教の話もあながちでたらめとは言えません。

 その本宮山の麓を流れる由良川は現在は堤防が造られて昔の面影はありませんが、私が子供の頃はその対岸は河原で松林でした。大本教ではその松林に架けた天津羽衣を取られたのが豊受姫にまつわる羽衣伝説で、俗に豊受姫伝説として伝わる峰山の比治山に降り立たれたのは豊受姫ではなく、豊国姫の方であったとしたです。そこに初めて豊国姫と豊受姫と呼ばれる二つの神の存在とその違いが世に出されたなのです。

 

大本教から出された謎は、素戔嗚尊は豊国姫の御子

 

 だが豊受姫が綾部の大本教が聖地とする本宮山に降臨された神であったとしても、それをもって【綾部は神の聖都】とするのは行過ぎと言えます。ところがその豊受姫は、私に信じられないような言葉を告げられたなのです。

 

綾部は万物の創造神が天降る場所で【神の聖都】

 

 この万物の創造神とは国常立尊様のことではなく、更なる上の神。大本教から出された【天之峰火夫皇大御神】と呼ばれる存在が地上界に降臨される場所が綾部と告げられたなのです。

 大本教は【綾部は神の聖都】と宣伝しました。だが大本教を訪れた霊能者の方達は綾部の大本教神殿を訪ねても、どこにも創造神と呼ばれる神の姿が見当たらないと言われます。創造神と呼ばれる神がどこにも見当たらないのに、【神の聖都】とは?。となります。大本教は予告の為に綾部で発祥したなのです。

 

 この日本には西洋のキリスト教やイスラム教では考えられない【狐霊】信仰が存在します。日本のキリスト教のある牧師は、【日本人は紙に書いた文字を神として拝んでいる。私達は創造神の一人御子で有るイエスを神として拝んでいる。】と日本人で有りながら、この日本の神をバカにした発言が見られます。聖書に【初めに言葉は神と共に在った】と記載されていても、言葉と文字と紙の関係がまったく理解出来ていない自分の愚かさに気付いていないなのです。

 

日本語は言葉と文字と紙で、示し申す神が理解出来る

 

 大本教からは国常立尊は【三十五万年前に御引退】という謎めいた内容が出されました。今の人類は遺伝子調査では今から約20万年前に誕生した種とされており、そんな三十五万年前に何があったのか解る術は存在しません。その意味で大本教から出されたのは【霊界物語】であり、そこには霊的世界とこの世と呼ばれる世界の違いがあるとなります。

 私は何名かの霊能者から、その【三十五万年前】とされる時代の神界の中心地が綾部に在ったと聞かされました。大本教神諭に【神も時節には敵わない】が出されましたが、その時節とは三十五万年と言う途方も無い話を秘めているなのです。

 

神も時節には敵わないの時節は【三十五万年間】

 

 国常立尊と呼ばれる神が三十五万年の時を時を経過して、地上神界の主宰神の座に復帰される。それは神界時間の【四十年間】で、この世の時間に換算すると約【三十五万年】となります。その四十年間が経過した【四十一】年目が重大な時なのです。

 モーゼは【四十】年間荒野をさ迷い。イエスも【四十】日間荒野をさ迷った。それらはその【型】の演技であり、正しくは神界時間で【四十】年間。大本教の出口王仁三郎聖師が言われた最大の予言とされるのは【みのか尾張の国から現れる誠の女子・・・・】でみのおわりから出て【神の高山】の頂上神と成るのが【国道四十一号線】で41の数字。

 

大本教神諭の【九つ花に咲く一輪の言霊の経綸】は

 

五十六億七千万の【みろく】のみならず、空前の仕組み

 

 

 その神界時間の1年間は顕界(この世)で約8765年間。それが大本教から出された【神も時節に敵わない。時節が参りたならば叶う】となっているなのです。そうしたことを全て踏まえておられたのが【豊受姫】と言えるのです。

 

 私は豊受姫の命令で何も知らずに現在地に住みました。その時に豊受姫から【この神業は肉体を持たない神には出来ない。肉体を持っているそなただけが出来る神業ぞ。】と告げられましたが、そこには【三十五万年前】と言う今の世に出ておられる神々には解らない出来事があったなのです。

 

 

精神世界

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村

この内容がよければ、応援のクリックをお願いします。

このブログの人気記事ランキング

JUGEMおすすめブログ

S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031
<< May 2025 >>