人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

死後の世界の存在を信じる信じないは自由だが、死後に地縛霊と成って人に懸かって救いを求めない。トラウマを持ってはいけない。

 俗に【幽霊】と呼ばれる存在は世界各国で語られます。それは世界の宗教界で主に説かれる【我が宗派の教えを信じる者は天国界で、異教徒は地獄に堕ちる。】で語られる異教徒の姿ではありません。世界の宗教の教え云々以前の事柄だからです。

 幽霊と呼ばれる存在は人の構造が【肉体・幽体・魂】の三位一体から成り立っている関係で、この世を去るとは三次元世界に即した肉体から離れて四次元界に進む幽体(霊体)の姿が世に見られているに過ぎないなのです。それを語るには【次元】と呼ばれる分野の知識を必要とします。この霊的次元界の存在は今の科学がどれほど発展しようが明らかにすることは不可能でしょう。

 人は霊長類と呼ばれる様に霊的存在ですが、この世では肉体を貰って霊的防御をしています。霊的世界が多様なのは、肉体を持たない霊体は霊的防御として一種のバリアーで防御された世界に存在するからです。しかしそうしたことは古来の宗教では語られて来なかったがあります。古来の宗教とはシャーマン的な要素から発しており、霊界の真相が突き止められたではないのです。

 仏教の開祖であるお釈迦様は、人は何故に生まれるのだろうか?。死ぬのだろうか?。そうした疑問から前人未到と呼ばれたバラモンの荒行に臨まれたがあります。しかしそうした荒行では悟りは得られずに菩提樹の下の【瞑想】で悟りを得られたとされています。今日ではその悟りとは【仏は慈悲】的な伝わり方がされているなのです。

 

 お釈迦様の悟りとはお釈迦様の入滅後、500年間か又は1000年間だけはその教えは正しく保たれて【正法(しょうほう)】と呼ばれるが、その後の像法と呼ばれる時期に入るとその悟りの教えは解らなくなるです。形だけの出家はありますが、悟りを得る者は無しとされる時代です。

 この像法の時代が大乗仏教と呼ばれる事柄の起こりで、お釈迦様の最初の教えは一乗と呼ばれて【自分だけ助かればそれで良いのかの小さな教えだとして捨て去られた】です。その自分だけ助かればそれで良いのかの批判を受けた一乗が如何なる教えで在ったのかがよく良からないのです。

 その大乗の教えに合わせて世に出て来られたのが大乗仏教における如来・菩薩・明王と呼ばれる諸仏達で、その存在は霊能力者ならば確認が出来ます。が、これらの諸仏にお釈迦様の最初の悟りを尋ねても御存知無いにぶつかるわけです。それが何をもってお釈迦様の悟りは小さな教えとされたのか?。

 

大乗仏教の諸仏は、お釈迦様の悟りが解っていない?

 

 いったいお釈迦様は何を悟られたか?。なのですが、それはお釈迦様の入滅後56億7千万年経過して現われる【みろく菩薩】によって明らかにされるとされて来たわけです。

 ところが日本神道である大本教からそのみろく菩薩を【みろく大神】とし、56億7千万を【567】として世紀の大予言者と言える出口王仁三郎聖師をもって、鬼門のウシトラ金神と呼ぶ名称の元に一種の【神芝居】が演じられました。問題はその【ウシトラ】が何を意味していたのか?。なのです。

 大本教が出したウシトラは、同じ綾部で藩主であった九鬼神道家に残された宇宙の元津神を【宇志採羅根真】として出された宇宙創造神の立場の神です。

 

ウシトラとは宇宙創造神【宇志採羅根真】で鬼と違う

 

 方や鬼と云う意味を秘めた【艮】金神に対して、宇宙の元津神の意味を秘めた【宇志採羅根真】。それが同じ綾部と呼ばれる土地に現れた!。そこに神界で機密にされる事柄があるなのです。

 

魂は【鬼と云】。牛頭虎パンツの牛虎?。今は退くの艮

 

 この問題は、朝鮮に残されていた最後の審判前、【救世の為に米一字の教えが起きる。その米一字の教えに従った者達の上には天罰は降りないが、そうでなかった者達の上には天罰が降りる。】とありました。その米一字を紐解くと、日本語のみですがお釈迦様の悟りとみろく大神と56億7千万が連動しているという不思議な言葉の仕組みにぶつかります。さらに真理は仏教用語として【ダルマ】と言いますが、ダルマの【七転八起】とは七度転んで八で起きるという謎が秘めてあります。

 日本神道で今の世は【神世七代】。聖書では七日目は安息日。大本教の出口王仁三郎聖師は【七福神の舟遊び】。大本教の教祖は七代女子で続く等です。いずれにしても七の世は終わりが示されているのです。大本教ではその七の世の終わりは【質(七)】の世の終わりと説いたなのです。

 

今は七の世で、七の世が転んで八の世が起きるが真理

 

但しそれには大本教で演じた【龍宮の音秘め】が必要

 

 その米一字の仕組みとは、大本教神論に幾度も出て来ます【九つ花に咲く一輪の言霊の経緯(秘密)】の解読であり、その一輪の仕組みで人類は永遠に二つの世界たる【右と左】に別れるなのです。その右の世界が【永遠に嬉し嬉し】と呼ばれる世界となるなのです。

 

 しかし物事とは、自分は右の世界でも良い。左の世界でも良い。どちらの世界でも良いもあり。単純な話では無いなのです。魂はその魂の汚染度において、自分勝手な世界が良いと思ったりします。日本の霊能力者ならば霊界は【蛇霊と狐霊の神ばかり】と指摘される様に、蛇霊や狐霊と呼ばれる神々がこの世を支配しています。

 そこにスピリチュアル標榜者に見られる霊界とは【何をしても自由・好き勝手な世界】ですよとなります。それはどこにも自分勝手な行動を取り締まる神霊の姿が存在していないからです。仏教で説かれる閻魔大王とは、その羅城の門を【来世門】と言うように来世を保証する羅城の主ですが、別に悪神たる存在を取り締まっているわけでは無いのです。逆に節分の夜には羅城の門番たる邏卒の鬼達が【鬼は外】と煎り豆で打たれているなのです。

 

悪人を収監して、来世を与える閻魔庁を間違えた

 

その最たるのがキリスト教で、サタンと混同した

 

 私は自分が何者か知りたくて著名な霊能力者の方に霊査を受けに行きましたが、その時にその霊能力者から【霊界に創造神が存在していなければシステムとしておかしい。しかしその創造神たる神の姿も痕跡も見当たらない。】と告げられましたが、そうした霊界のどこを探しても創造神たる神の姿が見当たらないという多くの諸霊の言葉を聞いて来ました。そこに自分が創造神ですと名乗る霊能者の排出の因もあります。

 その時に私が霊査を受けた著名な霊能者の方は、日本心霊協会の創設者であった浅野和三郎師の一番弟子の方でした。浅野和三郎師とは大本教在籍当時は天下の大秀才と言われ、大本教の明治五十五年の世の大立替説の旗振り役でしたが、明治五十五年に何も起きなかったことから責任問題となり大本教を離れた方です。後に日本にスピリチュアルの言葉を入れた方で、その一番弟子の方からも霊査を受けたです。

 

仏教で説かれた玉型の【思惟】の方はみろくの世で

 

何をしても好き勝手の玉型の【恣意】の方は行かない

 

 スピリチュアル標榜者の多くに見られる【神は愛だから何をしても赦されます】とか【この世は遊ぶところです】という主張は、魂を【玉恣意】と捉えているなのです。逆に【懺悔、懺悔】をして来た魂は【玉思惟】の道を行くとなります。

 スピリチュアルの神は何をしても赦されますという論理の破綻は、世に言う天変地異とか大災害が起きた時、浮かばれずに地縛霊とか不浄仏霊とか呼ばれて【幽霊】と化して現れる霊とか、霊を浄化出来る霊媒体質者に憑依して苦しい苦しいと訴える霊があることです。もしも神が愛と呼ばれる権化だとするならば、話の筋が合わないなのです。

 霊媒体質者とは単に霊が見えるスピリチュアル的なことではなく、自分を助けて欲しいと訴えて来る霊の汚れを無償で取っている霊媒質者のことで、霊能者として看板を上げるほど常に霊が見えるではないのです。スピリチュアルではスピリチュアルは金に成りますと宣伝して弟子を取るように、金を出さない霊を無償で助けるようなことはしないからです。

 

幽霊は宗教の教えでなく、世界で普遍的に語られる存在

 

幽霊は、霊能者から地縛霊や不浄仏霊と呼ばれる

 

 日本では東日本大震災が起きて多くの方が亡くなりました。そうした方達に対する供養は宗教宗派を問わずになされていますが、優秀な霊能者の方からはそうした宗教界がこぞって供養をしていても、未だに成仏していない霊の存在が告げられます。天草四郎で知られるは原城を初めとして、古戦場ではその当時の姿をした霊の存在が霊能者には確認されています。霊が成仏するというのは御経一編で片付くと言う問題ではないのです。

 スピリチュアル標榜の一部の方は自分が光を与えたら成仏した等と安易に言われる方がありますが、本人自身が納得しないと簡単に片付くではないのです。

 

 この日本で【霊学】と呼ばれる物が出て来たのは、主に大本教の二代教主補であった出口王仁三郎聖師以後となります。綾部の大本教で霊学を学んだ世界救世教の開祖岡田茂吉師。成長の家の開祖谷口雅春師。その谷口雅春師の弟子にGLAの開祖高橋信次師。白光真宏会の開祖五井昌久師等が、その大本教霊学を学ばれた系統と分類されています。そして大本教で機関誌の編集長をされていたのが日月(ひふみ)神示の岡本天明師となります。

 

霊学の分野では、人は死ぬ時の想いが重要だとします

 

 私は霊界修行の過程の中で某地方で幽霊列車として新聞の地方版で報道された列車に乗り合わせて、その幽霊と遭遇して地縛していた幽霊を成仏させて本当の霊界に送りました。また戦国時代の戦いで地縛化していた霊の救いなどをして来て、そこにこの世で死ぬ時の【トラウマ(外傷的出来事)】が重要な意味を持つと理解して来ました。

 霊能力者ならば自殺した霊が地縛霊と化しているは常識の範疇で、自殺をしたら救うのは困難に成るとするのは事実なのですが、通常言われて来たことは自殺すれば神罰を受けて成仏しないです。で、戦いなどで自決した霊は地縛霊化しているかとなると、必ずしもそうではないとなります。同じ自殺でも公の責任を取って自決した霊は違っています。すると自殺したから神の罰を受けて地縛霊と化したのか?、それとも他の要因かとなります。

 そのことに関して大本教の出口王仁三郎聖師は自分が救世主だと称して蒙古に渡った時、馬賊に捕まってあわや銃殺にされそうになった時、その同行者に銃殺される直前に目を瞑れと教えています。自分が殺される時の光景を自分の目で見るなです。それがトラウマの原因となるです。

 確かに霊的世界に関わりますと、人がこの世を去る時の光景が非常に重要な意味を持っていると解ります。自分が受けたトラウマ(外傷的出来事)によって、本当の霊界に渡る成仏が出来ないなのです。

 

死ぬ時の【恨みや怨念】は、自分が不浄仏霊と化す要因

 

 私は子供の頃に旧約聖書の神と称する声から、私はこの世の幕を引く。継ぐに永遠に嬉し嬉しの世(みろくの世)の幕を開ける。そうしたことを告げられた一人です。しかしその永遠に嬉し嬉しの世とはこの地球上では無くて、世に出ておられる神々のほとんどが知らない高次元霊界に隠された新地球であるなのです。それを説明したのが日月神示の岡本天明師による【三四五(みよいづ)】から【五六七(みろく)】となります。ただ日月神示だと、その内容が七次元界位の教えで留まるなのです。

 私は子供の頃は旧約聖書の神と称する声を聞き、長じては豊受姫や大国主命様や仏界の如来や菩薩や明王と呼ばれる方々とも関わって来ました。霊能者と呼ばれる方々からもとんでもない高次元界出身の方だと告げられて来た身です。死後は自分の正守護神と神人合一に入り神界に戻ることは解っています。

 そこに私は【人は神の子・神の宮の論理】で在り。この世は天人の苗床です。遊び惚ける為に出て来た世では無いなのです。しかしそうしたことは大本教を始めとして一部の宗教でしか説かれていないことに危惧をするなのです。

 

 これまでその存在を世に出ている神々にも隠しておられたこの地球の創造神。国常立尊様がウシトラ金神の名の元に仕組んだ日本語による数々の言葉の仕組み。単に自分に見えた霊の存在を語るだけでは何の証明にもならないなのです。それが事実であったとしても、それは実に小さな範疇の神芝居的な事柄となります。そこに逆に邪神や悪霊を見つける為に仕組んであるとも言えるのです。  もし創造神と呼ばれる神が存在していてこの地上に降り立つとすると、その時はこの地球に物理的危機が迫って来ている時です。今の世に出ておられる神々に物理的に地球に起きている危機を乗り切るだけの力は存在しません。そこに今の地球から新しい地球に移行すると説く私の様な異端派もあるなのです。

 

この地球が壊滅する光景を見ると、トラウマは永遠に続く

 

みろく世に進む人達は、その前に地球からの離脱が必要

 

 大本教神論に世の立替時に入ると、ウシトラ金神国常立尊の意味が解らずに、ウシトラ金神国常立尊を鬼とか悪神呼ばわりする者達が出て来るとあります。ウシトラ金神の言葉の意味を知るならば、それが善神か悪神かは個々の人の判断によるでしょう。

 

 大本教神論の内容の中には、ウシトラ金神のウシトラには【艮】もあれば【牛虎】もあるぞよとあります。そして大本教と綾部の殿様九鬼氏との関係が解れば驚くぞよとあります。綾部殿様九鬼氏が祀る御祭神は宇宙の元津神として【宇志採羅根真】でした。

 

宇宙創造神【宇志採羅根真】を「艮」と「牛虎」で紐解く?

 

牛頭虎パンツで鬼と云う【魂】は、王仁で何を語るのか?

 

 大本教から鬼門の艮金神とは【国常立尊】様のことであるとは出されたのですが、そのことによって国常立尊様は牛頭で虎パンツの【鬼】の姿をしているのだと勘違いされている方もあるでしょうが、国常立尊様の姿を見ておられる豊受姫はそうした鬼姿は一言も言われませんでした。そうした一連の事柄は【言葉】の仕組み上と言えます。

 

 

絵の才能を持っておられた大本教の二代教主補であった出口王仁三郎聖師が描かれた

北東(ウシトラ)出現厳霊神(国常立尊)の御姿

 

 

それは別に牛頭虎パンツで【鬼】と呼ばれる姿ではないのです。

 

宇宙元津神、宇志採羅(ウシトラ)根真の大仕掛け

 

大本教神論、神三千年の仕組みをどう見るか!

 

 

 

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