人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

世に創造神と呼ばれる神の姿は見当たらないが痕跡としての艮があり、七つに謎を秘め。間もなく最終幕にと入る。

 私は子供の頃は旧約聖書の神と称する声からの教えを聞いていました。その神は私に自分は万物の創造神とは告げられましたが、そんな言葉だけでは何の証明にもならないぐらいは子供の私でも解っていました。

 自分が創造神だとか救世主などと名乗ることなど馬鹿でもチョンでも出来ます。このチョンとは半端者という言葉の意味ですが、一人前で無い存在でも自分は創造神だ!と世間に名乗りを上げるのは自由なのです。そうした名乗りをしたからと言って、そもそもその神や人を罰する存在がどこにも居ないからです。しかし創造神と呼ばれる神が世の表に立っていれば、とても怖ろしくてニセ物達も名乗れないでしょう。

 どこにも創造神が見当たらない状況下でそうした名乗りをすれば、そうだと信じてくれる人達も世には幾らでもいます。証拠を見せろと言って来る人が居れば、その人は無視すればいいわけです。実際に私達は統一教会の文鮮明や幸福の科学の大川隆法を通して、そうした名乗りに騙されて行く人達を見させられているのです。

 大本教の出口王仁三郎聖師は【人は邪神が説く真理に狂うと覚るべし】と説いておられますが、邪神が説く愛の言葉の教えに人は狂うなのです。

 

義を知らぬ哀れな子羊は、狼の教えの前には騙される

 

神霊界では自分を証明するには、力で通すより道無し

 

勝てば官軍。負ければ賊軍で、真理より力が問われた

 それは何故かと言った時、創造神と呼ばれる神の名を人々は口に出しますが、人類はその神の存在を直接に見たことが無いからです。為にキリスト教等ではイエス一人だけが創造神たる主の神の御子で、人はイエスを通さないと主と呼ばれる創造神が解らないとしたなのです。で、イエスをその主と呼ぶ創造神の身代わりに仕立て上げたなのです。

 大本教の出口王仁三郎聖師は神界にミカエルという名の天使長は存在していないと明言されていますが、実際には天使長ミカエルとか大天使ガブリエルと称する臭い連中が出て来ます。こんな連中は一喝すれば逃げて行きますが、それは彼らも旧約聖書の神を知らない者達と言えます。ニセの旧約聖書の神を仕立て上げて担いでいるなのです。そこに同じ旧約聖書の神を言いながら、血で血を洗う骨肉の争いに明け暮れたキリスト教とイスラム教の関係が出て来ます。しかしそこに真実を求めれば、神界の機密とされるタブーの中に入り込むとなります。

 

臭い物には蓋をせよの蓋を開けると、自分の命に関わる

 

 私はある著名な霊能者に自分の魂の霊査を頼んで東京に行きました。その時、その著名な霊能者は私に【霊界に創造神が存在しなければシステムとしておかしい。しかし霊界のどこを見ても創造神と呼ばれる神が存在する痕跡が見当たらない。】と言われます。私はその時、その痕跡は痕の【艮(ウシトラ)】の漢字に秘められていると口にしようとして止めました。この著名な霊能者にそれを言っても、日本語と言う言葉に仕組まれているを理解するだけの智覚は無いと見たからです。

 

 しかしその著名な霊能者から【貴方の背後には創造神では無いが、神界を統一するだけの力量を持った若侍の姿をした霊の存在を告げられたなのです。その若侍の姿の霊とは私が旧約聖書の神と称する声から告げられた。【そなたの前世は人の魂胆が解らずに他人に利用されて悲劇の武将として命を終えた。】と告げられた前世の自分の姿だったのです。若くしてこの世を去ったのです。その時に自分がされた仕打ちに対する恨みから、地獄界に堕ちていたと言えます。

 その霊が出て来たことから私は自分の前世は【英雄】かと錯覚しましたが、英雄などでは無い。単なる【殺人者】だったのです。私は戦いの習いと言えども過去に多くの人を殺した軍の指揮官たる武将であったことから、今生はその【罪の十字架】を背負ったと言えます。

 

 私は豊受姫から【貴方は言葉の神と呼ばれる貴き御方です。】と告げられましたが、その若侍の姿をした霊の根源と言うべき段階での異名が【神の言葉】と呼ばれている存在だったなのです。悲劇の武将として出たのは魂の遍歴において出た一つの時代と言えます。私はその若侍の姿の霊の力によって【言葉の仕組み】が紐解けたなのです。豊受姫はこの若侍を姿をした霊に、【貴方は神界を血の海にする気ですか?。神界を血の海にしてはいけません。】と言われて、【未だその時では無い】とその姿を表舞台から隠しました。が、その姿を見るならば白馬に跨り、手には血が滴る剣を抜いているなのです。

 ある自称救世主は三輪山の神は6次元界の黒龍神で自分の配下に入った。その三輪山の6次元界の黒龍神達を総動員して6次元界を隈なく捜索したが、あんたの正守護神の姿はどこにも見当たらないと言って来られました。6次元界をいくら捜索しても、その若侍の姿の霊は見当たらないでしょう。その姿を見たある阿闍梨は創造神の横に座している存在と言われているからです。

 大本教から創造神は存在していないのではなく、蛇霊に憑依された多数の神達の多数決によって地上神界の表舞台の主宰神の座から追われたと出されましたが、ウシトラとは今は【退】の状態の示しなのです。しかしそこには理由があったのです。

 

創造神が人類から姿を隠さないと【今】が存在しなかった

 

この世は魂の修業場で【今】と呼ばれる時期を必要とした

 

人類は創造神を見た時、永遠に嬉し嬉しの世に向かう

 

 キリスト教のイエスを見て主を見よ!では、創造神とは実に小さな存在だと人類を見誤らせることになってしまったと言えます。イエスの様な人形(ひとがた)を持って、創造神とは説ける様な小さな存在ではありません。そこに自分は創造神だとか救世主だと錯覚を起こさせて、自分が創造神だと名乗るバカな連中を輩出させるとなったのです。

 日本の神社に鎮まる神霊達は創造神と呼ばれる様な神の存在を知る段階の霊人達では無い為に、創造神の存在を語りません。大本教から出された【艮金神国常立尊】とされる神のことは、大本教が世に出てから既に130年も経過したにも関わらず、未だに解っていないを露呈しています。

 日本の神社に鎮座する神々の多くは、国常立尊の名は日本書紀で初発の神としてその名が記載されている程度の知識で終わっているなのです。それでは最後の審判と呼ばれる事態が起きた時、慌てふためくだけで終わってしまうとなります。

 

 人とは霊(魂)を宿した存在で、大本教から人とは【霊(ひ)止(と)】であると出されましたが、この霊止(ひと)は日本語と言う言葉そのものが神の言葉であり。英語などではそうしたことが解らないようになっています。

 私は子供の頃は旧約聖書の神と称する声が臨んでいて、その声は【旧約聖書は我が書なれども暗号を秘めた書で、その暗号を解く鍵を持たないと意味を間違える様に創ってある。新約聖書は人の子達が為した書で私の書では無い。私の教えはこの日本の諺(ことわざ)や民話やわらべ歌に秘めた。そなたはこの日本で私の教えを知りなさい。】と告げられました。

 当時の私は仏教徒の家庭の子供にどうして旧約聖書の神と称する声が臨むのか?。意味がまったく解りませんでしたが、大本教と呼ばれる宗教の教えを知り、その大本教から【三千年間に渡ってこの日本に仕組まれた神の仕組み。】と出されました。その三千年間とは日本語と言う言葉の仕組みが含まれていると解って来たと言えます。

 大本教の出口王仁三郎聖師は、自分と出口なお開祖は旧約聖書が予言しいるキリスト登場前に現れる男女の二人の預言者であると告げられましたが、【艮金神国常立尊=旧約聖書の神】であるならば、その説は正しく。大本教の存在意義が成り立ちます。

 

日本語が解らない民族では、創造神は理解出来ない

 

 それが明治29年旧12月2日の大本教神論にある【艮の金神はこの世の閻魔と現れるぞよ、この日本は、元は神の直系の分霊(わけみたま)が授けてある。外国霊魂とは一段も二弾も上の身魂であるぞよ。言葉もその通りであるぞよ。時節参りて煎豆にも花が咲きて・・・・・・】となります。日本語と呼ばれる言葉は【神の世界】の言葉なのです。

 

 私は子供の頃に旧約聖書の神と称する声から、神霊界におけるイエスやムハンマド(マホメット)や弘法大師さんの霊格を聞かされていますので、ミカエルとかガブリエルと称して出て来る霊では創造神は説けないことも解っていました。さりとてお釈迦様の様な方が世に出て来るかとなると、お釈迦様とは巷で自分の前世はお釈迦様で在ったと称するニセモノ達が演じられる様な存在では無いとなります。実に尊敬に値するお方なのです。

 幸福の科学の大川隆法の様に、自分はお釈迦様とイエスとモーゼを出した本体たる十三次元の存在だと呼称して、それを本気で信じる人達が世に居たとしても、その人達は【バカ】者だで終わってしまうのです。いくらそうした存在を信じる人達がこの世では良い人とされていても、そうした見分けが出来ないと高次元霊界(天国)は難しいとなります。霊界を見分して来ると、自称救世主に引っ掛かった者達は地獄界に案内されているからです。

 

自称救世主を信じてしまうと地獄界に案内される?

 

 私はある自称救世主に出会いましたが、その自称者は自分を救世主だと信じる信徒達を地獄界に連れて行き、その地獄界で自分を救世主だと信じる信徒達を奴隷として使う王国の主として、永遠に君臨すると言います。無論、自分のことをキリストだとか救世主だと信じる信徒達にはそうした本音は言いません。逆にその者から離れると、おまえは地獄に堕ちると脅迫するのです。それが宗教界における我が宗派の教えを信じる者は天国界で、異教徒は地獄界に堕ちるです。

 そうした自称救世主を名乗る存在は、スピリチュアル標榜者とは違ってその背後に汚れの六次元界黒龍神とか毒気を出す赤龍神と呼ばれる様な存在があり、大きな霊力を保持していますので簡単に手出しが出来ません。なまじぶつかればこちらが殺されるです。

 それは多くの人達が地獄とは鬼達が居て、自分の罪をさいなむ世界だと仏教の誤った教えから生じた地獄界では無く、地獄界とは【人の顔をしていてもその魂は毛物(獣)達の世界で、宗教団体の祭神として君臨している御本尊の勝手な神名の名乗りではなくて、その祭神の実態が汚れの黒龍神や毒気の赤龍神が君臨する世界】と言えます。

 

汚れの黒龍神や毒気の赤龍神が君臨する霊的世界?

 

国常立尊を悪神と追った汚れや毒気の龍神の目的は?

 

大本教から出された世の立替とは、背景が関わる

 

 私は朝鮮に残されていた予言に【最後の審判前、救世の為に[米]一字の教えが起きる】とあるのを見た時、どうして[米]一字の教えが救世主の役なのか?。その意味が解りませんでした。ただ米で【飯屋(メシヤ)】の意味なのか?。大本教神論にこの神は【煮ても焼いても食べられるぞ。】とあることから、それが【米】の教えに通じているとは解るです。

 大本教神論には【九つ花に咲く一輪の言霊の経緯(火水・秘密)】が何ケ所も出て来ます。その一輪が多くの日本の新神道系教団で説かれる【ス】の神の論拠となっています。しかし【スの神】では救世主は【素戔嗚尊】を配するのが限界なのです。どこにも【米】一字は出て来ません。その【米】一字が解けて、56億7千万のみろくが成り立つなのです。

 大本教の出口王仁三郎聖師の、【この大本教に現れた変性女子(素戔嗚尊)はニセモノだ!】。の発言の後、巷には自分が素戔嗚尊の魂で救世主だと称する人達が竹の子の様に多数出ました。大本教は内部で出口なお開祖派と出口王仁三郎聖師派があり。この両派は激しい対立にありました。出口教祖派の一部の信徒は出口王仁三郎聖師殺そうとしたほどです。有名な男子と女子の戦いです。この男子と女子の戦いとは何の型か?。なのです。

 

大本教の男子と女子の戦いとは何を意味したか?

 

 大本教に在籍していた当時は出口なお開祖派に所属し反出口王仁三郎として知られ、大本教では機関誌【神霊界】の編集に関わり。後に宗教【神道天行居】を起こした友清歓真(友清九吾)師にある神が、大本教神論予告の【九つ花】とは【九の魔法陣】のことだと教えたことから、大本教から出された【スの神】は間違いで【ラの神】論が世に出ました。

 

素戔嗚尊のス神では無く、天照大御神のラ神論

 

男の素戔嗚尊と女の天照大御神の男女の争いとは?

 

 私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声が臨んでいて、その声は【日本神話の天の岩戸明けなどは私が人を使って創作させた物語であって、そうした事実が有ったではない。そなたはどうして私がありもしない天の岩戸明け神話を世に出させたのか?。そなたはその意味を調べるがよい。】と告げられたなのです。

 私からすれば、調べればよいではなくて、どうして最初から教えないのか?。教えて貰えば無駄な労力を使わなくてもすみます。そこには神界には神界なりの理由があるのです。

 

人から得た知識は、自分が苦労して得た知識に劣る

 

 大本教神論に【一を聞いて十を知る様な者でないと、神界の御用は務まらない。】とありますが、

 

創造神が存在するなら、悪神達の横行を許されたのは?

 

神の世界は【智覚】がないと、ニセ者達に簡単に騙される

 

 私は子供の頃は旧約聖書の神と称する声を聞いていたのですが、その声は【私一人で、全神々が束になって私に敵対したとしてもその全神々を倒すことか出来る。】と告げられたのです。もしそれが本当に創造神と呼ばれる神であれば、私も創造神とその他の神々とでは歴然とした力の差があり。全神々が束となって敵対されたとしても、創造神一柱で反対派に打ち勝つことが出来るだろうと思いました。

 しかしそこにそれだけの力がありながら何故に

 

艮金神と呼ばれる【退く】の道を選ばれたのか?

 

 日本では世紀の大予言者と言われた大本教の出口王仁三郎聖師から出された世の立替とは【宇宙開闢以来の大立替】で全宇宙がその立替に入ると予言されました。最後の審判と呼ばれる事柄は、この地球上だけの話では無く。国常立尊様を主の神と仰ぐ人達から発せられる【人類は新しい天地に向かう】。それを秘めたとんでもない神の計画だったと知ったなのです。人類はその宇宙の大立替から逃げることは出来ません。永遠に嬉し嬉しの新し世に向かうなのです。そのみろくの世が厭なら、もう太陽も月も輝かない氷の様な別の世界に向かい、永遠にその世界で生きるなのです。

 

 世紀の大予言者として知られた大本教の出口王仁三郎聖師が出された予言の内容は悉く世に出て来ましたが、【みろくの世】到来だけは未だ実現していません。それ自体は大本教は七代女子の教祖で続くと予言された事柄で、七代の女子の教祖で大本教は終わると予言されたなのです。既にその本来の正当な女子教祖の系統は七代の女子の誕生を終えていますが、大本教は女子教祖で七代続く云々ではなくて、七体の女神の魂を持つ七人の女子達が揃えば起きる話なのです。

 

これから先、【七の月の女神】に気をつけるべし

 

創造神の我欲は、全ての人がみろくの世に向かう

 

 肉体の死とは【魂】の死では非ず。命の終わりではありません。死ぬことも出来ない魂の世界で、永遠に嬉し嬉しの世に行くでは無く。依怙地を張ってどうするのかなのです。

 私が見たのは霊界の一部分だけですが、霊界を見聞していると黒蛇霊等に身を落とし、三千年間も霊界の海山川等で修業を積んで黒龍神等と呼ばれる存在になる。それが聖書で説かれた龍とは霊界で年老いた大蛇霊ですが、霊界での力を得ることから神霊とは呼ばれる存在には成れますが依怙地を張って悔い改めるをしない。それよりも霊力は失うが、天人と呼ばれる存在となって蛇霊の身から脱却して、天人界で暮らす方が遥かに心に安らぎを得られるなのです。それに気づいた蛇霊神達は悔い改めの涙を流して、天人世界に帰って行くなのです。

 私は蛇霊神が悔い改めると【この世の蛇が直立する】を体験し、何を意味しているのか調べましたが、世界の宗教書にはそうした事象の説明すら無いなのです。西洋人は何をもってイエスが救世主等と言っているのか?。しかし日本語という言葉は、その意味を教えてくれたなのです。

 

 人に現世御利益を授ける霊力を得ることから神と拝められることに喜びを得るのか?。天国の住人と成って仲間達と楽しく生きるのか?。天国と呼ばれる世界と神霊界と呼ばれる世界は別の界で在ることが解ります。魂の修行場であるこの世に関わっているのは天国界の住人達で無くて、霊国と呼ばれ天使か神霊と呼ばれる世界なのです。為に神霊世界には、悪神(邪神)も善神(正神)も存在しているなのです。

 

もう魂の修行場たる地球から、天国界に帰る時節

 

 

 

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