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「国家による絶滅実験」、毒をアルコールに混ぜた米禁酒政策の末路

ナショナル ジオグラフィック

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米ミシシッピ州ジャクソンのブルース歌手、イシュマン・ブレイシーが自分の酒をついだとき、米国じゅうの酒のみならず、自分の運も尽きていたことなど知るよしもなかった。数週間後、彼の脚がうずきはじめた。ポリオが流行っているという噂だったので、病院に駆け込んだが、原因はポリオウイルスではなく、毒だった。

なぜそんなことが起きたのか? 政府が酒を違法とするだけなく、致命的な毒に変えていたからだ。

「高貴な実験」と呼ばれる禁酒法の時代には、すべてのアルコールが禁止されていたわけではない。禁止されていたのは、医療用ではない飲用アルコールだけだ。そこで密造者が産業用アルコールを転用できないようにするため、米国政府はある対策をとり始めた。

それは、産業用アルコールにメタノールやベンゼンなどの有害な物質を混ぜ、飲めないようにするというものだった。当時の米紙ニューヨーク・タイムズの見出しによると、政府は「アルコールの毒を倍にする」ことを検討していたようだ。

1933年に禁酒法が廃止されるまで、じつに5万人以上の米国人が毒入りアルコールを飲んで死んだ。アルコール関連の死者数がそれ以前よりも7倍に増えるというすさまじい状態になっていた。

毒を盛られた国民

この変性アルコールだけでなく、周囲の状況によって命を奪われる人も多かった。密造者は需要に応えようと必死になり、産業用アルコールを希釈したり、表示を変えたり、毒性の添加物を打ち消そうとしたりした。この「禁酒法時代の化学戦争」によって、たくさんの死者が出た。

「実際には、飲酒する人を殺そうとしたというよりは、無知からくる問題でした」。米ラスベガスにあるモブ・ミュージアムの教育スペシャリスト、ザック・ジェンセン氏はそう話す。「一番悪いのは、有毒アルコールを積極的に使おうとした密造者でしょう。ただ、政府にまったく非がないとは思いません」

その非に誰も気づかなかったわけではない。たとえば、米ニューヨーク市の初代検視局長を務めたチャールズ・ノリスは、アルコールの有毒化に反対しており、それを「国家による絶滅実験」と呼んでいた。

「通常、政治家は支持者を殺そうとはしません。犯罪組織も、ものを売る相手を殺そうとは考えません」。米スミソニアン協会の名誉学芸員であるピーター・リーブホールド氏はそう話す。

しかし、1926年のクリスマスイブに、有毒アルコールを飲んだ60人の患者がニューヨークのベルビュー病院に殺到するという事件が起きた。そのうち8人は翌日のクリスマスを迎えることができず、31人は年を越す前に死亡した。

これを見て恐ろしくなったノリスは、急いで報道陣を集め、こう述べた。「政府は、アルコールに毒を入れても飲む人はいなくならないことを知りながら、毒を入れ続けています。酒を飲もうとした人が毒を飲んでいるという事実に無頓着なのです。米国政府は、死者たちに対する道義的責任を問われるべきです」

不相応な代償を伴う政策

ただし、政府が悪いと考える人がすべてではなかった。「反酒場連盟」を率いるウェイン・ウィーラーは、悪いのは法律ではなく、飲酒者自身だと主張した。

ウィーラーは1926年の声明でこう述べている。「産業用アルコールを飲むのは自殺行為です。命を賭けて酒を飲む人がいるという事実から、飲酒という習慣がいかに深く根づいているかがわかります。このような悪しき習慣を根絶するには、大きな代償が伴います」

この声明に激怒した議員もいた。米ニュージャージー州の上院議員だったエドワード・アービング・エドワーズは、これを「合法的な殺人」と呼び、政府のことを「犯罪の共犯者」だと断じた。

ただし、リーブホールド氏によると、飲用を防ぐためにアルコールに毒を入れたのは政府だが、それを危険な状態のまま流通させたのは犯罪者たちだった。

そのため、殺人だったのかと問われるなら、そうとは言えないかもしれない。しかし政府の態度は、「それでも飲みたいなら、どうなっても知らないぞ」というものだった。

その影響は平等ではなかった。裕福な人々は、政府公認の医療用ウイスキーを手に入れたり、海外のクルーズ船でカクテルを飲んだりできたからだ。労働者階級や有色人種にはそのような選択肢はなく、手に入るものを飲んで死ぬことも多かった。

代替酒として人気になったもののひとつに、アルコール度数最大80%の特許薬「ジンジャー・ジェイク」があった。しかし、ある製造業者が規制を逃れるためにTOCPという物質を添加した。

これは神経系に作用する遅効性の毒物で、麻痺(まひ)や「ジェイク・レッグ」と呼ばれる足を引きずる独特な症状を引き起こした。正確な数字は不明だが、「ジンジャー麻痺被害者連合協会」には3万5000人が参加したとされており、被害者の総数は5万人から10万人と考えられている。

ブルース歌手のイシュマン・ブレイシーは、自らの曲「ジェイク・リカー・ブルース」で、「これまで聞いた中で、一番いまいましい病気。体の前の方がしびれて、愛し合うことすらできない」と歌っている。

今なお残る風潮

では、このことから得られる教訓は何だろうか? 米ハーバード大学で歴史学を教えるリサ・マクギアー氏は、『The War on Alcohol(アルコール戦争)』と題した著書の中で、このとき起きていたのは刑罰国家の出現だったと述べている。盗聴、大量投獄、連邦警察など、その後の麻薬戦争以降に拡大する仕組みが登場したのがこの時期だった。

「少し時間がたつと、政府は人が死んでいることを認識しましたが、それをやめはしませんでした」。そう話すのは、米国の毒物の歴史に詳しい科学ジャーナリストで、ピュリツァー賞の受賞歴もあるデボラ・ブラム氏だ。「意図的に人を殺そうとしたとは思いませんが、人が死んだことは事実です。つまり、戦争と同じように、巻き添え被害はやむなしと考えたのでしょう」

ブラム氏はこう述べている。「政府が道徳の名のもと、『国民のためにやっているのだから、何をやっても問題ない』『何が正しいかはわれわれが決める』と高圧的になれば、結局その代償を払わされるのは国民なのです」

文=Isabel Ravenna/訳=鈴木和博(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2025年4月20日公開)

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