『TS薬を開発したいだけの異世界薬理教師』


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第七講義(2)『心臓循環』


 

 

「逆に言えば。普段自動能がない──ペースメーカー細胞じゃない細胞。非ペースメーカー細胞が自動能を持ってしまったり、或いはペースメーカー細胞であったとしても、通常とペースが違ったりしたら、困る(・・)ということがわかる」

 

 何故かっていうのは、もう一回説明するまでもないと思うけれどね。

 だって、ペースメーカー細胞というものが心臓のリズムを作っている。

 そして心臓のリズムは、そのまま心臓の脈拍を作っているわけで。

 

「だから、何らかの原因で異常が生じると──それを、我々は『不整脈』と呼ぶわけだ」

 

 だから、それを薬剤で治療するよって言えればいいんだけどね。

 地球だと大正義であるペースメーカーが何とかしてくれることが多かったりする。

 

 じゃあ、次の問題。

 

「何らかの原因で心臓の律動(脈拍)が速くなったり、遅くなったりする。それがペースメーカー細胞の刻むリズムに変動が発生したからだってこともわかった。そして、それを不整脈と呼ぶことも」

 

 ただの復習だからね。

 そんなに難しいことは言っていない。

 

「だから、慢性的に心拍が高いことも不整脈と呼ぶし、慢性的にゆっくりな心拍の場合も。当然、不規則な心拍も全て不整脈に分類される」

 

 意外とここは見落としやすいポイントではある。

 単に『不規則な心拍です!』っていうのだけが、不整脈ではないからね。

 

「不規則な心拍が困るのも、心拍が低いことも困るっていうことは容易に想像出来る。心臓の収縮が不規則だったり遅かったりすると、血液がきちんと送り出せなくなるからね。じゃあ──ユラリア。どうして、心臓の動くペースが速いと困るの? 沢山収縮してくれる分には、そこまで困らないように思えるんだけど」

 

 わざわざ治すってことは、何か困る可能性があるからなはず。じゃなきゃ、わざわざ治そうとは思わないからね。

 わざわざ治してあげようとするってことは、何かしら理由があると考えるのが自然なわけで。

 

「……心臓が疲れる、とかでしょうか」

 

 まあ、一理はある。

 心臓の細胞にバグが発生する確率は低いけれど、それでもゼロじゃない。だから、心拍の数が増えればバグが生まれるチャンスも増えて、困ることが増える……という理論は何となく想像出来る話。

 

「でも、それだけじゃない。もっとわかりやすく危険に繋がるものがある。心臓にとって、何よりも大事なのはひとつだけ。『きちんと、血液を送り出す』というポンプ的役割。これが果たせていれば、極論どんな動きをされても困らない」

 

 仮に、心筋細胞が洞房結節を無視して勝手に動いたりしたとしてもね。でも、そうなってくれないから困る(・・)わけで。

 

「仮に過剰な頻拍になったとしよう。心拍数が跳ね上がった、ということ。イメージするのは、水の入った袋。満杯の水が入った袋を押すと、水は大量に出てくる。一方、ちょっとしか水が入っていない袋を同じ力で押すと、水はちょっとしか出てこない。袋を心臓に、水を血液にしてみるとわかる」

 

「……上手く、循環しないということですか? ポンプとして上手く働けなくて、全身に血液が届けられなくなるので」

 

 だから、結局のところ『きちんと血液を送り出せなくなる』っていうのが重要な部分。

 

「だから、血管に入る血液の勢いが弱くなってしまう。つまり、過剰な頻拍(高心拍数)は血圧低下を引き起こすってことがわかる」

 

 それが、クリティカルに困ること。

 ちょっと心拍数が上がって血圧が上がる、みたいなうちは別に生命的に滅茶苦茶困ることがあるわけではない。ただ、どこかで深刻な血圧低下に繋がるんじゃないかって恐怖があったりするから、治さなきゃいけない。

 

 まあ、他にも『そんな頻拍になってるってことは、心臓以外の神経とかに問題があるんじゃない?』ってなるパターンもあるんだけど。

 

「というわけで、薬剤で何とかしたいのは、『下がった心拍数をあげる』『上がった心拍数をさげる』ことにわけられる」

 

 不規則な心拍は……ものによるけれど、AEDとかが優秀だったりするけれど。まあそれもものによる。

 なんで不規則な心拍が発生しているのか、次第。

 

「じゃあ最初は単純な方から。心拍が下がって困っていますという状況で──どう、治療するのが良いと思う? ユラリアは」

 

「心臓の筋肉は自律神経というものを通して、支配されていると言っていましたから、それを抑制するのは案になると思います」

 

 そうね、まさしくその通り。

 薬剤的アプローチとしては、割とこれが多い。

 どうしても薬剤って何かを阻害することが多いから、チャネルを直接活性化させたりするのって結構レアだし。

 

「自律神経は大きく分けて交感神経と副交感神経に分けられる。交感神経は心臓を活発化──正確には、自動能のところで説明した、電位依存性カルシウムイオンチャネルや、『ナトリウムイオンとカリウムイオン』チャネル、電位依存性カリウムイオンチャネルを活性化させたりしてくれる」

 

 それが何を意味するかっていうのは、そこまで難しくない。

 洞房結節における膜電位が上がるスピードが速くなり、下がるスピードが速くなる。それが意味することとしては、膜電位の上下が速くなる。ペースが速くなる。

 ということは、心拍が上昇するということ。単純な理論としては、そんなところ。

 

「一方、副交感神経は洞房結節に存在する電位依存性カリウムイオンチャネルを活性化する。この時の電位依存性カリウムイオンチャネルの種類をGIRKって呼んだりするんだけどね」

 

 日本語での名称は『G蛋白共役型内向き整流性カリウムイオンチャネル』。名前からわかる通り、G蛋白ががっつり関わっている。

 

「このGIRKは副交感神経の末端から出てくるアセチルコリン──AChによって、活性化される。その機構は、洞房結節細胞表面にある『アセチルコリンがくっつくことで活性化するタイプのGPCR』に、アセチルコリンがくっつくことで、βサブユニットとγサブユニットが、GIRKを活性化してくれる」

 

 まあ、簡単にまとめると『副交感神経は電位依存性カリウムイオンチャネルのうちの一種類』を活性化するって認識でも良い。

 

「だから、副交感神経が活性化すると膜電位が下がりやすくなるから……上がるまでにかかる時間が延びる。従って、ペース自体はゆっくりになる。だから、副交感神経活性化によってペースがゆっくりになる。つまり、心拍数が減少することになる」

 

 とまあ、これが大雑把な自律神経の心拍への作用。

 交感神経が活発(優位)になると、心拍は上昇。一方で副交感神経が活発(優位)になると、心拍は減少。

 

 交感神経とか副交感神経の話は、そのうちやるかもしれない。ちょっとだけね。

 

「とまあ。だから心拍数を上げたいなら『交感神経を活発にする』か『副交感神経を阻害する』というのは、まず一番に考えられる手段になる。ただ、楽なのは副交感神経抑制だね。というわけで使われるのは、アトロピンと呼ばれる薬剤。これは副交感神経を抑制してくれるからね」

 

 アトロピンは副交感神経を抑制する薬剤である。

 その機序とかは副交感神経の時にやるかなぁ、という感じ。

 

「これは余談だけれど、アトロピンは低濃度だと徐脈──心拍数が減少することがある。理由としては、低濃度だと中枢神経……脳や神経への作用が強いと考えられているからかな。まあ、この話はいいや」

 

 アセチルコリン受容体の分類の話を最低限しておかないと、ここら辺はわかりにくいと思う。というか、そこを理解していたとしても仕方ない。わざわざ『徐脈にしたいから、低濃度のアトロピンを使おう!』なんてことはないわけだし。

 

「とまあ、こういう手法が薬剤的にある。じゃあリーシャ、他に何か思い付く?」

 

「はい! 一定間隔の……求められている刺激を外部から魔法とかで代用してあげればいいと思います!」

 

 まあ、結局そうなるよね。つまりはペースメーカーの取り付け。

 下手にチャネルをいじくり回すより、そっちのほうが確実になってしまう。

 

「今挙げられた手法が、徐脈への対抗策として考えられる。じゃあ、一方頻脈に対してはどんな手法が考えられるか。無論、副交感神経の活発化──言い換えれば、交感神経抑制というのは手法に入ってくれる」

 

 ただ、それだけじゃないというだけで。

 

「じゃあそれ以外の手法にはどういったものがあるの? と考える際に、心筋がどんな風に膜電位を変じさせているのかっていうのは、大事になってくる」

 

 というわけで、洞房結節の膜電位の次は心筋細胞の膜電位変化について。

 

「心筋細胞はさっきと違って、きちんと膜電位が-70mVスタート。従って、きちんと電位依存性ナトリウムイオンチャネルが働ける状態が普通の状態になる」

 

 だから、洞房結節というよりは神経軸索のほうが状況としては近くなる。かなりね。

 ただ違うのは、電位依存性カルシウムイオンチャネルが大きく状況変動に噛んでいるということ。

 

「洞房結節などで発生した膜電位上昇が心筋細胞まで伝わると、電位依存性ナトリウムイオンチャネルが活性化する。そうすると、急激に。急峻に膜電位が上昇する。これは前回話した神経軸索とほぼ同じだね」

 

 なので、ちょっと違うのはここから。

 

「膜電位上昇を受けて、まず最初に関与するのが『一過性外向きカリウムイオンチャネル』と言われる電位依存性のもの。これは、大幅な膜電位上昇に対して急速に(・・・)活性化して、その後急速に(・・・)不活性化するという作用を持っている。だから、ナトリウムイオンチャネルによって上がった膜電位がちょっと戻る」

 

 急速にっていうのがどれくらいかっていうと、膜電位上昇からイメージ3,4ミリ秒で最大活性まで到達して、その後20ミリ秒で最大活性の25%ぐらいまで落ち込むくらいには急速に。

 

 まあ電位依存性ナトリウムイオンチャネルもイメージとしては、大体それくらいの活性化及び不活性化速度。とても速いね。

 

「で、ちょっと下がったところで遅れて活性化する『電位依存性カルシウムイオンチャネル』と『電位依存性カリウムイオンチャネル』、そしてなかなか不活性化しないタイプの『電位依存性ナトリウムイオンチャネル』。これらが同時にほどよく働き、その結果膜電位が高いところで安定する時間が生まれる。これが『プラトー相』と呼ばれるタイミングだね」

 

 例えばここで出てくる電位依存性カルシウムイオンチャネル。一応L型に分類されるものではあるんだけれども。

 最大活性までは5ミリ秒ぐらいで辿り着くのに、その半分に落ち込むまでは更に20ミリ秒も必要になる。何なら、100ミリ秒──0.1秒経っても30%ぐらいは活性が残っているからね。

 

「そして、電位依存性カルシウムイオンチャネルが膜電位ではなく、チャネルの構造による不活性化が起きれば。電位依存性カリウムイオンチャネルが支配的になって、心筋細胞の膜電位は下がっていく。そして、元の-70mVになっていく」

 

 これが心筋細胞における一連の膜電位変動だね。

 この中で一番忘れられやすいのは、プラトー相時の電位依存性ナトリウムイオンチャネル。

 そこら辺の心電図の教科書とかをたまに眺めると、書いてなかったりするくらいには忘れられがち。いやまあ、果たしている役割が他に比べて小さめというのはそうなんだけども。

 

 何なら、電位依存性カリウムイオンチャネルはプラトー相が終わってから活性化するって書いてあるものもあったよね。機構的に考えてそんなことにはならないでしょ、という感覚ではある。

 一番大事なのがカルシウムイオンチャネルだっていうのは否定しないけどね。

 

「なら、ここから暫くは応用だね。最初は簡単なものから。電位依存性カルシウムイオンチャネルが増強されると、心臓(・・)においてはどうなると思う? ユラリア」

 

 ちなみにポイントは心筋じゃなくて、心臓というところ。

 つまり、洞房結節と心筋細胞どっちも考えてねって意味でもある。

 

「心筋においては、プラトー相時の電位依存性カルシウムイオンチャネルの働きが強くなるので……その時の膜電位が普段のプラトー相と比べて脱分極側になっていると思います。そして、洞房結節における電位依存性カルシウムイオンチャネルの立ち上がりが素早くなるので、心拍は速くなります」

 

 その通り。

 カルシウムイオンは細胞外のほうが濃く、『正の電荷』を持っているから、イオンチャネルが開くと中に流れ込んでくる。だから、イメージとしては『正の電荷』が細胞内に増えるんだから膜電位は通常に比べて高くなる。

 

 

「そして、カルシウムイオンというのは心筋を収縮させる機能がある。簡単に機序を説明しておこう。ああ、GPCRのGq蛋白の経路の話をちょっと記憶の片隅に置いておいてくれると楽かな」

 

 細胞内において、カルシウムイオンというのはとても薄い。

 けれど何かしらの要因でカルシウムイオンが入ってくると、小胞体と呼ばれる場所にある『カルシウムイオンを検知して、カルシウムイオンを小胞体内から放出する』機能を持つ受容体が働いて、という流れ。その時はIP3受容体として紹介していたはず。

 

「あの時のIP3受容体と類似の機能を、『リアノジン受容体』と呼ばれるモノが担っている──カルシウムイオンを()から放出させる役割を担ってもらっていると考えていい。だから、電位依存性カルシウムイオンチャネルが開くと、それが原因となってリアノジン受容体が活性化。そして、袋からカルシウムイオンが放出って流れだね」

 

 だから、電位依存性カルシウムイオンチャネルから入ってくるカルシウムイオンを『トリガーカルシウムイオン』とか呼ぶタイミングがあったりする。袋……小胞体からカルシウムイオンを放出させる撃鉄(トリガー)になっているから。

 

「で、出たカルシウムイオンは細胞外に排出したり小胞体──袋の中に回収しなきゃいけない。それを担っているのが。特に袋の中に戻す役割をしているのが『カルシウムポンプ』──特に、心臓だとSERCAって呼ばれているものだね」

 

 そしてこれだけだと、まだ『どうしてそんなに急いでカルシウムイオンを排除したがるんですか?』みたいな話が出来ていない。ただ、その前にもうひとつね。

 

「で、一方細胞膜の方でカルシウムイオンを細胞外に排出する役割を果たしているのが、NCXと呼ばれる──『ナトリウム・カルシウム交換輸送体(Excanger)』。ナトリウムイオンを内にいれて、カルシウムイオンを外に出している感じだね」

 

 で、ここまでは良くて。

 SERCAがホスホランバンっていうものの影響を受ける、みたいな話も実のところ第四課題の小テストに突っ込んでいたから。

 

「じゃあ、入ってきたカルシウムイオンは何をしているのか。これを要約すると『筋肉を収縮させる』という機能を持っていることになるんだけど……」

 

 逆に言えば、細胞内に長時間カルシウムイオンがいると筋肉が収縮しっぱなしになるのが問題なわけで。

 

「カルシウムイオンはトロポニンと呼ばれるモノのトロポニンCと呼ばれる部位に結合する。すると、トロポニンIと呼ばれる部位が動いて、トロポミオシンというトロポニンに繋がっている糸みたいなものも動く。すると、トロポミオシンが巻き付いているアクチンと呼ばれるモノが、ミオシンと呼ばれるものとくっつけるようになる」

 

 まあ、正直ここら辺の認識は『トロポニンにカルシウムイオンがくっつくと、アクチンとミオシンがくっつけるようになる』ぐらいでも問題はないんだけど。

 で、くっつけるようになると何が嬉しいのかっていうのが気になるポイントでもある。

 

「で、アクチンとミオシンがくっつくとどうなるか。それ即ち、アクチンとミオシンの距離が近くなるっていうことで──それが、筋肉の収縮(・・・・・)の正体となる。だから、カルシウムイオンが筋肉の収縮にとって、とても大事となる」

 

 そこまで言いきったところで、リーシャが手をあげる。

 うん、大体傾向がわかってきた。手をあげないで直で質問が来た時よりも手をあげる余裕があるくらいの質問のほうがやりやすいことが多い。

 

「教授。筋肉を動かすのにはエネルギーが必要……つまり、ATPを使うと思っていたのですけど、使われてるようには見えません。どういうことですか?」

 

 それは良い質問だよね。間違いなく。

 

「ATPは、この後必要になる。アクチンとミオシンを解離させ、カルシウムイオンを外すタイミング。この時にATPが消費され、ADPになる。だから、ATPは筋肉を弛緩させる時に必要になるってニュアンスかな」

 

 実は、死後硬直というのもこれが原因だって話に繋がってくる。

 人類は死ぬと、当然解糖系やらTCA回路やらを回せなくなる。すると、当然ATPが作れなくなる。そしてATPが足りなくなると、筋肉を弛緩させられなくなり……筋肉が固まってしまう。

 

 まあ一定以上時間が経過すると、その筋肉自体が分解されて弛緩状態になるんだけれど。だから、死後硬直は時間経過と共に解けていく。

 

「さて、じゃあ最初は何の話をしていたのか思い出そう。『電位依存性カルシウムイオンチャネルが増強された時、心臓はどうなるか』という問いだったね」

 

 大分話が広がっていたけれど、そこの話を延々とチクチクしていた感じ。重箱の隅をピンセットでつついている感覚ではあるよね、もう。

 

「ユラリアが話してくれた通り、洞房結節での膜電位変動ペースの上昇──心拍の上昇。これは確かに発生して、これを『陽性変時作用』なんて呼んだりもする」

 

 細かい名前はどうでもいいんだけどね。大事なのは心拍数がどうなるかだし。

 

「あ、一応改めて言っておくね。心拍数というのは心臓が拍動──動くペースのことね」

 

 本当に今更な感じはするけれど。

 これはきちんと定義していなかった私のほうが悪い。

 

「で、一方でプラトー相時の膜電位上昇──というより、細胞内へのカルシウムイオン流入量増加。これによって、筋肉の収縮力が増加する。これを、さっきと対比的に『陽性変力作用』なんて呼んだりもする」

 

 黒板に『陽性変時作用』、『陽性変力作用』と書き込む。

 

「というわけで、電位依存性カルシウムイオンチャネルが増強された時の結果だけを見るなら、心拍上昇と心臓の収縮力強化になる……だけで、本当に良い? リーシャ」

 

「電位依存性カルシウムイオンチャネルが増強されるということは、プラトー相の時間も延長されたりします?」

 

「そうね。だから効果はこの三つになる」

 

 まあ、じゃあ現実問題電位依存性カルシウムイオンチャネルだけを的確に増強するタイミングがあるのかと言われたら、別問題。

 

「続けてリーシャ。『ナトリウムイオンとカリウムイオン』チャネル──以降、『過分極誘発カチオンチャネル』と呼ぶ、それが活性化されるとどうなる?」

 

 ちなみに、こちらは洞房結節に大きく関与してくるお話。

 

「仕組み的に、あれは脱分極を起こすものです。これが活性化するということは、洞房結節での立ち上がりが速くなる。つまり、心拍数上昇ですね!」

 

 過分極誘発カチオンチャネルという名前は、過分極が発生すると誘発されるカチオン(ナトリウムとカリウム)チャネルってことだからね。そこは間違いたくないところ。

 

「さて、じゃあ電位依存性カリウムチャネルが活性化されるとどうなるか。洞房結節では『膜電位の減少』が加速し、心筋細胞では『プラトー相時の膜電位減少』『プラトー相の維持時間減少』『プラトー相後の、膜電位の減少速度』の増加が発生する」

 

 だから、心拍数の増加が発生するし、その他もろもろもついでに発生していて……じゃあ、これで。

 

「さて、どうして今の三つを取り上げたかというと、今の三つは交感神経が活性化された時に、活性化される三つだからだね。『電位依存性カルシウムイオンチャネル』『過分極誘発カチオンチャネル』『電位依存性カリウムチャネル』。ちなみに、プラトー相の延長と短縮作用は合算されて、大抵の場合は延長が勝つよ」

 

 心臓のチャネル的にはそんな話。

 じゃあそれ以外に何かあるのかって──

 

「リーシャ、どうしたの?」

 

「でもでも。教授の話だと収縮が強くなるだけで、『細胞内からのカルシウムイオンの排出』は強くなりませんよね? それだと、心臓ちゃんは収縮したまま固まっちゃいます! カルシウムイオンが細胞内から消えてくれないので」

 

『心臓の筋肉に存在するホスホランバンという物質には、カルシウムポンプ(SERCA)の抑制機能がある。ホスホランバンは、活性化PKAによる非活性化を受けるとすると、Gi共役型GPCRの活性化はカルシウムポンプ(SERCA)にどのような影響を与えると考えられるか』

 

 これの、Gs版。

 交感神経活性化には、Gs蛋白を介した活性化経路が存在する。だから、実はきちんとカルシウムイオンの排出も活性化される。

 

「第四課題の時に出したホスホランバンの話、覚えているかな? 交感神経活性化はGPCR経由でGs蛋白の活性化も引き起こす。だから、交感神経活性化でPKA(プロテインキナーゼA)が活性化され、ホスホランバンの非活性化が発生。つまり、SERCA……カルシウムポンプの一種の抑制が外れるから、結果的にはSERCAの活性化。従って、小胞体という袋の中へのカルシウムイオン取り込みは促進される。これが、交感神経活性化による──心臓への、残りの大きな作用だね」

 

 雑にまとめるなら、交感神経活性化による影響はこれらに集約される。

 一つ目は、心拍数上昇。

 二つ目は、心臓の収縮力増加。

 三つ目は、カルシウムイオンの取り込み増加による心臓の拡張能増加。

 

 さて、ここまで色々話しては来たけれど。

 まだ最初の本題には戻れていない。

『どうやって、心拍数が高い状態を解消するのか』という問題。交感神経を活性化させても、余計心拍数は上がって危なくなるだけだからね。

 

「じゃあ、最後に『抗不整脈薬』について話そう。とはいっても、大きく分けると四つにしかならない。『ナトリウムイオンチャネル阻害』『交感神経機能抑制』『カリウムイオンチャネル阻害』『カルシウムイオンチャネル阻害』の四つ。まあ、交感神経についてはここまで散々やったから省略するけどね。メトプロロールとか、とりあえず何となく名前を覚えておくといいかも、くらい?」

 

 実際は、『交感神経機能抑制』をする薬剤も沢山ある。

 一番有名で原始的なものがプロプラノロール。そして次世代にあたるのが、名前を出したメトプロロール。ついでに血管拡張とかまでしてくれるラベタロールやカルベジロール。まあ他にも、ネビボロールなんてものもあるけれど。

 もちろん、全部微妙に現れる効果が違うけれどね。

 

「じゃあ最初に『ナトリウムイオンチャネル阻害薬』──代表例として、リドカインという薬剤を例にあげさせてもらおう」

 

 一番代表的なのはキニジンっていう薬剤なんだけど、あちらは如何せん他の作用が多すぎる。なので、割と純粋にナトリウムイオンチャネルを阻害してくれるリドカインを例に出させてもらう。

 

「このリドカインという薬剤は、『活性化しているチャネル』か『“不活性化ボール”によって不活性化状態になっているチャネル』に結合して、阻害する。特徴はすぐに離れるってとこだね」

 

 これがどういう意味を持つかというと、単純に膜電位が低くて活性化していないタイプの電位依存性ナトリウムイオンチャネルを、あんまり阻害しないということ。

 じゃあ結局、何が起こるのか。

 

「心筋における膜電位の上昇(立ち上がり)がほんのり遅くなる。そして、プラトー相後の膜電位減少を少しだけ速くしてくれる。こういう効果があるんだけれど──これじゃあ、何が嬉しいのかあんまりわからないでしょ? でも、それが(・・・)良いところになる」

 

 要は、通常状態──言い換えよう。健康状態の心筋に作用したとしても、あんまり効果がないということ。

 これは薬剤を考える上で、とても重要なこと。

 薬剤が効果アリってなってほしいのは、健康な人じゃない。病人に対して使用したとき、効果が出て欲しい。

 だから、健康な人に使ってほとんど効果がないというのは嬉しいことになる。

 

「だって、健康な人に使って効果が無い。こんなに嬉しいことはないでしょう? 薬剤として」

 

 まあ、もちろん全くないとは言わないけれどね。

 中枢神経にも作用があるから、健康な人に使ったら錯乱とかが発生したりするし。

 

「じゃあ、どんな時に使うのか。例えば、何らかの原因で心筋付近における細胞外カリウムイオン濃度が高いとしよう」

 

 ちなみに想定しているのは、心臓に栄養を送る動脈である冠状動脈が詰まったりして、虚血状態になっている病態。実際、リドカインや似た作用を持つメキシチレンはこういう場合に使うことが多いから。

 

「細胞外カリウムイオン濃度が高いと、細胞の膜電位は全体的に少しだけ脱分極側に傾いている状態となるわけで。つまり、普段より心筋での電位依存性ナトリウムイオンチャネルが活性化しやすくなる」

 

 まあ、これはカリウムイオン濃度の変動による『脱分極側への傾き』が、ナトリウムイオンチャネルを活性化させる閾値(ギリギリの電位の値)よりは低い場合だけど。

 それより高かったら、まあそれは大惨事だよね。心臓の秩序とかはもう崩壊している。

 

「つまり、『活性化している状態』か『“不活性化ボール”によって不活性化状態になっている状態』にある電位依存性ナトリウムイオンチャネルが増えやすいということになる。だから、こういう時にリドカインやメキシチレンという、リドカインと類似作用を持つ薬剤は使いやすい」

 

 だから、嬉しいねという話。

 

「じゃあ、良い点の話の後には注意点も。リドカインはCYP1A2やCYP3A4によって肝臓で分解されている。だから、薬剤の飲み合わせには気を付けようねってお話があったり。もしくは、洞房結節や房室結節での異常が原因のモノにはほぼ効果がなかったりするから、気を付けようねってくらい?」

 

 使うタイミングを考えようねっていうのは、どの薬剤でも同じだけれどね。循環……心臓系の薬剤は選択ミスがそのまま命に関わりかねないから、なおさら大事になってくる。

 

「じゃあ、次はカリウムイオンチャネル阻害薬……いや、『カルシウムイオンチャネル阻害薬』の説明だけれど」

 

 カリウムイオンチャネル阻害薬を先に話さなかったのは、純粋にカリウムイオンチャネルを阻害してくれるドフェチリドやイブチリドが絶妙に知名度が低いとかいう悲しさを抱えているから。

 もっと有名なソタロールや──特にアミオダロンは、他の効果を持ちすぎなのでね。

 

「ベラパミルやジルチアゼムといった薬剤がある。名前だけでも認識しておくと、いい感じかもね。さて、じゃあ早速効果の話をしよう」

 

 もうひとつ存在する有名な薬剤であるニフェジピンなんかは、心臓というより血管に大きな効果をあげるから、ちょっと違う。

 何なら、ベラパミルとジルチアゼムだとベラパミルのほうが強い。血管や心筋、洞房結節に房室結節全部に対してね。

 

「さて、カルシウムイオンチャネルが阻害されるので当然のように洞房結節における膜電位上昇はゆっくりになる。だから、心拍数は減少する──と、これだけなら良いんだけれど。心筋収縮の阻害も当然してくれてしまうので、ここは注意は必要だね」

 

 さて、じゃあここから考えられることは何か。

 別にそんな難しいことじゃない。

 

「だから、頻脈──心拍数が上昇したって状況の中で、洞房結節や房室結節が異常活発化をした時にはよく使える。ただ、心筋が謎の自動能を獲得しました、みたいなパターンでは基本的に使えないことがある」

 

 まあ、たまに使えるパターンがあるにはある。

 ただ多くは使われないっていうのが前提にあるだけで。

 

「ベラパミルは血管拡張効果も強く持っているから、冠攣縮性狭心症なんていうものにも使われたりはするんだけれど……まあいいや。今回は心臓の話だからね」

 

 冠攣縮性狭心症は、心臓に栄養を届ける動脈である冠状動脈が痙攣して収縮するって病態だからね。

 

「じゃあ最後。カリウムイオンチャネル阻害薬──イブチリド。とりあえず名前は放置していていいよ。これは心筋に存在する一部の電位依存性カリウムイオンチャネルを阻害することによって、プラトー相の時間を延長してくれる」

 

 なるほど、とリーシャは続くであろう良い(・・)点を待つ。

 一方でユラリアは、次は悪い(・・)点の話であるという風に解釈し、待つ。

 

 実際、どっちでもあるけれどね。

 

「だから、プラトー相が短い人に対して投与すると、改善される」

 

 ……これで説明を終わらせると、流石に開発した人にぶん殴られるから真面目に説明するけれどね。

 

「改めて。これの何が嬉しいかというと。カルシウムイオンチャネルの阻害じゃないから、心筋の収縮に問題は発生しなさそう。そして、プラトー相の時間が延びることで──『リエントリー』というものを防ぐことが出来る」

 

 じゃあ気になるのは、リエントリーってなんなんだって話。

 

「何となくここまでわかると思うけれど、心臓の回路は一本じゃない。だから時には回路が円形に繋がっている。前話したイオンチャネルの仕組み的にも、当然逆向き(・・・)にも膜電位上昇は発生して伝わっていく。つまり、膜電位電位上昇は両方向に伝わっていく」

 

 だから本来、神経軸索やこういうのに逆走っていう概念はない。どっちからでも同じように伝わっていくからね。

 

「ただ、普通ならば。通ったばかりの場所の『電位依存性ナトリウムイオンチャネル』は、『不活性化ボール』による不活性化状態が状態が維持されている。つまり、この状態だといくら膜電位が上がっても『電位依存性ナトリウムイオンチャネル』の孔は開かない。不活性化ボールによる孔塞ぎが残っているうちはね。こういう時期を、ナトリウムイオンチャネルの不応期と呼んだりもする」

 

 だから、不応期というのは結構重要な概念になる。

 この不応期の如何によって色々大事なお話が出来るんだから。

 

「ナトリウムイオンチャネルに不応期があるおかげで、回路が一本の道ならば、『電気信号』は一方向に伝わっているように、我々は思うことが出来る」

 

 そこが偉いところだよね。

 奇跡的な魔法パワーで一方向にしか電気信号が流れないわけじゃない。

 

「そして、円形回路があっても不応期があるから無事でいられることが多い」

 

 イメージして欲しいので、円形の回路を描く。

 上と下に一本の伝導路を描き……一つしか具が刺さっていない串焼きマシュマロみたいな状況。

 

「仮に上から『電気信号』が来たとして。左の半円を通るのと、右の半円を通る場合で、下の合流点まで辿り着く時間が違ったとする」

 

 まあ、伝導速度的要因でもいいし距離的な問題でもいいけれどね。

 

「今回は左が速かったとしよう。すると、左の半円からの信号はそのまま下の直線へと向かう。同時に、右の半円へも当然向かい──『右半円経路でやってきた信号によって、不活性化状態になったナトリウムチャネルがある場所』からは伝われなくなる」

 

 そこまで『電気信号』が伝わったとしても、電位依存性ナトリウムイオンチャネルが開かなければ大きな脱分極(・・・・・・)は起こらない。だから、それ以降まで向かうことはない。

 

「だから、健康な状態だと円形回路があっても問題にはならない。ただ、右半円の『電気信号』が何らかの原因で早々に途絶した場合。左半円を通ってきた信号が右の半円を通って──もう一度、左半円の経路を通って……とぐるぐる回ってしまう。そして、その度にこの下の直線からは『信号』が出ることになってしまう。こういう回路を、リエントリーと呼ぶ」

 

 まあ、すごい大雑把にまとめると『円形回路でぐるぐる電気信号が回っちゃって、そのぐるぐるの度に心臓が収縮しようとするから心拍数が増加する』ってこと。

 

「じゃあ、このリエントリーを防ぐにはどうすればいいか。その解決策として考えられるのが、電位依存性ナトリウムイオンチャネルの不応期を、なるべく長くするという方針。こうすることで、例え変な経路から来ても『まだ不応期です』となって、ぐるぐる(・・・・)の成立が抑えられ、リエントリーが阻止される」

 

 で、じゃあ次の問題。

 

「じゃあ電位依存性ナトリウムイオンチャネルの不応期を延ばすには何をすればいいか。そこで考えられたのが、プラトー相の延長……というより、さっきのリドカインやイブチリド達」

 

『活性化している状態』か『“不活性化ボール”によって不活性化状態になっている状態』の電位依存性ナトリウムイオンチャネルを阻害するというリドカインは、まさしくその効果そのものだし、カリウムイオンチャネルを阻害するということも、『不活性化ボールによって不活性化状態になっている状態』の電位依存性ナトリウムイオンチャネルを増やしているから。

 

「だから、プラトー相の遷延というのはリエントリー阻止という目的から得られたもの。まあ、そうなんだけれど……」

 

 じゃあリエントリーを阻止できて完璧です、というわけには行かない。

 

「プラトー相が延長すると何が起こりやすくなるか。プラトー相後、ゆっくり下がっていることで『電位依存性カルシウムイオンチャネル』の不応期とでも呼ぶべきものが終わってしまう。そして、まだ下がっている途中ということは──『電位依存性カルシウムイオンチャネル』の活性化要件を満たしてしまい、膜電位が戻りきる前にカルシウムイオンチャネルによる脱分極が発生してしまう。で、そうしている間に『電位依存性ナトリウムイオンチャネル』の不応期が終わり、なんてことが発生して持続すれば、心筋の収縮ペースが速くなる、どころじゃ済まない」

 

 その時の心電図はまるで、『ねじれるような立ち上がり(膜電位上昇)』とみなされていたり。そして、それを元に、この現象には名前がついている。

 

「というわけで、こうなったパターンを『トルサード・ポワン』やトルサード型心室頻拍と呼ぶ。なので、プラトー相の延長はこういう危険を秘めてしまっている」

 

 つまり、この観点でまとめるなら『電位依存性カリウムイオンチャネル』の阻害は、トルサード・ポワンを誘発しかねない薬剤ということになる。

 

「さて、これで四つの機序についてはおおまかに解説出来た。というわけで、次は強心剤と呼ばれるものについて軽く話していくよ」

 

 本来は、これら以外の機序で動く抗不整脈薬を紹介したほうがいいのかもしれないけれど、今回は割愛させてもらう。

 アデノシンとかね。それに、高カリウム血症の話も……結構話せることあるよね、まだ。

 

「ジゴキシンやウアバインと呼ばれる薬剤は、Na⁺/K⁺-ATPaseを選択的に阻害する効果を持つ。これによって、心筋内のナトリウムイオン排出を抑えるという効果を持つ」

 

『ATPを消費することで、ナトリウムイオンを外に排出してカリウムイオンを細胞内に取り込むポンプ』、通称ナトリウムポンプだね。

 

「もちろん、それだけじゃ意味がない。ただ、細胞内のナトリウムイオン濃度が上昇することで、さっき話したNCX──『ナトリウムイオンを細胞内取り入れて、カルシウムイオンを細胞外に排出する輸送体』の働きが抑制される。ナトリウムイオンの濃度勾配的な問題でね」

 

 そんな回りくどい方法を使わずに直接NCXを阻害してくれ、と思わなくはない。

 というわけで地球では開発を頑張ろうとしていたわけだし。

 

「これによって、SERCA……小胞体(ふくろ)の中に入るカルシウムイオンが増える。そうすることで、次に袋の紐が緩んだ時に出てくるカルシウムイオンが増える──つまり、心臓の収縮力が増加する薬剤となる」

 

 とまあ、ここで終わってくれれば楽なんだけれど。

 

「また、ジゴキシンは神経のNa⁺/K⁺-ATPaseも阻害する。これによって副交感神経が活性化される。他にも房室(AV)結節での自動能と伝導速度を低下させ、それ以下のペースメーカー細胞の自動能を強化する作用がある。まあ、ここら辺の効果の機序はいいよ」

 

 とりあえずは、ジゴキシンがどういう時に使われるものなのかを認識してもらいたいだけかな。

 

「だから、心房……結節(node)に問題があるタイプ。すなわち、心房細動(心房が細かく速く動く)の一部に使われたりする」

 

 さて、じゃあ何となくここまでの流れでわかりそうなとのだけれど、副作用……というか注意点を。

 

「このジゴキシンという薬剤は、とても治療域(・・・)が狭い。なら、次はこの治療域ってどういう意味? っていう話だね。ついでに副作用の話もちょっとするけれど」

 

 これ、内容とか分量的に初回にもうちょっと触れておくべきだったかな……と思わなくはない。

 そもそも一回の講義で心臓関係をざっとやろうっていうのが間違いだというご指摘はその通り。

 

「薬剤には当然副作用(Side effect)がある。例えば今話していたジゴキシンを過剰な濃度投与すれば、房室結節の伝導速度を下げすぎた結果、伝わらなくなったり。これは、過剰濃度の場合だけれど──」

 

 折角だし、この話も付け加えよう。

 

「通常濃度の場合も、思っていない阻害効果を発揮することはある。心臓にあるhERG(ハーグ)チャネルと呼ばれている、『電位依存性カリウムイオンチャネル』の一つは、色々なものによって本当に良く阻害される」

 

 テルフェナジンというアレルギーを抑える為に作られた薬が、何故かわからないけれどこのhERGチャネルを阻害していたり。

 そして、『電位依存性カリウムイオンチャネル』の阻害によって、さっきイブチリド付近で話したようなトルサード・ポワンが起きて、不整脈だったり突然死だったりの重篤過ぎる副作用が発見されて、即座に販売中止になったりね。

 その代わりに新たにそうならないようにして、開発されたのがフェキソフェナジン──商品名(またの名)を、アレグラと呼んだりしていたわけで。

 

「だから、新薬開発時はこのhERGチャネルの阻害効果が現れていないか考えなきゃいけないくらいなんだけれど。まあ、そんな感じで副作用は色々と発生する。そして、副作用が発生する濃度にも色々存在する」

 

 じゃあ次に考えたいのは、いつも通りの評価(・・)方法。比較方法って言ってもいいけれどね。

 

「だから、『投与して半分の人に副作用が出る濃度』を分子に、『投与して半分の人に目的の治療効果が出る濃度』分母に置いて出てきた指標を『治療指数(Therapeutic index)』や『TI』と呼ぶようになった」

 

 ちなみに他にも『投与して半分の人が死ぬ濃度』っていうのも、設置されている。そんなもの文字で置くほど使うなよっていう意見もあるかもしれないけれどね。

 

「で、この治療指数が高いということは分母分子の間に大きな差があるから、副作用が出る濃度と治療効果が出る濃度に大きな差がある。すなわち、比較的副作用の出にくい薬剤だという評価が出来る」

 

 そして一方で、治療指数が低い薬剤は副作用が出やすい薬剤だということでもある。

 だから、副作用が重篤でも治療指数がかなり高ければそこまで問題にはならない。投与量を気を付けようねって話になるからね。

 

「というわけで、中毒域と呼ばれる副作用が発生する濃度以下で、きちんと望んだ薬効を発揮する濃度以上の濃度を治療域とか有効域とか呼ぶ。ジゴキシンは、これが低いってことになる」

 

 だから気を付けて使おうね、って話。

 それこそジゴキシンはその作用機序的に、血中のカリウムイオン濃度をちゃんと調べるとかね。

 

「そういう危険性を秘めている上に、分解や排泄に時間がかかるから抗ジゴキシン剤なんてものがあったりもする」

 

 半減期、36時間とかあったはずだからね。ジゴキシン。

 かなり長い。まあ、もっと長いのもあるけど。

 

「さあ、最後に紹介するのは『ソタロール』、『アミオダロン』、『キニジン』という三つの薬剤。まあ、これが今回の総括だと思って貰って構わない」

 

 ここまでの話がわかっているならば、基本的にはそれらの組み合わせでしかない。

 

「まずはソタロール。これの効果は『交感神経機能抑制』と『電位依存性カリウムイオンチャネルの阻害』の二つになる。その作用機序からわかる通り、トルサード・ポワンの発生や心拍数の過剰な低下には留意した上での使用は当然のこと。で、リエントリー阻止に使えるから、心室に原因があるタイプの不整脈なんかに使われる」

 

 まあ、そんなに難しい話じゃない。

 単純な組み合わせ。次に話すアミオダロンが使えない場合に使ったりする薬剤。

 

「次に、アミオダロン。これは『電位依存性カリウムイオンチャネル阻害』──以外にも(・・・・)『電位依存性ナトリウムイオンチャネル阻害』『電位依存性カルシウムイオンチャネル阻害』『交感神経機能抑制』。つまり、今日話した四つ全てに効果がある」

 

 分類的には『電位依存性カリウムイオンチャネル阻害薬』に分類されることが多いんだけどね。ただ、あまりにも色々効果がありすぎている。

 

「で、アミオダロンはさっきのジゴキシンよりも分解・排泄に必要な時間が長い。だから、一回過剰投与したりすると週単位(・・・)で副作用が発生したりするので、気を付けようなんて話がある」

 

 なんでって話をもうちょっと詳しくするためには、分布容積の話とかクリアランスの話をしなきゃいけないんだけど。

 

 半減期は、それこそ三週間程度から七週間とかだっけな。本当にすごいよね。

 

「そして、副作用も色々存在する。心臓以外にも肺に重篤な影響が出たり、甲状腺という体内のカルシウムイオン濃度を調節する臓器に影響が出たりもする。ただ、一方で、このアミオダロンは生命が危ぶまれる重篤な不整脈に対する最終手段という側面も持っている」

 

 何なら、低容量で使うことで重篤な心室原因の不整脈の再発防止薬として使われることもあるからね。

 

「だからと言うべきか。アミオダロンと類似の効果を持ち、副作用の少ない薬剤が望まれ、ドロネダロン(dronedaron)と呼ばれる薬剤が開発された」

 

 まあ。先にそっちを紹介しなかったことから推測しているかもしれないけれど。

 

「心収縮機能が低下するタイプの心臓不全の場合、致死率が上がったりと、様々に課題があるというのも事実ではある。だから、今覚えるのはアミオダロンで良いよ。とりあえずはね」

 

 もちろん、ドロネダロンのほうが半減期が短いとか甲状腺への影響が少なかったりと、色々あるんだけれども。

 

「じゃあ、正真正銘本日最後の薬剤は『キニジン』だね」

 

「キニジンの効果は、『電位依存性ナトリウムイオンチャネル阻害』と、『副交感神経(・・・・・)機能抑制』にある。前半は流石にやりすぎたので、もういいとして」

 

 副交感神経抑制だけだとわかりにくい、というのは理解出来るのでもう一歩踏み込む。

 ちなみに高濃度だと別枠で普通に電位依存性カリウムイオンチャネル阻害としても働いてくれる模様。

 

「副交感神経機能抑制によって、洞房結節における電位依存性カリウムイオンチャネルが抑制される。一方で、房室結節における『信号』の伝導速度(・・)が上昇する。全体的に、膜電位が上昇するからね」

 

 なんとなくこの流れでわかる通り、伝導速度が速すぎても困ってしまう。

 

「だから、使う時は『電位依存性カルシウムイオンチャネル阻害薬』を同時に使って、『信号』の伝導速度低下効果で相殺しようとしたりもする」

 

 じゃあ、残りは流しで。

 知っている話だらけだろうし。

 

「『電位依存性ナトリウムイオンチャネル阻害薬』でもあるから、リエントリー阻止はするけれどトルサード・ポワンには気を付けようというものはある。こういう経由によるキニジン要因の失神をキニジン失神なんて呼ぶくらいには、あるからね」

 

 地球では少しずつキニジンが使われなくなってはいる。心房や結節あたりが原因のものに対しては、イブチリドやアミオダロンが代わりに少しずつ使われるようになってね。

 

 じゃあ、これで今日の話は終わり。

 長かったね、とても。

 

「勿論、抗不整脈はまだまだある。フレカイニドという強く電位依存性ナトリウムイオンチャネルを阻害する薬剤があったり」

 

 そのかわり、これを投与することで発生する不整脈が発生したりするけれど。

 

「ジソピラミドというキニジンみたいな薬剤があったり」

 

 ジソピラミドにはあんまり作用機序が判然としていない心臓の収縮力減少効果があったり。

 

「ただ。これらの薬剤は結局。良くも悪くも可逆的変化しか及ぼさない。瞬時的な生命存続には無論有用なものの、長期的には何とも言えないものが多い」

 

 飲み続けていないといけないとか、ずっと点滴です、とか何とも言えないよね。面倒臭いし、忘れたら死にますとか、怖すぎる。

 

「リエントリーはその円形経路の片方を切断すればいいし、ペースメーカー細胞系の不整脈に対して正常なペースメーカー細胞の代替品さえあれば、それでも構わないわけだ」

 

 地球のペースメーカー技術もすごい勢いで進化しているからね。どんどん薬剤の出番は少なくなっている。

 今回話したジゴキシンも、症状の緩和は証明されているものの有意な死亡率減少は言えてなかったはずだから。

 

「それに、多くの抗不整脈薬は別の不整脈を誘発しかねないという欠点もあるからね。でも、それは新たな薬剤開発の視点になり得るから、『使わないじゃん』と学ばないわけには行かない」

 

 それに、全く使われないわけじゃないからね。

 さっき話したテルフェナジンやサリドマイドみたいな問題が発生するのとは、ちょっと違う。

 

「というわけで。今日の課題は『テオフィリンという名前の、cAMPホスホジエステラーゼを阻害する薬剤は、心臓に対してどんな影響を与えるか』で」

 

 結構濃い内容になってしまい、申し訳ないけれど。

 

「──じゃあ、定刻だから。また来週」

 

 

 

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