『TS薬を開発したいだけの異世界薬理教師』


メニュー

お気に入り

しおり
作:  
▼ページ最下部へ


28/44 

第七講義(1)『心臓を狙え』


 ◇◆◆◇

 

 

 なるほどね……確かに、それは完全に私の想定外だわ。

 そう思わされたのが、ユラリアのレポートを見た時。

 

 ちょこちょこ探りを入れてくる教会に一泡吹かせてやりたいぜ、って気分なのはそうなんだけれど、ユラリアほどちゃんと考えているわけじゃない。

 まあ、それでも結果だけは間違っていない。

 

 第一級から第四級の『虚空魔法』を創った存在は警戒しなきゃいけないし、何なら平和が確約しているなら会って話を訊きたい。それに、教会の動向が色々と気になっているのも事実ではある。

 

 

 一方で。

 なるほどね、確かに私のミスっちゃミスだけどね。

 そう思わされたのが、リーシャのレポート。

 

 この世界において新規魔法陣というもののハードルは著しく低い。それは、そうしなければ新規魔法陣というものの認定頻度がとても低くなってしまうから。

 だから私視点からだとリーシャは、『使っちゃダメだよ』と言われた魔法陣を改良してあたかも自分のモノらしく振る舞っていると見えるけれど、この世界的には『使っちゃダメだよ』な魔法陣とは別な新規魔法陣を創った、としか思われていない。

 

 というか、そうでなければ私の『新規魔法陣』自体が教会の『神聖大結界』の盗作認定されてしまう。そうならず、正式に王宮やソフィア教授からも認定が下りている、ということは──この世界的には、リーシャの行動は何の問題もない、ということになる。

 

 そしてついでに言うなら、今回のリーシャの行動はこの世界的にはとても平和(・・)な行動にもなる。

 どうみても禁呪一直線な魔法を、何とか第一級理論魔法という高位魔法に擬装しているからね。何なら、教会もそういうのは推進しているくらい。

 

 ああ、つまり。

 この世界は基本的に、理論的に魔法陣を作成するということを前提に文明が形成されていない。

『適当にお絵かきしていたら、何か発動しました』以外の魔法陣発見(・・)方法を、基本的に知らないということで。

 

 ……まあ、今日も講義をしていこう。

 

 

 ちなみにリーシャへは、何か新しい魔法を使うときはユラリアか私に連絡してねっていうコメントと共にレポートを返却する予定。

 

 

 さ、切り替えていこう。

 

 講義について。そろそろ具体的な話……というより、もうちょっとわかりやすく影響の出るお話をしたほうが良いというのは、薄々わかってはいる。

 薄々わかっているので、今回はそういう話にしてみたりする。

 

「ここまで阻害様式、GPCR、皮質脊髄路、軸索における伝導と、色々わかりにくいことをやってきたわけだけれど……」

 

 一部の生徒が肯定とばかりに、首を縦に振る。

 でもそうは言うけれど、ここまで来てある程度理解している時点でそっちも十分異常側だからね? 

 

「今回は、わかりやすい話をしようと思う。心臓(・・)の話──ね? 今までの細々とした話より、わかりやすそうでしょ? 少なくとも、イメージは出来る」

 

 納得する生徒と、どうせそんなことないんでしょ? という視線を向けてくる生徒。そして、幾ばくかの純粋な興味を向けてくる生徒。

 まあ実際どうなのか、っていうのは聞いてから判断して欲しい。

 

 でも少なくとも、前回の神経軸索での膜電位の話付近はわかっておくことを推奨するかな。細かい機構というより、概要の理解をね。

 

「さて。私たち人類には筋肉がある。腕の筋肉も、腸管の筋肉も、そして心臓の筋肉も。だけれど、それらの筋肉は同じ(・・)じゃない。というわけで、筋肉は大雑把に分けると二つに分類される。ユラリアはどう思う?」

 

 少し考える素振りを見せてから、ユラリアは流暢に答える。

 

「自分の意思で動かせる筋肉と、自分の意思では動かせない筋肉です。腕はこのように、自分で動かそうと考えれば──」

 

 そう言いながら、ユラリアは腕を動かす。

 

「きちんと動いてくれます。しかし、腸管や心臓の筋肉は、動かそうと思っても動いてくれません」

 

「その通り。動かそうと思ったら動かせる筋肉を随意筋。反対に、心臓みたいな動かそうと思っても動かせない筋肉を不随意筋と呼ぶ……リーシャ、どうしたの?」

 

 この分類に何か言いたいことがあるらしい、ばたばたとした様子をリーシャは見せる。

 

「でも教授。心臓も『素早く動いて欲しい』と思って、走れば動きが速くなります。遅刻しちゃいそうな時とか、走るとバクバク音を立てていますよね? それは、ある意味で随意(・・)なんじゃないですか?」

 

 それに、とリーシャは付け加える。

 

「腕の筋肉も、熱いモノに触れたら飛び退くけれど……あれは意識して逃げてはいないですよね」

 

 良い視点ではある。

 随意筋と不随意筋ってなんなの? っていう入りとして、文句は正直ない。

 

「なら、ちょっとだけ神経の分類についての話をしよう。脳と脊髄を中枢神経(CNS)。一方、それ以外の全ての神経を末梢神経(PNS)とと呼ぶ。そして、この末梢神経は大きくわけて、二つになる」

 

 分類図を黒板に書いていく。

 もちろん、具体例も添えて。

 

「末梢神経は自律神経と呼ばれるものと、感覚神経系・体性神経系と呼ばれる二つに分けられる」

 

 実質三つじゃない? という野暮なツッコミもあるけれど、大事なのは随意か不随意の問題だから。

 

「後者によって支配されているのが、四肢の筋肉などの随意筋。そして前者……自律神経で支配されるのが不随意筋。ただ、この説明じゃあリーシャは納得出来ないでしょう?」

 

 何も本質的な話をしていない。

 ああいや、本質的な話をしていないとかいうと怒られるか。でも、今やったのは専門用語を増やしてそれっぽく言い換えただけ。

 随意と不随意、というのを体性感覚と自律っていう言葉に置き換えただけ。これで納得出来ない、と言われてもそうだねとしか言えない。

 

「じゃあ、改めて視点を変えてみよう。筋肉というものを細かく観察したところ、何種類かに分けられた。一つは筋細胞で電位依存性ナトリウムイオンチャネルによる膜電位上昇が見られるもの。一方は、それが見られないもの」

 

 流れをふまえて、これが随意と不随意の違いなんだろうなぁ、と考えている人もそこそこいるとは思う。だけど、残念ながら違う。

 

「この膜電位上昇が見られるものを、横紋筋と呼ぶ。一方、それが見られないものを平滑筋と呼ぶ。ちなみに横紋筋はその名の通り、とても細かく観察すると横紋模様が見えたりするね」

 

 随意筋と不随意筋という分類とは別の場所に、横紋筋と平滑筋という分類を書き記す。

 

「そして実は、横紋筋は骨格筋と心筋の二種類に分類される。骨格筋は基本的に随意筋、つまり意識的に動かせる筋肉だけど、心筋は不随意筋で自律神経に支配されている。でも見た目的には両方とも横紋筋にくくられる──ああ、まだ終わりじゃないから安心して大丈夫」

 

 それじゃあ何の答えにもなっていない、と眉をひそめるリーシャ含めその他数名を言葉で宥める。

 

「じゃあ平滑筋のほうを片付けよう。平滑筋は内臓や血管壁にある筋肉で、自律神経によって支配されている。例えば何か食べて、腸管の平滑筋運動が活発になったとしよう。でもそれは、人が脳で考えたことではなく……あくまで、体の応答でしかない。正直、これを心筋にあてはめても良いんだけれど……もうちょっと、心筋については深掘りしよう」

 

 まあ、ここらへんも突き詰めると、何処からが『思考』なのか、みたいな話に片足突っ込むことになるんだけれどね。

 大脳での思考だって、所詮外界の情報を基にした電気刺激じゃないか、みたいな。

 

「というわけで。次は心臓の筋肉である心筋と、通常の骨格筋との違いは何か、ということが気になってくる。まあ自然なことだよね。横紋があるということは同じだけれど、骨格筋とはちょっと(・・・・)違うらしい。じゃあ何が違う? って考えたくなるのは、変じゃない」

 

 正直、最初筋肉について軽く触れた時は『だから?』という感想以外出てこなかった。

 どうしてそんな複雑に分類するのか、なんて考えていたりね。いやまあ、実際のところは『骨格筋、心筋、平滑筋』の三つに分類してます、を言い換えただけなんだけど。

 

「心筋細胞は分岐(ブランチング)していて互いに介在板という特殊な構造で接続されている。ちなみにこれは──」

 

 えっと、確か顕微鏡はまだ無いんだっけ。

 少なくとも400倍拡大出来るものが実用化されていたって話は聞いたことなかったはず。

 

「ちょっと心筋を染めてから、第二級雷電魔法『拡大視野』を使うと、実際に観察出来るよ。まあ心筋を直接見る機会もないだろうけれど」

 

 個人的には、この『拡大視野』……顕微鏡魔法とでも言うべきものが、雷電(・・)魔法に分類されているのは、ちょっとどうなのかなって思っていたりする。

 明らかに使われているのは、光の屈折なんだからさ。

 

「そして、介在板にはギャップ結合(・・・・・・)というモノがある。これが意外と面白くてね。ここではあんまり時間がなくて話せなさそうだけれど……」

 

 いや、介在板(intercalated disc)自体も面白いんだけどね。ただ、個人的にはギャップ結合のほうが面白いってだけ。

 でもギャップ結合は流石に、電子顕微鏡がないと見れないから現在のこの世界だと観察は厳しいかなぁ。

 

「まあ、ちょっとだけ。このギャップ結合は、『コネキシンっていうモノが集まって出来るコネキソン』──なんかそんな名前のものによって出来ている、イオンチャネルだったりする」

 

 ギャップ結合の孔の大きさは確か、1.4とか1.5nm(ナノメートル)くらいだったはず。だからイオン以外にも糖やcAMPとかも通ったりは出来るね。

 

「そしてこのイオンチャネルは、常に開いているわけじゃない。電位やカルシウムイオンの濃度など色々な事情によって開閉が調節されているんだけれど……大事なのはそれで何が嬉しいのかってところ」

 

 構造があるね、っていうだけだと全然わからなくなってしまう。でも、それがあることでどう嬉しいのかがわかれば──人間というすぐ忘却する種族だとしても、記憶に少しだけ定着させることが出来る。

 

「これの存在によって、細胞間で電気信号をダイレクトに伝えることが可能になる。一々細胞表面を伝って……みたいなことをしなくてもね。だから心筋の共役……連動にとても重要、ということ」

 

 黒板に心筋細胞の構造図を軽く描き加える。

 まあ、コネキシンだのコネキソンだのそういう話はとりあえず置いといて。こういう仕組みによって、心臓の筋肉は『隣の細胞が動くと、動く』という機能が強いとでも考えて貰えばいい。

 

「これにより、心臓は一つの機能的合胞体として働くことができる。で、機能的合胞体なんていう難しい言葉を使われても困るだけだから、これを翻訳するなら。一部の細胞が興奮すると、その興奮が心臓全体に広がるってこと。だから心臓は一つのまとまったモノとして収縮できる」

 

 ──と、ここまでで心筋の概要については終了。

 けれど、結局何がどう不随意で随意なのかの説明は終わっていない。それを残念ながらと取るか、幸運にもと取るかは聞き手次第。

 

「とりあえずこれが、骨格筋と心筋の違いの例だね。ブランチングがあるか、とギャップ結合(ジャンクション)があるか。でも、これだけだと心筋を不随意に分類されている理由がわからない」

 

「じゃあ、心筋を不随意筋として扱う以上。意思に従わずに動いている──放置しておいても動かなきゃいけない。つまり、自動的に動く機構(システム)が存在していると考えられる」

 

 逆に、骨格筋と心筋はそれ以外の多くが一緒であるということになる。

 だったら、随意扱いで良いじゃんねというお話になってしまう。

 

「その自動的に動く機構(システム)。それを自動能と呼び──心臓には、自動能がある細胞と自動能がない細胞がある。そして、自動能がある細胞は散在しているわけではなく、偏在している。これは何故かわかる?」

 

「はい! 同時に色々なところで動き始めると、皆バラバラに動いちゃってリズム(・・・)良く動いてくれないからです!」

 

 自動能がある細胞というのは、いわば周囲一帯に『動いてね!』って指令を送っていることになる。

 だから、それが散在していると問題が発生してしまう。

 

 大縄飛びとかで考えればいい。

 本来は縄が丁度良いタイミングで入ればいいんだけれど、それとは別枠で色々な人が色々なタイミングで『今だよ今!』って言ってくるようなもの。指示役が沢山いてもね、ってこと。

 

「じゃあ、こういう自動能がある細胞を『ペースメーカー細胞』と呼ぼう。まさしく、ペースを作ってくれるからね。それじゃあ問題は、結局ペースメーカー細胞は何をやっているの? ってことになる。自動能だの何だの言われても、小難しい言葉で煙に巻いているようにしか思えないよね」

 

『自動で動いてくれる』というのは、状況説明で機構説明じゃない。

 

「結局、ペースメーカー細胞がやってることっていうのは、自発的に膜電位を上昇させたり下行させたりしているってこと。普通の神経や筋肉は外部からの刺激がなければ活動電位は発生しないけど、ペースメーカー細胞は自律的にリズミカルな電気活動を生み出せる」

 

 リーシャは興味深そうに聞いている。

 じゃあこのまま『自律的なリズミカル電気活動』の仕組みに話をうつして行きたい……んだけれど。

 

「とはいえ、そのペースメーカー細胞ってどこにあるの? っていうのは、気にしなきゃいけないことになる。そして、その為に知らなきゃいけないことは、心臓自体の構造」

 

 心房とか心室とか、そういうお話。

 まあそんな詳しく話さないから安心して欲しい。

 

「まず、心臓には『全身を巡って戻ってきた血液』を受け止める場所が欲しい。そして、これが右心房という部位になる」

 

 本来は弁の話とか、心臓構造の進化に伴う変遷とかの話もしたいんだけれど。どうみても混乱の元になるので。

 

「で、右心房に入った血液は全身を巡った後だから、二酸化炭素が増えてるし酸素は減少している。だから、それを肺で何とか(・・・)しなきゃいけない。その為に、肺に送らなきゃいけないんだけれど……そのための場所が右心室」

 

 肺でどうやって酸素や二酸化炭素を何とかしているんですか、という疑問まで突き詰めると、次は肺の組織学的構造について話さなきゃいけなくなるので、今回は濁しておく。

 ……濁しておくってよく使うけれど、これ本当に話す機会は来るのだろうか。割り当てられている講義回数的に。

 

 というか。どうみても『薬理学理論』がこの回数で全部終わるわけないよね、という思考もある。

 

「さて、じゃあ次は肺から帰ってきた血液が入ってくる場所が左心房。で、そこから次に行くのが『全身に送る為の準備場所』こと、左心室」

 

 で、左心室から上行大動脈に出て大動脈弓──みたいな経路だったりする。まあ、正確に言うなら冠状動脈があったり、テベシウス静脈なんかがあったりするから、一概にこうとは言えないんだけれど。

 

「とまあ、大雑把にはこんな構造をしているのが心臓だね」

 

 それに、構造単位で見ても左心耳とか右心耳だったりそこそこ以上に大事な構造はある。まあ、それは必要になったタイミングで。

 

「そんな中、ペースメーカー細胞は何処にあるのか。一番ペースが素早く、一分あたり六十から百回程度のリズムを刻んでいるのが、洞房結節(SA node)。イメージ的には右心房にあると思ってもらっていいよ」

 

 SAという略称は、sinoatrialとかそこら辺の略称。

 個人的には洞房って言ってくれたほうが、イメージが楽だし房室結節(AV node)と混ざらなくて好みだったりする。場所的にどっちが上かもわかりやすいし。

 

「で、この洞房結節で作られたリズムは房室結節(AV node)という心房と心室の間くらいに存在する場所を通り、右脚やHis束と呼ばれる場所などを通って心室全体に広がっていく」

 

 この経路を刺激伝導系って呼んだりする。

 ただ、ここら辺もまだわかってないことが多かったりするので、案外人間の体はわからないことだらけだったりする。

 

「そして、結節という名前が付いている──洞房結節と類似しているということからわかるように、房室結節も自動能を持っている。ペースメーカー細胞があるってことだね。ただ、この房室結節(AV node)。洞房結節より、刻むリズムがゆっくりだという特徴がある」

 

 つまり、何が言いたいかというと。

 

「房室結節がリズムを刻んでいたとしても、もっとペースがはやい洞房結節のペースに呑まれて、心臓全体としては洞房(SA)結節のペースで動いていること」

 

 黒板に刺激伝導系の図を、軽く書き記す。

 なんなら、一応His束やプルキンエ線維っていう房室結節よりも下流の場所にあるものにも自動能はある。ただ、それらもまとめて洞房結節のペースに呑まれているってだけ。

 

「教授。なら、房室結節は要らないのではないですか……?」

 

「まあ、そう思えるよね。私もそう見える。ただ、じゃあ例えば──何かの原因で、洞房結節が動かなくなっちゃいました。もしくは、房室結節と洞房結節を繋ぐ経路が寸断されてしまいました、なんて事故が起こったら──その時は、ちょっとゆっくりではあるものの、房室結節があるから心臓は動けはする。もちろん、十分じゃないけどね」

 

 房室結節があるから、洞房結節が完全に破壊されても大丈夫! なんてことは流石にないけれど、ちょっと一瞬……数秒壊れただけです、みたいなパターンだと房室結節が誤魔化してくれる、ということ。

 

 雑に言うなら、房室(AV)結節は洞房(SA)結節の保険ってこと。

 

「とまあ、ここまででペースメーカー細胞の何となくの理解は出来たと思う。要は『心臓のリズムをつくる細胞』であり、『膜電位を自動で上げたり下げたりする細胞』であるってことだからね」

 

 今回の講義は長くなりそうだなぁ、と思ってはいる。

 まあ心臓の話だから、長くならざるを得ないんだけどね。

 

「なら、此処までやってきて気になるのは『どうやって?』という話。如何にして、ペースメーカー細胞は膜電位を上げ下げしてるのかってお話」

 

 ここもこの間の神経軸索みたいにチャネルの構造から話しても良いんだけれど……基本的に同じ話の繰り返しになってしまうので、割愛。

 登場人物がちょっと増えるだけだからね。

 

「というわけで、洞房結節における上げ下げについて考えていこう。電位を上げ下げしているという都合上、関わってくるのはイオンチャネル。大きく分けるならカリウムイオンチャネル、ナトリウムイオンチャネル、カルシウムイオンチャネル、そして『カリウムイオンとナトリウムイオン』チャネルだね」

 

 まあ、まとめるならいつも通りの面子にカルシウム君が参入しただけとも言う。

 それに、ナトリウムイオンチャネルは関係があるだけで大きくは関わってこない。

 

「まず、洞房結節では心筋とかと比べて一部のカリウムイオンチャネルが存在していない。つまり、膜電位はどうなる? ユラリア」

 

「前回、リーシャが答えていた問いですね。『正の電荷』が外に出なくなりますから、脱分極側に傾きます」

 

 正解。

 付け加えるなら、カリウムイオンの濃度が細胞内のほうが濃いというお話も付け加えたいかなってくらい。

 

「と、そういう理由で洞房結節では心筋とかと比べて膜電位が浅い(・・)。言い換えれば、膜電位が普段から──ずっと(・・・)高めだって言ってもいいね。さて、そうすると電位依存性ナトリウムイオンチャネル君はどうなる? リーシャ」

 

「ええっと……電位依存性ナトリウムイオンチャネルというのは、脱分極で活性化します。でも、その後にすぐ不活性化するハズで……教授! その不活性化。お話していた『不活性化ボール』とかって、電位による制御ですよね?」

 

「電位依存性ナトリウムイオンチャネルの不活性化機序は、物理的な孔の閉塞であり、電位によるものだと考えて大丈夫だね」

 

「なら! ずっと膜電位が高いということは、ずっと不活性化状態です。物理的に塞がれちゃっていて!」

 

 と、リーシャが答えてくれたのが真相。

 洞房結節にも電位依存性ナトリウムイオンチャネルは存在してはいる。ただ、こういう都合上基本的に神経軸索みたいな脱分極メイン成分です、みたいな働き方はしてくれない。

 

「そう。だから、電位依存性ナトリウムイオンチャネルは大きくは関与してこない。というわけで、じゃあ何が代わりに脱分極に貢献しているのか。それが、電位依存性カルシウムイオンチャネル」

 

 さて、ここでカルシウムイオンというものについて思い出して置こう。

 カルシウムイオンは『正の電荷』を持つ。そして、細胞外のほうが濃いっていう話は、ちょくちょくしていた。

 だから、カルシウムイオンチャネルが開くと、カルシウムイオンは細胞内に流入する。『正の電荷』を持つものが流入してくるんだから、それが意味することは細胞内電位の上昇。すなわち、膜電位の上昇。あるいは脱分極だね。

 

「詳細は話さないけれど、L型と呼ばれるモノとT型と呼ばれるモノの二種類の電位依存性カルシウムイオンチャネルによって、膜電位の立ち上がりは作られる。T型の方が、L型よりも『膜電位が低くても活性化する』ってことぐらいは覚えておいてもいいかもね」

 

 つまり、順番的にはこう。

 まず最初にT型カルシウムイオンチャネルが活性化。それによって、活性化する膜電位がちょっと高めなL型カルシウムイオンチャネルが活性化。これによって、洞房結節での膜電位の立ち上がりが行われると。

 

「ただし。どちらにも共通する特徴として、膜電位が上がりすぎると不活性化するというお話がある。加えて、ナトリウムイオンチャネルによるものほど活性化が急激(・・)じゃないってお話もね」

 

 そういう理由で、洞房結節での膜電位が上がりすぎることが抑えられる。

 そして、神経軸索での話みたいに『電位依存性ナトリウムイオンチャネルのおかけで膜電位が急激に一瞬だけ跳ね上がる』ということが発生しない。

 

「そして、膜電位が上がることにより電位依存性カリウムチャネルがゆっくりとお仕事を始める。だから、洞房結節の膜電位は下がり始めることになる」

 

 ゆっくり膜電位が上がるから、電位依存性カリウムイオンチャネルの活性化もゆっくり。だから、膜電位もゆっくり下がっていく。

 

「で、最後に登場するのが『ナトリウムイオンとカリウムイオン』チャネルのひとつ。これは今までの電位依存性チャネルとは違って、膜電位が下がると活性化する。だから、膜電位が下がり過ぎることを防いでくれる」

 

 どうしてナトリウムイオンとカリウムイオン両方を通したら、膜電位が下がり過ぎることを防ぐ──つまり、膜電位を上げてくれるのか、ということについては、前回リーシャにした質問を参考にしておきたい。

『ナトリウムイオンもカリウムイオンも通る』というのは、弱めの(・・・)フリーパスみたいなもの。だから、弱めに細胞が傷付いて──みたいな文脈。

 

「というわけで、下がり過ぎなくなる。で、次は電位依存性カルシウムイオンチャネルが活性化して──の繰り返し。この機序のどこにも、他からの関与は発生していない。だから、勝手に膜電位が上がるし下がることになる。自動能の正体だね」

 

 前回、ちょっと無理してでもイオンチャネルの話を長々とやったのは、ここの為でもあったりはする。

 もちろん、神経も重要なんだけれども。

 

「こういう機序で出来ている自動能によって、心臓全体にリズムが伝えられている」

 

 だから、と区切って。

 

「逆に言えば。普段自動能がない──ペースメーカー細胞じゃない細胞。非ペースメーカー細胞が自動能を持ってしまったり、或いはペースメーカー細胞であったとしても、通常とペースが違ったりしたら、困る(・・)ということがわかる」

 

 何故かっていうのは、もう一回説明するまでもないと思うけれどね。

 だって、ペースメーカー細胞というものが心臓のリズムを作っている。

 そして心臓のリズムは、そのまま心臓の脈拍を作っているわけで。

 

「だから、何らかの原因で異常が生じると──それを、我々は『不整脈』と呼ぶわけだ」

 

 だから、それを薬剤で治療するよって言えればいいんだけどね。

 地球だと大正義であるペースメーカーが何とかしてくれることが多かったりする。

 

 

 

28/44 



メニュー

お気に入り

しおり

▲ページ最上部へ
Xで読了報告
この作品に感想を書く
この作品を評価する