『TS薬を開発したいだけの異世界薬理教師』


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第六交流(1)『お引っ越しのご提案』


 ◇◆◆◇

 

「私、どうすればいいんでしょうか……?」

 

 リーシャは、ユラリアと共に教授のもとへと向かう。

 その声に不安や怯えというより、純粋な迷いが多分に含まれていた。

 

『世界から魔法を消す魔法』と『世界に魔法を復活させる魔法』──リーシャが『権能返却(・・)』と『権能読込(・・)』と命名したそれらは、この世界の人類文明の根底を覆す発明であった。

 

 その情報はまだ掴まれていないものの、既に主席枢機卿が教授に接触してくる程度には、リーシャや教授は警戒されていた。

 

「そういえば、リーシャはどうして『権能返却』という名前にしたのですか?」

 

「んー……作る過程で、魔法は私たち(・・・)のモノじゃなさそうってわかったから? 本当はもっと……こう、どうしようもないモノな気がしてきて。もっと、持っているべき人がいるのを……間借りしているようなカタチだったから?」

 

 いまいち要領を掴めないリーシャの返答に、ユラリアは困った表情を浮かべる。

 その言葉が正しいのならば、ある意味で宗教家の発言は正しいことになる。

『魔法は神により与えられた人類の権能である』という原則。

 それが、世迷い言ではなくなるということ。

 

「多分──順番が根本的に逆なんだと思う。魔法が私たちに与えられたんじゃなくて。『魔法』を与えるために、作られたのが私たち……みたいな」

 

 この場で、魔法という世界に蔓延る機構(システム)について最も詳しいのは間違いなくリーシャである。

 教授は異世界から来ているために、何処までが物理法則の適応範囲内であるかを理解しているが──一方で、魔法というものが生まれた瞬間から存在するリーシャやユラリアと比べて、『魔法という概念』と親しみを持てていなかった。

 

「真理はともかく。生活は送らなきゃいけないよね。何か考えていたりするの?」

 

「あっ、はい! 一応、お引っ越しを考えているのですが……どこか良い物件とか、知っていますか?」

 

 ユラリアは、この話題に関して口を挟むことが出来なかった。

 

 ここで紹介をすれば、それは王族からの紹介となってしまう。そうすれば、リーシャに集まる注目が増えてしまうということを、ユラリアはわかっていた。

 

「学院の生徒向けの住居があって、そこならまだ空きがあったかな。家賃もそんなに高くないし──」

 

 それに、と教授は付け加える。

 

「一部の部屋には、部屋内から学院内の研究室への直接連絡方法が近々(・・)導入される予定でね。まだ音質も悪いし、音量も小さいけれど。ユラリアは知ってるでしょ?」

 

 何事もなかったかのように言う教授に、ユラリアは少しだけ呆れた目を向ける。むろん、その中にはきちんとした敬意も混じっていたが。

 

 学院生徒向け住居である『王立総合学院第一宿舎』の個人部屋は、成績が優秀な人向けに提供される特別室である。

 例えばそれは、奨学金(・・・)を獲得出来るほどの認定を学院からもらっていたり──あるいは、業績と素行でもって、二人以上の教授から認められることで入室が可能になる部屋である。

 

 つまり、将来が期待出来る優秀な生徒向けの部屋である。

 リーシャの『炎路調節』は、魔法陣学のソフィア教授に認めさせるのに十分な業績であり、そして目の前にいる薬理学理論教授はそれ(・・)を認めないはずがない。そう、ユラリアは推測していた。

 

 そして、偶然(・・)今週からその特別室の設備が一つ増えるという報告を、王族であるユラリアは受け取っていた。

 

 第二級風空魔法『音波送信』と第二級風空魔法『音波受信』。そして、第一級風空魔法『音波暗号化』。

 去年、突如として申請された三つの新魔法が活用され、設置されることになった連絡用設備。

 

 王族や上級貴族向けに開発されたそれが、突然学院宿舎の特別室に備え付けられるという報告。

 それに、目の前の教授が全く関与していないとは思えなかった。

 

 王族として機密事項であるそれらを繋いだ連絡用魔法陣を直接眺めたことのあったユラリアは、その時の感想を未だに覚えていた。

『どうすれば、ここまで妄執的に緻密な魔法陣を書けるのだろうか』──と。

 

 まるで、他者による傍受を想定しているかのような魔法陣構成。それだけではない。

 天候要因、物理的傷害、魔法干渉など様々な要因による情報欠損(・・)が発生したとしても、それら全てを検出して、送り主にも送信先にも検出結果を伝送する機構。

 

 王国は三つの魔法陣を評価したが、ユラリアは違った。

 それらを繋ぐ媒介魔法陣に価値を見出だした。将来的に、民間でも使用されるようになり、その時に発生するであろう混線や傍受を対策している魔法陣、そのものに。

 

 そして、それらの機構を他者に読ませないようにしている──まさしく、妄執的なまでの不信さを、知っていた。

 

「それなら安心ですね。私の自室にも、不思議とそれ(・・)を配備する予定なので──何かあったら、お互い連絡することが出来ます」

 

 教授は少しだけ眉を上げる。

 

「ユラリアはどうして、あんなものを? 無駄に高いだけだし……まだ実用に耐えられないものだと思うけれど」

 

 白々しい教授の声。

 媒介魔法陣の構成。そのほんの一欠片を書き換えれば、実用可能どころか、十分過ぎる結果を出せることを教授が知らないわけがない。

 

 ただ、それをこの場で言葉に出さない程度の慎みがユラリアにはあった。

 

「新しいものが開発されれば、試してみなければいけません。王族として」

 

「なるほど。そういえば、近いうちにその宿舎の警備レベルが引き上げられるという風の噂も聞いたことがある。どうやら、盗難事件が発生して──そこに居住していた生徒の親が警備を厳しくしろ、と言ったことが原因だとか」

 

 ある高学年の生徒が、成績不振と素行不良により退学とさせられることとなり──暴かれた数々の事件のなかに、盗難事件があった。そして、被害者の親が警備水準の向上を訴え、学院は謝罪をした。

 

 事件が発覚した場合の、通常通りの対応。

 その声が偶然(・・)、大きく取り上げられただけである。

 例えば、実際に学院に通っている王女を通じて侍女へと伝えられ、その情報が侍女同士の情報網を通して、王宮の噂話(・・)となるような経路があっただけで。

 

「丁度良いですね。リーシャ、どうですか? ご家族と離れるのに抵抗があるというなら、別案を考えますが……」

 

「う~ん、我が家には防犯魔法陣(・・・・・)を設置したから良いんだけれど……」

 

「ちなみに、どんな魔法陣かを教えてくれますか?」

 

 背中に悪寒が走ったユラリアは、一応と問いただす。

 何もないことを祈りながら。

 

「第四級火炎魔法『追尾灯火』を起点として、侵入者付近に『権能返却』を発動させる防衛魔法陣。極小範囲にしているので、犯人が魔法陣を展開しようとすると魔法陣が描写されるだけになりますよ。ちゃんと自分で試しました」

 

 試しちゃったんだ。

 教授とユラリアの思考が完全に一致した。

 

「まあ……それなら一時的な『魔法不全化』ということに出来るかな。リーシャのことだから、それ以外にもあるんでしょ?」

 

「はい。昔から色々遊んでいたので、色々(・・)なものが沢山あります! 大体……数十とかですかね」

 

 それくらいの罠魔法が同時に発動するのなら、『魔法不全化』という現象が起きたとしても誤魔化せる、と教授は考えた。それに王国の解析班の大抵は、リーシャの魔法陣の意味を全て解読出来るほど優秀ではないとも教授は知っていた。

 

「ちなみにそれはどれぐらい継続されるのですか?」

 

「え? 今のところは私がエネルギー切れになるまでだけれど……」

 

「それ以外に魔法を使わなかったら、どれくらいですか?」

 

「回復速度のほうが、多分はやいかな」

 

 事実上の無期限魔法封印が民家の防衛魔法陣に設置されているという事実に、ユラリアの表情がひきつる。

 

「……一時間とかで充分だと思いますよ。それまでに、大抵解決していると思います」

 

「ユラリアがそういうなら、そうしとく!」

 

 そうしとく(・・・・・)、で出来る内容でもないという事実から、ユラリアは目を背けることにした。

 

「なら、何が不安なのですか?」 

 

 リーシャは深刻そうな表情を浮かべる。

 不安を隠しきれない。そんな表情がまざまざと出ている。

 

「えっと……私、料理出来るかなって……」

 

「学院の食堂は朝から夜まで解放されているよ。私もちょくちょく利用してるし」

 

「そっか!」

 

 リーシャの引っ越しが、決定した。

 

 

 

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