『TS薬を開発したいだけの異世界薬理教師』


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第六講義(1)『生体内における電気って?』


 ◇◆◆◇

 

 いよいよ面倒臭いことに巻き込まれているよね、どうみても。

 一言でまとめると、そんな感じになってしまう。

 

『虚空魔法』というのは、魔法と命名されているだけの謎の概念である。

 だからか、人類(我々)視点で見て、それが本当に『虚空魔法』であるかは実のところ、注目されていない。

 

 要は、発動原理不明でよくわからないものをまとめて『虚空魔法』という枠組みに突っ込んでいるだけである。

 ただ、それが良くないことであるというのを割り振る側もよく理解しているようで、新たな『虚空魔法』は全て第五級に割り振られる。

 

 一方、古い『虚空魔法』──発動者も何もわからない、人類文明の前提達は第一級から第四級に割り振られる。

 だから、あの階級は実のところ大した意味を持たない。あれは単にそれが四つ(・・)である、ということを意味しているに過ぎない。

 

 というのが、『虚空魔法』の使用者にだけ入ることが出来る王宮禁書庫で得られる話の大枠。

 

 

 一般には代償を払わない魔法を『虚空魔法』と呼び、歴史の教科書に顔写真や自画像と共に掲載される偉人の一部は、『虚空魔法』を使うことが出来たということ。

 そして、『虚空魔法』にも同様に階級(クラス)があるということ。

 

 そして、そのうち一部の名前くらいは知ることが出来るだろうけれど──効果は、広く考察(・・)されている、ということぐらいしかわからない。

 

 だから、リーシャが参考文献としてあげていた『第一級虚空魔法理論』もその類いだね。

 まあ、404書庫って第一級理論魔法『自我迷路』が働いているから容易に辿り着けないはずの場所ではあるんだけれど。

 

 確か、魔法陣学の先々代教授が付与したんだっけな。

 遊び半分で。

 

 で、『虚空魔法』を使えない側からしたら、私が何処まで出来るのかわかるわけがない。

 第五級虚空魔法を使えた歴史上の偉人全員にアンケートを取ったら、ほぼ全員が確実に『いや、自分のは上の級のそれらとは違うんで』ってなるんだろうけれどね。

 

 こればかりは、第五級虚空魔法の使い手にならないとわからない部分ではある。そもそも根本からして絶対的に違う。

 

 どう例えればいいかな。

 一般の魔法がパソコンで普通の操作──クリックやドラッグをしているとしたら、第五級虚空魔法はコマンドプロンプトを使用しているイメージ。そりゃ出来ることは広がるけれど、それだけ。

 

 一方、本物の『虚空魔法』はパソコン自体を作成しているというか。あそこらへんの電気基盤の作成というか。そういう領域の話をしている。

 

 だからこそ、それの破壊や修正が出来るどっかの人のものがヤバい(・・・)わけで。

 此処からわかるとおり、実はヤバいのは修正のほう。破壊は破壊すればいいだけだけれど、修正は本当に理解が出来ない。

 

 どうみても『虚空魔法』──それも、第四級以上に認定するべきでは? と思わなくもない。

 

 

 

 まあ、そんなことはさておき。

 

『虚空魔法』自体はさておき、それを取り巻く政情やら事情やらはあんまり興味がない。やらなきゃいけないなら、対処するけれど……そっちの趣味の持ち合わせは存在しない。

 

 

 さ、切り替えていこう。

 

 

「前回は皮質脊髄路について扱ったね。一次運動野から内包後脚へ、そして大脳脚を通って錐体交叉を通ったり通らなかったりしながら、脊髄へ。そして、そこから神経に──という『信号』の流れがある」

 

 前回懇切丁寧に長々と話した内容は、結局のところこれぐらいにまとめられる。

 まあブラウン・セカール症候群とかの話をちゃんと取り扱ったりしたからなんだけども。

 

「じゃあ、今回はその『信号(・・)』の仕組みについて考えていきたい。我々は、脳から筋肉に指令が伝わることを当然だと考えている。けれど、その『信号』の機序を理解していない」

 

 これがわからないと、『心臓ってどうやって動いているの?』みたいな話がわからなくなってしまう。そして、それがわからないと悲しいことに抗不整脈薬とかの仕組みも当然ながらわからない。

 まあ、抗不整脈薬って地球ではあんまり使われていないらしいけれど……魔法があるこの世界なら、何かしらに使えるかもしれないからね。

 

「じゃあ誰かしらが答えてくれればいいけれど、この間苦しめられたGPCR。実は神経の『信号』伝達は、あれを利用した伝達をあんまり利用していない。これはなんでかわかる?」

 

 もちろん、シナプスでは使ってたりはする。

 ただ、それ以外の──経路(じくさく)上ではそうじゃない。

 

「はい! 色々魔法陣で試してわかったんですが、あれって時間(・・)がかかります! だから、何度もすれば反応が遅れていることになるので……」

 

 リーシャは言葉を途切れさせ、黙りこくる。

 明確に何かを考えている様子。

 

 こういう閃きや思考は大事にしていきたいよね。なるべく。

 

「最後だけ、とか最初だけ使うのが良い(・・)と思います!」

 

「そのこころは?」

 

「だって、GPCRのあの経路──どうみても、増幅(・・)機能がありますから。1の『信号』を10にも100にも出来ます!」

 

 毎回これしか言っていない気がするけれど、流石だね。

 GPCRをはじめとしたシグナル伝達経路。あれの優秀なポイントには幾つかある。

 

 ひとつ、増幅されること。ひとつ、きちん不活性化機構が存在すること。ひとつ、特異性が高い──受容体にくっつけるものの種類が限られていること。

 

 それらの特徴があるというのは、とても嬉しいこと。

 要は『わかりにくい小さな信号を倍加してくれるし、ノイズが混入しにくいし、信号が暴走しにくい』ということだからね。

 

 事実。リーシャの予想はその通りである。

 

「大枠は正解。神経は何も経路の始点から終点まで一つの細胞っていうわけじゃない。それだと、応用性がない。使わない筋肉に繋がる神経は弱くても構わないし、頻繁に使う筋肉に繋がる神経は強くあってくれると嬉しい。それを叶える為に──」

 

 まあ、もちろんそれだけじゃないけれど。

 

「神経には『軸索部分』と『シナプス部分』という名前の部位があると思って欲しい。道中が軸索部分で、始点や終点の多くはシナプス部分という認識でいい。言い換えるなら、シナプス部分では『信号』の受け渡しが行われている。次の神経への、ね」

 

 さて、今回は順調に行けば軸索部分の話とシナプスの話を。順調に行かなければ軸索部分の話を終わらせるつもり。

 

 雑に言うと、『神経はどうやって信号を伝えているの?』っていう話でしかない。

 その端的な答えは、電気的性質を利用しているから。

 じゃあどうやって電気的性質を利用しているのかといえば、イオンチャネル(・・・・・・・)になる。

 

 まあ、だから最初はそこら辺の説明から。

 

「じゃあ、神経の軸索部分のお話をしよう。神経内をスムーズに……円滑に『信号』が伝わっていて欲しい。こんな時、我々はどうあってくれると嬉しい? 例えば、ユラリアなら」

 

 神経で信号が伝達される。じゃあその神経での信号伝達──長い一本の『糸』みたいな神経線維を、どうやって信号が伝わっていくのか。

 

 電線とかある世界なら、もうちょっとわかりやすかったのかもしれないけれどね。

 

「伝わっている途中に減衰(・・)して欲しくないですね。それと、きちんと速度があること……とかでしょうか」

 

「速度があることは、その仕組みを今から話すから良いとして……その減衰しないで欲しいっていうのを、難しく言うと不減衰伝導と呼ぶ。まあこれは、きちんと成り立って欲しいよね」

 

 まあ、実際は他にももうちょっと成立して欲しいものはあるんだけれども。それは仕組みのほうから説明出来るから。

 

「というわけで、軸索部分ではそれらを達成する為に『電気的性質』を利用している。ここにいる多くの人は、魔法にせよ天候にせよ雷という現象を見たことがあると思う。あれの超小規模版(・・・・・)みたいな概念を使う……ああいや、先週の『魔法陣学A』で第五級雷電魔法については習っているんだっけ」

 

 だったら、電気の細かい性質について改めて言うことはない。

 まあ知っておきたいことは『電位(ボルテージ)が高いところと低いところがあると、電流が流れるということ』とかそういう話だけなんだけれど。

 つまり、電位(ボルテージ)というのは均一になろうとする。なんなら、この認識だけでも何とかはなると思う。

 

 そこら辺はソフィア教授の手腕を信頼しているとして。

 

「なら、簡便に。我々は電荷という新しい概念を導入したい。ここでは、簡単に電荷を『電気を帯びた点』という認識で固定しておこう。じゃあ仮に、ここにとても強い電気──『正の電気』を帯びた点があるとして」

 

「教授! 正があるなら負があると思うのですが……何が、()()なのですか?」

 

「どっちが正で、どっちが負でも本質的には変わらない。ただ、この世界で地面を指差して『こっちが上である』と言う人がいると、困るでしょ? 上下や左右は、本質的にはどちらがどちらでもあんまり関係ない」

 

 私はそっち方面についてほぼ知らないけれど、対称性が破れたとか何とかそういう話題があったりするらしいけれど。とりあえず、今はそういうことにしておく。

 

「今の例えじゃわからないよって人は、こう考えてみよう。言葉が通じず、姿形も違い、住んでいる環境も違う冒涜的生命体。それに『左右』の区別をさせる方法があるか、とね」

 

 それの解答は、オズマ問題で示されている。

 コバルトの……スピンだったっけな。そこらへんの対称性の破れを利用した解答だったはずだけれど、そこまで説明出来る時間がないので割愛。

 

「上下は『物が落ちる』ことで区別出来る。じゃあ、仮にこの『物が落ちる』法則がない空間であれば? 密室で発動された第一級風空『重力解放』の環境下において、我々は上下を区別する必要がなくなる」

 

 だから、言いたいことは単純。

 

「要は、どっちでもいい。どっちが正でも負でもね。大事なのは、こうやって話すとき(・・・・)に意味伝達の齟齬が発生しないこと。じゃあそれでも、どうして私が正を例にあげたかと言えば──ここにいる多くの人が、負より正のほうが身近(・・)だからかな」

 

『総合学院』に入学出来ている時点で、何かしらを保証されているのと同様である。それが能力か地位か、あるいは財産か知らないけれど。

 だから、負より正のほうが身近に転がっている人が多いでしょうというお話。

 

 結構高いからね、ここの学費。

 安いと貴族としての矜持が何とか、みたいな話らしいけれど。

 

「話を戻して。ここに、『正の電気を持つ点』──正電荷が存在したとしよう。そして、これを固定するとして……リーシャ、何か?」

 

「いや、改めて電気(・・)ってなんなのかな、って思っちゃいまして。実験的にも体験的にも、それが実在するのは理解しました。でも、その正体って? と思っちゃいまして」

 

 ……恐らく、これが色々な先生から疎まれている要因なんだろうね、となんとなく察する。

 実際にこの分野で受けてみると、感じるものがないわけじゃない。改めて。

 

 まあでも、私は嫌いじゃないから。

 

「この世の物質というのは、通常分解可能な範囲で分割すると『原子』というものになる」

 

「どうやって、そこが分解可能(・・・・)の限界とわかったのですか?」

 

「分解しようと思えば、これ以上に分解は可能ではある。原子は電子と陽子、それに中性子に。そして陽子や中性子は、クォークというものによって構成される。クォークは、アップ、ダウン、チャーム、ストレンジ、トップ、ボトムという種類が存在し、他にもそれら素粒子同士の相互作用(・・・・)を媒介するボース粒子というものもある。そして、ボース粒子には光子、ウィークボソン、グルーオンやヒッグス粒子があって……と話を奥深くすることは出来る。ただ、我々が見たいのはあくまで生体内で発生する電気のお話」

 

 一度、呼吸を挟んでから。

 

「細かく分解すれば良いというわけじゃない。そして、安心してもいい。我々が容易に今考えられる疑問ごときで、世界の根本的理論は崩されることはない。まだ、世界に未知は沢山あるからね」

 

 地球上から未踏破地域が消えた時、潰えた神秘性はどれだけあったのか、みたいな話。

 あるいは、宇宙の法則が解き明かされた時に失われた神秘性でもいい。ただ、まだ全てじゃない。

 

「例えば、Quark-Gluon Plasma──QGPと呼ばれる状態がある。私もあんまり詳しくない量子色力学というものに従うと、超高温超高密度状態においてクォークとグルーオンが主体となる状態になり、それがQGPと呼ばれている。じゃあ、これが人類の体内で発生するか? と言われると、その答えは否。そんなものが体内に影響する規模で発生してしまえば、とても困る(・・)

 

 確か、このQGPと呼ばれる状況が発生し得る例として存在するのは、宇宙創世(ビックバン)発生から数十マイクロ秒ぐらいの話だよ、みたいな感じだったはず。

 ビッグバン直後の環境が人間の体内にあるわけじゃないからね。

 

 まあ、そんなこと言ったら今度こそ教会の方からダイレクトクレームが来てもおかしくはないんだけれど。

 いや、それとも案外大丈夫なのかな? 

 

「確かに、この分野は面白いか面白くないかで言えば面白い。例えば──クォーク3つから、陽子が構成されている。他に存在するのは素粒子同士の相互作用を媒介するグルーオン。なのに、クォーク3つの質量の和は、陽子の質量の3%程度でしかない。ならば、残りの90%以上は端的にまとめればグルーオンのせい(・・)、となる。実際、それは強い相互作用(・・・・・・)によって引き起こされる『カイラル対称性の自発的破れ』というのが関連しているんだけれど……」

 

 生徒全員が。正確には、リーシャを除く全員が意味わからないという表情をしているのは流石に予想通り。

 いやまあ、一応メモを取っているユラリア達少数名は偉いと思うよ。こんなオマケ話のノートを取るの。

 

「でも、今回したいのは生物の体内で起きる話。それも、そんなに細かくないもの」

 

 真面目に生化学をやるなら、スピンとかの話をちょっとはしなきゃいけないけれど。別にそこを突き詰めるつもりは、私にはない。詳しくもないからね。薬理学だって『ちょっと知っている』程度なんだから、それ以上を要求されると困ってしまう。

 

「というわけで、今回は人間の体内で関係するくらいの細かさ(・・・)として、原子や、発展的内容としても電子くらいの話しかしない」

 

 興味があるなら、自分で実験して欲しい。

 個人的なオススメは、とりあえず電子の実証証明とか。

 

「というわけで、話を戻そう。ここに、『正の電気を持つ点』──正電荷が存在したとしよう。そして、これを固定するとして。これに、別の正電荷を近付けようとする。すると、反発が発生する。なるほどね、と思った人類が次に考えるのは、どれくらい(・・・・・)反発力があったのか、という問題。それをきちんと評価してあげよう、という情熱が生まれる」

 

 まあ、流れとしてはそんなに変なものじゃない。

 よくわからないものを見つけたら、それをちゃんと数字で評価してあげたくなる気持ちはある。

 

「で、そんな情熱で生まれた概念が電位。分野次第では電圧とも呼んだりするらしいけれど、ここでは大抵電位って呼ぶ」

 

 ちなみに一応補足しておくならば、この電位って概念が生まれたとして次に考えるべきは何か。

 

 わかりやすくするためには、重力とかを例にして考えてあげるといい。

 まず、何か放置していても『物が落ちる』という現象がある。じゃあ、最初に考えるのはどれぐらいの速度で落ちるのかということ。

 速度が分かったら、次に発見されるのは──『なんか、落ち続けていると、更に早くなるぞ?』というもの。そしたら、どれぐらいのペースで速度が増えているのかを、気にしたくなる。というわけで、加速度という概念を導入する。

 

 これと同じことをしてあげれば、電位の次に考えたくなるのは、『その場所からちょっと離れた時に、どれくらい電位が変化するのか』というお話。

 そして、それが電場になる。

 

「というわけで、我々は電位という解析手段を手に入れることが出来た。では、次は応用だね。神経の軸索──その膜部分には。膜の、内外では電位の差がある。そして、これが神経伝達を分析する()となる」

 

「さ、後半は電位依存性で物を通すか否を決める──『電位依存性イオンチャネル』の話をしよう。その為に、前半の最後は登場役者の紹介だけさせてもらう」

 

 紹介するのは四つ。

 カリウムイオン、ナトリウムイオン、カルシウムイオン、塩化物(クロライド)イオン。

 

 ちなみに、塩化物イオンは塩化イオンと昔……昔は呼ばれていた。あんまり昔って感じもしないけれど。

 

「電位を決めるにあたって一つ重要なことは、どれだけ()があるか。そして、どれだけ()があるか。だから、『細胞外の方が細胞内よりも濃いもの』と『細胞内の方が細胞外よりも濃いもの』の二種類に分けられるのはわかる。じゃあまずは、細胞外のほうは沢山あるもの」

 

「ナトリウムイオンとカルシウムイオンという名前のもの。これらは、基本的に細胞外のほうが沢山ある。まあ、カルシウムイオンは筋肉の話をした時にちょっとだけ触れたよね。それに、ナトリウムイオンは課題4の小テストで推測問題を出題した。あれらを覚えている人は、それでいいけれど……忘れている人は、ここで認識しておくように」

 

 ちなみに、どちらも結構な差異がある。

 ナトリウムイオンは細胞外と細胞内の濃度比が10倍くらい。

 カルシウムイオンは、10,000倍くらいあるなんて言われていたりもする。

 

「そして、カルシウムイオンとナトリウムイオンはどちらも『正の電荷』を持つ。だから、仮にこれらを通す孔が開けば、細胞内に流れ込み──細胞内の電位は、上昇(・・)する。正が集まるからね」

 

 ここを認識していないと、ちょっとした問題が発生するからね。

 

「そして、次に塩化物(クロライド)イオンというものもある。これも細胞外の方が濃度が高く──『負の電荷』を持つ。つまり、孔が開けば細胞内に流れ込み、細胞内の電位は低下(・・)する」

 

 そしてもちろん、これらは流れ込みっぱなしじゃない。

 きちんと細胞内に入ったそれらを、外に出してくれるお役立ち存在はある。それの話もするから、安心して欲しい。

 

「一方、細胞内のほうが沢山あるのがカリウムイオン。これも『正の電荷』を持つよ。つまり、これを濃度勾配に従って通す孔が開くと、細胞外へとカリウムイオンが流出していく。つまり、細胞内の電位が低下(・・)する」

 

 まとめると。

 ナトリウムイオンとカルシウムイオンは濃度勾配に従う孔が開くと、細胞内の電位が上がる。

 反対に、カリウムイオンと塩化物(クロライド)イオンは、濃度勾配に従うだけの孔が開けば、細胞内の電位が下がる。

 

 とりあえず、これさえ理解しておけば後半もあんまり困らない。最低限ね。

 何なら、前半の講義はこれを言いたいだけっていうことでもあるから。

 

「そして、これらを通す開いている孔というのは実在する。特にカリウムイオンを通す孔は通常状態で開いているものが多い。だから、カリウムイオンは勝手に流出してしまいそうになるけれど──それを防ぐのが、細胞内と細胞外の電位差。基本的に。通常状態において、細胞内の電位は細胞外に比べて70mVほど低い状態にある」

 

 とりあえずは70mVという数値を無視して欲しい。

 で。だからどういうことか、と言えば。

 

「つまり、細胞内にいるカリウムイオンからしてみれば──細胞外の電位は高い。つまり、反発(・・)されるということ。だから、この濃度勾配で安定することになる」

 

 濃度勾配的に漏れ出そうとしているのを、電気的性質で引き止めているということだね。本当によく出来ている。

 

「で、ナトリウムイオンや塩化物(クロライド)イオンもこれらのやり取りをしている。流入しようとしているけれど、電気的に押し留められている」

 

「教授! それは、本当ですか? ナトリウムイオンは外の方が多く──正の電荷を持っています。だから、低くて薄いところには流れたがる(・・・・・)と思うのですが」

 

 さて、上手く騙されてくれなかった人がいるので説明しなきゃいけない。

 まあ、言われなくても説明はしたけれど。

 

「そうだね。でも、ナトリウムイオンとかはカリウムイオンに比べれば通常時に開いている孔の数が少ない。何が言いたいかというと。カリウムイオン的には細胞内が負であって欲しい。ナトリウム的には、正であって欲しい──こういうのを総合して、それぞれのイオンが上手くやる(・・・・・)濃度が、この70mVという内外の電位差になるということ。こういうふわふわとした説明ではない、具体的な導出も勿論可能ではあるけどね」

 

 ただ、その為には講義数回分を費やすことになるとは思うんだけれども。

 粒子一つにかかる電気による(クーロン)力と、濃度勾配による拡散力。それと導き出される流束の式から、ネルンスト・プランクの式というものを導き出す。

 で、電位の勾配が一定だという仮定を導入した上で色々解くと出てくる、GHK current equationだとかGHK flux equationだとか言われるもの。

 これに、それぞれのイオンの動きを独立であると仮定すれば、出てくるのがGHK voltage equationというもの。

 

 これで、通常状態における膜電位がある程度の精度をもって計算出来る。

 

「その方法での理論的導出の結果、出てきた数式をGoldman(ゴールドマン) Hodgkin(ホジキン) Katz(カッツ) voltage equation──或いは、単にGHK式と呼ぶ。まあ、それはこの分野における範囲じゃないから、省略するけれどね」

 

 ちなみに、地球だと第二次世界大戦終戦前後数年くらいで出てきた数式。自力導出するには、数学的前提が足りなさすぎるんだけどね。

 

「さ、じゃあ残りは後半に回そう。お手洗いや水分補給、軽食もご自由に」

 

 

 

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