『TS薬を開発したいだけの異世界薬理教師』


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第五交流『自由な時間を謳歌して』


 ◇◆◆◇

 

 陽光が学院の石畳を優しく照らす。珍しく講義がない──正確には、ソフィア教授に急用が入り、講義のなくなった時間帯。

 図書館へ向かう途中のユラリアは、中庭の木々の間に見覚えのある姿を見つけた。

 

「リーシャ?」

 

 ベンチに座って何かを読んでいたリーシャは、名前を呼ばれて顔を上げた。

 

「あ、ユラリア!」

 

 彼女は明るく手を振り、隣の空いているスペースを示した。

 

「リーシャは今日の講義……確か、午後からですよね。どうしたんですか?」

 

 ユラリアはリーシャの隣に腰を下ろした。

 

「何故か寝れなくて。それで、ちょっと早めに来ちゃって。それにね、魔法史学の課題をもう一度見直したくて」

 

 リーシャは手にした小さな手帳を見せた。

 びっしりと、脈絡なく思考の発露が四方八方に散らばっている。ユラリアの整理されたノートとは違う、混沌とした世界がそこには広がっていた。

 

「ユラリアは?」

 

「私も図書館に行こうと思っていたところです。参考文献を探していて」

 

 ユラリアは自分の姿勢を正しながら言った。

 

 朝の光が柔らかく二人を包み、周囲には鳥の鳴き声だけが響いていた。

 

「そうだ、ユラリア。このまえの話の続きというか……」

 

 リーシャは少し言い淀む。

 それでも、つとめて気楽にリーシャは言葉にする。

 

「貴族の人たちって、どんな生活してるの? あの、強制じゃないよ! 興味があるだけで」

 

 ユラリアは少し考えてから答えた。

 

「そうですね……興味があるなら、お話しますよ」

 

 彼女は視線を遠くへ向けた。

 ユラリアとしては、拒否する理由もない。

 話すだけで気分が悪くなるということも、当然あり得ない。

 呼吸をしなくては生存出来ない。食事をしなくては生存出来ない。貴族社会のルールを意識することは、それらと同列か──あるいは、それら以上に、ユラリアにとっては当然のものであった。

 

「貴族の生活は、外から見るほど華やかではありません。特に上位の家になればなるほど、自由は制限されます」

 

「へえ、何か具体的なことはある?」

 

「例えば、食事一つとっても様々なしきたりがあります。料理の順序や、どのフォークを使うかなど……それだけでなく、誰と同席するかも重要です」

 

「食事が政治的な意味を持つんだね」

 

 リーシャはポケットから取り出した飴玉を見つめる。

 

「そうです。特に重要なのは、誰と同じテーブルに座るかということ。地位の高い人の隣に座れるというのは、その人物からの信頼を示すことになりますから。逆に、遠い席に配置されると、政治的な意図が疑われます。簡単に言うなら……『仲が悪くなった』もしくは、『仲を悪く見せたい』ですね」

 

 リーシャは興味深そうに頷きながら聞いていた。

 自らが関与しない世界。されど、教授は知らなくてはいけないと言っていた。ならば、最初から(・・・・)全て知ろうとするのは、リーシャにとって自然なことだった。

 

 悪趣味であろうと、無意味であろうと。

 この上なく有意義であろうと、人類文明にとって有益となることであろうと──同じだった。

 知りたいならば、知ろうとする。一から百まで全てまるっと。

 それが、リーシャの考え方であり、人生であるからだった。

 

「食事会での席順も、実は綿密に計算されています。例えば、対等な(・・・)隣国の高官が来た場合は王国における同格の役職者が対応します。でも、少しでも上下関係が曖昧になると、優先順位を決めるのに何時間も議論が続くことがあります」

 

「え、何時間も!? そんなに大事なの?」

 

「ええ。時には数日かけて協議することもあります。特に伝統的な貴族ほど、そういった序列に敏感です」

 

 ユラリアは少し微笑んだ。

 ユラリアだって、それに思うところがないわけじゃない。椅子に座る順序や、椅子の位置で本質的な事柄が何か変わるわけではないとわかっている。

 そしてそれは、宮廷に存在する多くの貴族が理解している。だが、それがルールであり、伝統であった。

 

 人類に利用する手法があり、それらによって損益を発生させられる。たったそれだけの事柄は、長く続く伝統を廃れさせない理由になる。

 

「ある時など、宰相と大蔵卿の席順で一週間議論したことがありますね」

 

「一週間!? その暇があったら、絶対進められることがあったよね!」

 

 しかし、それを無視すると一週間では終わらない問題が発生してしまう。だから、きちんと揉めなくてはいけない──それを、ユラリアは認識していた。

 

「宰相は国王の側近として最も重要な職位ですが、大蔵卿は国の財政を握る立場です。どちらが上かは、その時の国の状況によります。財政が苦しい時は大蔵卿の発言力が増し、外交問題が多い時は宰相の立場が強くなります。今なら(・・・)、きっと宰相が上座になりますが」

 

 リーシャはその話に聞き入りながら、ふとユラリアの表情の変化に気づいた。

 

「それで、その時はどうなったの?」

 

「結局、あの時は宰相が上座に座りましたが、大蔵卿には特別な装飾が施された椅子が用意されました。見た目の上では同等に見えるように配慮されました」

 

「へえ……それって、どっちも譲らなかったってこと?」

 

「そういうことです。政治とは、時に妥協に妥協を重ねた産物でもあります」

 

 ユラリアは遠い目をした。

 

「もちろん、どちらも満足していません。でも、どちらも完全に不満というわけでもない。どちらにも完全な満足と不満足を与えてはいけなかったんです。そんな手法を見つけることが、私たちの役割なのかもしれません」

 

「難しいね」

 

 リーシャは空を見上げた。

 

 リーシャは孤児院にいた聖職者から、宗教家の争いは醜いと聞いたことがあった。聖典を神前で読み上げるという立場を得るためだけに、百人は犠牲になっていると。

 それは、リーシャが執拗に何故と問い続けた産物であり、望まない副産物でもあった。

 

「でも、そんなのどうでもいいよね。なにも、本質的じゃないし論理的じゃない。それを大切に(・・・)思う人がいる──論理だけが、人の行動指針にならないのは、わかってるけど」

 

 ユラリアは小さく笑った。

 

「確かに、外から見ればそう思えるでしょう。でも、それは単なる席順の問題ではなく、権力のバランスを示す象徴にもなります。例えば、宰相が上座に座れば、『国王は外交を重視している』というメッセージになります。逆に大蔵卿が上座なら、『財政再建が最優先課題』という意思表示にも。なので、貴族や他国に、王国は今この問題を重要視しているというアピールにもなりますから」

 

「なるほど……言葉じゃなくて、行動で示すってことだね」

 

「そうです。特に王族は、発言に制限があることが多いです。なので、こういった行動が重要な意味を持ちます。だから、仮に意図してなかったとしても──何か一言発言するだけで。一歩立ち位置を変えるだけで、それが意味(・・)になります」

 

 しばらく沈黙が流れ、二人は陽光を浴びながら考え込んでいた。

 

「それにしても……そんな窮屈な生活、大変じゃないの?」

 

 ユラリアは小さく肩をすくめる。

 そんなことない、とは言いきれないが。それでも、窮屈だと断言することは、理論的にも感情的にも許されていなかった。

 

「慣れるものです。それに、すべてが窮屈なわけではありません。例えば、私が学院に通うことを許されたのも、王族としての教養を身につけるという名目があったから。そのおかげで、リーシャのような友人と出会えました」

 

「そっか……」

 

 リーシャは少し照れながらも嬉しそうに笑みを浮かべる。

 

「でも、そういう政治的なことってどうやって学ぶの? やっぱり本から?」

 

「基本的なことは家庭教師から教わります。でも、実際の感覚は……例えば、幼い頃からの食事会や公式行事に参加することで自然と身につきます。私の場合は、五歳の頃から大人たちの食事会やパーティーに参加して、観察しました」

 

「五歳!? 子供なのに?」

 

 その頃から積み上げてきたものが、今のユラリアを象っている。ユラリア・ウィンターフィアには、最初から自我なんてものは要求されていない。

 王国の発展、世界の安寧、人類文明の安泰。それらの為に、文字通り身を尽くすことのみが存在意義として生まれ落とされた存在である。

 

 王国第一王女とは、国の物(・・・)でしかない。

 

 そして、ユラリアはそれを拒絶していない。

 何故ならば、それに値するだけのモノ(・・)を自らは与えられている、と考えているから。

 

「ええ。もちろん発言権はありませんが、見て学ぶことは多いです。特に、言葉の裏にある本当の意図を読み取る力は、幼い頃から鍛えられます」

 

「どういうこと?」

 

「たとえば……『お茶が素晴らしい』と私が言ったとします。それは単に味が良いという意味かもしれませんが、同時に『お茶を提供した家の評価が上がった』という政治的メッセージである可能性も生まれます」

 

 例え、私が本当にただ美味しいとだけ言っていたとしても。

 ユラリアは、そう付け加える。会話に裏の意味があるのは、当然である。

 褒めることにも、貶すことにも理由が必要であり、その理由と本人の意思が切り離されることも多々ある。

 

「そんな風に考えるの? 普通の会話なのに」

 

「貴族社会では、直接的な批判や賞賛は避けられます。だから、些細な言葉の選択や、誰に対して話すかなど、細かなニュアンスが重要になります」

 

 リーシャは少し考え込む。

 それから、ユラリアのことをじっと見つめて。

 

「ねえ、じゃあ魔法学院での立ち振る舞いも、そういうのに影響されてる?」

 

 ユラリアは穏やかに笑った。

 その質問に対して、ユラリアは真実を答える権限を有していなかった。例え、相手が無二の親友にあたる存在であったとしても。

 仮に、相手が両親であれど。あるいは、幼い頃から世話をしてくれた侍女長であったとしても。

 

「ある程度は。でも、学院ではそういった政治的な制約から少し解放されます。学問の場では、身分よりも能力が評価されますから。それが、私がここを大切にする理由の一つです」

 

 真実を言わないというのは、嘘を告げると同義ではない。

 ユラリアは長い経験の中で、真実を言わずに本心を一部だけ伝える術を手に入れていた。

 

「そうなんだ。それなら良かった! 私がヘンなことして、メイワクになってるかも、って……」

 

 リーシャは少し安心したように、胸をなでおろす。

 

「もちろん完全に自由というわけではありません。学院の中でも、私の行動は注目されています。どの講義を取るのか。どんな成績を取るのか。どんな発言を──教員の評価をするのか。それら全てが、影響します」

 

 ユラリアの選択している多くの講義では、講義室や講堂の後ろに人員(・・)がいる。これはいざという時の警護であり、監視役であり、監査役であった。

 

 だが、現役侯爵でもあるリードヴルム教授の講義、そして司祭枢機卿の立場を持つソフィア教授による講義。

 最後に、あの『薬理学理論』の講義においてのみは、背後に誰も存在しない。ユラリアにとって、初めての時間であった。

 

 リードヴルム教授は王国歴史編纂委員の常任理事でもある権威ある立場であり、現役侯爵家当主としても政務に参加している政治家である。その発言力は、『自らの伝授する魔法史学(・・・・)が信じられないというのならば、人を惜しまずに送り込んできて構いません』という王宮への宣言を正当化するだけのものであった。

 

 ソフィア教授は司祭枢機卿という立場を教皇から直接授かる聖職者であり、本人も極めて優れた魔法使いである。それらの業績は『監視員の派遣は、宗教干渉(・・・・)になるわ。それでも、よろしければ』という本人の要望を、叶えるだけのものである。

 

 今日、急遽講義がなくなったのも大教会で発動されていた防護魔法がちょっとした不全を起こしたからであり、それらを修復するためにソフィア教授は動いていると聞いている。

 

 ユラリアは、そんな二人の教授については理解出来ていた。どうして、監視役が派遣されないのか。それが罷り通るのか。

 

 だが、『薬理学理論』については不可解なものだった。

 王国第一王女であるユラリアのもとに届いた報告は、教授による言葉だけであった。

『講義を受け、学ぶつもりのない人は講義室(・・・)に入るべきではないよね。貴卿らは、王宮に用がない者を招き入れるのかな?』──そんな発言を、正当化出来る何か(・・)があるはずである。

 

「だから、いつも完璧にしていないといけないんだね」

 

 リーシャの言葉にハッとしたユラリアは、表情をつくる。

 

「そうですね。でも、リーシャといると……少し肩の力が抜けます。あなたは私を王族としてではなく、一人の人間として見てくれますから」

 

 本心であった。だが、それだけで構成されているわけでもなかった。

 ユラリアは、自分が完璧ではないことを知っている。だからこそ。

 

「だって、ユラリアは私にとってユラリアでしかないからね! でも、私にはそういうのないからなぁ……!」

 

「それは、ある意味で自由だということですよ」

 

 ユラリアは優しく言う。

 だが、それは真の自由ではないということも知っていた。誰にとっても、真の自由は与えられない。

 そして、誰にとっても真の不自由が与えられることもない。ユラリアは、そう考えていた。

 

「リーシャは自分の意志で選択できます。私のように、生まれながらにして背負うものがありません。もちろん、生まれながらではない──背負うものは、沢山ありますが」

 

「確かにね! 私にも背負うものはあるよ。孤児院のみんなとか、奨学金をくれた人への恩とか。あとあと、こんなにも世界に未知を残してくれている昔の人たち全員とか!」

 

 ユラリアは静かに頷いた。

 

「そうですね。誰にでも背負うものはあります。違いは、何処で背負うものが出来るかだけかもしれません」

 

 ユラリアにとって、背負うべきものは昔から変わっていない。生まれた時から王国であり、人類の未来であった。

 そして、それは死ぬまで変わることはない。

 王国第一王女という立場が、それを肯定し続けている。

 

 

 ユラリアは、辺りをちらと見る。

 誰もいなくなった瞬間。誰からの干渉も受けない、僅かな一瞬。

 

「私は、リーシャを尊敬していますよ。この間いただいた『汎路調整盤(エレメント・サーキット)』の魔法陣は、良いプレゼントでした」

 

 純粋な心から貰ったプレゼントというのは、初めてだった。確かにその魔法陣は困りもので、手を焼かされる産物ではあったが……その手を焼く価値がある程度には、ユラリアにとって嬉しいもので。

 

「そう? なら良かった! じゃあ──はいっ、これ!」

 

 リーシャは、ユラリアにノートを渡す。

 

「これは……?」

 

 ペラペラと捲ると、ノートにはびっしりと理解も解読も不能な記号が羅列されていた。

 

「この前、教授と偶然会ってね。その時、論理の論理を考えてみてって言われたから──ほぼ、ゼロから組んでみたの。魔法陣式を!」

 

 その言葉を聞き、ユラリアは急いで最初のページへと戻り、理解を試みる。

 

「『魔法陣が空間に描写される』──あれの機構だけはどうみても、変なモノ(・・・・)が関わっていたから、スルーしたけれど。それ以外は頑張ったんだよ!」

 

 改めて、ノートを注視して──ユラリアには、理解出来なかった。ふぅ、と一息ついてからリーシャに尋ねる。

 

「それで、これは何が書かれているのですか?」

 

 リーシャは、満面の笑みで答える。

 嫌な予感がしたユラリアは、第一級風空魔法『消音球体』を急いで発動する。

 

 

「『世界から魔法を消去する魔法』と、『世界に魔法という機構(システム)を復活させる魔法』だよ!」

 

 

 ユラリアは深く、深く天を仰いだ。

 

「実は昨日、五分だけ試してみたんだよね! ちゃんと出来たんだよ、すごくない!?」

 

 

 空には、雲一つなかった。

 

 

 

 

 

「安心して! ちゃんと範囲は我が家の周りだけにしたから!」

 

「ちなみに、範囲はどれくらいまで拡大出来るんですか?」

 

「う~ん、少なくとも王国全体は最低でもいけるかな」

 

 

 ユラリアは、目の前の『歴史に残る大魔法使い』をどうしようか、真剣に考え始めた。

 とりあえず、この親友の語る『自由』だけは守ろうと決意しながら。

 

 

 

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