第5回還暦を経てミニスカートを履いた覚悟 投票所の性別確認に投じた一石
けげんな表情は、10年ほど経た今も忘れられない。選挙の投票所の受付で、顔と資料を見比べながら名前や生年月日を確認された。「本人で間違いないですね」。そう念押しされた。
間違いは何もない。投票所入場券の性別は「男性」だが、自認する性別は女性。自分らしくミニスカート姿で出向いた。周りに聞こえるような声で、本人確認の作業が続いた。「なにごとか」と、注目が集まる。ミニスカート姿で投票に行ったのは、この時が初めてだった。「普通」に投票に行くことで、こんなにも嫌な思いをするのか――。
岐阜県各務原市の雪斎(せっさい)さん(74)は、生まれた時にあてがわれた性と異なる性で暮らすトランスジェンダーだ。投票所入場券に性別の記載を無くす活動に取り組む。
様々な亀裂が生じ、分断が進んでいるように見える今の日本社会。手を取り合ってつながろうとする動きや人たちを追う連載の第5回です。「私たちは少数者ではない」と訴える雪斎さんの指摘とは。
「いい年したジジイが…」中傷受けても
トランスジェンダーの人の中には、大っぴらに性別を確認されることを恐れ、投票に行かない人もいる。「なりすましを防ぐためとの理由は分かるが、小声で確認するなどの配慮も必要では。そもそも入場券に記載しなくても、行政側は性別は分かる」と話す。
男性の自分に違和感を覚えたのは小学生のころ。心の奥に封じたが、女性の自分への意識は消えなかった。中学時代に男性から性暴力を受け、男性に恐怖感も抱くようになった。
公立小学校の教員を経て、塾経営者に。結婚し、子どもも生まれたが、違和感は続いた。離婚し、50代後半で地元のアマチュア劇団に参加。大勢の前にミニスカート姿で立った際に、心の底から実感した。「これが私なんだ」
還暦を機に、残りの人生を本来の自分である「女性」として生きると、周囲に宣言した。ミニスカートやミニワンピースに、ハイブーツなどの格好で街に出る。
2018年、当事者団体「ぎふ・ぱすぽーと」を設立。共同代表として、性別の不記載を岐阜県選挙管理委員会などに働きかけている。原動力は、自らが投票所で体感した悔しさだ。「誰かがやってくれるという受け身では、何も変わらない。当事者自らが声をあげないと」と話す。
世の中も動く。昨年10月の衆院選で、岐阜県内42市町村のうち性別を記載したのは4市村だけになった。ただ、記載しない自治体も多くは特定の数字や記号を記し、性別が分かるようにしている。「これでは性別を記入しているのと同じ」と、今夏の参院選でさらに改善を求めていくという。
保守的な土地柄で、トランスジェンダーの当事者が声をあげるのは容易ではない。「いい年したジジイがミニスカートはいて」。ネット上には、そんな中傷もある。性的少数者は国内人口の1割ともされるが、政治の世界では差別的な発言もあった。昨年の通常国会では、性的少数者に対する「理解増進」法案成立をめざす動きが見送りに。政治とは、まだまだつながっていないと感じる。
雪斎さんはいう。「私たちは少数者ではない。少数という枠に閉じ込められているだけ」。自分らしく生きられる。人を否定するのではなく、受け入れる。そんな社会であってほしいと願う。
記者の視点
知って小さな試み重ねて 社会は動く
「この格好で生きようと決めてから、強くなりました」。取材で印象に残った雪斎さんの言葉だ。還暦を機に買い足してきたミニスカートは50着を超えたという。「知らないから理解されない。だから知ってもらう」。雪斎さんの覚悟が、ミニの数に表れているように思えてならない。
私自身、投票所入場券への性別記載について、雪斎さんを知るまで当事者の思いに考えが及ばなかった。でも、知ることで、小さな試みを重ねることで、社会は動く。投票所入場券で性別の記載をなくす動きも、各地でじわりと広がる。
昨年の衆院選では、LGBT理解増進法案を通常国会に提出することなどに、全党首の中で首相だけが賛成しない場面があった。だが、党派別でみると首相はいまや少数派だ。「性」のありようや受け止め方も時代とともに少しずつ、でも確実に動いている。
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- 【視点】
「私たちは少数者ではない。少数という枠に閉じ込められているだけ」。生まれた時にあてがわれた性と異なる性で暮らすトランスジェンダーで、投票所入場券に性別の記載を無くす活動に取り組む岐阜県各務原市の雪斎(せっさい)さんに取材した際にうかがった言葉です。 投票所入場券の性別は「男性」だが、自認する性別は女性であり、自分らしくミニスカート姿で出向いたところ、周りに聞こえるような声で本人確認をされて嫌な思いをしたとのことでした。 還暦を機に、残りの人生は本来の自分である「女性」として生きると宣言。ひざ上30㌢のミニスカートやミニワンピースなど、あえて目を引く格好をしている理由は「知らないから理解されない。だから知ってもらう」でした。 本日は国際女性デーです。社会的・文化的に作られた性差に関係なく、誰もが「ありのままの自分」で生きられる社会を目指すことを考える一日でもあります。 性的少数者や同性婚をめぐり、首相秘書官(当時)による「見るのもいやだ」との発言や、岸田文雄首相が「社会が変わってしまう課題」と話すなど、残念ながら政治の世界でもジェンダーをめぐる認識の違いを感じる場面は少なくありません。「知らないから理解されない」。その言葉が重く響きます。 多くの人にまず知ってもらうために、昨年1月に配信された記事ですが、改めて読んで頂ければありがたいです。
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