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なんにでもDry/Wetを追加していいのか

 Abletonの細かい話は以下にまとめてます。

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 以前、『AbletonでただしいDry/Wetフェーダーをつくる』という記事を書いた。

 AbletonのRackと純正Device (特にResonator) を駆使して、任意のpluginでDry/Wetコントロールを可能にしよう、という記事だった。なんにでもDry/Wetを追加する!

 ……はたしてこれでいいのだろうか?

 「Dry側とWet側の音量バランスをただしくとる」観点では問題ないことは確認済みだ。しかし、任意のpluginにおいてWet側がどんな状況なのかは、もう少し細かく見ていく必要がある。



1. 先に結論: フェージングには気をつけよう

 たとえばDry/Wet = 60:40にしている時、40のWetはまあ色々音色変わってるとして、60のDryはPlugin通す前と完全に同じ音色がいいですよね。
 でもそうならない時がある! とくにEQとかマルチバンドとか使ってると起きやすいから気をつけてね! それはフェージングが起きてるせいだよ!

 という話を首突っ込んで見ていこうと思います。前回はある程度すぐ役に立つ話だったけど、今回は中高生の数学の教科書に載ってるようなことをチマチマと話すだけの回です。


2. シチュエーション1,2,3

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 たとえばBeat Repeatというエフェクト。Intervalの周期や、手動でRepeatボタンを押すとリピート効果が起きる。他社ならRollとかGlitchとかScatterって名前のこともあるかな。Tape Stopとかも似てるね。
 これって、"ある時"だけリピートを起こすのだから、逆に言えばリピートが起きていない時間帯もある。こいつにDry/Wetノブを追加して、Wet100%にしていたとしても、リピートさせてない時はDryと同じ音がしているはず。


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 別の例。こんなEQやFilterをかける。1000 Hzより上の音が消されているわけだけど、たとえば低域の100 Hzまわりはとくにカットもブーストもされてない。低域に限って言えば、Dryと同じ鳴りになっているはずだ。


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 ちょっと込み入った例。これは前回も貼った、おれのライブパフォーマンス用マルチFXだ。
 左上のDry/Wetノブで、他の15ノブ分のたくさんのFXをまとめてコントロールしている。基本はWet100%のまま待機して、他のノブをひねる。緊急で完全なDryに戻したいときは0%にするし、1〜99%なら混ぜながら使えるってこと。

 さて、それらD/W以外のノブがどれも0のとき、Wetレーンには何もFXがかかっていない。つまりDry = Wet のはずだ。イコールなんだから、Dry/Wetを何%にしてても、音は変わらないはず。


 ……さてこんなふうに、エフェクトにはWet = Dryである成分や、時間や、シチュエーションがありえる。完全にDry = Wetなら、D/Wノブがいくつであろうと出力は何も変わらないはずだ。EQのかかり具合を弱めるつもりでD/Wを下げて、EQで触ってない帯域の音色が変わっちゃったらいやでしょ?

 もし、「Dry = Wetなはずだが、実は微妙に違う」としたら。微妙すぎて、Wetだけで聴いたら全然わからないくらいのわずかな違いだとしても、Dryと混ぜることでオカシさが目立ってしまうことがあるのだ。

 ここでとくに問題なのは、レイテンシーと位相特性についてだ。


3. 重ねあわせの原理ってやったよね

めっっっっちゃ初歩的な「波の合成」を駆け足でおさらいしよう。

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  • 2つの同じ波を足し合わせると、2倍の音量になる。

  • 上下逆さの波を足し合わせると、消える

「同じ or 逆さ」じゃなくて「左右にずれている or いない」で捉えると、

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(GIF動画) 左の緑が足す前の波形2つ。右の黒が足し合わせた結果。

 ひとつぶんの波 (山と谷のペア) の長さを1周期という。1周期 = 位相 360° と言い換えてみると、「逆さの波」は180°ずれているってことだ。つまり、

  • 位相が0°ずれていたら、音量が2倍。

  • 位相を0°→180°へずらしていくと、だんだん小さくなる。

  • 位相が180°ずれていたら、音量が0倍。

(*どうでもいい応用問題:では「音量が1倍」になるのは何度ずらした時? 90°ではないです)


4. 微妙な遅延→位相ずれ→音色の変化

 さて、2つの同じ波形を足し合わせるとき、位相がピッタリなら素直に音量が増える。でも、ずれちゃうと弱まることがわかった。具体的にはどうなるんだろう?

 周波数100Hzのサイン波は、1周期の長さが1/100秒 = 10ミリ秒だ (milli-secondsでmsって書きます)。1msずらすと、周期全体の1/10 = 36°の位相ずれ。本来2倍になるべきところが約1.9倍にしかならない。

 しかし、われわれが鳴らす音ってサイン波だけじゃない。SawにSquare、PianoにGuitar、DrumやNoiseだって鳴らす。だがこれらあらゆる音は、「たくさんのサイン波を合成した」波形と考えることができる (フーリエ解析という)。
 単純な例をスペクトラムアナライザで見てみよう。100HzのSaw波は、100, 200, 300, 400, 500…Hzのサイン波の足し合わせとして扱える。音量変化や位相はさまざまかもしれないが、とにかくサイン波に分解できる。

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Saw波って、うまいことサイン波をたくさん足し合わせてつくれる

 じゃ、これを全体的に1msずらして、ずらす前と混ぜてみよう。
 100Hzは36°の位相ずれで、振幅は1.9倍になるのだった。
 200Hzは72°、1.6倍。
 300Hzは108°、1.2倍。
 400Hzは144°、0.6倍。
 500Hzは180°、0倍。
 600Hzは216°、-0.6倍(逆相になる)……

 というように、遅らせて混ぜると、周波数ごとに異なる弱まり方をしちゃう! ずれてなければ全部2倍になるだけなのに!

 それを図示するとこうだ。こんなEQがかかるのと同じってこと。そりゃ音色も変わるよね。ChorusやFlangerというエフェクトはこの仕組みを利用している。

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ちなみにこの形状をComb Filter (くし型フィルタ) という


5. 遅延補正で問題をらくらく解決

 さて、「ちょっと遅延した音が混ざると、音色が変わっちゃう」ことがわかった。

 もしも、StutterとかTape Stopとかみたいな「トリガーするまでは原音をそのまま通すよ」ってプラグインが、常にわずかに遅延していたら。
 こいつに勝手にDry/Wetノブを追加すると、Dry/Wet半々のミックスバランスにしてるときなんかは音色に影響が出てしまう。音量が一定にキープできているはずでも、音色が変わっちゃったらダメだ。

 こういうことがあっては困るので、AbletonにはDelay補正機能がある。

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ここからオンにしよう (たしかデフォでオンのはず)

 Pluginを開発するとき「私はじつは何ms (何smp) 、どうしても遅延しちゃうんです!」と宣言しておくことができる。AbletonはPluginたちの宣言を聞いて、一番遅いヤツに全体のタイミングを合わせるように調整しといてくれる機能があるのだ。
 (まあ、宣言をサボってこっそり遅延してるPluginもあり、そいつらはどうしようもないんだが……)

 マキシマイザーやコンプについてる先読み機能は、未来予知をしてるんじゃなくて、自分以外の全員に遅れてもらうことで先手を取れてるんだね。

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カーソルを合わせると、Latency宣言の大きさを見ることができる


6. そうはいかない・位相特性

 実際、StutterとかTape Stopに、トリガーする前から遅延するようなものってそうない。そして、あってもDelay補正によってまず大丈夫 (この機能ないDAWっていまどきあるのかなあ)。

 しかし、問題になりやすいのは単なる遅延ではなく、周波数ごとにずれの量が異なるパターンだ。
 例えばもし「100Hzは10ms、200Hzは14msずれていて、その間はぐにゃぐにゃと不思議なずれかたをしていて、300Hzは全然ずれてなくて……」みたいな個性的なずれかたをしていたら……、Delay補正みたいに「全体ぐいっとずらし直して終了」とはいかない。

 このずれかたの個性のことを、位相特性という。
 ずれは秒数のままではなく、位相・角度で表現する。重ね合わせの原理の話にもあったように「0°はいい!180°はサイアク!」のほうが秒数よりわかりやすいからね。

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なんもしなければこう。位相特性 (ピンク線) は横軸が周波数、縦軸が位相
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EQで1kHzを+6dBしたら、位相特性が1kHzを中心にウニョっと曲がった

 位相特性に、あるずれが生じている状態のことを、位相歪みがある と表現する。(歪みといっても、ディストーションエフェクター的な歪みとは関係なくて、形が保たれてない〜くらいの広い意味合い)。

 位相特性が歪むと、それだけでも音色が変わったり、不自然に感じられることがあるらしい。つまり、狙ってないなら歪まないに越したことはない。

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Kilohearts Disperserなんかは、「EQみたいな音色の変え方はしないけど、位相特性だけを変える」All Pass Filterの一種。つまり、あえてグリグリ歪ませて不自然なおもしろサウンドを作ることもできる。


7. 実際いつ位相は歪むのさ

 うーん、音色いじったらわりと歪むんじゃないすか? (適当)

 基本的には、EQやFilterをかけたらその周波数周辺で歪む。
 コンプなど音量方向だけの操作では特に変わらない (アナログモデリング的な色付けが為される場合その限りではない)。
 ディストーションやウェーブシェイプも、特定帯域の強調とかされてなければ大丈夫 (歪み系エフェクターって内部的に隠しEQありがちだけどね)。

 あと気をつけたほうがいいのはマルチバンドアイソレーション。低・中・高域に分割して処理して後で混ぜるみたいなやつ。分割時点で音量目線でも線形性あんのか甚だ疑問だが、とにかく分割自体がcrossover freq周辺に位相歪みをもたらす可能性がある。これもフィルタの種類による。「分けて、戻す」だけでも代償は生まれるかもってこと。

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マルチバンドコンプを応用して分割処理するアレ、神経質に見てくと問題もある
(ベッセルフィルタじゃないっぽいこれ)

 歪んだ音それ自体が聴いた感じキモくなくても、歪む前の音と混ぜたりすると、遅延の話に出てきたComb Filterみたいなものが部分的にかかって、キモい出音になりうる。

 (ちなみに、リニアフェイズEQなるものは、位相歪みが起きない。良いじゃん! しかし、良い代わりに代償もある。うまく使い分けよう。代償とはなんなのか、通常のEQ ≒ ミニマムフェイズEQ と何が違うのかは長くなるのでよそに譲ります。)


 位相特性そのものは計測しないとよくわからない。わからないので、とりあえず「そういうことも起きるんだ」と知った上で警戒しようという話。
 べつに、なんか起きてたところで、聴いた感じ問題なかったらそれでイイわけだしね。おれはワルイ状態になったことがあるので、書きました。


おわり


*3章末の「どうでもいい応用問題」の答え: 120度。
sin(θ) + sin(θ+x) = k・sin(θ') で、k=1になるxを考えればいいだけ。和積の公式。数IIって高校行ってたら全員やってる?
2cos(x/2)・sin(θ+x/2) = k・sin(θ')
cos(x/2) = 1/2 だから x = 2π/3 = 120° (0 ≦ x ≦ π)
ちなみに位相は θ' = θ + π/3


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