人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

日本スピリチュアル界の大御所が出した【西暦2023年から終焉のワルツ】とは!

 最近ある題材をインターネットで検索していて見つけた記事があります。その記事は、ご自身が自分がこの日本に【スピリチュアル】の言葉を広めた。自分は日本のスピリチュアル界の大御所と自画自賛しておられる霊能者江原啓之さんが、今年の女性自身の1月17・24日合併号において【私はいま「終焉のワルツ」という言葉が真っ先に浮かぶのです。違和感ある言葉ですね。これは迫り来る危険を目前に、ワルツを踊り続けるイメージです】。そうしたことを書かれていたとする記事です。

 私はその西暦2023年の女性自身の1月17・24日合併号を見たでは無く所持もしませんので、インターネット上に出ている記事からの引用文とはなります。

 

 この日本に【スピリチュアル】の言葉を初めて取り入れたのは霊能者江原啓之さんではなく、大本教において天下の大秀才と歌われて明治五十五年の世の大立替運動の旗振り役として世に知られ、大本教を離れた後に日本心霊協会を立ち上げられた【浅野和三郎】師が大本教を離れた後に西洋からスピリチュアルと呼ばれる言葉を取り入れたなのです。

 だが西洋におけるスピリチュアルの言葉の意味とは、降霊会で低級霊を霊媒者に入れる意味合いの内容で、日本心霊界の父とされる浅野和三郎師は【スピリチュアル】の言葉を世に広めようとはされなかったがあります。為にスピリチュアルの言葉はこの日本では広がっていなかったがあります。

 私も今から四十数年前にテレビの白黒時代に活動されていた霊能者の方から【日本心霊協会】の言葉を聞くまでは、そうした組織が存在していることすら知りませんでした。その中で愛とスピリチュアルの言葉を多用している人達は蛇霊の容器と化している等も知ったと言えます。そして神霊世界に関わって、今の霊界に関わるには蛇霊や狐霊の存在を抜きには語れないなのです。

 

日本でスピリチュアルの言葉は低級霊と交流の意味

 

蛇霊や狐霊の存在を否定して、霊界は解る物では無い

 

 ある方が天人界を訪問して、天人達から最後の審判と呼ばれる事態が起きる時、その最後の審判の点数は【人の魂に内在する良心神の点数】で魂の永遠の地位が決定すると聞かされたそうですが、地上界でその「人に内在する良心神」を説いている者は国常立尊の天使長の魂の分魂たる肉体の存在だと告げられて、その方は人に内在する良心神を説いているのは伊勢白山道のリーマン氏以外には頭に浮かばず、それは伊勢白山道のリーマン氏のことかと天人界の天人に尋ねたところ、その天人曰く、貴方の知人の知人だと告げられて、自分の知人に伊勢白山道のリーマン氏以外に人に内在する良心神を説いている人物を知っているかと知人達に尋ねたところ、それは自分が知っている人だという知人が在り、その知人から私の元にその天人界での話の伝達がありました。

 私は自分の魂が元は天使長たる職に在ったということは、旧約聖書の神と称する声から聞かされていたことでもあるのです。ただ私もそれは私の本体たる大元の魂の話で有り、肉体のそなたはバカを演じていれば良いで、それは元天使長であった魂の分魂にすぎないことを忘れてしまうが多々あるなのです。肉体はその肉体を脱いで魂本来の状態に成らないと、自分の本質が解らないなのです。

 

 白光真宏会と呼ばれる宗教を起こされた五井昌久師は自分の魂を高次元界に上げると肉体の足が地に着かないと残しておられますが、体が宙に浮いた様な感覚の中に入って人として生きづらくなります。ただその時に自分の周囲に見えるのは神々の姿ばかりとなるのです。それが日本の新神道系の教団で語られる【神人合一】の状態と言えます。スピリチュアルだと、その【神人合一】がほとんど語られることがないのです。それを語らないと大本教から出された【人は神の子・神の宮】が解らなくなり、イエス一人が主の神の御子だと言う誤った教えの中にはハマってしまいます。

 

 私はこのブログ記事を書く前に存在していたヤフーの輪廻転生の板で、【人に内在する良心神】の論陣を【天典】の名で張っていて、人に内在する良心神とはお釈迦様が菩提樹の下の瞑想で悟られた事柄だと述べていました。当時そのヤフーの輪廻転生の板を見ている方はかなりあり、地上界で人に内在する良心神を説いている存在は天人界迄その名が届いていたと言えます。

 ただこれまでの日本の仏教においてはお釈迦様の菩提樹での悟りとは【仏の慈悲】だと語られていましたので、お釈迦様の菩提樹での悟りが【人に内在する良心神であった。】にはなっていなかったのです。私は曹洞宗の門徒ですが、その曹洞宗に残されていた経典の中にお釈迦様の菩提樹の下での悟りとは、【悪魔は実体を持たない現れであり、人には良心と呼ばれる神が内在している。】であったと、曹洞宗の機関紙たる小冊に書かれていたのです。それを見た時、私は小躍りをしたのです。

 

 何故ならば、それは大本教神論が予告した【九つ花に咲く一輪の言霊の経緯(秘密)】を【ラ】の言霊で全てが解読出来るからです。日本における【ら・ラ】の言霊は【良】の漢字から成り立っているからです。しかもそれは大本教神論予告の【九つ花】は【みろく(369)で五六億七千万】の数字すら打ち出せるからです。いったい誰がこんな仕組みをしたのか?。

 私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声から、【この国(日本)は私の教えが満ち溢れた世界で唯一つの国であり。私はそなた一人にこの神の仕組みを見せてやろう。】と告げられました。それが【艮金神の艮の漢字に天(点)を着けることで、「良(ら)」が出る。】なのです。すなわちお釈迦様が菩提樹の下で悟られた事柄は、大本教が型を演じた【みろく大神や五六七】を五六憶七千万を持って全て解き明かせるなのです。

 私が子供の時に臨んでいた旧約聖書の神と称する声は私に、【私はそなたが説く教えに従う者達は一人残らず救うが、私はそなたに何の力も与えない。そなたにこの神の何の力も与えないことから、そなたが説く内容を馬鹿にして来る者達が続出するであろう。私はそうした者達を救うことはしない。今回をもって、この私(良心神の本体)に従う者達とそうでない者達との永遠の別れとなる。】と告げられたのです。

 

良心神を見ずに愛を連発する者達は【左岐の道】を行く

 

創造神は愛で左岐の道を行く者と悪魔を同じ世界とする

 

 何故ならば、何をしても神の愛で赦されますと説く者達は自分を悔い改める作業を放棄させ、自己の魂磨きを捨てさせる悪魔(魂の核を空く間化する)の教えに洗脳されてしまった者達だからです。自分が汚した尻は自分で拭け。自分が播いた悪の種の果実は自分で刈り取れは霊界の【原理原則】だからです。それが解っていながら、何をしても神の愛で赦されます等と説く者達は【詐欺の道】を行く者達なのです。

 私は自称【救世主】と称する者達が、その信徒を【地獄】に案内している光景を見て来た者と言えます。

 

人に良心の呵責がある間は、その人に神は内在している

 

 

 巷には【エクトプラズム】と称される古い白黒の写真が出回っています。それらの写真を見ると後に修正偽造されたであろうと思われる写真が多数出回っていますので、それらの写真は必ずしも本物とは言えません。が、霊視とか霊眼で見る限りではエクトプラズムと呼ばれる存在は透明系の【アメーバ】というか【ゼラチン】の様な素材で、人が死後に霊界に渡る時に魂が着る【霊界の肉体服】の素材とは言えます。日月神示に見られる【半霊半物質体】と言えます。

 人は魂と霊(霊界用の肉体で幽体)とこの世の服たる肉体の【三位一体】で成り立っています。その霊界で魂の服として着る素材が霊媒者の口や鼻や耳などの肉体の口から出る。そうしたことは起きるなのです。

 昔の西洋のスピリチュアルと称される降霊会において、そうした霊現象を掴めたはありますが、人の肉体から魂が抜けて行く等はそうしたスピリチュアルの降霊会では解らないことではあったのです。もし人の肉体から霊魂が抜けて行く様を白黒写真であろうとも撮ることが出来ていれば、西洋が説くスピリチュアルもその意味が大きく違っていたでしょう。

 日本の霊地霊場等に行きますと【白い靄(もや)】の様な物が漂い、それが凝縮して仏像や人型の神霊として現れるがあります。そうしたことは霊能者やスピリチュアルを含めた霊感者レベルでも実体験をするは起きて来ます。事故現場で幽霊を見るなども、そうした霊が幽体としてその姿を見せるからです。

 

 西洋から出されたエクトプラズムとは【霊媒の体から発するという心霊物質体】の意味で、希ですが自分が霊媒体質だと自覚しておられない方を映したカラー写真にそうしたエクトプラズムが出ているもあります。西洋における降霊会は暗闇の中で行われた物ですが、優秀な霊媒者が存在すれば太陽が燦々と輝いている中でも可能な事柄ではあるのです。

 西洋には【不動明王】と呼ばれる存在が語られることはありませんが、日本では不動明王はかなりポピュラーな神仏の存在で、その不動明王や仏閣に鎮まっておられる菩薩や明王であれば人を攻撃して来られる時、その肉体の霊体を縛る為の素材を投げて来られるがあります。スピリチュアルの世界だとそうしたことを言う方はほとんど無いでしょうが、行者の世界ならばそれを体験するがあります。その霊物質もエクトプラズムと言えます。

 

不動明王等の諸仏や神霊がする霊縛の縄の物質は?

 

 自分がスピリチュアル界の大御所と自認されている霊能者江原啓之さんは、スピリチュアル女子を多数創り出した存在で、スピリチュアル界の大御所で霊はよく見えている方とは言えますが、行者の様に自分を神仏と一体化させる行を積んでいる霊能者の様な次元格が高い方とは必ずしも言えません。

 

霊がよく見えると、霊界で諸霊達を押さえる霊力は別物

 

 その江原啓之さんに【終焉のワルツ】の言葉を入れたのは高次元界の存在だと述べられています。確かに高次元界の存在であれば、その人に【終焉のワルツ】と言う言葉を降ろす可能性があるからです。単にスピリチュアルだ。スピリチュアルだと言っている人達からは、そうした【終焉のワルツ】等の言葉は出て来ないでしょう。それはそうしたスピリチュアルで関わっている次元界は低次元界の為に、そうした言葉を聞かないなのです。

 私は高次元界の神々からは世の立替は起きると聞きましたが、低次元界の御神霊からはそうした言葉が一切出て来ない。為に本当に世の立替等起きるのかと疑うほどなのです。ただスピリチュアル界の大御所と自認されている江原啓之さんも【終焉のワルツ】の言葉の意味を本当に理解されたのかどうかです。

 

 スピリチュアルの大御所たる江原啓之さんが近年言われたキーワードの事柄は

西暦2020年は、【破綻と崩壊】

西暦2021年は、【地獄の入り口】

西暦2022年は、【亀裂】

西暦2023年は、【終焉のワルツ】

 

 私が自分のブログ上で書いて来た事柄は

西暦2020年1月16日の記事は、地獄の釜の蓋開けか?。地獄の鬼達が【ビーシア(陛下)】と言いながら散らばった】。

西暦2020年1月22日の記事は、地球の次元上昇が始まったのか?。三次元と四次元の層が破れて解放される地獄界の霊達。

 地獄の釜の蓋開けとは、これまでは地獄界に閉じ込めていた霊達を地獄界から解き放ったです。するとこの世は悪霊達が暴れることになります。すなわちこの世の【破綻と崩壊】の始まりです。

 そして三次元と四次元の霊界層の崩壊によって、この世に住む人達はその人の魂の本性に従って悪の道に進んで行くです。それは悪的な事や災いを閉じ込めていた【パンドラの箱】を開けたということです。

 その結果として、この世に出て来た事柄は【コロナ菌】騒動と言えます。

 

西暦2021年1月4日の記事は、みろく世到来の夜明け前か?。

西暦2020年はコロナ騒動で、西暦2021年から【芋】の掘り起こし?。芋とは地涌菩薩? 

 で、その記事の中のカゴの中の鳥とは、終焉の【焉(正と鳥)】大トリ。大本教神諭あります「一度この世は悪神の支配下に置くではないか?」。地獄にいた霊は苦しさから霊媒体質の人に憑依する。等を記事として書きました。

 

西暦2022年1月6日の記事は、みろくの夜明け前-1 みろくの世には通貨や税が無い?。

西暦2022年1月13日の記事は、みろくの夜明け前-2。みろくの世には職業の貴賎は無い。

 その前の暮れの

西暦2021年12月31日の記事は、天国界に渡るのに必要欠かざるべき【善業点】とは?、神の祭壇に牛と羊の血の捧げ。 西暦2021年12月27日の記事は、天国門は叩かないと開かないが、その門に行く道は?。今の世は天国界に渡る人は僅か。

 これらは西暦2021年12月18日の記事で、艮金神の【牛虎】。来年は虎の年。トラトラトラは突入せよの【ト】と雷撃機の【ラ】の頭言葉はの中で

 

来年は【寅(虎)】年で、何かしらの神の【劇】がある

 

 で、この世は二つに【別れます(亀裂)】しますよと書いたのです。

 

 そして私は西暦2023年は右左岐(兔)の年として出しました。この右左岐の年で右に行く者と左に行く者とが永遠に別れる最終場面となります。

 

その最終場面に流れる曲が【別れのワルツ】であり。終演のワルツ

 

 私は旧約聖書の神と称する声から、【そなた一人だけには、この神が世に出ている神々や人民を使って監督演出する神の舞台の筋書きを見せてやる。】と告げられました。その神の舞台には幾つかの【幕】があり、その最終幕は大本教の出口王仁三郎聖師が予言として残された【みのか尾張の国から現れる誠の女子達・・・・・・】の勢揃い舞台なのです。

 

 スピリチュアルだ!。スピリチュアルだ!。そんなことばかり言っているスピリチュアル女子だと、何を言っても【神の愛だ!】しか発想能力が備わっていません。いくら良心神の存在を説いても、魂の【核(エンマ)】の働きの理解すら出来ないなのです。

 

 そのスピリチュアル界の大御所と自認されている【江原霊啓之】さんは、高次元霊界の存在から【終焉のワルツ】を告げられたようですが、私の元に自分が創造神です。自分が救世主です。自分がみのおわりの女子です。そうした名乗りをして来られた方達はどなたも【終焉のワルツ】の意味の本質は御存知でした。 終演は単に舞台の終わりに過ぎず。新しい舞台の幕開けが用意されている。

 

終焉の焉は正しい【トリ】を出す

 

カゴメカゴメ、籠の中の【大トリ】を出して今の世は終わり、新しい世に入る。

 

 世界各地に天変地異の症状が出て来ていますが、それは大本教神諭の【一度、この世は悪神達の支配の元に置く】であり、永遠に嬉し嬉しのみろくの世とは【のほほん】としていれば自然に開く世界では無いのです。

 

 

 

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