人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

兔(右左岐)で語る免許や免罪。人類は神に近づいたのか?。はたまた神とは遊離しだしたのか?。

 私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声が臨んでいて、その声から【私はこの世の幕を引くが、代わりに永遠に嬉し嬉しの未来の世に人類を渡す。】とも告げられました。だがその道は【無条件】で全ての人が【永遠の嬉し嬉しの世】に渡るではなくて、人類は二つの方向に別れるで、片方が【永遠に嬉し嬉しの世】行きです。それは【右左岐の道】と言えます。

 

人類が別れる道は天国と地獄では無く、右と左に別れる

 

 ただしその人類の別れとは、宗教世界で語られる最後の審判において【我が宗派の教えを信じる者は天国界に、異教徒達は地獄に墜ちる。】というものではないなのです。私はキリスト教徒の多くは新しい未来のみろく世には進めない映像を見させられて、イエス一人を主の御子だと信じたから【永遠のみろく世】には行けないと理解しました。そもそもキリスト教は神の教えそのものを間違えてしまったからです。で、私はイエスはどこを間違えたのかと追求したのです。

 子供の頃に旧約聖書の神と称する声から、【そなたはナザレのイエスの愛の教えを何一つ恐れずに、ナザレのイエスの愛の教えを乗り越えないと行けない。】と告げられました。それは私に臨んだ旧約聖書の神と称する声は、イエスが説いた【神は愛】の教えを完全否定するところの神だったわけです。

 旧約聖書の神とは【目には目を、歯には歯を!。】で、それは霊世界では【カルマの原理原則、正負の原則】として解っていることです。

 

神は何をしても愛で赦すは、神界の【掟】を知らぬ発言

 

 今はスピリチュアルと名乗ることが大流行ですが、霊世界が見えるからその人は【正神界】所属では無く、霊的世界が見えるは正神界や邪神界とはまったく関係の無い話なのです。神霊界には正神界も邪神界も在り、どちらの世界からも霊的なことは同様に見えるなのです。

 

ただ、どんな話でも【甘い話】には必ず裏の狙いがある

 

 スピリチュアル標榜では、神は【愛】だから何をしても神の【愛】で赦されますと言われる方が圧倒的多数です。スピリチュアルとはそれしか言わない知恵無き(魂の奇魂の働きが少ない)者達と言えます。為にスピリチュアルに走っている人達は誰も死後は天国界には進めていないが見られます。その多くは【中有界】で留まっているなのです。そこには神は愛で何をしても赦してくれる存在と思っている節があるからです。 勘違いの最たるものです。

 

スピリチュアルは魂の汚れを祓って、赦されるが解らない

 

 人がこの世に生まれ出て来る【輪廻転生】の背景には【カルマ(過去世の罪)】が有ると解って来ますと、人がこの世に生まれて来る意味も理解出来ます。それによって人はこの世に生まれ出て来る環境が違っているなのです。

 仏教で説かれる輪廻転生の【転生】で時には動物界に生まれて出るもあります。もし神が【愛】と呼ばれる存在で無条件で全ての【罪】を赦す存在であれば、人で在った魂が動物界に生まれ出るも無く、どうして【この世はこれほど不公平で不平等の世の中】なのだと叫ぶことも無いでしょう。

 

この世は不公平不平等故に、その違いで神の【掟】が解る

 

この世だけを見て、神の存在を知ろうとすると無理がある

 

 仏教は曲がりなりにも【輪廻転生】で人の魂の死と肉体の死とは関係が無い。そうしたことが説かれ来ました。私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声から、【人の魂は輪廻転生している。今生のそなたと来世のそなた。過去のそなたとは顔も形も違う。自分の両親として自分を育ててくれた存在。子となった存在。兄弟姉妹となった存在。友とした存在。その時その時で全て違う。そして自分が生まれ出る時代という社会環境も違って来る。しかし前世のそなた。今生のそなた。来世のそなた。その顔や姿は違えるとも同じ心を持った存在である。同じ心を持つと言うことは、自分自身である。】と告げられたのです。

 人の生まれ変わりは単純では無く、自魂の魂の過去世からのカルマ。自分がこの世に生まれて来る為に必要な家系筋に溜まったカルマ。自分が生まれ出る地域や社会のカルマ。そして自分が生まれ出て来る時代が持つカルマ。そうした過去からのカルマが複雑に絡んで来ます。それらは神信仰をしたからと言って、一気にカルマが消えるものでもないのです。

 

 私は神霊界修業の見聞を稲荷神界でお世話になりました。その時に世話をしていただいた豊受姫はカルマに関して、【人の魂が持つカルマは複雑に絡んでいる。カルマが有るからと言って、この豊受とてその線を簡単には切れない。人は輪廻転生の数でその時のカルマを残している。生まれ変わりが多ければ多いほど複雑なカルマの絡みと成る。このカルマの線はどこに続いているのか?、それらを正しく見極めた後で無いとカルマの線は断絶出来ない。】と言われます。

 スピリチュアルでは貴方の【前世を見て上げる】が商売繁盛ですが、本当にその人の前世が見えるので有れば、その人がその人生で如何なるカルマを創ったのか?。その光景が見えているはずです。私はスピリチュアル商売はしていませんが、これまでの修業の過程の中で何人かの人の前世の光景が見えて、その人が前世で如何なる【カルマ】を持って今の世に生まれ出たかを拝見しました。

 ある方はその前世の罪があまりにも重く。その罪故に幾度生まれ出ても悲惨な一生を送って来られた。今生で救って上げたいが本人の心からの【改心】が無いと救いの道すら見えて来ません。スピリチュアル標榜者が言う神は愛だから何をしても神の愛で赦されるがそもそも存在しないなのです。

 

人は過去からのカルマの解消目的で生まれて来ている

 

人は魂を更生する為に、後世の世に甦(更生)る

 

本人が悔い改めもしないで、神が愛で助ける等は無い

 

 そうしたカルマの解消の一つに、自分をこの世に出してくれた【家系筋のカルマ】を解消する為に自分自身が【菩薩行として身体障害の身】で生まれ出るがあります。その魂がそんな辛い道を選んだのは、その家系に過去に世話になったとか、その家筋で生まれ出た過去が本人にあったのかも知れません。その時のお礼としてその家系のカルマを解消させるです。

 

カルマを解消させる為に、この世で罰を受ける菩薩行

 

 されどそうした事柄は、その本人やその家系のカルマを解消させる菩薩行であることはあまり知られていません。また神罰として一つの肉体に複数の魂が入れられた。その魂本来の性と肉体の性を違える神罰も存在しているのです。この世に出て来るということそのものが、過去の罪を解消する為のものだからです。

 

人の肉体と魂とは別物なので、神罰が存在して来る

 

 私は子供の頃には旧約聖書の神と称する声が臨んでいて、その声から霊界におけるイエスの本当の地位を聞かされていましたので、イエスは救世主では無いことは最初から解っていました。その旧約聖書の神と名乗っていた声だったのかどうかは今は解りませんが、【イエスのパンの教えは美味なれども、真ん中が無いドーナツ型のパン。】と出て来て、真ん中が無いドーナツ型のパンとは何を語っているのだろうと思っていました。

 

パンを食べる時、真ん中でも端を食べても関係が無い

 

 大本教の出口王仁三郎聖師は、霊界物語の中で西洋人は副食のパンの教えで、日本人は米が主食で日本人の方が主食たる神の教えを受ける民族と書かれています。が、【米】そのものの教えは大本教からは出されなかったなのです。ただそこに神本来の教えは【パン】では非ず。【米】であることが予告的に出されていたと言えます。

 真ん中が無いドーナツ型のパンとは、最近報告される真ん中が存在していない【魂】を持つ者達の事だったと言えます。

 

米の日本人は、パンの西洋人の思考と同じではいけない

 

 そうしたことがノストラダムスの予言詩にあるとされる【西洋の人がいくら待ち望んでも現れない東洋の叡智の飼い葉桶】となります。イエスの教えが創造神の教えだと思ってしまうと、大きく的を外すことになります。

 神霊世界を見聞してくれば、厳として神の【掟】的なことが存在しています。

 

欧米人の考え方が正しいと思うと、天国界には進めない

 

 西洋の欧米人とは、イエスが主の一人御子だと思い込み。間違った【愛】の教えに染まった為に、そこに出て来る論理は神界の【掟】を忘れているなのです。

 

 神霊の世界には【正神界】と呼ばれる世界と【邪神界】と呼ばれる世界があります。日本の諺に【邪の道は蛇】がありますが、この世で【邪(よこしま)】の道を進みますと自分が死後に【蛇霊】と化すが起きます。これが聖書におきますと人類の祖とされるアダムとイヴが蛇の唆しで天国(エデンの園)を追われたという神話につながります。

 日本の霊能者ならば、蛇霊とはこの世で人として在った時、よこしまな行為。すなわち金銀財宝に溺れて人の心を無くす。権力志向に走って、罪の無い人達を貶めたり。殺めて行ったような人達。一番多いのがこの世で妬みや嫉妬。怨念を持ったことでの蛇霊化です。そして【色欲】と呼ばれる事柄に溺れた人達。これまでの宗教ではそうした人達は地獄界に墜ちると説かれて来ましたが、鬼が居る地獄界ではなくて蛇霊の世界に墜ちるなのです。

 

 私が言霊学の一環としてサニワ(審神)を学んでいた時、ある人物に一体の黒蛇霊が憑依していることが解りました。その黒蛇霊を調べると、その人の先祖が大工の棟梁でその下で働いていた大工でした。ある時、その大工は屋根から落下して大怪我をしました。で働けなくなったのですが、その方のご先祖であった棟梁は働かざる者は喰うべかざるで寝かせておくだけで食事を与えられないことで餓死してしまったのです。その怨みは骨髄までで、その子孫を赦さないで黒蛇霊と化して祟っていたです。

 その怨みの黒蛇霊に言向けをして、辛かったでしょうと一緒に泣いてあげることで、その黒蛇霊がその怨みを忘れて【改心】をしてくれた時、その魂をまた人としてこの世に出る道筋の手続きを取りました。

 

 どこにもスピリチュアルの様な【神は愛ですから、何をしても神の愛で赦されます。】等の見当違いの教えなど転がっていなかったのです。まず本心から【悔い改めよ。改心せよ。】なのです。

 

 本当にその霊を助けようとするならば、その霊がこの世で犯した罪の数々を自分が肩代わりしなければなりません。大本教の出口王仁三郎聖師は、天国に案内すると言いながら地獄に案内している取次ばかり。地獄を覗けば牧師や僧侶で一杯だ!。と残しておられますが、それは自分がこの世で犯した罪たるカルマを解消させる原理原則論を無視した教えが宗教界で広がったなのです。イエスを主の一人御子と信じれば天国とか、お題目を唱えていればとかです。人は過去の自分の罪を解消する為にこの世に降りているが、まったく忘れられていたなのです。

 

世界の宗教で、蛇霊は神として崇められて来た!

 

邪の道は蛇は何を意味したか?。欲の道は蛇霊化

 

 仏教で金銭欲や権力欲に走った者達は【蛇霊】化することは説かれて来たことではあるのですが、多くの金持ちや権力者や欲深き者に取って恐ろしいのは、はっきりしていない死後に【転生】で自分が蛇霊と化す道よりも【地獄閻魔庁】の存在。その閻魔庁の門番であるところの鬼達。なんとしてもその地獄の鬼達を押さえなければならないから、牛頭虎パンツの鬼に対する【節分の煎り豆で鬼は外】が生み出されたなのです。

 

地獄の門番は牛頭虎パンツから、牛虎金神の配下

 

現実は、邪の道に走った者達は蛇身に変えられた

 

 私はこの日本では予言教団として知られる大本教から出された【五六億七千万のみろく】とは、お釈迦様の本当の悟りで有った【悪魔は実体を持たない表れであり。人には良心と呼ばれる神が内在している。】を、大本教神諭予告【九つ花に咲く一輪の言霊の秘密(経緯)】を解読することで、日本語と呼ぶ言葉の仕組みであってもこんなに恐ろしいまでの仕組みをしている神が存在するのか!。と愕然としたなのです。

 しかしながらそれらは日本語と呼ばれる言葉上での仕組みで有り。その日本語で言葉の仕組みをした神にどれほどの神力が有るのかとなった時、それは日本民族の国祖大神国常立尊様として名は出せても、これほどの言葉の仕組みは日本の神社や仏閣に鎮まる神霊の段階では出来ない。不可能程度のことは誰でも解ります。しかしその神力のほどが解らないと言えます。

 大本教から太平洋戦争当時、広島や長崎に新型爆弾が落とされて広島や長崎が【火の海】となり。その後に【黒い雨が降る】と予言がなされてその通りになりましたが、そこで起きたのはそれが事前に解っているのならばどうしてそれを阻止しなかった。阻止するのが神だろうと言う意見です。そこに在るのはこの世の意味の勘違いなのです。

 

 私は自分が子供の頃に臨んでいた旧約聖書の神と名乗る声の主は本当にそうなのかと、多くの霊能力者に当たったところ、その中の7~8名の方から豊受姫と同様に私の背後には【国常立尊】と呼ばれる神が本守護神としておられると告げられました。

 その旧約聖書の神と称していた霊は私に、【仮に全神々が束になってこの私に敵対したとしても、私一柱で全神々を倒すことは出来る。】と告げられたなのです。確かにこの宇宙の初発である【無から有】。万物の想像から創造に居たる過程。そして天文学でビックパンと呼ばれた映像。その過程に出て来る【神の息吹】を理解するならば、私達がこれまで神社や仏閣に鎮まる霊を神と思っていた感覚では、創造神は解らない存在と言えます。

 

艮金神国常立尊は全神々に勝てるが、あえて退かれた?

 

 そのあえて退かれたに【引退の艮】に【魂(玉思惟)の仕組みに鬼が云う】を組み立てられたと言えます。そして【更生】することによって【甦る】の輪廻転生と言えます。

 私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声から【この地球は魂の修学場】と聞かされましたが、その修学の場を閉めることも聞かされました。世紀の大予言者と言うべき大本教の出口王仁三郎聖師は、この世は【天人の苗床】と説かれ、天人を輩出させる修学の場でもあった事は確かなのです。そして優れた霊能者が言う【この地球は宇宙の出来損ないの魂が収容される魂の宇宙刑務所。】もまた事実だったのです。

 

人の魂が天人と成る修学の場には、悪は必要不可欠

 

悪を知り、悪を乗り越えないと天人に成長できない

 

 

 いよいよ魂の修学場たる地球学校は閉校で、魂達は卆業式を迎える。

 

貴方たちの地球から宇宙に卆業免状は、兔の年から

 

 で卆業免状を貰えなかった【落第生】はどうなるかです。これまでの宗教では我が宗派の教えを信じる者は天国界で、異教徒は地獄界に墜ちる。それも【火の海】の中と言うことで、最後の審判は【火の審判】と世界の宗教で語られて来たがあります。

 

古来より世界の宗教は人類が神から離れたならば

 

神は火(か)水(み)で、火か水で最後の審判を説いた

 

 水の審判は過去に実施されています。それがノアの箱舟伝説です。ただそれは今の人類が知る歴史以前と言えます。過去を知る古い魂ならば、その時の記憶がある方も居るかもしれません。霊学的に過去に人類は六度滅んでいることから冥土(黄泉帰り)には【六】の字が入り、今の世は【七の代】とされるなのです。そしてみろくの世は八の世なので【松】の世とも言います。

 

 

 

精神世界

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村

この内容がよければ、応援のクリックをお願いします。

このブログの人気記事ランキング

JUGEMおすすめブログ

S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031
<< May 2025 >>