私は子供の頃は旧約聖書の神と称する声を聞いていましたが、そのことを自分の肉体の親にも言いませんでした。誰かに何かを言われたわけではないのですが、いくら自分の親でもそうしたことを語っても信じては貰えない。そうした認識を先天的に持っていました。だから人にはそうした声が聞こえても言わないです。言えば自分がおかしいと思われる。世間からあの人は気が狂っているとも言われたりするなのです。しかし内には自分は【神の御子】と呼ばれる者であると言う強烈な思いを抱えていたなのです。
私はその旧約聖書の神と称する声から、霊的世界のことに関してはあれやこれやと教えて貰ったではありません。私がその旧約聖書の神と称する声から教えられて来たのは、魂がこの世に人として降り立つ意味。そこにあるのが【輪廻と転生】です。そして魂がこの世で学ぶべき事は【人としての心の在り方・持ち方】なのです。但し【転生】に関しては詳しく説明はされませんでした。転生に関しては【伏見稲荷山】で実践修業として学んで来たなのです。
旧約聖書の神から告げられたことは魂の【輪廻と転生】
人は何故にこの世で学ばなければいけないのか?
私はその旧約聖書の神と称する声から教えられた事柄は、多くのスピリチュアル標榜者の方達が言う神は愛だから何をしても神の愛で赦されますなどの【甘い、甘い】内容ではありませんでした。スピリチュアルで言う様な教えを聞いていれば、自分が死後に地獄界に叩き落とされる。実際に霊界を見聞してくれば、魂が腐ったり破砕されたりがあるからです。
更に私に告げられたのは、キリスト教の開祖イエスやイスラム教の開祖ムハンマドの霊界における本当の地位です。私が自分に臨んだ旧約聖書の神と称する声から聞かされた内容は、キリスト教徒やイスラム教徒にはとても承服しがたい内容だと言えました。イエス一人を主の御子と信じていればとか、アラーの神の名を唱えていれば天国等の内容ではなかったなのです。
この世に肉体を持って人として出られた存在で、今日までの人の身で一番の覚者はお釈迦様だと言われています。確かにお釈迦様が開かれた仏教の教えとは、イエスやムハンマドの教えと比較すると奥が深いと解ります。もしイエスやムハンマドがお釈迦様の教えを知っていれば、自分が説いた神の内容の底の浅さが解ったでしょう。もしお釈迦様の教えを知っていたならば、神と呼ばれる存在を説かなかったかも知れません。それは天使長ミカエルとか大天使カブリエルと称する霊も底が浅いなのです。
私達が知る【輪廻転生】とは仏教から教えられて来たことで、キリスト教やイスラム教には存在しないのです。
私が教えられたのは、人としてこの世での生き方
自分が播いた種の果実は自分で刈り取れ、後始末は自分
私は昭和五十五年、自分の目は開いているにも関わらず真っ暗闇の中に叩き落とされて、それを切っ掛けとして神霊界修業に入る時期が来たと、隣市の稲荷神社の神主さんが神社の御祭神と会話されてよく当たると聞いて、その元に相談に行きました。
するとその隣市の稲荷神社の御祭神であった豊受姫は、私に貴方には能勢の妙見様の御使者神が二体守護しておられる。普通の人では無い。神たる存在が人としてこの世に降りている。さらに貴方は白龍神の子と呼ばれる存在でもあると告げられて、その豊受姫の庇護の元に伏見稲荷山で数々の霊的体験を見せられて来たなのです。
当然に伏見稲荷山での修業となりますと、どこかの神社に参拝する等とは違い。稲荷山の中に有る瀧に打たれたり、伏見稲荷山を巡る山行が主体となります。伏見稲荷大社は全国の稲荷神の総本社で、稲荷山という山を神域として持つ存在です。伏見稲荷山で霊的に見る世界は【白狐】などの社会となります。
そうした時、【あなたは狐を神として拝んでいる。】と人を馬鹿にしたような言い方をされた人もありました。だがそうした方はどうして狐が神として拝まれているのか?。君臨しているのか?。そうしたことを何も考えない。解ろうともしていないなのです。ただただ狐霊神や蛇霊神から現世御利益に期待して参拝するなのです。
確かに白狐は神使と言えども、肉体としての身分は【畜生界】です。畜生界だから人間界よりも下の界だと言えば、確かに稲荷神界の白狐は狐であり畜生なので人間界よりは下なのでしょう。その畜生界と言えば、龍神と呼ばれる存在も畜生界とされるなのです。人間より遙かに霊力を持った存在が畜生界か?。です。
そこには【次元】と呼ばれる世界が存在しているなのです。この世に肉体を持っている人の身は三次元界。人は死(四)ねば誰もが四次元界。神霊として出て来る白狐や蛇霊は五次元界が主体で、三輪山の神は六次元界の黒龍神だと言われています。そうした中でお釈迦様は世に出ている神々より上の次元世界に行かれた方。そうしたことから巷の自称救世主も自分は七次元界だと呼称される人が多数有るなのです。
大本教から出された【人は神の子・神の宮】は、人はこの世での生き方次第で誰でも天人や神にも成れるなのです。で、大本教の出口王仁三郎聖師は、この世は【天人の苗床】と説かれました。
人はこの世の生き方で、死後の世界で天人や神と成れる
人は狐霊とバカにするが、自分にその霊格が有るのか?
私が霊的世界に関わって見て来た中では、神として祀られている蛇霊や狐霊を越えた霊界の次元格の魂を持つ人など、万人に一人程度しか存在しておられないなのです。どなたも蛇霊や狐霊よりも霊的世界の次元格は低いなのです。で、それは何故かとなった時、神霊世界で姿を見せる蛇霊とか狐霊とは爬虫類や動物では無く、元は人の身であった存在が多いなのです。
霊界で神霊と呼ばれる蛇霊や狐霊は、元は人から転生
その白狐達が男(雄)ならば【衣冠束帯】の貴族の様な姿。女(雌)ならば【十二単衣】を来た姫姿で出て来るがあります。それは龍神と呼ばれる存在にも当てはまります。人の姿を取れる龍神と人の姿を取れない龍神が存在して来るのです。また蛇霊と呼ばれる世界も同様なのです。蛇霊でも人の姿をして出て来る場合は、その目に特徴が出ます。そこに出て来た神霊の目を見れば、狐霊系だとか蛇霊系だとか見分けられるなのです。
されどその白狐が私達人間に向かって、【人間の分際で頭が高い。下郎、下がりおれ。】などと一喝して来ます。人間は畜生では無く霊長類のトップだと言うのであれば、白狐が人間の分際で頭が高いと一喝はして来ないでしょう。多くの人はそうした蛇霊や狐霊から現世御利益を貰おうと必死になって、神社に参っているなのです。
神社を清めの場として、その力添えに参拝する者達と
現世御利益を求めて神社に参拝に行く者達は正反対
神社には御祭神として、仏閣でも菩薩像などには蛇霊(主に黒蛇霊)が宿っており。【自分達は人間が助けてくれと参って来るので、それを助けてやってどこが悪い】。そうした言い方をされます。そこに見られるのは、大本教が世に出した【人は神の子・神の宮】を神霊と呼ばれる存在がほとんど理解されていないがあるのです。大本教が出した【この世は天人と成る苗床】の修業場の意味です。
そもそも【人とは何ぞや!】が論議されて来なかった
龍神と呼ばれる存在でも狐霊でも蛇霊でも人の姿を取れる霊は、かつては人の様な姿の存在でこの世に出たことがあるなのです。白狐の世界を見て来ると、白狐→人間。人間→白狐が見られます。私の最初の師匠を勤めてくれた女性は幼児の頃から白狐が遊び友達で、白狐界から人間界に【転生】した組でした。しかし今生においてよく神霊界に仕えたことから、更に上の神界に神霊として列せられる資格を得たのです。
その白狐達の上に来るのが【龍男】とか【龍女】と呼ばれる存在で、南無妙法蓮華経の御経に龍女の解脱とある様に解脱さえすれば、死後は天人界でも神霊界でも進めるとなります。この元が龍男とか龍女と呼ばれる存在ではなく、この世の生き方で蛇霊と化した魂を行者筋は「龍神とは死後に人の魂が蛇霊と化して霊界の海山川(又は火山川)で各千年。合計三千年間の修業を積んだ大蛇霊のことだ」と言われます。
聖書にも龍とは霊界で年老いたところの大蛇霊とあるのですが、その大蛇霊とは人の魂が蛇霊化した存在とまでは書かれていなかった為に、いったい【龍神と蛇霊】とは何を意味するのか?。それが解らなかったなのです。聖書に記載されるような三千年間にも及ぶ霊界修業を積まないと、人の魂から龍と呼ばれる世界には入れないなのです。
龍とは【流】的エネルギーで、霊界で力を得れば流
スピリチュアルは蛇霊憑けで、蛇霊で霊的世界を見る
世に【龍神付き(憑き)】とか【蛇霊付き(憑き)】と呼ばれる人達が人の目には見えない霊力を有するのは、その人に付いた(憑いた)そうし存在が流す霊的エネルギー(流力)を持つからなのです。
ある自称救世主は私に三輪山の神は六次元界の黒龍神で、その神の配下たる400万騎の黒龍神が三輪山の神共々自分の配下神として就いたと言って来られました。確かに行者筋からは三輪山の神の眷属霊達は黒蛇霊であると言われて来ました。その自称救世主によれば三輪山の黒龍神の配下達黒龍神はその長さが40メートルから20メートルあると言われます。
私が稲荷神界から言霊の世界に転じた時、私の前にその姿を現した黒龍神は黒海黒龍神と呼ばれる存在で、私が2番目の師匠とした言霊師は私の前に現れたその黒海黒龍神はその長さが20キロに及ぶ存在で、黒龍神界においては№2に当たると言っていました。
その黒龍神が私に告げたのは、聖書におけるノアの箱舟に記載される【40日間】も大雨を降らせたのは黒海黒龍神たるこの自分の霊力であると告げて来ました。ノアの箱舟伝説が残るのはトルコの黒海周辺にありますので、その黒海黒龍神が関わっていたのか知れませんが、確たる証拠は無い話とはなります。
するとその自称救世主の方が私に自分に従ったと言う三輪山の40メートルから20メートル程度の黒龍神とは何を語るかと言った時、それは霊界における大黒蛇達の段階となるのです。
霊的世界においては霊として命を宿す存在は、全て【光の玉】として存在して来ます。悪神と言えども【光の玉たる存在】なのです。そこにスピリチュアルの自称救世主の背後に見られる霊界の太陽とは、六次元界黒龍神が【火として燃えている様】であり。それを見て本当の太陽神とは言えないがあるのです。
日本における行者筋ですと、蛇霊とはこの世で金、金、金で生きた者達。それは仏教において【蛇に成った長者】の逸話にも書かれていることです。またこの世の権力に溺れた者達の死後での姿。他人に対する妬みや嫉妬などの怨念を持った者が死後の世界で墜ちた姿。それに色情の色欲に溺れた者達も死後に蛇霊化することが言われて来ました。
人の魂が蛇霊化する原因は【邪の道は蛇】で、邪の行い
スピリチュアルでは【この世では神の愛で何をしても赦されます】が教えの基本としてありますが、それで行くと死後は間違いなく蛇霊と化すのです。何をしても自由が【あるがまま】の意味だと大勘違いを発生させているのです。この世は魂の修業場で、何をしても自由がそもそも無いのです。日本の諺の【邪の道は蛇】をまったく解っていないのがスピリチュアル標榜者と言えるでしょう。
聖書のアダムとイヴを唆した蛇の囁きとは?
エデンの園から蛇霊と一緒に追放された人類の原罪?
私達人間の魂は三次元世界に即応した肉体を貰っています。人は死ねば誰でも【四次元界】と呼ばれる世界には入ります。スピリチュアル標榜者の多くはその四次元霊界とのコンタクトになるので、為に普通は四次元スピリチュアルと言われているなのです。スピリチュアル的な教えに走ってしまいますと、天国界には入れないのです。
天国と呼ばれている世界は誰でも死後に入る四次元霊界ではなく、五次元霊界から展開して来るわけですが、その天国界は第三、第二、第一天国界が言われており。これまで多くの自称救世主と名乗った方達は自分は七次元界の魂だと呼称されるのですが、それはその第一天国界と言えます。それより上の次元世界のことはほとんど解っていなかったのです。そこに【八九十】次元界があるなのです。
しかし七次元界だから天国界では無く。神界には【正神界】と【邪神界】の正反対の神界が在り。邪神界が運営する【天国界】も生じて来るのです。
神界は正神界と邪神界が在り、邪神界=地獄界では無い
神界は勝てば官軍。負ければ賊軍。強い方が支配した
一部の方達から熱狂的にあの方が救世主だと言われていた【七次元よりの使者】の著者たる【五井野正】博士や、ヨガの大家としても知られた【本山博】博士や多くの自称救世主の方達が自分は七次元界の魂だと言われていたのは第一天国界と関係していたからです。
私はスピリチュアル系で自称救世主と名乗っている人達が、自分の信徒を亡者道に案内している様を見て来ました。そうした中で本人が自分は自分を神だと信じる者達を地獄界に連れて行き。地獄界で自分が王として君臨する王国を建設するなどと陰で言っておられる。そうした事柄を数件も知りました。そうした自称救世主が説くのは【愛】の言葉だけで、愛と言う言葉を出していれば人は寄って来るなのです。
スピは前世を見るが商売でも、自分の行く界を知らず
悪魔は良心神は言わないが自分を赦す【愛】は説ける
伏見稲荷山は行者でもスピリチュアルでも、伏見稲荷山に行けばそこに御神霊と呼ばれる神々や龍神や蛇霊や狐霊等の様々な霊が出て来ます。霊能力が少しでも備わっていれば不思議な山だと解る山でした。解る山でしたとは過去形になりますが、伏見稲荷山も今はもう昔ほど強烈な霊場では無くなってしまったなのです。
日本における多くの霊場は霊能者江原啓之さんの神霊パワースポットの紹介記事で、霊場を浄化する役割を持つ参拝の意味を逆に捉えて、その霊場に自分の汚れた霊物を置いて行く多くのスピリチュアル呼称女子達によって、神社等は霊的浄化機能を失って、その霊場に鎮座する神霊や眷属達まで汚染されてしまったがあります。
その原因の一つとしてスピリチュアル女子だけで無く、そうした神社を守る神主たる者が霊界を知ることもなく、大勢の人が参って来る【霊場の浄化】をするでもなく、神主も神霊を金儲けに利用しているがあるからです。
伏見稲荷山も今では日本の神等も何も知らない外国人の観光場所と化してしまい。今では白狐達も外国人を恐れて出て来ない。霊場として機能を失った場所となったなのです。
日本における神社の多くは、霊を浄化する機能を失った
スピリチュアルで、霊場を浄化することに働く者は無し
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