世界の宗教でその教えに違いはありますが、共通して死後の世界の存在を説いています。しかし科学や医学は死後の世界。すなわち霊界の存在は否定しています。それは今の医学や科学では物理的に【神の世界(霊界)】の解明など不可能だからです。だがその科学や医学では解明不可能な世界を説く人達(霊能者)が存在して来ます。
神は科学で証明は出来ないが、人は霊長類で霊を捉える
科学や医学でこれまでの宗教で説かれた一部の出来事を【迷信】として解き明かした事柄は、実は霊的世界の説明にも繋がってはいるのです。私はインドのサイババが日本のテレビクールの前で見せた奇跡を見ていて、それは奇跡でもなんでもなく。マジックの手品でも無く、霊的世界が起こす事象に関しての人間サイドの認識が不足していると解りました。
私から見ればイエスもサイババも特別の人ではありません。大本教から出された【人は神の子・神の宮】で、人は誰でも神や天人と呼ばれる高次元世界の存在に成れるからです。
しかし霊の世界は通常は見えないことを良いことに、韓国の文鮮明の様に何の証拠も示さないで自分が天の父なる神で有るとかイエスの再来とか勝手なことを言い。多くの人を欺して来たがあります。その背景に何があるかと見ると、俗に【龍神】と呼ばれる存在が見えて来ます。龍神の働き無しに人々に【奇跡】を見せて、神と呼ばれる存在を認識させるが出来ないがあるのです。
私は霊的世界が見せる奇跡の背後に龍神達を見た
私は伏見稲荷山において霊(龍神等)が見せる【物質移動】を見て来ました。私達の目には見えない龍神等がこの世の物質を動かせば、そこに龍が働いているのが見えない人には【奇跡】としか捉えようがないわけです。イエスが見せたとされる奇跡の内容もその規模が大きかっただけであり、規模の小さな物であれば行者筋の方達は見せて来られます。スピリチュアルではなくて、行者の世界を見てくればある程度のことは解ります。
その中で蛇霊が泣くだけでなく、龍神の涙も見て?
聖書には龍とは【霊界の年老いた大蛇霊】とあります。この日本でも優れた霊能力者に龍神とは何かと尋ねれば、【霊界の海山川、あるいは火山川で各千年間。合計三千年間の修業を積んだところの大蛇霊】の事だと告げられますので、龍の説明としては聖書の霊界で年老いた大蛇霊と同じなのです。ところが聖書もそれ以上の説明がなされていないなのです。
されど仏教の妙法蓮華経を見ますと【龍女の解脱】が記載されています。法華経の場合はその記述が【龍女】だけになっていますが、実際には龍男(りゅうなん)とか龍女(りゅうじょ)と呼ばれる人達がこの世には存在しているのです。この龍男とか龍女と呼ばれる人達が居る霊世界が【龍宮城】と呼ばれています。この龍男とか龍女の存在は、聖書の龍とは霊界で年老いた大蛇霊だけでは説明が出来なくなるのです。
大本教の出口王仁三郎聖師は龍とは霊界の年老いた大蛇霊が大多数だが、そうではない龍神があると残しておられます。この霊界の年老いた大蛇霊では無いところの龍神と呼ばれる存在が、これまでの宗教ではほとんど説明がなされていない部分と言えます。スピリチュアル標榜者が教本とする西洋の神智学では学べない分野と言えます。
妙法蓮華経はどうして【龍女の解脱】を書き残したのか?
妙法蓮華経における龍女の解脱を読みますと、解脱した七歳の龍女はお釈迦様の弟子である舎利子をまったく相手にしていません。舎利子などは自分より遙かに格下の存在の者としか見ていないと読み取れます。解脱した龍女はお釈迦様と文殊菩薩だけに敬意を払うです。大本教霊界物語では解脱した龍男・龍女とは【天人界】に進む存在であるけれども、解脱が出来なければ畜生の扱いとしています。
私達は龍男と言えば【独眼竜・伊達政宗】の名を聞きますが、今日まで英雄とされて来た存在、また一代に何かを為した様な功績を持つ存在。そうした人達は霊能者から【龍男】とされている方が多いなのです。その人が龍男や龍女であるが故に、その人の背後を龍神と呼ばれる存在が守護していることにより【一代の風雲児】とも成るなのです。そうした龍男とか龍女と呼ばれる人達には、その背後に【龍神の守護】が見られるのです。しかしそこに龍男や龍女には【解脱】が要求されるのです。
龍男龍女は人として出て、この世の歴史を創って来た
龍男龍女は神の存在を説く一翼を担ったが、解脱が必要
スピリチュアル標榜で自分には宇宙龍神が就いていると豪語される方達がありますが、そうしたスピリチュアル標榜の方の背後に見える龍神とは聖書に記載される霊界で年老いた大蛇霊の中で霊力を持った程度の存在であり、そのスピリチュアル標榜の方が龍男であったり龍女とは限らないがあります。
女性で龍女だと、スピリチュアル標榜者とは桁違いの【霊能力】を保持しておられるがあります。私は修業時代。当時高校生の女子が数百体の黒龍神を従え、娘さんに従う黒龍神群団に攻撃されて逃げ回ったがあります。そうした龍女と呼ばれる存在は龍女であるが故に龍神が従っています。が、自分が龍女であることを知らない為に、この世では【神界の掟】が存在しており、その掟に縛られて【人間としては不幸な人生】を辿る等があります。
龍女は神的存在で、普通の人間と結婚が許されていない
そうしたことは一部の書物に書かれていますが、ほとんど知られていません。私はそのことを伏見稲荷山の豊受姫から教えて貰いました。自分が龍女であると知らないが為に、神霊世界に存在する【掟】を知らずにその龍神としての【業】に苦しむです。
私はスピリチュアルだ!。スピリチュアルだ!。と叫んでいる人達の、神界の【掟】に対する無知振りには唖然とせざる得ませんでした。人はこの世に過去世からの【カルマ】の解消の為に生まれ出て来ているのに、【神は愛だから、何をしても神の愛で赦されます。】などと言われます。が、霊界中を探し回ってもそんな論理など出て来ないとなります。
私は龍女だと解った人には龍女とはの説明をしてあげると、自分のそれまでの人生と照らし合わせて符合するので、理解して貰えるがあります。龍女はスピリチュアル標榜者とは一線を画しますので、スピリチュアルの様な四次元界とする低次元界と関わってはいけないのです。また西洋かぶれのスピリチュアルに走るべきではないのです。
私の元に自分は七次元界の素戔嗚尊の魂の者で救世主だ。三輪山の神は六次元界の黒龍神で三輪山の神とその配下の黒龍神400万騎が自分に従った。自分が七次元の素戔嗚尊の魂であることは2名の霊能者から告げられたと言って来られた方がありました。三輪山の神の眷属達が黒蛇霊であることは霊能者の間では知られています。で、六次元界の黒龍神で宇宙を制覇出来るかと言えば、六次元界の存在のものが雁首を揃えたところで不可能と言えます。
龍女は生まれ出た次元界がスピリチュアル者よりも高い
スピリチュアルを学ぶでなく、釈尊の様な存在から学ぶ
霊的世界も力学の論理が働いているのですが、その霊力は人の目には見えないのです。物理的事象を調べるならば、やがて死後の世界たる霊界の存在も科学的に判明は出来るでしょうが、現時点の物理学や医学では【次元の違い】が解らず。【無から有を生じることも無く】。【命を生み出す】ことも出来ないでしょう。
私は何神かその正体は解りませんでしたが、この宇宙の初発の映像を見させられて、【この宇宙を創ったのは神である】の認識に立ちました。だその神とは、神社や仏閣に鎮まっている過去に人としてこの世に出た人霊の様な存在の方ではなく、【宇宙意識】的な存在を神として見るです。
万物の命は誰が生み出した?。そこに創造神が在る
人は神に似せられし者とされるが、人の姿以前とは?
大本教神諭に、【神のことが解っていると言う者は神の事など何も解っていない。神のことなど何も解らないという者は、本当に神のことが解っている。】式の内容があります。神のことがまるで解っている式のことを言うのがスピリチュアルと称する人達に見られる様です。神等何も解っていないのに、まるで神が解っているようなことを平気で言うです。そこに神は愛だから、何をしても神の愛で赦される等の発言です。一度地獄界の存在を見て来てから物事を言いなさいなのです。
何をしても神が愛で赦すならば、地獄界は存在しない
私はある著名な霊能者から【俗に仏(通常の霊)の声が聞こえる者は千人に一人は出て、神(通常の神社に鎮まる様な霊)の声が聞こえる者は万人に一人は出る。そうした者が万人修業して、本物と呼ばれる霊能者が一人出る。】と告げられました。要はこの世で霊的世界に関わるには霊能者でも日本でトップ10とかトップ100に入るレベルの霊能力が要求されるなのです。
私が最初にお世話になった霊能者は稲荷神界の豊受姫の御代で、当時の稲荷行者の中ではトップとも№2と言われており、豊受姫によれば日本の霊能者としてはトップ10の内に入っていると言われていました。本物と呼ばれた段階の霊能者です。その修業は荒行として、100日間五穀断ち行を二回も積んだがあります。
医学的に言えば100日間の五穀断ちはあり得ない行です。死にます。それを助けていたのは龍神と呼ばれる存在です。私は霊媒体質者の口を通じて龍神と呼ばれる存在が食する。その食べた物は霊界に運ばれる。霊界で栄養素の移動が可能となる。Aと呼ばれる人が食べた栄養を病で口に出来ないBの人に送るなどを見て来たなのです。
霊界では【物質を変異させて移動する】が出来るです
そうした事柄は中国の仏教の一部では語られて来ましたが、スピリチュアルでは語られないことです。
その本物と呼ばれる霊能者以外の霊が見えるとか霊の声が聞こえるという者は、なまじ霊の声が聞こえる為に霊の言葉に欺されて、やがて魔界などに落ちて行くです。そうしたことはその霊能者だけでなく、霊能者として世に知られている方達も言われました。私の神霊界修業のお世話をしてくれた豊受姫御代であった最初の師匠から、そうした内容を告げられました。
その最初の師匠は、その元にスピリチュアル的な自分には霊が見えるとか霊の声が聞こえて来ると言う人が相談に来ると、その人が持つ霊能力を封じていました。そうしたスピリチュアル的霊能力は封じないと危ないからです。なまじその霊の言葉を信じて付いて行くと、本人が死後の世界で地獄等に落ちてしまうからです。だがその霊能力をいくら封じても霊能力が出て来る人だけは、辛い修業を積みなさいです。
辛い修行を経ないで神の世界を知るのは難しいのです。大金を払えば簡単に見せて貰える霊界とは、本当の霊界では無いのです。霊界でも低次元界の一部の霊界です。お釈迦様は厳しい荒行だけでは悟りは得られないことから荒行を禁じて、瞑想の道を説かれました。しかし瞑想行だけでは、【龍神】と呼ばれる存在が掴めないのです。
スピリチュアルで魔女が幅を効かすのは、魔女界だから
魔女界の奇跡力と龍神界の奇跡力とでは大きな差がある
私は子供の頃に旧約聖書の神と称している声から、この世に肉体を貰って出た魂の者を霊界から守護している霊の存在に関して少し聞かされました。それは俗に【守護神(霊)】と呼ばれるいる存在の霊のことです。
その旧約聖書の神と称する声が私に告げられた内容は、【この世に降りた魂の者を導く霊(守護役)は、守護する者を何もかも手を出して守って行けない。日常的に守護者に手を差し伸べていると、その魂は成長しない。この世に降りた魂の者は必ず「岐路」と呼ばれる別れ道に出会う。その岐路の時、右の道に行けばいいのか?。はたまた左の道に行くかで、その守護している魂の行く先が大きく変化する。もし間違った方向に進めさせると、その者は道を踏み外して外道にも成る。
この世に肉体を持って出た魂の守護役を命じられて守護している立場の霊は、日常茶飯事に守護するのではなくて、その魂の運命を決める「岐路」に差し掛かった時、的確に左か右かを教えてやらねばならない。それが守護神の本来の役である。】と告げられたのです。
守護神は御利益で無く、その人の岐路で正しい道を導く
現世御利益信仰に走れば、蛇霊や狐霊の世界に入る
大本教神諭には、【人には誰も一体の守護神(霊)が就けてある。】と記載されていますが、その存在は新・日本神道系では守護神を【本守護神】【正守護神】【副守護神】の三段階に分けて説いています。その中の【副守護神】格を主に指した言葉です。その副守護神は自分が生まれた家系の四代前とか五代前の御先祖霊が選ばれるが多いのです。
私の場合だと私の祖父は養子なので肉体的血脈はありませんでしたが養子となった家系の五代前の御先祖霊が、霊能者達の調べでは日蓮聖人の御分霊で、私が生まれ出た家系が国常立尊様に関わる霊系であったことから、その流れの中でその家系から私も生まれ出られたと告げられています。
私の五代前の御先祖霊は日蓮聖人の分霊でありながら
私を妙法蓮華経ではなくて、大本教霊学にと導いた
その自分を守護している霊が正しい教えの宗教でなくて、現世御利益主体の宗教に自分が守護する者を導いてしまいますと、その守護した者を地獄界に落とす。自分もその守護していた者を地獄に落とした責任を問われて地獄界に向かうとなるのです。しかしその守護役の霊が正しい教えの宗教にその人を導き、その守護していた存在が天国界に進むと、その守護をしていた霊もその功績から天国界に進むなのです。
守護神と呼ばれる存在は説かれて来ましたが、何故に人には【守護神】と呼ばれる存在が就いて居るのか?。その謎は解き明かされていなかったのです。
守護霊は自分が守護した者が天国界だと、自分も天国界
守護霊が方向を間違えると、本人も守護霊も地獄界行き
スピリチュアル標榜者の中には、どこどこの神社に行けば大金が入ると、【巳さん(蛇霊)】が神として祭られている神社に参拝することを薦める人達が居ます。古来より大金が欲しければ蛇の皮を財布に入れておけと同じで、その蛇霊を祭神とする神社を崇拝すれば金が入る。時には大金が入る。それは事実としてそうなのですが、
この世の幸せと、あの世での幸せの天秤を見ていない
私は伏見稲荷大社講に入った時、豊受姫の御代であった最初の師匠から、【神の世界の御用を勤める者には現世御利益などは降りませんが、その家族には現世御利益があります。】と言われ、私には何の現世御利益も降りませんでしたが私の母親には現世御利益が降りていました。しかし稲荷神界だと蛇霊神界と比べると現世御利益は物の比では無いのです。
この世で過度の御利益を貰うと、霊的にはマイナス点
美味しい話の裏には、その魂を食べる神の企みがある
この世で蛇霊神から多大な現世御利益を受けた者は死後の世界で蛇霊界神に仕えることが要求されます。どんな話でも【ギブアンドテイク】です。多大な現世御利益を受け取った以上は、死後に霊界に入った時には我々の為に働いて貰おうかです。私は神として祭られている黒蛇霊等が泣く様に触れて、神霊として祀られていながら黒蛇霊はどうして泣くのだろうとその時は不思議に思っていましたが、【ギブアンドテイク】の原則に則って黒蛇霊と化した我が身を見て嬉しいと思う霊は居ないでしょう。
こんなことならば、あの時に多大な現世御利益を受けるべきではなかったです。それに気がついた時には既に遅しです。いくら人の姿で人の前にその姿を見せても、それを蛇霊だと見抜く霊能者は世に居るのです。隠し通せないとなります。
日本における新・神道系では【正守護神】は自分自身の魂で神界に籍がある魂と神界で合一に入ることから、それを【神人合一】と説いています。そしてその上の【八九十】次元の段階に各自の魂の【本守護神】と呼ばれる霊が住む世界が在るなのです。
何故にその八九十次元の存在が【本守護神】と呼ばれるかは、最後の審判において自分の魂から別れた【我が子孫たる魂】を、どちらの【岐路】に進ませるかを指導する為です。
今日まで長きに渡り予告されて来た【五六七】の世
八九十の本守護神が【岐路】を示さないと、子孫が迷う
自分の魂から別れた自分の魂の孫達、曽孫達、更にその下の段階で別れの分魂達など、蛇霊の餌食になる様な霊世界に行かせるかです。
本守護神は存在するが、本守護神は御利益を与えない
世の中に本守護神のことがほとんど解っていなかったのは、神仏は人間に現世御利益を与える者だの錯覚からと言えるでしょう。本守護神は自分から分与された魂が人間世界でもまれて神として霊界に戻って来るのを見守っているなのです。
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