西暦2023年の兎の年明けは、おめでとうございますとなるのか?
私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声が臨んでいました。その声の主は旧約聖書の神と言いながら、【この国(日本)は私の教えが満ち溢れた世界で唯一つの国で有る。私の教えは世界のどの宗教書にも書かれてはいない。私の教えは世界の宗教書では無く、この日本に満ち溢れている童歌や格言や諺に秘めた。そなたはこの日本に満ち溢れている童歌や格言や諺から私の教えを学ぶがよい。】と告げられました。それは旧約聖書の神との名乗りながら、その内容は自分は西洋の神ではなく、【日本の神】であると宣言されているなのです。
そして日本神話の神代編の天の岩戸開けに関して、【日本神話の中の天の岩戸開け等は事実として在ったのでは無い。この私が最後の審判をするに当たって、人間を使って私が創作させた架空の物語である。そなたは日本における天の岩戸開け神話が何を意味したものかを解き明かすがよい。】と告げられたなのです。
旧約聖書の神と称する声の主は【日本の神?】
それは私にとっては謎の中に放り込まれたようなものでした。
その謎の解読の道は大変厳しい道だったと言えます。私が神霊界修業のお世話になった稲荷神界の豊受姫は、私に対して【貴方は言葉の神と呼ばれる貴き御方で、貴方の言葉による教えは天帝の詔(みことのり)に等しい物であり、貴方が説く教えに従えないと言われる神々は如何なる地位にあろうとも、その時は天帝に対する反逆罪として裁かれます。】と言われます。
聖書に【初めに言葉は神と共に在った。】と出て来ますが、言葉の神等は聞いたことがない存在と言えます。その豊受姫の言葉で私が疑問に思ったのは、私が教える内容は天帝の詔(みことのり)に等しい物であり。それを聞く耳がないと如何なる地位の神で有ろうとも天帝に対する反逆罪で裁かれるの一言です。私は神霊界を見聞していて、解ってきたのは神霊の多くは黒蛇霊系です。その黒蛇霊系の多くは悔い改めるではなく、その時には【滅びる】の道を選択して来るです。ある黒蛇霊神は、私の言向けに対して【天帝が悔い改めないと我らを滅ぼすと言うのであれば、その時には暴れに暴れて死んでやる。】と言ったことです。
神霊世界に関わっていて不思議に思ったことは、【悔い改めたならば赦されます。】といくら説いても、悔い改めようとしない霊が大多数なのです。この理由は悔い改めるは【魂の心棒たる杭を新たにする】問題であって、そう簡単では無かったのです。
すなわち世に出ている神々は、悔い改めるより死を選ぶ
それを避けるには、世界を二つに別けるより道がない
そうした中で豊受姫の御代で在った最初の師匠からは、【貴方に教えが出来る神等、世界中を探しても見つかりませんよ。】と告げられましたが、どの神からも教えを受けない中でこの日本に溢れている事象から、大本教神諭予告【九つ花に咲く一輪の言霊の経緯(火水)】を解読したなのです。それは大本教から出された九曜紋とか十曜紋とはまったく関係が無い仕組みだったのです。
私自身は鍾馗神の御案内の元、中国で創造神とも天子ともされる【盤古大神】に拝謁して、それまで盤古大神など何も知らなかった神なので大本教霊界物語を買って、盤古大神とは如何なる神かを調べました。大本教霊界物語にはその盤古大神から日本の国祖大神国常立尊様に神政奉還の記述があり、そこで私は
日本語は漢字が無いと【感じ】が掴めないを把握した
そして国常立尊とは、日本の国に常に立つ御言の意味
日本語は世界的には希な言語として知られますが、その日本語で言葉の仕組みをした神は【日本の国に常に立つ御言】であり、【国常立尊】と呼べるなのです。しかしそれらを知るには、言葉による【音波(龍宮の音秘め)】の存在を知ることが必要だったのです。私がそうした仕組みを知るには、多数の点と点を結ぶ作業を必要としました。誰もそうしたことを語ってくれないからです。
ほとんどの神々は自分が神として【立脚する】のは、人々が神としての自分に願って来る理由が現世御利益でお金が欲しい。この世で高い地位に就きたい。病気を治して欲しい。そうした欲の願いに応えるで、神たる自分が【真理】を学ぶ。そうした姿勢が足りていないがあるのです。為に【真理】を説く神がどこにも見当たらないなのです。
お釈迦様は、人は何故に生まれるか死ぬのかを考えた
この世に出ておられる神々と仏教を開かれたお釈迦様とではお釈迦様の方があの世(霊界)における位が高い存在と言われていますが、その意味合いがよく解っていませんでした。それは次元格と呼ばれる事柄で識界レベルでは創造神を第十識界とするならば、お釈迦様は第七識界。イエスは第五識界ともされる識界のレベルの違いと言えます。でいくら自分は高次元界だと主張しても、知識が足りていなければその次元界レベルは低いとなります。
世界の民族によって言葉が違っていることは、これまで一種の謎とされていました。世界の人類が一つの神の元から出たのであれば、基本的に一つの言葉でいいはずなのです。ところが民族単位で言葉が違っています。それは神と呼ばれる存在を知る時、一つの謎となるのです。
大本教神諭には世界の人類で言葉が違っていることに関して、魂の格の違いが記述されています。日本語を話せる民族は、世界の人の魂の中では上席の魂に当たるなのです。大本教神諭では日本人の魂とは世界の他の民族の魂よりも一段も二段も上で有るとあります。そこに大和魂(八真止魂)でないと行けないがあるのです。大和魂とは天皇陛下万歳式のことではないのです。
だがそのことを知らないと、創造神が世界の人類を【選民思想】で分けるなど。大本教から出た神は実に尻の穴の小さな神だと批判する人が出ると、大本教の神諭には記載されます。しかし大本教の出口王仁三郎聖師は、自分と出口なお開祖は旧約聖書で予言されたメシア登場前の男女の二人の予言者であると残しておられます。
日本に生まれても西洋のイエス一人が主の御子だと信じている様な人には【大和魂】などは存在して来ないのです。
大和魂の理論として、八紘一宇(世界を一つの家とする)
それを右翼思想と言うので在れば、創造神は【右翼思想】となるのです。私が出した【米】一字の型も【八紘一宇】の型となるのです。
そこに創造神を唯一の神と信じる信仰であれば、右に行く
ある日、私の家の浴室の前に【漢字】と大きく書かれたは浴衣を着用した大本教の出口王仁三郎聖師らしき霊が立たれ、当時は私の自宅2階の和室に祭壇を置いていたのですが、その2階の神棚の前まで行き。その神棚に備えていた「お菓子」を取ると、その神棚の社の中に消えて行かれたがありました。
それで私は、そのお菓子を霊的に取る行為は出口王仁三郎聖師からすると、私に対しておまえには【貸し】があるぞの謎かけと理解したのです。一部の霊能者は私のことを貴方が大本教を創らせた張本人だと言われたりしますが、それは私の本守護神が【国常立尊】様だと言う方達の見解で、別に私が大本教を創った張本人ではありません。大本教は国常立尊(天之御中主)様が出口家一族に創らさせた教団ですが、出口家一族の私物教団ではありません。
大本教は艮(牛虎)金神国常立尊様を創造神と仰ぐ信徒の方達によって創られた教団で在り。出口家一族はその祭祀者に過ぎません。私が子供の頃に臨んでいた旧約聖書の神と称する声が私に告げられた内容は、【この私を唯一の神と仰ぐ者達は、この私が救う。】に乗っ取った仕組みの教団と言えます。
私は私の前に現れた大本教出口なお開祖と出口王仁三郎聖師らしき霊の開祖霊から【大本教はまな板の上の鯉。その鯉をどう料理するかは料理人の腕次第。】と言われたことから、大本教をまな板の上の鯉として料理したなのです。
私と旧約聖書の神(国常立尊)と思われる神との約束は、【そなたが説く教えに従う者達は、この私(旧約聖書の神の名乗り)が一人残らず救う。】であり、その教えの内容とは朝鮮に残されていた最後の審判前、救世の為に【米一字】の教えが起きる。その米一字の教えに従った者達の上には天罰が降りない。私の任務はその米一字の解読にあったなのです。
私がしていることは単に日本語による【言葉の仕組みの解読】で有り。それ以上のものではありません。確かに言葉の仕組みに気付くと、どえらいことが仕組まれているとは解ります。これは創造神と呼ばれる様な神で無いととても出来ない。神社や仏閣に鎮まる神仏で現世御利益だけを与える神とは段違いのことだ!。その程度のことは理解出来るでしょう。
この世の現世御利益より、霊界の魂の地位向上が大切
しかし、人は現物を見ないと神の存在が信じられない
スピリチュアル標榜者にいくらお釈迦様の悟りは【人には良心と呼ばれる神が内在している。】であったことを教えても、スピリチュアルの言葉に酔い痴れると【良心神】の存在が解らなくなります。そして愛を説いていると、人はこの人は創造神だ!。とも間違ってくれるのです。そこにはお釈迦様の教えとイエスの教えの違いを見ようとしていないがあります。
愛と言う言葉を口にして、自分を天の創造神だと信じたら、おまえを天国に案内するぞと言われても、どこにもその保証が無いなのです。韓国の統一教会の文鮮明を愛のイエスの再来。天のトト様だと信じても、連れて行かれるのは地獄界となります。
しかし日本語による言葉の仕組みの存在を考えるならば、これだけの仕組みをした神が存在しているなのです。もし存在していなければ、お釈迦様の56億7千万のみろく(369)大神など最初から成り立たなかったのです。
誰が56億7千万の【みろく】を仕掛けたのか?
大本教神諭に何時まで経っても解ろうとしない人類に対して、【埒(らち)を付ける】とありますが、【良知(らち)】とは孟子の言葉たる良知良能が関係して来るなのです。
スピリチュアル標榜者にお釈迦様の悟りで有った人に内在する良心神をいくら説いても、まったく理解せずに【愛】ばかりを連呼しているのは、その方の魂は日本神道で説く一霊四魂の中の【奇魂】が働いていない。為に常に蛇霊の囁きの中に在るがあります。そして孟子の教えにある【良知良能】が無いことから起きて来ます。
孟子が説く【良知良能】とは、【人の学ばずして能(よ)くする所はその良能なり。慮らず(おもんばからず)して知る所はその良知なり。】のことですが、日本神道で説く魂の一霊四魂構造の中の【奇魂】の働きと言えます。
創造神は、みろくの世に行く魂達を【拉致】する
創造神は恐怖の宇宙大王として、人類の上に天下る
日本の記紀神話とされる書の【日本書紀】には、この宇宙開闢の初発に出た神は【国常立尊】と記されています。記紀神話のもう一つたる【古事記】では、宇宙初発の神は【天之御中主】と記載されています。日本書紀と古事記では宇宙初発の神の名が違っていることから、どちらが正しいのかの論争があります。
その論争に関して、【艮(ウシトラ)金神国常立尊】を世に出した大本教からは天之御中主と国常立尊は元々は同一の神で有り。天地が別れた時に天の神界を天之御中主様の主宰とし、地の神界を国常立尊の主宰としたと説明がなされました。その地の神界の主宰神と成られた国常立尊様が蛇霊の囁きに毒された神々の多数決により、地の神界の主宰神たる地位を天之御中主様により罷免されたなのです。
ただその罷免とは、地上神界の表舞台の主宰神から後ろに退くの【艮(ウシトラ)】の意味であり。大本教神諭には艮(ウシトラ)には【牛虎(牛頭虎パンツ)もあるぞよ】と示されていますが、この牛虎は【魂(鬼と云う)】を語るなのです。そこに鬼の意味の【閻魔庁】があり、それが大本教で大宣伝された【節分の煎り豆にも花が咲く】に懸かって宣伝されたなのです。しかしその罷免とは、時節が回って来たならば元の地上神界の主宰神に復帰させるなのです。大本教からはその期間が【35万年間】と説かれたのです。私はこの35万年前に御引退から、時を超える計り知れない【神の計画書】を知り得たのです。
当然、この日本で神社に神霊として鎮まっておられる神々は若いがあって、そんな昔のことは知らないとなるのです。
日本神話は神代七代で、聖書で七日目は安息日
七の世は物質の質の世で、八の世で精神界の花が開く
魂を磨く達磨(ダルマ)とは真理で、七転び八起
にほんブログ村
この内容がよければ、応援のクリックをお願いします。